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乾杯の合図と共にかちりとグラスを触れ合わせ、酒をひとくちだけ飲む。サイタマは眉根を寄せて「くーっ」と唸ったあと、もうひとくち飲み下した。



「やっぱ、たまに飲む酒はうめぇな!」

「先生がお酒を飲めるとは、正直意外でした。てっきり飲めないのかと......」

「えー、まじ?なんで?」

「家ではまったく召し上がらないじゃないですか」

「まぁ、金かかるからな。そこまで強くもねぇけど、全然ダメってわけでもないぞ」



大根、たまご、しらたきに昆布。各々が好きな具材を受け皿に取り、はふはふといいながらおでんを頬張る。



「なまえ、飲んでるか?あんまし減ってねーように見えっけど」

「あ、お気遣いなく。私、もともとあまり飲まないだけだから」

「そーなの?悪ぃな。得意じゃないのに付き合わせちまって」

「ううん!全然!むしろ、私のためにありがとう」

「いいってことよ。これはな、お疲れ様会を兼ねた歓迎会でもあるんだよ。前に一緒にこの部屋で食った時は、まさか隣に住むことになろうとは、夢にも思ってなかったけどな。それからはジェノスのヤツ、やけに嬉しそうでさ」

「え?」

「せ、先生!そんなこと、わざわざおっしゃらなくても......!」

「いいじゃん、別に減るもんじゃないしぃ」

「......あの、もしかして酔っておられます......?」

「酔ってねーよ?酔ってねーぞぉ」

「サイタマ......それ、酔っ払いの言い分だよ......」

「あまり無理はしないでくださいね」

「わーってるって!」



そう言いつつ、サイタマは尚もちびちびと酒を舐めている。その横で私とジェノスは顔を見合わせ、くすりと笑った。



「ねぇ、ジェノス。私たちって、出会ってまだ一週間なんだよね」

「? そのはずだが」

「なんかさ、他人とは思えないんだよねぇ、ジェノスのこと。もしかして私たち......昔、会ったことがあるのかな?」

「!」

「ふふ、なーんてね。もしあったとしても、街中ですれ違う程度だよね」

「......あぁ、そうだな」



最後の言葉は私に対しての言葉というよりも、まるで自分に言い聞かせているような感じがした。なんとなく口にしてみたものの、実際、ありもしない話だ。私の昔からの知り合いならば、4年前にとうに死んでいる。過去を思い起こし、嫌な感情が芽生え始めたところで、私は回想することをやめた。今は、この優しい空間に浸っていたいと心から思った。

それからもサイタマの酒のピッチは上がり続け、とうとうテーブルの上には5つ目の空のビール缶が積み上げられた。まさか今日1日で今日買ってきた分すべてを飲み切るとは思ってもみなかったけれど、コップの中身が少しでも減ると、サイタマが飲め飲めと注いでくるものだから、まるで沸いて出てくる泉のように、コップの中身が尽きることはなかった。



「俺、少なくとも世界2、3回は救ってると思うんだよなぁ......ひっく」

「その通りです、先生。先生がいなければ、きっとこの世界はすでに滅んでいたことでしょう」

「え、なにこのテンション......あれ?ジェノス、お酒飲んでないよね......?」

「飲んでいるわけがない。俺はどうせ未成年だからな」



言葉の節々が若干刺々しいのは、恐らく、未成年だから酒は駄目だと私やサイタマに年下扱いされたからだろう。だって仕方がないではないか、それが世の中の決まりなのだから。しかし、成人済みとはいえ、酒に弱い輩がアルコール分を必要以上に摂取して良いというわけでは断じてない。そのいい例が、今の私だ。



ーーあ、なんか頭がグラグラしてきた。



そもそも、飲酒という行為自体が久方ぶりだった。酒が得意でないことは自覚していたので、会社の飲み会で自主的に飲もうとはしなかったし、あの酒特有の苦味が好みではなかったため、己の限界を知るまで飲んだこともなかった。とはいえ、酒の酔いは決して不快なものばかりではなく、初めこそは慣れない感覚に戸惑ったものの、次第に頭の中がぽーっとしてきて、心身共にふわふわとした感覚が次第に心地よくなっていった。

どうやらサイタマは酒を飲むと笑い上戸になるようで、いつもの気の抜けたような表情が、さらにへにゃんと崩れてしまっている、なんて口に出したらさすがに失礼だと思ったので、敢えて言葉にはしない。髪の毛が生えていない彼には顔を覆うものが何ひとつないため、頬だけでなく耳朶までほのかに赤らめているのがひと目で分かった。そういえば、私も顔が熱い。まるで顔の中心一点に、すべての熱が集結しているかのようだ。両方の手で頬を包み、その熱の温度を手のひらで確認する。ほわんとほどよい、ほろ酔い具合。これ以上摂取してしまうと、どうなってしまうか自分にも分からないので、もうこのへんでやめておこう。



「お?なまえ、グラス減ってるじゃんかよ。ほら、ジェノス。注いでやれ」

「はい、先生」



とか思っていた矢先、私のグラスは再びなみなみと注がれてしまったのだった。

幼少期から、食べ残しや飲み残しは駄目だと親に叩き込まれ、今回の食費にあたっては彼らが全負担していたため、無料で頂いている身としては、残すわけにもいかまい。せめてこの一杯だけは飲み干してみせようと、グラスの中身を一気に口の中へと注ぎ込んだ途端、なんの前触れもなく大量のアルコール分を摂取したためか、くらり、と眩暈を感じた。



「(も、もうギブ......これ以上飲めない......)」



ほんのわずかに残ったグラスをわざと遠ざけて置き、おでんをつまむ。空きっ腹では酒が回りやすいので、少しでも酔いを緩和させるためにも、胃袋をアルコール分以外で満たしてしまおうと考えた。

それから私たちは、いろいろなことを語り合った。ただ、酒の場であまり重要な話はしない。どうでもいいような話をだらだらと、例えば世の中に対する愚痴だったり、そんな他愛のない会話が楽しかった。主にサイタマが語り、私は共感する度にうんうんと頷き、対してジェノスが率直な感想を述べる。楽しさのあまり時間が経つのも忘れ、気づいたら日付がすでに変わってしまっていた。



「んあー......」

「先生。そろそろ休まれてはいかがです?」

「そーだなぁー......もーちょい飲みてぇなぁー......あ、そこのスルメイカ取って」

「あ、私チータラ食べたい」

「......」



ジェノスは微妙な表情をしつつ、その言葉に従った。酔えないので、純粋にこの飲みの場を楽しめていないのかもしれない。そう思った私は、すっくとその場で立ち上がると、ちょいちょいとジェノスを手招きする。



「? なまえ......?」

「ちょっと夜風に当たってくる。よかったら、ジェノスもどう?」

「!喜ん......いや、しかし、先生をひとり残すわけには......」

「サイタマ、寝てるよ?」

「!? いつの間に!!?」



指差した先には、スルメイカ片手にテーブルへと突っ伏したサイタマの姿。うつむいているため、表情は見えないが、すやすやと安らかな寝息を立てている。



「......では、お言葉にあまえて」

「そうだ。一応、財布も持っていこう。コンビニで買い足せるし」

「まだ飲むつもりなのか?」

「違うよう。2人に流されて、ついついたくさん飲んじゃったけど」



私は上からパーカーを羽織ると、財布だけ持ち、若干足元をふらつかせながら部屋を出た。ジェノスが少しだけ外で待っていて欲しい、と言ったので、ひと足先に階段を降りる。人のいない街の街頭に明かりは灯らず、辺りが深い闇に包まれている中、それに対してたったひと部屋だけやけに明るいこの空間が、より一層救いのあるような、とても落ち着ける場所であることが強調されていた。

一歩外へと足を踏み出した途端、酔いが一瞬で醒めてしまうほどの緊張感に、自然と背中がぴんと伸びる。サイタマやジェノスのいる和やかな空間に長いこと身を置いていると、つい忘れがちだが、この街が危険区域に指定されているということを、ゆめゆめ忘れてはならない。



「すまない。待たせた」

「ううん。それにしても、やっぱりこの時間は少し冷えるね」

「そんなに薄着で大丈夫なのか?」

「いいや、あまり長い時間ふらふらしようとは思ってないし」



それでも不思議なことに、彼が隣にいるというだけで、こんなにも緊張がほぐれてしまう。この底なしの安心感は、誰に対しても抱けるものではない。



「(やっぱり、なにか引っかかるんだよなぁ......)」

「なまえ。さっきの話だが」

「? さっきの?」

「あぁ。他人とは思えない、と言っていただろう。俺も実は、まったく同じことを考えていた」

「え、そうなの?すごいね、テレパシー?」

「そうではない。きっとなにか重大な意味があるはずなんだ」

「そう、なのかなぁ......?深く考え過ぎじゃない?私だって、適当に言ったわけじゃあないけど」

「なまえは......俺のことをどこまで知っている?」



そう言われて、私は口ごもる。彼はジェノスで19歳で、S級ヒーローをやっていて。考えてみれば、今持っている彼に関しての知識といったらその程度。ヒーロー名簿やインターネットで検索をかければ、S級ともなると様々な情報がヒットすることだろう。だが、私はそれをしなかった。忙しかった、ということは大した理由にもならない。今時、調べごとなんて携帯さえあれば、通勤時間のたった5分費やしただけで、いとも簡単に調べられてしまうのだから。

私は私の意思で、意図的に彼のことを調べなかった。ネットの情報なんて、不確かで曖昧なものに頼りたくなかった。



「じゃあ、教えてよ。好きな食べものは?」

「! いや、俺のことを、というのはそういう意味では......」

「違うの?私は、ジェノスのそういうところを知りたいんだけど」



ひどく思い詰めたような表情を見て、なんとなく察した。彼もまた、目に見えないなにかに縛られているのだ、と。

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