ひゅるりと吹くビル風は冷たく、帝人はその身体を震わせる。
陽射しは暑い。
昨日雨だったり、つい先日には名残雪というには時期外れ過ぎる雪が桜の咲くこの街に降ったりした直後だというのに、この真夏並の暑さは何なんだ。
口には出さないが、帝人は内心で文句を連ね、その幼さを残す顔で渋面を作ってみせた。
ブレザーは暑いが、ないと寒い。
何がというと、ビル風が、だ。
(本屋止めて、帰ろうかな)
学校から60階通りに向かっていた足を止める。
本屋は逃げはしない。
そんな考えに至るのも致し方ないと思う、と、帝人は誰とはなしに心の中で弁解した。
そうと決まれば、回れ右とばかりに、クルリとブレザーの裾を翻し、来た道を引き返そうと方向転換する。
いや、した。
したのだ。
方向転換した目の前に、人が立っていた所為で、前に進むことが叶わなかっただけで。
「っおわ」
自分の前に立ち塞がった人物に当たってよろめいた身体を支えたのは、まさに帝人が体当たりしてしまった人間だった。
がっしりとホールドされた身体は地面に伏すことなく、軽く宙に浮くような不思議な感覚で立っていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。大じょ……」
続かなかった。
体当たりしてしまった人間を確信してしまったからだ。
「……静雄さん?」
「あぁ」
そっと体制を立て直して立たせてくれた人を見上げる。
その手つきは、自動販売機をぶん投げるなんて想像出来ない程に優しかった。
「どっか行くのか?」
「いえ、帰ろうかな。と」
「じゃあ送る」
「や、そんな、悪いです」
そう言いつつも、自身の表情が緩むのを帝人は知っていた。
単純に嬉しいのだから、仕方ない。
そんな帝人を知ってか知らずか。
勿論、後者だろう。
平和島静雄はそういうことに鋭くない。
静雄は帝人の手を取り、歩き出す。
手を取りというのは語弊がある。
実際に静雄が取ったのは、手首であったし、その手首も握るとか掴むというより、自身の指を輪にして掴まないようにしていた。
「静雄さん、ありがとうございます」
触れられない理由を帝人は知っていた。
彼の力は時として非情であるのだ。
静雄が傷付けたくなくとも、傷付けてしまう。
だから、静雄は帝人に握るや掴むといった方法で触れない。
「静雄さん」
「あ?」
「手、放してください」
その言葉にショックを受けたように手を放す静雄をよそに、帝人は放された手で自分より一回り以上大きな静雄の掌を握る。
「こっちの方がいいです」
ふにゃりと笑えば、静雄も困ったように笑った。
当たり前のやさしさは
(甘くて切なくてほろ苦い)
title by:[きずな](c)ひよこ屋
壊してもいいから触れてください。なんて、言えやしないけれど、言ってしまいたい衝動。
壊してしまうかもしれないけれど触れさせてくれ。だなんて、言ったらお前はどう思う?