>30
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



遡ること数十分前、ジェノスは協会から突然呼び出され、無理難題を押し付けられた挙句、今、命の危機を迎えている。



「......この辺りか」



バングからの忠告を受けたジェノスが真っ先に向かった先は、隕石が落下するであろう真下の位置。咄嗟に持ち出したスーツケースを握り締め、彼は鋭い視線を上空へと向けた。サイタマに報せるよりも先に、まず自分でなんとかしたいという咄嗟の判断だったのだが、これが結果として最善でなかったのではという疑念がふと頭を過ぎる。いつだってワンパンでどうにかしてしまう彼ならば、きっとこの危機的状況も打破できるはず。ジェノスは、サイタマに対してそういった絶対的信頼を寄せていたが、一方でその強さに嫉妬し、妬んでいる自分の存在も否むことはできなかった。師に頼らずとも自分の力でなんとかしてみせたいという潜在的な欲が先行し、結果、彼は今、たったひとりでこの場に立っている。

逃げ出すこともできた。それが彼の性にあわずとも、バングのひとことが逃げ道となる。大切な人とどこか遠くへ逃げなさい、と。次の瞬間、ジェノスの脳裏にはサイタマとなまえの姿がぱっと浮かび、瞬く間に消えた。逃げましょうと手を引いたとして、正義感の強い彼らはきっとそれを望まない。そしてなにより、今から全力でここから離れたとして、被害を免れる保証などどこにもないのだ。



「なんとかしなくては......今度こそ、俺が。俺自身の力で、」

「先生の手を煩わせるわけにはいかない。......願わくば、なまえが仕事の用でZ市に来ていなければいいんだが」



彼女の職場はZ市内ではなく、もっと都心に近い場所である。とはいえ、こんなにも巨大な隕石が落下してしまえば、被害はZ市内に留まらず、周囲の広範囲にまで及ぶだろう。当然、なまえが今日たまたま仕事の都合でZ市にいるなんてことは露知らず、ジェノスは装備したアームの着け心地を確認するように、何度か拳を握っては開くを繰り返していた。

その時、轟音と共に何者かが降り立つ。



「! お前は......」



全身をメタル素材で包み、輝くボディに反射した景色を映し出すそれはーーS級7位の、ボフォイまたの名をメタルナイトの機体であった。彼は高火力の兵器を備え付けており、敵を周囲の建物ごと粉砕するその様はやや過激だと聞く。まるで戦隊ヒーローの戦闘機のような見た目は小さな子どもたちからも好評で、市民から絶大な支持を得ている。しかし、ジェノスが彼について知っていることといえばそのくらいで、実際に戦っているところを見たわけでもなければ、ましてや興味すらない。ジェノスはヒーローの格付けなど信用していなかったし、サイタマこそが最も強く目標とすべき存在であると確信していたので、他のヒーローに対する関心は薄かった。なので、こうして面と向かうのは実質初めてである。



「オ前ハ......新人ノジェノスカ。隕石ヲ止メニ来タノカ?」



どうやらこちらの存在は把握済みらしい。名前を呼ばれ、ジェノスは頷く。



「ああ。ボフォイ、お前の力を貸してくれ」

「断ル」

「......なぜだ?」

「俺ハ新兵器ノ実験ノタメニ来タダケダ。隕石トハ都合ガイイ」

「実験だと?そんな場合じゃないだろう。隕石が落ちればお前も死ぬんだぞ?」

「俺ハ死ナン」

「何?」

「今オ前ガ話シカケテイルノハ、遠隔操作サレテイルロボットダ。残念ダガ、俺ハ命ヲカケテル訳ジャナイ。隕石デ死ヌノハゴメンダ」

「......」

「ソレト、俺ヲ呼ブ時ハボフォイデハナイ。『メタルナイト』ト呼べ。ヒーローハ本名デハナク、ヒーロー名デ呼べ。常識ダ」



なるほど。これが本体ではなくメカだと言われ、納得がいく。しかし、いくら操作している者が紛れもなく人間だったとして、メカ越しで常識を問われるのは気分が良いものではない。そのうえ、メタルナイトがここに駆け付けた真の理由を聞いてしまった今、分かり合える気が全くしない。純粋にZ市を救う気持ちが欠片でもあったなら、話は別だが。



「......ット、ソロソロ話シテイル場合ジャナクナッテキタナ」



メタルナイトの言葉で我に返り空を仰ぐと、隕石はスピードを一向に落とす気配もなく、すぐ目前にまで迫っていた。ジェノスは小さく舌打ちすると、大きく跳躍し、最も隕石に近いビルへと場所を移す。あまりに大きすぎる目標物では狙いを定める手間が省けるが、どう対処すべきか考える暇もなく、ボフォイの掛け声と共に発射された数々のミサイルが空高くへと打ち上げられた。それらは隕石の一点を的確に捉え、爆発音を響かせる。

威力は凄まじいものだった。空一面が黒く染まったかと錯覚してしまうような分厚い硝煙、鼻をかすめる火薬の臭い。本能が危険だと告げる。彼は確かにS級ヒーローだが、素性が知れない。そんな輩がこんなにも強力な兵器を隠し持っていたとなると、いざという時に頼りになるなどと安堵の気持ちは一切わかず、むしろ警戒しておく必要性すら感じた。それほどまでの強い威力をもってしてもーー隕石が勢いを止めることはなかった。



「!?」

「ダメカ......コノ程度ノ威力デハ......」



地上への衝突まで推定あと33秒。迷う時間など1秒たりとも残されていない。

フルパワーで焼却砲を打ち込むまで、体内エネルギーチャージに5秒かかる。標的はすでにかなり近くまで迫ってきている。攻撃が命中したとして、その後はどうする。隕石が破裂して大惨事が起きるのではないか。その前に俺のパワーで破壊できるのか?メタルナイトの大量ミサイルでさえ効果は薄かったというのに、



「まぁ、落ち着け」

「!」



声がした背後へちらりと視線だけ向けると、そこにはバングが立っていた。彼もまた逃げずに現場まで駆け付けたヒーローであったが、自らが何かを成そうとはせず、状況にそぐわないリラックスした状態で、ジェノスへと声をかける。



「心に乱れが見える。おぬしは失敗を考えるにはまだ若すぎるのう。適当でいいんじゃ適当で。土壇場こそ、な。結果は変わらん。それがベストなんじゃ」

「......適当が、ベスト?」



この時ジェノスは、己の師の顔を思い浮かべていた。それは敵を一撃で倒す凛々しい表情とはかけ離れた、日常生活の中で垣間見せるリラックスした表情。そうか、自分は考えすぎていたのだ。敵を倒す時にせよ、想いを寄せるなまえと接する時にせよ、行動に至るまでの時間が長すぎたのだろう。だから、ベストなタイミングを逃した。これまでの長い時間を無駄にしてしまった。

そして彼は吹っ切れた。文字通り、そのままの意味で。考えて時間を無駄に割いてしまうことを、心の底から馬鹿らしいと感じた。この一件が片付いたら、まず最初になまえに会いに行こう。何を話そうかなんて考えていないけど、それでいい。それがいい。どうせ散々考えたところで、好きな人の前では思い描いていたように事は上手く運ばないのだから。



◇◆



まるで米俵のようになまえをひょいと肩に担ぎ上げ、隕石の見える位置目掛けてサイタマは走る。向かう途中、大きな爆音と共にその姿が煙によって包み込まれたものの、すぐに硝煙は晴れ、青い空に似つかわしい脅威はそこに在り続ける。



「サイタマ!あっちあっち!ビルの屋上に人影が見える!」

「痛てぇ!頭、叩くなっての!わかった、わかったから!」



人影の正体はメタルナイトとバング、そして隕石に向かって焼却砲を打ち込むジェノス。サイタマらが到着した時には彼は力尽き、すでに地に膝を着いていた。



「ジェノス!」

「なまえ。お前、ちょっとここにいろ。近付きすぎると危ねぇから」

「でも、早くジェノスを......」

「大丈夫。あいつは無事だよ。とりあえず、あの隕石をどうにかすっから」

「どうにかって、どうするの?まさか宇宙に運んで行けるようなものでもないし、さっきだって見たでしょう!?たくさんミサイルを打ち込まれて、それでもびくともしないのに!」

「そうだなぁ。じゃあ、粉々にでもしちまうか」

「......はい?」



なまえが聞き返すよりも先に、サイタマはずんずんと隕石の衝突する間近まで歩いていく。距離的には少し離れているとはいえ、この位置では間違いなく衝撃波に巻き込まれるだろうし、どこにいたって被害の程度に大した違いはないだろう。なまえがその背を追いかけようとすると、サイタマはこちらを振り向き、右手でブイサインをつくってみせる。声には出さないが、口の動きだけで「大丈夫だから」と言っているのがわかった。



「じいさん。こいつ任せるぞ」



ジェノスの側に立っていたバングにそう告げ、サイタマは自らを名乗る。



「俺はヒーローをやっている者だ。避難してな、じいさん」



一体どうするつもりなのか。サイタマのしようとしていることには見当もつかないが、彼が大丈夫だと言えばきっと大丈夫なのだろう。サイタマの登場に驚いたジェノスが、目を見開いてこちらを振り向く。その表情はどこかあどけなく、内心ほっとしているかのような、なまえの目にはそんな風にも見えた。

サイタマが低い姿勢を取り、ぐっと足を踏み込むと、次の瞬間、まるでバネのように跳ね上がる。直立体勢のまま真っ直ぐ隕石へと向かってゆき、よほど大きな反動があったのだろう、踏み込み地点のコンクリート地には大きな亀裂が入っていた。なまえはサイタマの姿を視界に捉えつつも、ジェノスが負傷している側でただじっとしていることもできず、声をかけようと歩み寄る手前、先に彼女の存在に気付いたバングに声をかけられる。



「次から次へと、誰かね。そこのお嬢ちゃん」

「え、えーと......つい先程、隕石に向かって飛び跳ねた者の同行者です」

「なまえ先輩!なぜここに!?」

「なんと。ジェノスくんの知り合いか」

「あぁ。彼女は俺の大切な人だ」

「こ、こんな時になに言ってんのジェノス......!」

「ほぉ、なるほど。君は彼女の住むZ市を守りたかったと、そういうわけか。それにしても、自称ヒーローのあの男......一体何者だ?彼もまた、オヌシの知り合いなのだろう?」

「あの方はサイタマ先生。俺の師であり、目標とするお方だ」

「S級ヒーローである君が?」

「今に先生の素晴らしさがお前にもわかるだろう。上を見ろ」



ジェノスが指し示した上空へと皆揃って目を向けると、さらに距離を縮めてきた隕石が視界を占め、もはや空の青色が視界の端にすら映ることはなかった。その巨大さに対し、人ひとりなんてものはあまりに小さくて、とてもじゃないが、サイタマが隕石相手にどうこうしたところで対処しきれる問題ではない。現状は絶望的ーー誰しもがそう思っていた。この場にいる、ただ1人を除いては。

なまえは、ジェノスの口元がわずかに緩んでいるのを目にする。それは紛れもなく確信を得た表情であった。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -