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※裏





どんなに行為を重ねたって恥ずかしいものは恥ずかしい。それを第三者の目に晒すことになろうとは夢にも思わなかった、いや、思いたくもなかった。その上ここは保健室。純粋な学生たちが清き青春時代を謳歌するこの場所で、欲望に塗れた彼らと交わろうとしている私もまた同罪。頭の片隅に残る保健室での記憶の中で最も印象的だったのは、熱を出した私の額に当てられた先生のひんやりとした手ーーそんな今となっては微笑ましいエピソードが、まさにこの瞬間厚く塗り替えられようとしていた。きっとこの先これ以上記憶に残るような出来事は訪れないだろう。それ程までに今繰り広げられているこの出来事が、あまりに衝撃的過ぎたのである。

目の前にまで彼が迫って来たと同時に、どう足掻いても逃げられないことを悟った。大の大人3人が乗ったベッドは悲痛な音を立てて軋み、その度に一々私を正気にさせる。どうせなら正気でなくなるくらい気を紛らわして欲しかった。正気なら、普通こんなこと出来るはずがない。



「ね、ねぇ……やっぱり、こんなこと……」

「もう遅いよ。男ってのはさ、1度その気になっちゃうとなかなか戻れない」

「し、シズちゃん……」

「……」

「ッ、シズちゃん……!!」



助けを請うような呼び掛けにシズちゃんはピクリと反応したものの、言葉を返してくれることはなかった。無言のまま苦しげな表情をこちらへと向け、何かを訴えかけてくる。異様なほどに荒い息遣いと、犬のような呻き声。そこでようやく何かがおかしいことに勘付くのだが、この時の私は傍らに置かれた使用済みの注射器や、自身の身に起きた異変に気付いてなどいない。ただただ自分のことよりも、目に見える彼の変化の方が心配だった。

こんな一大事でも疼いた身体は快感を求めるし、期待に胸は大きく高鳴る。身体を撫でるように滑る指先は誰のものかも分からないが、例えそれが誰のものであっても身体は悦びに震えるのだ。これこそが人間の汚い性ーー



「そろそろいいかな」



突然臨也に耳元で囁かれ、途端に様々な感情が湧き上がった。このまま受け入れてはいけないと拒む自分と、いっそ何も考えず楽になりたいと願う自分。両極端な考えに苛まれ、未だ行動に移せずにいる。そんな私の心境を察したのか、臨也は柔らかな口調で続けた。



「大丈夫、大丈夫だから安心して」

「誰もみさきを恨んでいる訳じゃあない」

「俺もシズちゃんも、みさきのことが好きで好きで……」



そこまで言うと彼はピタリと言葉を止め、ほんの少し間を空けてからこう言い放った。優しかった口調は豹変し、どこか冷たく刺々しい。ごそごそと懐から何かを取り出したかと思うと、頬に突き付けられたそれは意外にも弾力性があり柔らかかった。



「だからこそ……めちゃくちゃにしたいんだけどね」



♂♀



一瞬たりとも目を逸らさぬ視線が、見られているという感覚が、痛くて怖くて、気持ち良くて。彼らの言う狂気染みた愛の言葉を拒めぬほどに、私自身も狂ってる。背後からは臨也の手が、前方からはシズちゃんの手が私の身体を翻弄し、板挟みになった状態ではどう頑張っても逃げられはしない。後ろに逃げようと腰を退けば臨也の身体が、かといって身体を前に倒せばシズちゃんの広い胸に受け止められる。こんな状況であるにも関わらずシズちゃんの腕の中は心地良くて、彼の広い背中に自らも腕を回し、しがみつく。この温もりを感じたままいっそ眠ってしまえたら良かったのだが、それを許してくれる状況ではなかった。

聞こえるのは息遣いと己の喘ぎ声、そして無機質なバイヴ音の正体は無理矢理捻じ込まれた卑猥な玩具。まるで虫の羽音のように耳障りなそれは、一定のテンポを保ったまま継続的に振動を続けている。とはいえ刺激としては物足りないくらい微々たるもので、決して気持ちの良いものではなかった。焦らされた部分は熱く火照り、むず痒さに身体を捩らせることしか出来ず、むしろ気持ちが悪い。



「ひっ……ぅ、あァ……!」



物足りない身体は頼りないバイヴに縋るように、更に快感を得ようと腔内をキュウキュウと縮こませる。バイヴに密着することによって、刺激を直に感じ取ろうとしているのだろう。身動きできない体勢に加え、M字開脚したままではじんじんと疼く秘部をどうすることもできず、かといって自分で弄ることなんてできるはずもなく、ただただぎゅっとシズちゃんに縋るように抱きついていた。密着しているため表情は伺えない。それでも抱き締め返してくれることに安堵する。例え彼が不自然なほどまでに始終無言だったとしても。

抱き締める際に手の甲に触れた、ふわりと柔らかな感触。これは触り心地の良い彼の癖っ毛なのか、それともーー?何処となく感じる違和感。




「みさき」



突然、耳元でやけに熱のこもった声で私の名前を呼んだのは臨也。傍観者でいることに若干飽きてきたのか、暇を持て余した彼の手がにゅっ、と長く伸びる。そしてその先にある玩具の持ち手を掴むと、ぐるりと大きく回転させ、あろうことか更に奥へと捩じ込んできたのだ。ぐぷり、気泡が潰れるような音と共に強烈な圧迫感が私を襲う。反射的に身体がくの字に折れ曲がり、一際大きな声が漏れる。



「ひあぁ!!?ま、待って!臨也……お願い……!!」

「かーわいーみさきチャン。そんな声で名前呼ばれたら……もう、我慢できなくなっちゃう」

「あン…ッ、……、んん……ッ!!」

「とはいえ、これ以上のことはこの化け物が許してくれるとは思えないし……はぁ、ほんと蛇の生殺しだよね。俺だって下半身キュンキュンしちゃってさぁ……って、なんか台詞がオヤジ臭い?」

「……」

「……ちょっと、シズちゃん。いくら何でも一言も発しないのはどうかと思うよ?そりゃあみさきはそんな余裕ないとして、シズちゃんがそんなんじゃあ本当に俺がやっちゃ……あ痛ッ!!?」



どうやらシズちゃんが臨也に何か仕返しをしたらしい。そりゃあ臨也が煽るようなことを言うものだから、仕方がないといえば仕方がない。シズちゃんはただ犬のような唸り声を上げ、暗闇の中でも分かるような眼光の鋭い眼差しを宿敵に向けるのだった。いつもなら「黙れこのノミ蟲野郎が」程度の貶し文句が出てもおかしくはない。やはり、何かが変だ。



「もう……猫じゃないんだからさぁ……引っ掻くとか……」

「……」

「あーはいはいそうですか。俺とは何も話したくないって訳。俺は別にシズちゃんなんかと話せなくたって何とも思わないんだけど。大きな声で怒鳴られてもこちらとて困るしね、……っと」

「!!!!」



カチリとスイッチが入れ替わった途端、先程までとは全く異なった動きを始める玩具。心無い玩具は容赦無く、私が泣こうが喚こうがその動きを緩めてくれることはない。玩具特有の回転ではなく、大きく上下に動くピストン運動はまさに人間のソレそのもの。



「むしろ、このまま黙っててよ。泣き叫ぶのはみさきだけでいいんだから、さ」

「……〜〜ッッ!!な、なに……これぇ……!」

「最近のバイヴってすごいよねぇ。これ、装着型なんだって。みさきがイクまで……いや、イッても離してくれないよ……?」

「あっああ……!?も、無理……あ…!」



バイヴを抜いてしまおうと手を伸ばし、それを阻止したのはシズちゃんだった。手首をがっちりと掴まれ、離してくれる気配はない。一体何を考えているのだろう。互いの鼓動も感じ取れるほど近い距離にいるにも関わらず、心の奥底はなんて遠いのだろう。自分のことに精一杯で安直な私は、まだ彼の変化に気付かない。

快感に限らず痛みも然り、人は声として口から外へ吐き出すことによって本能的に発散を図る。犬が舌を出して呼吸することによって体内から熱を逃がすように、私たちだってそう。思わぬところで小指をぶつけ、無性に「痛い」と連呼するのがいい例だ。私だって何も相手が喜ぶからとサービス精神で喘ぎたい訳じゃあない。むしろ恥ずかしいので、出来ることなら黙っていたい。しかしそれができないのは、身体の中で処理し切れないくらいの快感が勝るから。我慢して口を頑なに閉じていたら、それこそ爆発してしまいそうで。



「無理?無理じゃないよね。まだまだこれからなんだから」



ーーまだまだ?

ーーそれって……あとどのくらいで終わる?



その答えも分からぬまま、終わりの見えない果ては遠い。

快楽の逃げ場が欲しくて、シズちゃんの着ているシャツをぎゅっと掴む。しわくちゃになったシャツをアイロン掛けすることになるのはどうせ私なのだろうけど、いつ訪れるかも分からない先のことなんて考えている余裕もない。「あっあっ」と漏れる喘ぎ声はもはや自分のものでないような気がして、遠く他人事のように感じ始めていた。だから今更恥ずかしいとも思わない。どうせ逃げられないのだから、生理現象に抗おうだなんて馬鹿らしいではないか。今の私に残るのは”諦め”と”妥協”、受け入れてしまうことが最も懸命で楽な判断だった。



「ふあぁ……!ま、また……もう、イッ……!!」



さて、これで3度目。この有様で、絶頂に達した回数を数える程度にはまだ理性は保てている。



♂♀



薬を打ってからというものの、ヤツは一言も発さなくなった。初めは拗ねているのかと思いきや、そうでもないらしい。恐らく、あの薬が原因なのだろう。みさきは眠っていたのだから知る由もないが、ヤツはその化け物じみた身体に得体の知れない薬を2つも投与している。俺だって鬼じゃあないので生死に関わるようなものは渡していないーーはず。これはほんの少し前、ネブラから薬の効能を確かめるよう高値の報酬で依頼されたものだった。当初の予定では家出少女、もしくは不法滞在中の外国人を"使う"予定であったが、その被検体が急遽人間でなく化け物になっただけのこと。その結果がどうであろうと俺にとっては造作もない。ただありのままを報告さえすればいい。

薬の効果としてまず頭に浮かんだのは、服用した者の声を奪うもの。それはまるでおとぎ話の人魚姫に出てくる毒薬のような。王子に会いたいが為に足を手に入れた人魚姫は、代償としてその美しい声をーーなんて、少しロマンチックではないか。



ーーじゃあ、こいつは声と引き換えに何を手に入れたのだろう。



そんなことを考えながら、手癖の悪い俺はみさきの身体をただただ愛撫し続けていた。



「あ、ああっ……んぅ!!」

「(ええと、確かこれで4度目)」

「い、臨也ぁ……お願、だから……いっ、ちど、休ませ……ひぅ…っ」



当然、感情のない玩具は電池のある限り動き続ける。ぐちゃぐちゃ、ぐぽぐぽ、卑劣な音を響かせながら。ドロドロのそこに手を伸ばせば、バイヴを根本までみっちりと咥え込んでいるにも関わらず、粘着質のいやらしい愛液を絶え間無く溢れ出していた。腿を伝うそれを指ですくい取り、親指と人差し指で擦り合わせ、ぬちゃ、と音を立ててみせると、みさきは更に顔を赤く染めた。こう可愛らしい反応を返されるものだからやめられる訳がない、何かと意地の悪いことをしてしまう。



ーーそれに、だ。肝心のシズちゃんは何も言いやしない。

ーーまさかこいつに、好きな女が弄ばれているところを見ていたい願望があっただなんて。

ーー俺が言えた立場じゃあないけれど、とんだ悪趣味だ。



普通、男だったら耐えられない。自分の大切な彼女が他の男の手で喘ぎ、乱れる姿なんて。まぁ、これは俺の想像でしかなくて、本当のところは分からない。事実、シズちゃんみたいな輩もいる。

だが決して何もかも許している訳ではないようで、俺のみさきを犯す趣旨の台詞には敏感に反応し、それを制した。どうやらそれなりの許容範囲はあるようだ。



ーーもしくは……言いたくても言えない、とか。



その時、カーテンがふわりと揺れ、月明かりが一瞬だけ部屋の中を照らし出した。俺の視界に映ったものは、決してこちらを向いてくれないみさきの縮こまった小さな背中とーー金色の光を宿した鋭い瞳に、彼女の首筋を伝う真っ赤な舌。それはまるで獲物を捕らえた獣のようだった。

言いたくても言えない、話したくても話せない。そんな俺の立てた仮説はあながち間違っていなかったのかもしれない。ヤツの頭から生えた"耳のようなモフモフしたもの"を見た時には、思わず口元がヒクついてしまった。

「……はは、まじか」

「(どうやらヤツは狼か犬の類になってしまったらしい)」

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