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ひどい雨だった。
ざあざあと降り注ぐ中視界も悪く、辺り一面に建物の瓦礫や割れた窓ガラスが散乱している。
ーー今の爆音は......?
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ただ1つ分かることといえば、今の衝撃で少なからず、周りの人間は皆息絶えてしまったということ。幸いにも打ち付けられた先に芝が生い茂っていたため、なんとか軽い打撲で済んだ。
よろよろと立ち上がり、泥まみれになった制服の裾を叩くも、濡れていては更に汚れを悪化させてしまうだけ。
まるで思い出したかのように、遅れてじわりと滲み出る鈍痛が脳髄に響いた。
これは汗なのか雨なのか、頬を伝う水滴を手の甲で拭うと、さきほどの衝撃で額を切ってしまったのだろう、それは赤く滲んでいた。
尚、まるで他人事のように、その色はいつしか美術の授業中に見た、パレットの上で水と混じり合う朱色の絵の具を連想させた。
まるで夢の中にいるようだった。
今自身の立っているこの場所が、普段何気ない日常を送っている世界と何もかもが違いすぎる。
毎日繰り返される学校生活、大して興味のない教科を学び、大人たちの目を掻い潜りつつも確かに存在するくだらない虐めに呆れ果てーーなんてしみったれた世の中。
だが、そんな生活の中にも楽しみはあった。愛しさがあった。ずっとずっと......あの人が好きだった。
ーーこのまま…...死ぬのか。
ーーそうだ、"あの人"は無事なのか?
ーーあぁ、なんてことだろう。
ーーたくさんの人が死に、こんなにも絶望的な中で、それでも考えるのはあの人のことばかり。
どうせ死ぬのなら、最後にあの人の顔が見たい。嘘でもいい。たったひとこと言って欲しい。
そして、あわよくば力強く抱きしめて欲しい。あの人の腕の中で人生に幕を降ろせたのなら、それも本望ーー
「本望?いや、それは嘘だ」
たった1つになんて決められない。
死ねない、死にたくない。まだまだあの人とやりたいことがたくさんある。
様々な思考を巡らせた。
こんな時どうしたらいいか、どうすればあの人に会えるのか、どうすれば自分は生き残ることができるのかーーしかし、どんなに考えても結果は同じ。このままではいずれ自分は死ぬだろう。
ならば、機転を変えてみればいい。
生き残ることを考えるのではなく、風の前の灯火に等しいこの命を、いかに活用できるかを考える。
視界がかすみ、次第に指先の感覚がなくなってゆく中で考えに考え抜いた結果、ふと、あの人を探そう、と。
自分でも拍子抜けするような、単純すぎる結論へと至った。
ーー愛して欲しかったけど、それは最後まで叶わなかった。
ーーならば、せめて記憶の片隅に己の存在を留めて欲しい。
目前で朽ち果てたなら、きっといつまでも覚えていてくれると思った。
例えその行為があの人にとってこの先呪縛にしかなり得なかったとしても、それが死にゆく自身にとって唯一、なにかしらのカタチとしてこの世に残ることのできる方法であり、あの人の永遠になれるのなら死さえも怖くは感じない。
むしろ、救われるような、とても穏やかな気分だった。
傷ついた身体が悲鳴をあげ、一歩足を踏み出しただけで骨格が鈍い音を立てて軋む。
痛みを感じるこの身体を、邪魔だ、捨ててしまいたいとさえ本気で思う。
言うことの聞かない身体を無理矢理にでも動かし、ただひたすら「会いたい」という気持ちだけが、かろうじて今この瞬間を生きる気力となる。
あぁ、自分はこんなにもあの人のことが好きで好きでたまらなかったのか。
最期になってこんなこと、今更知りたくもなかったけど。
「好きです」
「会いたい」
「......生きたい」
悲痛な声は誰の耳にも届かず、この日小さな人影は、燃え盛る街中をひとりさ迷い続けた。
だが、この時既に生存者は他にいない。
後に、この地を訪れたとある博士はこう語る。
たった1人の生存者となった15の少年は、身体の大部分を失っていたにも関わらず、暴走サイボーグからの襲撃を受けた地点からかなりの距離を移動していた、と。
発見された当時は既に精神が崩壊しており、それでもある人物の名前だけは口にできたという。