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それから立て続けにメールが何通も送られてきた。一部抜粋すると、古い友人からのものや大学からの課題提出告知(進学を前にかなりの量が課されることを知り、途端にくらりと眩暈がしたのは言うまでもない。)私の頭の中のやることリストはあっという間に埋め尽くされる。今にもパンクしてしまいそうなくらいの情報量。

それからはひたすら無我夢中でパソコンのキーボードを叩いていた。締め切り前の作家はきっとこんな感じで追い詰められるのだろうなと忙しない頭の片隅で思う。その間にも私は包帯で巻かれた状態での早打ちを極め、人間やろうと思えば何だって出来るのだと身を持って実感した。これも一種の試練なのだとポジティブに考えなければ何事も務まらない。背後から「一体何やってんだ」とシズちゃんに声を掛けられるまで、数時間もの間私はレポート作りに没頭していた。気が付くと外も薄暗くなり始めていた。



「!!! ししししシズちゃん!ていうか、今までどこにいたの!?何してたの!!?」

「お?おぉ、どこって……まぁ、何だっていいだろ」

「?(何か隠してる?)」

「つか、こんな暗い部屋でパソコンなんてしてたら目ぇ悪くするだろーが」

「あ……うん。そうだね……いつの間にこんなに暗くなってたんだ……あはは……」



暗い=夜という方程式が頭に浮かび、視線をズラしながら片手でパタンとパソコンを閉じる。自分から言い出してしまった以上、今更取り消す訳にはいかない。身体を強張らせる私に向かって、シズちゃんはムッと不機嫌そうな顔をしてみせる。



「お前なぁ、俺がただ単にヤりたいだけの男に見えるのか?」

「そういう意味じゃないんだけどね……?急に慌しくなっちゃって、心の準備も何も出来てなくて……」

「準備なんて必要あるのかよ。みさきは少し緊張し過ぎだっての。もうちょい肩の力抜いたらどうだ?」

「肩の力ってどう抜くの?」

「深呼吸でもしてみたら」

「えー……」



とりあえず言われた通りに深呼吸。すぅ、と鼻から大きく息を吸って口から吐く。「どうだ、落ち着いたか」と言われましても、正直こんなことでどうにかなる問題ではない。相変わらずの私を前に、シズちゃんはぼりぼりと頭を掻くと2度目の深い溜め息を吐いた。そしてはっきりとした口調で私の名前を呼ぶと、堂々たる態度でこう言った。



「好きだ」

「!」

「愛してる。死んでも離さねぇ」



愛の言葉にしてはぶっきらぼうで、後半は何故か脅迫に近い。



「まぁ、俺は死なねぇけどな。もし逃げようとでもしてみろ。その手足へし折ってでも俺が連れて帰ってやる」

「なんだか物凄く物騒な話になってきたよシズちゃん!?」

「そのくらい俺が心底惚れてるってことだよ。……初めてなんだ。この感情も、想いも。こんなに欲しいって思ったのは生まれて初めてだ。自分で言うのも何だが、俺は子どもの時からあまり欲がないヤツだったからよ。もしかしたらその反動なのかもしれねぇ」



彼が私を引き寄せ、額にキスをする。手で服を弄りながらそれでも話は終わらない。



「実はついさっき、弟から連絡があって。今、仕事の関係で池袋に帰って来てるんだとよ」

「弟って、シズちゃんがよく話してくれる”あの”?」



話にはちょくちょく出てくるものの、私はシズちゃんの弟くんをよく知らない。会ったこともなければ話したこともなく、ただぼんやりとした想像が頭の中で勝手に形成されている。感情的なシズちゃんの実の弟ということは彼もそういった性格なのか、はたまた真逆のパターンか。未知のベールに包まれた弟くんの話をシズちゃんは楽しそうに話してくれた。仲が良いことは今までの話から察していたが、その割に会う頻度が少ないのは、弟くんの仕事柄仕方がないことなのだと言う。時に地方各国、あらゆる国を飛び回ることもあるのだそう。



「ことの成り行きで、ついみさきのことを話したら、近々あいつも会いたいってさ。そういや俺、みさきに弟のことあまり詳しく話してなかったよな」

「ええと、昔話はよく聞いてたけど……って、ちょっと待って。それってつまり、シズちゃんのご家族へのご挨拶……!?」

「んな大袈裟な。ま、この際みさきには色々と知ってもらいたいんだ。お前にはもう何も隠したくねぇし、ずっと一緒にいたいと思ってる」



まるでプロポーズのような発言に、恥ずかしさとはまた違った感情に胸が熱くなる。



「今まで色々あったんだ。むしろ、あり過ぎた。だからこそ、もう……いいんじゃねぇか……?」



何が、とまでは言わない。敢えて言わないつもりなのかもしれない。それでも伝わる想いがある。きっと言葉なんていらないとはこういうことを言うのだ。彼女じゃなくたって、むしろモノでも構わない。ただ彼の隣にいられればそれでいいと心の底から思った。



♂♀



もう、これで何度目だろう。白濁色の液体を何度も吐き出したにも関わらず、俺のソレは一向に萎えることを知らない。どんだけ元気なんだ、俺もそう若いと言えるような歳でもないくせに。ただ恋愛経験歴から言うと今が盛りなのも致し方ない。こんな快感、みさきと出会うまで知らなかった。

あれから事へと及び、1度風呂へと入り、今度は浴室で2回目。いくら汗ばんだ身体を綺麗にしても、再び汗をかくのだからキリがない。結局合計3回身体を洗い直し、上がってからみさきの髪を乾かしてやっている最中にも欲望がむくり。みさきの髪から自分と同じ香りがしたーーたったそれだけのことが俺の起爆剤となる。俺は髪が乾ききっていないままドライヤーのスイッチを切ると、コンセントまで抜いてしまった。彼女の首筋をするりと撫で上げ、それが誘いの合図。



「ひゃあっ…、待って。今はまだ……ぁ、身体が……」

「悪ぃ。風呂場で3回もイッたもんな?じゃあ、今度は挿れない」

「……?」

「その代わり、ここ、使わせてな」

「あ……足……?そんなところ、どうやって使うって……」



みさきは言葉の最中で何かを察し、途端に顔をぼぼっと赤くする。風呂場で行為に至ったお陰で長く浸かり過ぎた身体は熱を持ち、すっかり茹で上がってしまったが、更に羞恥で赤くなるものだからとてつもなく熱く感じる。足首を掴みぐいっと持ち上げ、足と足の間に己の身体を捩込ませると、挿入はせずにみさきの限りなく足の根元に近い両太腿に自身を挟ませた。既に滑っていたそれが腿と擦れる異様な感触に、アソコ同様みさきの表情がとろりと蕩ける。まるで秘部に挿入したかのように腿の合間で抜き挿しを繰り返していくうちに、彼女の身体の中心は再び疼きを取り戻していた。

ぬちぬちとした粘着音が脳髄に響き渡る。まるで脳から犯されてる気分だ。



「ぅあ、シズちゃん。これ……なんか、すごい……」

「すごいって、なんだよ」

「へ、変態っぽい」

「……」



その単語はあまりに聞こえがよくないが、まぁそう言われても仕方がない。



「そうさせてんのは誰だよ」

「……それ、私のせいだって言いたいの?」

「みさきと出会わなければ、こんな変態染みたことも知らずに済んだだろうな。責任取れよ」

「な、なんて迷惑な責任転嫁……ひぁっ」



ほんの少し動いただけで、ぐちゅりと卑劣な音が立つ。先ほど吐き出した精液のぬめりを借りて自身を滑らせ、同時にみさきの臀部を揉み下した。汗を吸って額に張り付いた前髪を掻き分けて、僅かに顔を出した肌に唇を押し当てる。涙の滲む目元と、ふっくらとした?を順に辿り、最後に唇へ。強張った身体から徐々に力が抜けていくのを見届けると、その細い身体をぎゅっと抱き締めた。それから汗ばんだ首筋に舌を再び這わせ、赤く突起した乳首を口に含む。その時、ふいに力の篭ったみさきの爪先が肩へと深く食い込んだ。そこからピリッとした電流のような痛みが張り巡らされた神経中を駆け抜ける。こんなもの大した問題ではない。どうせ、そのうち消えてしまうのだから。



ーー残るような傷を付けてくれても一向に構わないのに。

ーーこの身体じゃあ何したって残っちゃくれないんだろうけど。



挿れないからとは言ったものの、早くも前言撤回を意識し始めた頃。ふとみさきの顔を見ると、物欲しげな濡れた瞳と視線が交わった。どうやら考えていることは同じらしい。その事実に思わずにやけてしまう口端を隠すことも忘れ、彼女への愛しさがどっと溢れ出た。なんと愛おしいことか。この美しくも儚い身体を滅茶苦茶に壊してしまいたい。その壊れゆく様もさぞかし美しいことだろう。



「し、シズちゃ……」

「どうした?そんな目して、誘ってるとしか思えねぇぞ」

「……分かってるくせに、ほんと意地悪」

「そんな可愛くねぇことばっか言ってると、本当に辞めちまうからな」

「ひぅっ!い、言ってることとやってることが違……ッ、ぁあ……!」



前触れなく指先でそっと触れた先は、熟したアソコ。陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る手足にのしかかり、しっかりとその動きを封じてから、更に追い討ちをかけるように指先の浅い注挿を繰り返した。「指、すげぇぐしょぐしょだな」とわざとらしく耳元で囁けば、分かりやすい反応が返ってくる。ルール違反だと言いたそうな目でこちらをキッと睨み付けるが、指なのだから反則ではないだろうと汚い言い訳をする。それに対する罪悪感よりそれ以上の興奮が勝り、俺の胸の奥で何かがどろりと蠢いた。

この感覚もこれで何度目だろう。いつから数えることをやめただろう。きっとそれももう思い出せないくらい遥か昔のことでーー俺がまだ「怒り」という感情でしか自身を知り得なかったあの時は、それだけが俺の全てだった。今は違う。良くも悪くも、掛け替えのない存在を手にすることによって考え方や価値観全てが変わった。



「やぁッ、やめ、やめ、て……ッ!シズちゃん……!」

「ッ、……名前呼ぶとか、反則だろ……」



その顔で、声で、名前を呼ばれる度にゾクゾクする。風邪を拗らせた時の肌寒さとは違う。もっとこう、身体の奥底からふつふつと沸き上がってくるような感覚。まるで憤怒の感情によく似ている、と心の中で思った。

何かに依存する人間をここ数年でたくさん見てきた。特にみさきと出会ってからは頻繁に、というより、自分自身のものの見方が変わってきたからなのかもしれない。この頃他人の考え方や価値観を理解できるようになってきたと我ながら感じる。何度も何度も交えた身体。穴の空いた箇所を埋めたくて、満たされたくて、必要以上にみさきを求め続けた。きっと誰もが皆同じように何かを求め、縋って生きているのだろう。それはテレクラで散々金を使い果たした挙げ句、借金にまで手を出したという救いようのない輩にも同じことが言えるのかもしれない。その借金の取り立てを仕事としている立場上見逃す訳にもいかないし、当然許されることではないので同情の余地もないが。



1時間前

みさきを部屋に残し、ベランダで火照った身体を冷ます。懐からひょいと煙草の箱を取り出し、1本口に咥えた。みさきの前では極限吸わないよう心掛けているが、やはり完璧に禁煙とまではいかない。しかし前程依存することはなく、ここ最近は煙草の消費量も確実に減った。これは金銭的にも有難いことだ。そんな時に掛かってきた1本の電話。ディスプレイに表示された名前を見て一瞬目を見張るものの、まだ点けたばかりの煙草の火を押し消し、冷静さを取り繕ってから通話ボタンを押した。



『兄さん、久しぶり』

「よぉ、幽。この間テレビで見たけど、相変わらず忙しそうだな。ちゃんと飯食ってんのか?」

『俺は兄さんの食生活の方が心配だよ。ファーストフードばっかり食べてるんじゃないかって』

「ははっ、心配には及ばねぇぞ。ここ最近は朝晩自炊してるからな。なんたって今はあいつがいるし」

『あいつ?……あぁ、なるほど』

「! お……お袋には絶対ぇ言うんじゃねぇぞ……勿論、親父にも」

『まるで親に何かと隠したがる高校生の台詞みたいだよ、兄さん』

「う……ッるせぇ、こーいう話は馴れてねぇんだよ。ただ、いい歳してあまり心配掛けたくないっつーか……!と、とにかく!ここだけの話だからな!」

「分かってるよ」

「……お前、今笑ってるだろ」

「別に」



ーーいや、絶対ぇ笑ってやがる。

ーー今、ほんの少し語尾が上擦った。



恐らく他人の耳には何ともないように聞こえるかもしれないが、実の兄にそれは通用しない。幽は意外とよく笑う奴だ。(と言うと、周りは本気で戸惑い始める。)昔は笑ったり泣いたりと忙しい奴だったが、いつからかあまり表に出さなくなった。



『ねぇ、もしかしてその人……みさきって人?』

「!? お前、いつの間に人の心の中覗けるようになったんだ!!?」

『いや、さすがにそんな人間離れしたことは出来ないよ』



俺の驚きの声にさらりと当たり前なことを返す幽。



『もうかれこれ1年以上前になるかな。兄さんが電話で俺に聞いてきたんだよ。みさきって名前の人を知っているかって』

「……」



思い出した。あの時俺は何故かビルから転落し、何故かみさきのことだけを忘れてしまった。この件に関してはあやふやなことばかりで、もしかしたら臨也の野郎が絡んでいたのではないかと睨んでいるものの、考えただけでぞっとする。もしかしたらみさきと全く関わりのない世界で生きていたのかもしれないと思うと、ひやりとした感覚が背筋を伝った。きっとさぞかしつまらない世界なのだろう。愛なんてものも知らず、ただ本能のままに暴力を振るうだけの化け物と化していたに違いない。



「あぁ、思い出した。そうだったな……」

『今度会わせてよ。その人に』

「えっ」

『兄さんが好きになった人、見てみたいな。いつもお世話になってるお礼も言いたいし』



何か甘いもの買って行くから、と気の利いた台詞を残し、幽との通話はここで途切れた。この時期の空の移り変わりは唐突で、通話を終えた頃にはすっかりその姿を変えていた。太陽は沈み、入れ替わるように丸い月がぽっかりと浮かぶ。真ん丸とまでは言えないが、ほんの少し欠けた月。いつか見た月をふと思い出しながら、ふいにひゅうと吹いた冷たい風に思わず身体を震わせた。そろそろ冷えてくる頃だろう。



ーー風邪引かねぇうちに中入るか。

ーー……今何時なのか分かってんのかな、あいつ。



当たり障りないことを期待しつつ、俺は両腕を組みながらいそいそと部屋へと戻った。さて、今あった電話の一件は彼女に伝えるべきだろうか。そんな様々な思いを馳せながら。

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