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「なまえ先輩!」



桜吹雪の中告白だなんて、きっと何か恋愛モノの漫画に触発されたに違いない。だが、顔を真っ赤に染めた彼が口にした台詞はありきたりな「好きです」でも「付き合ってください」でもなくーー



「かっ、彼氏に......して欲しい」

「......へ?」



今にも消え入りそうな震えた声で、彼は確かにそう言った。なんだか面白い子だな、と思った。これが私たちの初対面。

彼は私のことを知っていたようだが、生憎私は彼のことを知らない。それでも彼が嘘を吐いているとは到底思えず、私は真摯に彼の言葉を受け止めた。随分と長い彼の自己アピール文は10分に渡り、かといって途中で遮る訳にもいかず、その内容は今や朧気だが、とても一生懸命だったのを覚えている。



「うん、分かった。ありがとう。君がどんなに本気なのかは物凄く伝わってきた」

「!! では......!」

「でも......私、今誰とも付き合う気ないから」

「!!!」



衝撃を受け、見開かれた彼の目は綺麗な金色をしていた。




◇◆



大豆の炒め物をつまみながら、つい先日買ってきたばかりの雑誌をぱらぱらと捲る。『週末作り置き簡単レシピ特集』につられて買ったはずが、蓋を開けると人気ヒーローを讃えた特集でほとんどの項目が埋め尽くされていた。

世間からの人気や知名度の高いヒーローたちは、悪と闘うことを本業としつつ、テレビや雑誌等メディアでの露出も多くーー例えばこの雑誌で袋とじ付録のポスターに抜擢されているA級ヒーロー「アマイマスク」がまさしくそれの代表格だ。彼はヒーローとしての実力、容姿共に優れており、世の女性から黄色い声援を浴びている。かといって驕ることもせず、芸能人としてもヒーローとしても確固たる地位を築き上げた確かな実力派といえるだろう。ファンでもない私が知っているのはせいぜいこの程度だ。



ーー......ヒーロー、かぁ。



今や世の中にあり溢れたヒーローたちは、ヒーロー協会と呼ばれる機関によって各々ランク付けされている。C級から始まり、B級、A級、S級の順に昇格してゆくシステムだ。ただし級が上がるごとにそれに値するヒーローも少なく、S級と名乗ることの許されたトップヒーローはたった16人ーーいや、つい最近17人になったばかり。きっと物凄い超人らに違いない。

C級がパトロール活動をしているところは街中でよく見掛けるし、怪人に立ち向かうA級やB級の勇姿はいつでも優先的にテレビに映し出される。例えそれが看板番組の最中だったとしても、だ。それほどまでに人々の羨望の眼差しを向けられる存在の、更に頂点がS級ヒーロー。その実態のほとんどが神秘のベールに包まれているといっても過言ではない。なんせ、私は彼らの活躍をこの目にしたことがないのだから。



ーーどうせなら、5年前に助けて欲しかったな。



そんなどうしようもない過去のことに想いを馳せつつ、私は読みかけの雑誌をぱたりと閉じた。頭では分かっている。私がこうして平和な日々を過ごしていられるのも、人知れず悪と闘うヒーローの存在があるからこそ。今この瞬間だって、きっと誰かがどこかで戦っている。これ以上何を望むというのか。そもそもヒーローになりたいと名乗り出る者が多ければ多いほど、世の中捨てたもんじゃないと思えるいいきっかけにもなるではないか。心から平和を願い、人々を守りたいという強い意志がなくてはヒーローなんて実りのない職など勤まるはずもない。

時刻は21時3分前。リモコンを手に取りチャンネルを変えると、いつもの天気予報お姉さんの変わりにボロボロになった建物の瓦礫が画面いっぱいに映し出された。真っ先にテロップを見る。場所は市と市の合間に位置する小さな町。C級ヒーロー名簿で見覚えのある面々が撤去作業に取り掛かっているが、画面上を見る限りだと生存者がいるのかすら危うい。



もはや砂と化したコンクリート。
風で舞い散る土埃と立ちのぼる煙。
人のいた形跡のない見渡す限りの砂地。



人々の嘆き、怒り、悲鳴、喪失感。平面的な画面を見ているだけで嫌というほど伝わってくる。耐え切れなくなった私はすぐにテレビを消すと、もぞもぞと布団の中へと潜り込んだ。



◇◆



「先輩......、なまえ先輩!!」



はっとして振り返ると、そこにはいるはずもない例の後輩の姿。あぁ、寝る直前にあんな光景見るんじゃなかった。



「俺はいつになったらなまえ先輩の彼氏になれますか!?」

「......」



うーむ、私は頭を捻る。仮に私がそれを望んでいたとして、そんな未来が訪れることは決してない。何故なら彼は死んでいるのだから。所詮夢なのだからと割り切れるほど私は器用ではなかった。



「多分......もう、一生無理なんじゃないかなぁ」

「なっ...、何故でしょう!?俺は......もう、なまえ先輩としか考えられないのに......」

「......あのさ、どうしてそんなに私がいいの?モテるでしょう?......君」

「そんなの、愚問ですよ。もう何度もお答えしたじゃあないですか」

「え、そうだったっけ?」

「はい。だからもう言いません」

「......」



そう言って彼は悪戯っぽく笑う。これはきっと、彼なりの小さな仕返しだ。私がイエスと首を縦に振らない限り、彼も私の質問に答えてはくれないのだろう。

まぁ、とりあえずいいか。私はふと顔を上げる。視界いっぱいに広がるのは、今は見ることのできない懐かしの青空。私と彼は手すりに掴まり身を預け、屋上から小さな町並みを見下ろしていた。本当に、長閑な場所だった。校舎以上に高い建物なんてここら周辺にはなくて、屋上に来れば地域一帯全てを見渡すことができた。この光景を私は覚えている。忘れるはずがない、大切な思い出。忘れられるはずがないのだ。それなのにーー



「なまえ先輩」

「なあに?」

「1つだけ、俺のお願いを聞いてくれませんか?」

「......一応聞くだけ聞いてみるけど......」

「俺の名前を呼んでください」

「!」

「本当に、1度だけでいいんです。それ以上は望みません。だからどうか、俺の名を......」

「......ッッ!!」



ーー呼べる訳がない。

ーーだって、私......知らない。



うろたえる私を見て何か察したのか、彼は寂しげな笑みを浮かべると、それ以上は何も言わなくなった。訪れる沈黙に耐え切れなくなり、私は咄嗟に顔を背ける。こんな時私はどうしたらよいのだろう。まさかこの場に及んで今更名前を聞く訳にもいかまい。仮にも好きな人に自分の名前を忘れられるだなんて、そんな仕打ちーー私にはきっと耐えられない。



「いいんです、それで。なまえ先輩が辛い過去を忘れられるのなら」

「!」

「だから、過去の俺のことなんかもう忘れて。なまえ先輩はどうか、未来を」

「ちょっと、なにそれ!突然夢の中に出てきたかと思えば、どうしてそんなに悲しいことを言うの......!?」

「だってなまえ先輩、現に俺の名前覚えていないでしょう」

「......」

「あぁ、ごめんなさい。俺は別に貴女を責めたい訳じゃあない。ただ、幸せになって欲しいだけなんです。昔の俺はもうこの世にいないけれど......もし、なまえ先輩が......」






そこでーー目が覚めてしまった。夢から引き戻されたばかりの頭ではもはや何も考えられず、私は暫しその場から起き上がることすらできなかった。私はなんて酷い人間なのだろう。何度、彼にあんな顔をさせるつもりなのだろう。「ごめんなさい」心の中で呟いた謝罪の言葉は、もう二度とあの青年には届かないのだ。

ようやく布団から抜け出し、洗面所へと向かう。鏡に写った自分の顔は真っ赤に目が腫れ浮腫んでおり、とても人様に見せられるような様ではなかった。

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