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「私なんかを、今でも好きって言ってくれるのは嬉しいよ。本当に。例え身体が機械になっていたとしても、ジェノスが生きていてくれて......涙が出るくらい嬉しかった」

「だけど、ジェノスの気持ちには応えられない」

「ジェノスのことは好きなんだけど、多分、ジェノスの言う好きとは違う。......多分なんて曖昧な言葉、使うのも申し訳ないんだけれど、」

「......あまり、私に期待しないほうがいいよ」



最後に、ごめんね、と。申し訳なさそうに彼女は言った。ただ、ジェノスはその言葉に絶望も悲観もせず、すんなりと受け入れることができた。過去に一度ふられていることもあり、心のどこかでそうなることを薄々と勘づいていたのかもしれない。確かに、なまえはジェノスのことが好きではあったが、それは異性に抱く恋愛感情とは異なり、例えば、姉が妹弟たちを可愛がるようなーーそんな類いの好きだった。実のところ、それ以上の強い愛情があることにも自覚していたのだが、今すぐに結論づけることはできそうになかったので、ひとまず、この件は保留ということで話は片付いた。

片付いた、のだがーー



「今はそれでも構いません。しかし、念のために言っておきます」

「?」

「いいですか、先輩。俺は......しつこいですよ」

「......」

「目的が明確になった以上、俺はなんとしてもそれを遂行してみせます」

「......目的?」

「えぇ、貴女を俺のものにしてみせると」

「......」

「そのためには、俺はこれからなまえ先輩を、執拗に、粘着質に、徹底的に口説くでしょう。己の力を尽くす限り、全力で押します押し続けます」

「え、ちょっとこの流れでなに言っちゃってるのジェノスくん」



先程までの、シリアスな雰囲気は一体どこへいったのやら。明らかに引き気味ななまえにも関わらず、ジェノスはそれを知ってか知らずか、彼女の手を優しく両手で包み込むと、そのきらきらと輝く瞳をまっすぐに向けた。こんなキザっぽい仕草も、顔が整った輩は様になる。なまえは背中になにか冷たいものが流れるのを感じながら、すでに押されつつあることにはっとし、慌てて話題を振った。



「そ、その紙!!」

「......紙?」

「ほら、私に中身見たかどうか聞いてきたやつ!結局、なんだったの!?」

「あぁ、これは......なまえ先輩への気持ちをひたすら綴ったものです」

「へっ!?」

「本来、これは先生からの教えを記すためのものでしたが、様々なことを考えているうちに情報処理機能が容量の限界を超え、その溢れ出た情報を記録せねばと腕が勝手に......」

「へ、へぇ......」

「なんならご覧になりますか?」

「いや......いい......」



確かに、ジェノスの言っていることは決して間違いではなかった。そこには、当時15のジェノスがクセーノ博士と出会うまでに見たものや感じたこと、暴走サイボーグへの憎悪や憤怒、そして、なまえの身を案じ、最期に会いたいと願ったことーー様々なことが記されていた。

ジェノスは、それを見せることに抵抗こそは感じなかったものの、暴走サイボーグに破壊され、崩れゆく街の様子までも鮮明に記載しており、それをなまえに見せるのは酷だと思った。あまりのショックで、ジェノスの名前すら思い出せなくなったほど、彼女は当時のことをトラウマに思っている。それなのに、わざわざ嫌な思い出を蘇らせる必要などない。



「そんなことより、なまえ先輩」

「(あ、なんか誤魔化された感が......)」

「この4年間、俺が見ないうちに......よりお美しくなられましたね」

「そ、そうかな?ジェノスこそ、身長伸びたんじゃない?」

「はい。これはクセーノ博士が、俺の成長に合わせてパーツのサイズを少しずつ調整しているのです。確か、現在は178センチあったかと。ただ......成長、という言葉で表現していいものか......なんせ、俺の身体はほとんど機械ですし、単にパーツを変えているだけで......」

「もうっ!そういう理屈っぽいところも変わってない!成長っていっても、色々あるでしょう?見た目以外に、内面だってそう」



なまえが手を伸ばし、今度は自分から再度、ジェノスの胸の辺りにそっと手のひらを当てる。瞳にコアの青い光を映しながら、彼女はほうと息を吐いた。



「......綺麗だね」

「コアは高温ですから、火傷には気をつけてください」

「これがジェノスの心臓なの?」

「いえ、これはエネルギー源であって、心臓ではありません。ただ、致命傷を与えうる場所としては、俺の唯一の生身である、脳部くらいでしょうか」

「そっか。なら......どんなに身体に傷を負ったって、ジェノスは大丈夫なんだよね」

「先輩......?」

「例え、腕や足がもがれようと、心臓部を貫かれようと......ジェノスだけは、絶対に、死なないんだよね......?」

「......」



自分に関わる者の死に対して、彼女はなによりも恐怖を抱いていた。それは、過去の悲惨な経験が強く影響しているのだと、ジェノスはすぐに理解する。彼もまた同じ被害者であり、大切な人を亡くした喪失感を、幾度となく経験している。



「大丈夫ですよ、なまえ先輩。俺は絶対にいなくなりませんから」

「......本当に?」

「えぇ、貴女を決してひとりにはしない。俺の魂は、貴女と共にあります」



すると、なまえは顔をみるみると赤く染め上げ、一体どこで覚えてきたのそんな台詞、と小さく呟いた。こんなキザっぽい台詞も、顔が整った輩は様になる。



「そういう、素直でまっすぐなところも変わらないよね......」

「? なにか言いましたか?」

「ううん、なんでもない」

「?」



そして、本人がそれをまったく自覚していないのも、なまえが頭を抱える理由のひとつであった。



◇◆



「......というわけです。サイタマ先生」

「そうか。なんだかよくわかんねーけど、俺のいない間に色々とあったんだな」

「えぇ、俺はようやく自分の気持ちに気づくことができました。これも先生のおかげです」

「(俺は別に聞き流していただけなんだけどな......)」

「そういえば、先生がいらっしゃらない時に、強い接近反応を察知したのですが......帰りになにかお変わりはありませんでしたか」

「あぁ、たいしたことねーよ。そいつも怪人だったんだけど、おかげで昆......」

「こん?」

「こん......(やべぇぇぇぇ怪人からむしり取った昆布なんて言ったら、こいつ怒るんじゃねーか!?)......こん......コンクリートに足の小指ぶつけちまってさ!これがすげー痛ぇのな!」

「それは災難でしたね。確かに、人間の身体は臍を中心として四方八方に血管や神経が伸びており、末端部になるほど細かくなっています。従って、腹部を刺激しても鈍感ですが、手足の指などは鋭敏に感じ、つまり、痛みが大きいとか。また、小指のような小さな部分に力が集中すると、かかる圧力が大きくなるため、さらに痛く感じるなど......」

「20文字」

「特に、小指には細心の注意を払いましょう」



買い出しに行っていたサイタマが、買い物袋と、やけに大量な昆布を両手いっぱいに抱えて帰宅した。その頃には、なまえとジェノスも一旦話を終わらせ、掃除をひととおり済ませておいたのだが、その大量な昆布をひとつかみ台所へと持って行くだけで、その道筋に沿ってぽたぽたと水滴がたれてしまった。まるで、ついさっき海から取ってきたばかりの如く新鮮な昆布であったが、海のあるJ市はここからだと結構距離があるし、いくらサイタマの足が速いとはいえ、この短時間でわざわざ海まで行き、海中の昆布を取ってくるなど至難の技である。

実のところ、サイタマは途中、頭から大量の昆布を生やした『昆布インフィニティ』という怪人に遭遇しており、この怪人はA級ヒーローがふたり束になってかかっても倒せぬほど強力な怪人であったが、その日たまたま昆布だしを買い忘れてしまったサイタマにとって、彼は格好の餌食となった。戦利品の昆布は、新鮮なうちにさっそく調理に使われ、そして現在、ふたりはいつものようにテーブルを囲んで座り、うどんをすすっている。



「今日のうどん、うまいな」

「先ほどサイタマ先生が煮込んでいた昆布だしを、少々使わせて頂きました。一体どうされたんです?あんなにたくさん」

「まぁ、俺の方も色々とあってだな......」

「今夜は昆布の味噌汁ですね。夕食時には先輩も呼びましょう」

「先輩?誰?」

「なまえ先輩です」

「え、なに。なまえって、お前の先輩だったの?」



ジェノスは一旦うどんを食べる箸をとめると、両手を拳にして膝の上に置き、改めて背筋をぴんと伸ばす。そして、複雑ななまえとの関係を、なるべくサイタマにもわかりやすいように、簡潔にまとめて話した。他にいないと思われていた当時の生き残りが、自分以外にも存在したということ。その頃、学生だった自分には想いを寄せている相手がいて、それが先輩にあたるなまえであったこと。想いが通じることはなかったが、告白を機に、彼女との交流があったことーーその間、具体的にどのような出来事があったかまでは、ジェノス自身いまだに思い出せていなかったが、とても幸せな日々であったことだけは確かに記憶している。



「ふぅん。案外、世界って狭いんだな」

「そうですね。しかし、こうして再び巡り会えたことは、奇跡と言っても過言ではありません。この奇跡的な巡り合わせを、決して無駄にしたくない......サイタマ先生。俺は必ずや、彼女を振り向かせてみせます」

「つってもよ、一度フラれてるんだろ?」

「一度や二度の失敗など、なにも問題ありません。俺は目的のためならば、なんだってやります」

「......あぁ、頑張れよ」



彼の意思は、その機械化された身体の如く、鉄のように堅い。きっとサイタマがなにか言ったところで、そう簡単に変わることはないだろう。そこで、サイタマはふと、なまえの姿が見えないことに気がつき、ジェノスに訊ねる。



「なぁ、ところで肝心のなまえはどこに行ったんだ?」

「先輩でしたら、隣の部屋に。ひとりにしてくれと言われましたので」



あまりに衝撃的な事実に加え、4年越しのジェノスからの告白。処理できる範囲を飛びぬけて次から次へと、新しい問題がやってきて、彼女の中の許容量はすでに大幅に超えていた。それを一旦処理すべく、ひとまずひとりで考えさせて欲しいとだけ告げ、なまえが隣の自室にこもって早一時間。ジェノスは彼女の様子が気になって気になって仕方がなく、時折壁に耳を押しつけていたが、そのたびにサイタマに、おい、と、むんずと首根っこを掴まれるのであった。



「つーか、お前がなまえを先輩呼びするの、今までの呼び方から変わったせいか、なんだか変な感じがする」

「確かに、先生は聞き慣れないかもしれませんが、俺はなんら抵抗はありません。恐らく、俺の生身の脳に残る、人間だった頃の記憶がそうさせているのでしょう。記憶を取り戻す以前から、先輩にはよく口調が違うことがあると指摘されていたのですが、その原因をようやく理解しました」

「あぁ、そっか。お前、記憶失ってたのか。だからなまえのことも、初めはわからなかったんだな」

「はい。しかし、ひとつだけ疑問があります」

「それ、簡潔にまとめられるか?」

「難しいですね......最善は尽くします」



ジェノスは暫し考え込んだ後、ブツブツと呟きながら話の内容を整理する。



「......その、なんといいますか......彼女のことだけを忘れていた、というのは、とても不自然ではありませんか?」

「お前、他のことは覚えてんの」

「えぇ、はっきりと。あの時感じた絶望や憤りを、俺は生涯忘れ去ることなどできないでしょう」



ジェノスの脳裏には、あの時の光景がやけにしっかりと染みついて離れない。家族との思い出が今となっては遠い記憶だと思えるのも、それは幼少期の経験だからであって、ジェノスに限らず、誰だって大人になるにつれ、幼い頃の記憶はおぼろげになるだろう。いっそ、忘れ去ってしまいたいと思うこともたくさんあったが、都合の悪いものに限って記憶の中に残りやすい。定期的に見る夢はいつだって酷く悲しくて、忘れ去ることは決して許されないことなのだと悟った。

だからこそ、彼の人生に大いに影響を与えていたにも関わらず、なぜ、なまえの存在だけが記憶から綺麗に抜け落ちていたのか、ジェノスはそれが不思議でたまらなかった。誰かの陰謀では、と疑い始めたところ、サイタマに、いや、さすがにそれは考えすぎだろ、と言葉を挟まれ、軽く額を小突かれる。サイタマにとっては軽く、のつもりが、それなりに威力を持っており、ジェノスは痛みこそは感じなかったものの、軽く電流のようなものが額から脳へと伝わるのを感じた。



「思い出せそうで、思い出せず......そんなことを繰り返しているうちに、俺はノートに思い出せる限りを書き記してみることにしたのです。これは、数日前に俺が書いて、ノートから切り離したページです」

「(ん?なんか見覚えあるような......)」



それは、サイタマがなまえに買い物メモと誤って渡したものだったが、当の本人はそれを覚えていない。



「まだ、思い出せていない大切なことが他にもあるはずなのです。無意識に筆を進めていけば、奥底に眠る潜在的記憶が引き出されるのではないかと思ったのですが......結局、思い出す糸口となったのは、なまえ先輩のアルバムでした」

「あぁ、お前がずっと気にしてたアレか。中、見れたのか?」

「いえ......ただ、決め手となるものならありました」



脳震盪に似た症状を感じながら、ジェノスは思い出せる範囲で、思い出の中に残るなまえの姿を頭に思い浮かべた。当時まだ学生だった、しっかり者で、幼さの残った顔立ちの彼女。今や4年という年月を経て、彼女は心身共に大人になっていた。自立し、社会に出て、働いてーーつらい過去を背負いつつ、それでも前に進もうとする彼女に、安堵と、それから劣等感。まっとうな人生を歩む彼女に対し、自分はどうだろう、と振り返ってみると、今までの自分の人生は復讐ばかりに捕らわれて、それだけが己の生きる意味となっていた。そればかりに固執していて、周りなんて見えていなかった。

もし、過去を乗り越え、なまえのように強くいられたら、自分にもこんな人生があったのだろうか。なんて、もしものことを夢想する。当時、身体の大部分が負傷していたことは確かだが、強いて戦闘用のサイボーグにならずとも、生き残ることはできた。そうしたら、今の機械化された自分の身体に、コンプレックスを抱くこともなかったのではないか。どんなに今を嘆いたって、彼の身体にあのぬくもりが戻ることは決してないのだが。

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