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仕事中、私の住む地域で無数の怪人たちが同時出現したとのニュースが舞い込んできた。災害レベルは虎とされたが、襲来から約5分足らずでとあるS級ヒーローによって鎮圧され、怪我人も出なかったという。しかし、思っていたよりも闘いの爪痕は大きかったようでーー



「......まじか」



そこに私の住むアパートはなかった。かつてそれが建物であった形跡は残されているのだが、剥き出しになった断面からは個々の部屋が見え隠れしている。怪人による被害か、はたまたよほどの災害が訪れたか。そうでもなければ、このような現象が起こるとは到底考えにくい。私のいない間になにがあったのかは定かでないが、起こってしまったものは仕方がない。物事を受け入れ、ただその場に立ちすくむことしかできなかった。

ひとまず、今の私に必要なものは寝床だ。幸いなことに携帯と通帳は手元にある。寝る場所さえ確保できれば生活には困らないだろう。しかし、ここ周辺に頼れる友人はいないーーというか、存在しない。何故なら4年前に思い出と共に全て失ってしまっているから。ただこの境遇を不幸だと思ったことはなくて、逆を言ってしまえば、今の私に失うものは何もない。そうポジティブに考えてしまえば、怖いものなど存在しないーーはず。



ーーだけど、こればっかりはどうしようもないよなぁ。

ーーさて、どうしたものか。



絶望の中、見上げた先には美しい夜空が一面に広がっており、アパートがまるごと消えてしまったため視界も良好。皮肉ではあるが、普段よりも一層星が綺麗に見えた。地球の汚染問題が取り上げられている近年、それでも星は美しかった。

こんな時でも、私はやけに落ち着いてる。どうにかなると頭の中で楽観的に物事を解釈している。そんなもの根拠の無い自信でしかないというのに、何1つ問題は解決していないというのに。きっと脳が考えることを放棄してしまったのだろう。それでも時間と共にぐちゃぐちゃだった頭の中が整理されてゆき、虚しさだけが身体の奥底から込み上げてきた。



ーーこんな時に......



まずは食糧確保をせねばと、むなげやを訪れたまさにその時だった。



「なまえ?」

「ぇ......サイタマ?と、ジェノス?」



気の抜けたような声で名前を呼ばれ、振り返った先にはゆったりとした部屋着を着た2人がいた。昨日ぶりだね、と笑ってみせたものの、うまく笑えていたかどうかは分からない。のほほんとした表情で手を振り返すサイタマの隣で、ジェノスが僅かに眉をひそめたのを私は見逃さなかった。もしかしたら勘づかれたかもしれないと思い、咄嗟に口角を上げる。



「お前、こんな時間まで仕事してんのかよ。ごくろーさん」

「あ…...う、うん......ありが」

「嘘だな」

「「!!」......は?何言ってんだお前」

「今、僅かだが目が泳いだ。これは人間が嘘を吐く時の典型的な動きだ」

「......」

「何も言わないということは図星だな?」

「いやいや、だからってそんな言い方はねぇだろジェノス。なんかすげー責めてるようにしか聞こえねぇぞ」

「ぅ......」

「「!?」」

「ご、ごめ......違うの、これは......2人のせいじゃなくて......」

「あーあ、なまえ泣かせやがって。俺まじで知らねーからな」

「!!? 」



途端にわたわたとするジェノスに、私は何度も大丈夫だからとだけ告げた。実のところ何も大丈夫ではない。ただこの涙が意味するものは、家がなくなったことに対する悲しさというよりも2人に会えたことへの安堵感からくるものだった。

今まで我慢していたものが一気にガラガラと崩れ落ちるようで、この時私は自分が如何に不安で心細かったかを身を持って知ることとなる。「とりあえず落ち着け、な?」サイタマに頭をよしよしと撫でられ、私は鼻を啜りながら目頭の熱いものをなんとかして堪えた。こんなふうに子ども扱いされるのは、いつぶりだろう。社会に出て、仕事をこなしばりばりと働く私しか知らない会社の同僚や先輩は、まさか私がこんなにも寂しがり屋だったとは思いもよらないだろう。何故なら、私がそんな姿を一度も晒したことがなかったから。できる自分でなければならない、弱みを他人にさらけ出すことを恥ずかしいことなのだと思っていた。



「......ありがとう」

「や、なんかごめんな?昨日から色々と。主にこいつが」

「お、俺は......なまえを泣かせようなどと、そんなことは決して......」

「分かってるよ、そんなこと。そうじゃなくて......多分、私は嬉しかったんだと思う」

「なまえは泣かされるのが嬉しいのか」

「そう言われると語弊があるかな」



多分ーーいや、絶対。私は彼らに救われている。ぼーっとしているようで常に人を気遣えるサイタマと、不器用だが根は真面目なジェノス。今まで接することのなかったタイプだと思う。だからこそ新鮮であり、そんな彼らの前では不思議と自然体でいられるのだ。



「実はね、なくなっちゃったの。家」

「は!?」

「まぁ、なっちゃったもんは仕方ないよね......怪人に文句言ったってどうにもならないし、願わくはヒーローが私の代わりに怪人をやっつけてくれてるといいんだけど」

「......なぁ、なまえ。お前......どこに住んでんだ?」

「? どこって、K市だけど」

「へ、へぇ〜......そ、そうなんだ......ははは」



あからさまに怪しい反応をされ、私はすぐに何かがおかしいことに気づく。冷や汗、泳ぐ視線、へたくそな口笛。誰がどう見たって動揺しているとしか思えない。彼は何かを知っているーー確信するのにそう時間はかからなかった。



「もしかして何か知ってるの?」

「えっ?や、いや、あの、その」

「ねぇ、ジェノス」

「!」

「......サイタマのことなんだけど、」

「お......俺には先生を売ることなどできない!例え先生が怪人を倒す際に近くの建物を粉砕してしまったとしても、それは怪人を倒すための致し方ない犠牲であって、拳に秘められし膨大すぎる力にはなんの罪も......」

「ちょっと待て!言ってる!言っちゃってる!!」

「......」



とはいうものの、サイタマの拳ひとつであの建物を破壊できるとは当然のこと思ってなどいない。というより、サイタマに限らず人間である限りーーS級ヒーローともなれば話はまた別だがーー到底無理な話である。ジェノスがいかにサイタマを先生として尊敬し、激愛しているのかはよく分かった。ただ、今の私にはそんな冗談に付き合っていられるほど気持ちに余裕がないのだ。本当に、切実に。



「でも......そっか。お前、家ねぇのか」



まるで捨てられた子犬に語りかけるような口調で話しながら、サイタマが私の肩にぽんと手を置く。改めて他人の口からそれを聞くと、自分がとても惨めで哀れに思えてきて、厳しい現実を突きつけられたようでなんだか無性に泣けてきた。



「責任はとる」

「!? 先生......しかし、失礼ながら先生には彼女に家を賠償する金銭面的余裕など全くの皆無......」

「失礼なこと言うな。いや、実際そうだけどよ。もっといい物件がすぐ近くにあるだろ?」



悪戯っぽくにやりと笑ったサイタマが指さした方向は、彼らの住むゴーストタウン方面。再度確認しておくが、そこは家賃も光熱費もかからないかわりに怪人の発生率が極めて高い危険区域であり、誰ひとりとして寄りつこうとしない立ち入り禁止区域であった。昨日の時点で私は既に足を踏み入れてしまってはいたものの、そこに住み込むとなると話は別だ。



「む......無理無理!だって、あそこにはすっごく恐ろしい怪人がウヨウヨいるって......!」

「そっかぁ?別に言うほどじゃあない気もするぞ。な、ジェノス」

「はい、先生」

「!? ......ほ、本当?」

「あぁ、なまえも昨日実際に泊まっただろ。なんたってタダで住めるんだぜ?もしも怪人が出てきた時は、俺がぶっ飛ばしてやるよ」



なんと心強く頼もしいお言葉ーーしかし、彼の気の抜けたような顔で言われても説得力に欠けるというのが正直なところ。(ごめんなさい。)



ーー今日はひとまず漫画喫茶にでも泊まろう......



彼らに別れを告げ、買い出しに戻ろうとしたまさにその瞬間、口数の少なかったジェノスが突然私の名前を呼んだ。そう、彼はいつだって唐突なのだ。昨夜のことといい、そして今回のことといい。



「なまえ」

「......何?」

「俺はこれでもS級ヒーローだ。それなりに強いとも自負している」

「!!」

「現に俺の力では先生の足元にも及ばないが......こんな肩書きでなまえが安心できるのなら、この俺を頼って欲しい」



知らなかった。でも、確かにどこかで目にした名前だとは思っていた。それがS級ヒーロー名簿だったか、はたまた全く違う場所でだったかは覚えていない。



「そうだったんだ......でも、」

「いや、言い方が違うな。俺に守らせて欲しい。俺が......俺自身の意思で、なまえを守りたい」



なんて恥ずかしい台詞を淡々と、しかも無表情で言うのだろうこの男は。こんなにも顔が熱く火照ったのは今まででたった二度きり。一度目は、今は亡き年下の彼から言われた"とある言葉"に。そして今はーージェノスもまた、彼のようにどこまでもまっすぐな瞳をしていた。



◇◆



結局、私は彼らのすぐ隣の部屋に住み込むこととなった。今あるものは己の身のみ。あれこれ詰めたり運んだりすることなく、引越し作業も短時間で済んだ。何もない状態だったので、水や電気も揃っている環境はとても有り難かったし、彼らは生活する上で必要となるものを快く貸してくれた。そうなると必然的に私の部屋着はサイタマから借りた悪趣味なTシャツになるのだが、こんな時に文句など言ってられない。週末になったらまず服を買いに行こうと心に決め、私は何もない殺風景な部屋をぐるりと見渡した。

部屋の構造は隣と同じく居間とキッチンで構成され、トイレも浴室も完備されている。1人で暮らすには十分過ぎる広さだ。このあたりは駅までのアクセスも良く、怪人さえいなければ月額も高値でついたことだろう。こんなにも好立地な物件を捨ててでも、かつての住民たちはこの地を離れ身の安全を選んだ。それはとても懸命な判断だったと思うし、私だってそうしただろう。常に怪人を意識しビクビク怯えて暮らすようでは、違う意味で寿命が縮んでしまいかねない。言ってしまえばこのご時世、どこへ行っても危険と隣り合わせであることは既に私が実証済み。現に昨日までの我が家は跡形もなく消えてなくなってしまった訳だし。



「......」

「......」

「ジェノス」

「なんだ」

「どうしてそんなところで正座してるの」

「気にするな。危険探知機とでも思ってくれて構わない」

「いや、無理」



私が部屋に入る前から、ジェノスはそこに座っていた。無人地域に防犯システムが備わっているはずもなく、この部屋には鍵などないので誰でも容易に出入りできてしまう。プライバシー面も考慮し、この点は少し考えるべきかもしれない。

こうして私の新しい生活が幕を開けた。



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