「夢を忘れて朝を待つ」「12時を過ぎたシンデレラ」の続編



あの曖昧な関係に、シズちゃんの言葉で終止符を打たれてから、早いもので1ヶ月が過ぎた。
俺は変わってない。
そう、シズちゃんが好きなまま、何も変わってない。
シズちゃんを見ただけで一喜一憂する。
今だって、我が妹達に話しかけられて笑ってるシズちゃんを硝子越しにファーストフードの店内から見て、胸が痛んでる。
自分の妹に嫉妬とか、本当、馬鹿じゃないの、俺。


「臨也」

「……ドタチン」


ガタンッて俺の隣の椅子をひいたドタチンは、そこに座った。


「また、悲しい顔してたぞ」

「……………」

「もう止めたらどうだ…臨也」


ドタチンは知ってる。
俺が絶えきれなくて全部話したから。
だからからこそ、ドタチンは俺にもう止めろと言う。


「止めたい…でも………」


俯いてしまう俺。
そういや誰かが言ってた。
気持ちが下を向くと、顔も下を向くんだって。
最終的には、机の上に突っ伏した。
もともと置いてあったトレイはドタチンが間一髪で除けてくれた。


「止めたいのに、止められない」


ドタチンがどんな顔してこの言葉を聞いてたかなんて、俺はわからない。
ただ、不意に頭に乗せられたドタチンの手が凄く温かくて、鼻の奥がツンッとした。


「煙草みたいだよな、恋愛って」


呟いたドタチンの言葉がストンと胸に落ちた。
そうだね、煙草みたいだ。
恋愛もシズちゃんも。
一度だけでいい。
そう思っていた筈なのに、いつの間にかズルズルと続けてまって、禁煙宣言までして止めたいと思っても止められない。
別れたのに、思い続けてる俺はまるでヘビースモーカーだ。
ヘビースモーカーってシズちゃんじゃん。
どうせなら、シズちゃんもニコチンなんかじゃなくて、俺という毒に侵されてくれたら良かったのに。


「イザイザ〜、来良の子が呼んでるよ〜」


無遠慮に、いや、このしんみりしてしまったドタチンと俺の間に流れる空気をぶち壊すが如く、狩沢がふざけた呼び名で俺を呼ぶ。
狩沢の後ろには、帝人くん達、ではなく、来良の制服を着た見知らぬ女の子がこちらを見ていた。


「君は誰かな?」


そう営業スマイルで問いかければ、頬を赤くして、女の子が俯いた。


「あの、ここじゃちょっと…、ついてきてもらえませんか?」


照れているのか、演技なのかわからない。
ただ、何となく危険な気もしたけれど、彼女はドタチンにも狩沢にも顔を見られているし、いざとなれば、身許なんて調べるのは容易い。
そう思って、彼女を連れて、路地裏に出た。
ここじゃちょっとということは、人通りの多い場所じゃダメなんだと思ったから。


「で?君は何の用が俺にあるのかな?」


黙ったままついてきた女の子に振り返って、問いかける。
女の子は俯いたまま、もごもごと言い淀む。


「なに?」

「あの、好きなんです!けど…」


恥ずかしいのか、俯いて、でもはっきりと口にした彼女を俺は心から尊敬した。
俺には出来なかったことだから。


「なんだ、信者の子か」


わかってるよ、ホントは。
別に信者なわけじゃないって。
だって、信者の子なら、多少なりとも面識があるだろうし。
それ以前に、今関わりを持っている来良の生徒は限られてくる。
でも、好きだという言葉を肯定するなんて怖いことを、俺は出来やしない。


「違います!折原さんが、好きなんです。私はっ折原臨也さんっていう人を心から好きだって思うんです!」


最近の子は格好いいな。
俺には真似出来ない。
好きだとさえ、言うことが出来なかったんだから。
たとえ、それが本当の俺を知らないでの告白であったとしても、今の俺には眩し過ぎた。


「返事、できれば貰いたいんですけど」

「本気…なんだね?」


幼いという程、幼いわけじゃない。
確かに人生経験なんてまだまだこれからだろう。
でも、彼女は確かに人を愛するってことを知ってるんだ。
コクリと頷いた彼女の目は、真っ直ぐに俺を見ていた。


「いますぐに?」

「できるだけ早く」


生き急ぐな、なんて言えたもんじゃないけれど。
変にのばされて、期待するより、ふるならふるですっぱりと断ち切りたいんだろうな、この子は。


「俺は………………っ!!」


続けようとした言葉は言えなかった。
誰かに後ろから抱きしめられていた。
肩に肘を置くように首に回って、俺の胸辺りで組まれたその腕は見たことがあった。
正確には、その手が持っている吸いかけの煙草と、その腕が纏っているワイシャツの白に。
そして、感じた体温は、俺から離れていった筈のモノに近い。


「ダメだ。臨也は俺のだからな」


降ってきた声は望んでも手に入らない筈だったもの。
なんで、シズちゃんがここにいるの。
なんで、俺を抱きしめてるの。
なんで…、俺を自分のだとか言っちゃってるんだよ。


「……臨也…」


女の子はいつの間にか居なくなっていた。
路地裏の突き当たり、他からは死角になった場所。
そこには、俺と俺を抱きしめるシズちゃんだけ。
しっかりと抱きしめられた時に、シズちゃんは煙草を捨てた。


「なんで…」

「好きなんだよ、手前が」

「嘘吐かないでよ」


ギューッと抱きしめてくるシズちゃんの腕を振り払えない俺は臆病者で、出来たのはただ口にすることだけだった。


「嘘なんかじゃねぇよ。ずっと、ずっと、高校ん時から、俺は手前が好きだった」

「は?だってシズちゃんがやめようって言ったんじゃん!」


俺を好きだなんて嘘は吐かないでよ。
俺を喜ばしても、シズちゃんには何の得もないんだから。
いや、嫌がらせには充分だけど。


「手前が、臨也が幸せになれるんならって思ったから」

「何言ってんの?意味わかんない」

「手前に彼女が出来たなら、俺との関係なんて必要ねぇだろうが。なら、俺は手前が幸せになるのに邪魔もんだろ」


そう言いきったシズちゃんに呆然とした。
考えることが苦手なシズちゃんが、俺の為を考えて行動してた。
まぁそれが、空回ってるのが如何にもシズちゃんらしいんだけど。
自嘲しているのか、シズちゃんの身体が揺れる。


「嘘だ…」

「嘘じゃない」

「じゃあっあの時っっ…」


シズちゃんの腕を勢いよく払って、振り返って見た先のシズちゃんに言葉が詰まった。


「なんで、泣いてるのさ」

「は…?」


俺に言われて気付いたのか、シズちゃんは自分の手で顔を触って、「マジかよ」と呟いた。


「もう臨也にシズちゃんって呼ばれることさえねぇのかって思ったら悲しかったけど、泣くか、俺」


嘘だろ?
シズちゃんは何が目的なの?
こんな、シズちゃん、俺は知らない。


「悪ぃ…臨也。好きになって、ごめんな」


ズルズル力が抜けたみたいに座り込むシズちゃんに、俺はどうすればいいのかわからなくなった。
何が嘘で、何が本当なの?


「本当に好きなの?俺のこと」


黙ってコクリと頷くシズちゃん。
その目からは涙が流れてるんだろう。


「シズちゃん」


フルフル頭を横に振る。
まるで聞きたくないって、駄々を捏ねる子供みたいに。


「シズちゃん、顔あげてよ」


少しだけ、俯いてた顔が俺を見る。
頬は涙で幾筋もの線がひかれてた。


「本当なんだよね?」

「あぁ。俺は臨也が好きだ」


真っ直ぐに俺を見つめるシズちゃんの目は強い光が見えた。
ねぇドタチン、俺、やっぱりシズちゃんが好きだよ。
本当、どうしようもないけど。


「俺も好き」

「は?」

「だから、俺もシズちゃんが好きなのっ!」


叫んでた。
俺の中にあったありったけの思いをシズちゃんに伝えたかった。


「マジで……?」


信じられないって顔して俺を見上げるシズちゃんに微笑う。
そんな俺を見てシズちゃんは勢いよく抱きついてきた。


「うぉっ!?」


近距離だったのに、つきすぎた勢いとシズちゃんの馬鹿力の所為で俺はバランスを崩した。
路地裏でシズちゃんに押し倒されるような体勢で、2人笑って、噛みつくようにキスをした。







Happy endの迎え方
(正解も不正解もない、俺達らしさ。これが正解)




「手前、彼女はどうしたんだよ」

「はい?」

「噂くらい知ってんだろうが、臨也くんよぉ」

「シズちゃん、落ち着いてよ。彼女ねぇ…まぁ最初っからそんなのいないよ」

「は?」

「居たとしてもさ、全部シズちゃんの代わりだから。俺の1番は昔っから、シズちゃんだし」

「〜〜〜〜〜っ」

「シズちゃん?どうしたの?顔覆って」

(最高で最強の殺し文句吐きやがって。しかも無自覚かよ、こいつ)



+++
バカップルにて完結。






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