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クリスマス特別短編



木枯らしが吹く街は、今やそんな風など温風に変えるかのように、煌びやかに彩られている。その様は、あたかも今日と明日の二日間の幸福感を加速させるかのように、見る者の心へと訴えてくるのだが、必ずしもそれを見て幸せを感じるとは限らない。



「ちっ、雪まで振って来やがった......ホワイトクリスマスだと!? くそっ、こっちはホワイトアウトしそうだぞ!」



サイタマは宙を舞う雪に向かってどうしようもない悪態を吐くと、まるで忌々しいとでも言わんばかりに、小さく舌打ちをした。そのまま夕飯を買うべく、スーパーむなげやへと足を向けると、否応なしに視界に入るのは、山積みになったクリスマスチキン。そこをあえて素通りすると、たどり着いた先は弁当売り場である。しかし、弁当の蓋までもなぜだかクリスマス仕様となっており、ただの地味で質素な容器が、赤白や金色で煌びやかに彩られていた。とんだコストの無駄遣いだ、と、ひねくれ者サイタマは思う。



「......なんで弁当までクリスマスの装飾なんだ?クリスマスと全く関係ないだろう。だって、これは豚キムチ弁当だぞ?イエスが顰め面で鼻をつまむぞ」



クリスマス。それは、恋人のいない者にとって肩身狭い日である。これまで恋人というものがいた試しがないサイタマにとって、クリスマスといえばこたつに入ってぬくぬくして、テレビでも観ながらおでんをつつくーーそんな認識でいた。

無駄に煌びやかな弁当コーナーをも突破し、そこでようやくサイタマは、お目当てのおでんの具材を見つける。はんぺんにちくわ、がんもどき。思い当たるおでんの具材を適当に手に取っていくと、気づいた時には買い物かごの中が練り物でいっぱいになっていた。これでは、家で待つ同居人に塩分過多だと怒られてしまう。それが可愛い彼女であったなら話は別だが、残念なことにそうではない。同居人というのは弟子のジェノスのことであり、男ふたりの共同生活に女っ気など微塵もなかった。ーーつい最近までは。



「あれ?サイタマだ」

「......おぉ、なんだなまえか」

「なんだとは失礼ね。今日のタイムセールはたまごが安いから、人手が必要かなと思って」

「まじか。確かに、おでんにたまごは欠かせねぇな」

「......あの、本気でクリスマスにおでんやるつもり......?」

「ははは、何言ってんだなまえ。クリスマス?なにそれ美味しいのか?」

「......」



なまえがどことなく冷めた目でこちらを見ていることには気づいていたが、サイタマはあえて気づかないフリをした。

そもそも、サイタマには色欲がない。彼は怪人を一撃で倒すことのできる強大すぎる力と引き換えに、髪だけでなく、感情だとか欲だとか、そういった人間らしいものをどこかに置いてきてしまったらしい。本人も、自分が人としてなにかが欠落していることを自覚していたし、強さを追求していくうちに、ただ強いヤツとやり合いたいという気持ちだけが強くなって、女だとか性欲だとか、全く興味がなくなってしまった。だから、クリスマスとかいうリア充のためだけにあるようなイベント事に対しても、特に執着もなにもない。ただ、寄り添って歩くカップルを尻目に、ほんの少しだけ、それなりに、羨ましいなと思ったりもする。



「や、別にリア充爆発しろだとか、そんな物騒なこと考えてねーから」

「私なにも言ってないけど」

「つか、なまえこそいいのかよ。なにも俺らに合わせておでん食わなくていいんだぜ?街に繰り出せば、それなりにクリスマス満喫できるだろうし」

「さすがにひとりでイルミネーション見に行けるほど図太くないよ。ていうか、そもそもそこまでクリスマスを特別視してないし」

「......へぇ。意外」

「そ?」

「なんつーか、女ってのはそーいうイベント事が好きな生き物なんだと思ってた」

「そりゃあ、一概には言えないでしょう......」



とはいえ、彼は色恋沙汰に対して完全に無関心とはいえなかった。なんせ、なまえは同居人のジェノスが想いを寄せている女性だ。他の女性とはわけが違う。



「それに、ふたりと一緒にいるの楽しいし」

「......ふーん」



なんて物好きな。サイタマは内心そう思ったが、なまえが嘘を吐くような輩ではないということを知っていたので、なにも言わず、ただ相槌を打ちながら、目の前の棚へと視線を泳がせていた。こんな時になにを言ったらいいのか、気の利いた言葉が見つからない。ただ、そう言われて悪い気はしなかったし、この胸がほんわかとあたたかくなるような感じは随分と久方ぶりだったが、この感覚が恐らく「嬉しい」ということなのだろう。

その時、背後から「ハゲだー」なんて無邪気で小憎たらしい声が聞こえ、サイタマにとっては禁句ともいえるその二文字に、彼は俊敏に反応を示した。180度首を回転させた先には、おろおろと慌てた様子の母親と、その母親と繋いだ手でない方の手でサイタマを指差す子どもの姿。恐らく5歳くらいだろう。その声音や表情に悪気や皮肉など一切なくて、子ども故の偽りない素直な反応であるからこそ、逆に胸が傷んだ。きゃっきゃと笑う子どもの隣で、母親が何度もすみませんと頭をペコペコと下げるものの、こちらとしてもどう反応したらよいものか。



「......ふっ、だって事実だし」

「子どもって正直よね」

「おい。そこは慰めるところだろーが。なに何度も頷いてんだよ」

「いいじゃない。私、ハゲも好きだよ」



嗚呼、無意識って怖い。「好き」なんて言葉、言われなれていないサイタマにとって、例え相手にその気がなくとも、なんだか照れ臭くなってしまう。

普段一緒にいると特に意識することはないが、こうしてたくさんの人が行き交う場所で、様々な人物を見ていると、改めて思う。なまえは美人である。自分みたいなハゲたおっさんと並ぶには、あまりに勿体ない。第三者から見たら、さぞ異様な光景だろう。そんなことをぼーっと考えていると、なまえが買い物かごからはんぺんを取り出し、こっちの方が安いからと、別のものと取り替えた。



「お前さ、」



サイタマは言いかけた言葉を、そのまま喉の奥へと追いやった。どうしてこんなことを口にしようとしたのか、自分にも分からない。別にどうだっていいではないか。今までだって他人のことなど気にもせず、ずっとひとりでやってきた。それなのに、ある日こいつらはずかずかと土足で日常に入り込んできて、今ではすっかりいることが当たり前になってしまった。だから、これは仕方がないことなのだ。他の大多数の人間よりも、たったふたりの存在が特別だと思ってしまうのも、ごく自然の流れなのだ。



「......ケーキでも買ってくか?」



去年の自分だったら、イベント事にうつつを抜かすことも、ましてやそのためにご馳走を用意しようなどとは思いもよらなかっただろう。だけど、今は違う。彼女の喜ぶ顔が見たいだなんて、これはきっと父親が娘を可愛がる心理と同じなんだ、きっと。そうでもなけらば、この感情に名前がつけられるはずもないのだ。

サイタマにとってふたりの存在はとてつもなく大きく侵食し、すでに生活の一部となった。それは、幼少期から他人との関わりを好んでこなかった彼からしてみれば、とてつもなく大きな変化である。



ーーやっべぇな。厄介なことに気づいちまった。



この時、サイタマは己の弟子に向かって心の底から謝罪した。なぜなら、弟子であるジェノスが想いを寄せていると知っていながら、その恋慕の対象である女性をわずかに意識してしまったのだから。

だが、それもほんの一時的なもので、三歩先を歩いた頃には、サイタマの脳内はおでんに餅巾着を入れるか否かで埋め尽くされていた。いくらクリスマスが特別とはいえ、具材の種類を豊富にすればするほど、家計は火の車なのである。

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