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胸が重い。奇妙な鈍い痛みが続くと、今度は眠っているのに目が回るような違和感に襲われる。胸と、胃とがムカムカする。やばい気持ち悪い本当に吐きそう。

結論から言うと逆上せた。そもそも私は逆上せやすい。長風呂は好きだが、少しでも長く入っているとすぐにこうなる。シリアスな展開になってきた最中、会話を遮るのも申し訳ないと思ったが、そろそろやばいと感じた私は会話の節目を探し始めていた。目に映るのはジェノスの腕1本のみだったので、表情を伺えず、どう話を切り上げるべきかタイミングを見計らうのが難しいところではあるが。



「あの、ジェノス......、!!」



会話が途切れ、言うならばこのタイミングしかないと口を開いたその瞬間、突然彼の腕が動いたかと思うと、私の頬を優しく包んだ。冷たい金属でできた手のひらは湯に浸かっていたためすっかりと温まり、感触の違いは否めないものの、人肌とのギャップはさほど感じられない。



「!?」

「すまない。驚かせてしまったな。なんというか、貴女の肌に触れたくなって......その、特に深い意味は......」

「え、あ、その、」

「自分でもよく分からない。確かに俺はなまえを懐かしいと感じているが、具体的な説明がうまくできる自信もない」

「や、でも、私......今、すごい汗かいてて......」

「そんなもの、何の問題もない」



ジェノスが優しく頬を撫で上げ、伝う汗を指で掬う。ふいに人差し指が下唇へと触れ、湯逆上せとはまた別の熱が一気に頬へと集中する。



「(なまえとはまだ出会って間もないというのに)」

「(あ、やばいそろそろ限界)」

「(こんなことをしていては変な誤解をされてしまう)」

「(どうしようどうしよう。身体が熱くて、頭がぼーっとして)」

「(あぁ、どうして俺は)」

「(もう何がなんだか......)」



もはや何も考えられなくなった私は、まるで茹で上がったタコのように、ぐだっと身体をそのまま委ねた。全身から力が抜け、ジェノスの手のひらにそのまま頬を押し付け、首から上を預ける。結果的に彼の力に支えられているものの、このままではずるりと沈んでしまいそうだ。



「? やけに熱い......!?」



ようやく異変に気づいたのか、ジェノスの声に焦りが感じられた。しかし時既に遅し、今の私に「大丈夫だよ」なんて気の利いた台詞どころか、たったひとこと返すほどの力すら残されていない。



「なまえ!何かあったのか!?」

「(うぅ......気づくの遅い......)」

「異常なほどの熱に心拍数......この症状は......!!」

「......じぇ、のす」

「!!」

「逆上せた......」

「......なるほど!!」



若干間が空いたものの、ジェノスはどこか納得したように声を上げると、まるで機関銃のようにペラペラと喋り出した。



「では、今すぐ湯船から上がらなくては!頭と顔、足を冷やすタオルを3枚用意しよう。水分補給にはスポーツウォーターを......いや、確か昨日サイタマ先生がトレーニング後に飲み干してしまわれてたか......!」

「(あー頭痛い身体だるい)」

「なまえ!今すぐこのカーテンを開けて......」

「無理!!!」

「な.....ッ、何故!!?」

「いやいや普通に無理でしょ!お願いだから、一旦引い、て......」



どさくさに紛れ、あまりに衝撃的発言をするものだから、思わず大きな声で返してしまった。その反動だろう。直後、強烈な吐き気が私を襲う。この身体では立ち上がることすらままならない。



「お願......じぇの......」

「だが、このままだとなまえが、」

「ほんと、お願いだから.....恥ずかしいから......!!」

「それなら心配ない。なんなら、恥ずかしくないようタオルで目を覆って......」

「阿呆かーーーーー!!!!!」



刹那ーースパーンッ!と頭をひっぱたく音が狭い浴室に響き渡った。その怒鳴り声の主は言わずもがなサイタマである。



「やけに遅ぇし、声がでけぇし、心配になって来てみれば......!つーか、言い方がなんかいかがわしいんだよお前!!どこの羞恥プレイだ!!!」

「羞恥プレイ......?先生、それは一体どのような修行内容でしょうか」

「いや、違ぇよ!?んな修行あってたまるか!!......って、おいなまえ!?生きてるか!!?」

「サ......サイタマ......」



ーーサイタマが来てくれて良かった......本当に良かった......

ーーあぁ、安心したら気が抜けて......



それからどうやって風呂から上がったかはあまり覚えていない。結局、ジェノスに引き上げられたのだろう。ただ1つだけ覚えているのは、ジェノスとサイタマが必要以上に力を込めてギュッと両目をつぶっていたことくらいでーーまるで強烈に酸っぱい梅干しを食べた直後のような、その表情がなんだか可笑しくて、思わずくすりと笑ってしまった。とりあえず笑えるくらいには私は大丈夫そうだ。

そのまま居間に運ばれ、布団でぐるぐる巻きにされる。その傍らでジェノスはサイタマからこっぴどく叱られていた。内容はあまり覚えていないのだけれど。



◇◆



「まじで悪かったななまえ。認めがたいがアイツは一応俺の弟子だし、まさかあんなにカオスなことになっていようとは......」

「いや、サイタマが謝ることはないよ」

「それにしても、アイツってまじで空気読めねぇんだな......」

「......」



否定はできず、とりあえず笑って誤魔化す。ちなみに30分ほどお説教を食らったジェノスは、サイタマの冷えピタを買って来いとのお達しに従い、つい先ほど駆け足で部屋から出て行ったばかりだ。



「でも、ジェノスのヤツ、よほどなまえのこと気に入ってんのな」

「そ、そう......?」

「あんな感じからは想像できねぇかもしれねぇけど、アイツって結構クールなんだぜ?見たまんま顔も無駄に良いからよ、女のファンなんかも多くて......あ、なんかちょっとムカついてきた。それなのにニコリとも笑わねぇし」

「へぇ。私、ヒーローとかあまり興味なかったから全然知らなかった」

「まじか。珍しいな、いまどき」



確かに世間ではヒーローフィーバーが巻き起こっており、絶対的善だと称えられていると言っても過言ではない。ヒーローたちは実力や成果だけでなく国民からの人気や支持率もランクに関わってくるため、ファンサービスも欠かせないのだという。それを本当にヒーロー活動と呼べるのかは分からない。ただ、この世界でアイドルとヒーローは紙一重である。



「でも、いいんじゃねぇの。多分、ジェノスもなまえのそーいうところを気に入ったんだろうし。媚びねぇっつーか、気兼ねなく話せるんだろうな」

「どうかなぁ。そういえばジェノス、私を懐かしいって言ってた」

「前から知り合いだったのか?」

「ううん。違う......と思う、多分」



私のあやふやな回答にサイタマは特に追求もせず、ふぅん、と相槌を打つ。



「ま、そのうち思い出すだろ。気長に待とうぜ」

「......そうだね」

「ただ、思い出そうとして思い出せねぇってことは......思い出さない方がいいことなのかもしれねぇな」

「!」



目を見開いて驚く私に、サイタマは慌てて「いや、深い意味はねぇけどな!?」と付け加えた。彼にそのつもりはないかもしれないが、今の言葉は私の心に大きくのしかかった。それはきっと思い当たる節があるからだろうけれど、とりあえず今は深く考えないことにした。

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