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突如目の前に現れた怪人ーーその見た目はボロボロの冷蔵庫に顔を書いて手足が生えただけのチープさであったが、辺り一面の残骸を見るに、それなりの災害レベルだと認定されるだろう。素人目で見ても災害レベル虎(不特定多数の生命の危機)であることは状況から察した。
この世の中の脅威は人間による悪事の他に、もはや姿かたちが人間ですらない者らによる破壊活動、襲来などがある。相手が人間ならば警察にも鎮静できただろう。だが、怪人らによる被害はスケールが違う。奴らの災害レベルは5つに振り分けられており、低い順から狼、虎、鬼、竜ーー最大レベル神に至っては人類滅亡の危機とまでされているが、私の知る限りだと歴史上未だかつてない。仮に災害レベル神の災厄が訪れたとして、その時点で人類は皆滅亡しているのだから、その被害のでかさは神のみぞ知る。
『人間?いや、お前は違うな......?』
「......」
「?」
『ふん、まぁいい。俺は不法投棄によって廃棄された冷蔵庫......資源の無駄使いばかりする人間どもに復讐するために蘇った。地球にもたらすフロンガスの脅威も露知らず、利便性だけを追求し続けた愚かなる下等生物め......今一度分からせてやるのだ!いかにお前らが害を及ぼす生物であるかということを......!!』
「(え、なにそれ全然意味わかんない)」
逃げるという選択肢が頭に浮かばず、こんなにも近くに怪人がいるというのに不思議と恐怖心は湧かなかった。今の危機的状況を把握しきれていないのだろう。
『仲間ならたくさんいるぞ......同じ山中に捨てられていた同胞のエアコンも、今頃そこらで暴れ回っているだろう』
「!?」
『貴様らが俺に会ったのも運のつき......今ここでオゾン層までも破壊するメタンガスの恐ろしさを思い知らせてやろう......!』
逃げよう、と私が判断するよりも早くジェノスが構える。突き出した右の手のひらが熱を帯びーー次の瞬間、轟々たる爆音が響き渡った。あまりの眩しさに思わず目を瞑るが、目を見開いた時には既に怪人の姿はどこにも見当たらず、いたはずの場所には残り火だけが燻っていた。
「え......、あれっ!?怪人は!?」
「あぁ、それなら俺が焼却しました」
「焼却......燃やしたの!?跡形もなく!?」
「まぁ......ヤツはもともと粗大ゴミでしたので、きっとよく燃えたのでしょう」
「あぁ、なるほど」
「とんだ邪魔が入りましたね。サイタマ先生の元まであと少しです」
前方を指差し、振り返るジェノス。まるで何事もなかったかのように話すものだから、オゾン層がどうとか言っていた怪人が幻だったのではという錯覚に陥ってしまった。ほんの数秒前までは確かに怪人がそこに存在しており、今や部品ひとつ残されてなどいない。並大抵の火力では燃えカスくらいは残されるだろうに。
「......えっと、なまえ......さん」
「ん?」
「いや......その、なんだか恥ずかしいですね。先ほども申し上げました通り、俺は女性の名前を呼び慣れていないもので」
「そうなんだ。お姉さんとか、妹さんはいないの?」
「いません」
「そっか。......ん?ジェノス君って、何歳?」
「19です」
「若!未成年だったんだ!?」
「俺......そんなに老けて見えますか?」
「いやいや、そういうんじゃあなくて。さっきも思ったんだけど、若いわりにしっかりしてるねぇ」
「そうですかね......もう何年も頼れる大人が周りにいなかったものですから」
「......そっか」
ふと何かを察し、それ以上何も言わなかった。姉妹がいないと即答し、その上頼れる大人もいないとなると、もしかしたら何かしらの家庭事情を抱えているのかもしれない。そこまで聞き出すのは気が引けるし、まだ出会って間もない相手に話をさせるのは彼にとっても酷だと思ったから。年々怪人出現率は上がる一方で、災害の数ほど失われる命も数知れず。私の大切な人たちの命が一瞬にして奪われたように、誰しもが悲しみを背負って生きている。そんな世の中なのだ。
暗くてよく見えなかった彼の横顔が、残り火によって照らし出される。どことなく寂しげに見えたものの、何と声を掛けたらいいかも分からずーーそっと肩に手を触れようとした途端、急激に冷えた突風が勢いよく私たちに降り掛かった。反射的に私を庇ったジェノスが吹き飛ばされ、背後のコンクリートの壁へと強く打ち付けられる。ごおごおと耳鳴りのする中、彼が私に逃げろと言った気がした。
「ジェノス!?」
『お前か......?我が同胞を跡形もなく燃やし尽くしたのは』
「......ッ!!」
次に現れたのは、冷蔵庫の言っていた同胞であろうエアコンらしき怪人。やはりボロボロの機体に顔を書いて手足が生えただけのチープさであったが、同じく災害レベル虎には匹敵するであろう禍々しさを感じる。
『残念......相性が悪かったな。お前は驚異的な火力を一斉放出できるようだが、いくら強くても俺には敵わん。何故なら俺は冷風が出せる。お前のその身体ごと氷漬けにしてやろう......!』
「ちょ......ッ!!」
ーー冗談じゃない!
ーーもうこれ以上私の目の前で人が死んでたまるか!!
気付いたら身体が勝手に動いていた。今度は私がジェノスを庇うように両手を大きく広げ、しかと地に足をつけ暴風に耐える。指先が冷えて感覚がなくなってゆくのが分かる。髪の毛先が少し凍ってきた。それでも私は動じない。何もできない非力な一般人でも、せめて彼が立ち上がるまでの時間が稼げたらと思った。
「なまえ!!」
「......あはは、呼び捨てになってる......まぁ、そっちのが私は好きかもね」
ーーそうだ。4年前に誓ったではないか。
ーー私は誰にも頼らない。自分の身は自分で守る。
あ、そういえば彼はヒーローなんだっけ。きっとヒーローを庇うなんて貴重な経験、この先二度と訪れることはないだろう。ジェノスが背後で何か叫んでいるのが聞こえたが、あまりに暴風音が凄まじく、何ひとつ耳に入ってこなかった。
次第に視界が狭まってゆく中で、私は黄色い閃光を見た。
◇◆
「も...、申し訳ない......!!」
「......へ?」
次に視界が晴れた時には、辺り一面の風景が変わっていた。そこには冷蔵庫の姿もエアコンの姿もない。ただ冷蔵庫の時と異なり、もともとエアコン本体を構成していたであろう部品がところどころに散乱している。まるで高スピードで走る大型トラックにぶつけられた時の、いや、高層マンションの屋上から勢いよく打ち付けられた時のーーいや、それ以上の強い衝動を受けたかのように見えた。
横になっていた私の身体には薄汚れた白いマントがかけられており、すぐ隣ではジェノスが地面に這い蹲うように深々と土下座をしている。頭の整理が追いつかず初めこそ戸惑うものの、すぐに状況を把握すると私はぽんと手を打った。
「あぁ!そっか、助けてくれたんだ。どうもありがとう」
「!! そんな......俺は礼を言われるようなことは何も......貴女に二度も助けられてしまった......」
「それ、クーポン券のことも含まれてる?だからいいって、気にしないで」
「しかし......」
生真面目な彼は一向に顔を上げようとしないが、長い長い説得の末ようやく顔を上げる。彼は口元をきゅっと結び、僅かに眉を寄せ、歪ませた表情はまるで何かを訴えているかのようだった。私に怪我を負わせてしまったことを申し訳なく思っているらしい。いくら「大丈夫だから」と諭しても、きっと首を縦に振ろうとはしないだろう。ひとまずこの話題には触れないことにして、私は身体にかけられた白いマントを掴んでこう言った。
「あ、そういえば、この毛布(?)......」
「ジェノスが世話になったようだな」
「?」
初めて聞く声に思わず顔を上げる。まず視界に映ったのは真っ赤なブーツ。そのまま上へと辿ってゆくと、これまた目に痛い真っ黄色なスーツと真っ赤な手袋が目に入った。お世辞にもセンスが良いとは決して言い難い服装に身を包んだその男は、頭部が見事にハゲておりーー
「えーと......どちら様?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな」
「俺はサイタマ。プロのヒーローをやっている者だ」