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言い返せばいい、言い訳をすればいい。それが出来ないのは図星である何よりの証拠。



「……あぁ、その通りだよ」



だからどうした。これで満足か?怯むことなく開き直ったようにそう言葉を吐き捨ててやった。変に隠そうとすればするほど泥沼に嵌る。ヤツに頭で勝てるなんざ考えていない。なら初めから挑まなければいいだけ。勝てないと分かっている喧嘩を易々と買うほど俺は馬鹿ではなかった。見たい。見たい。今まで蓋をして、我慢してきた欲望たちが次々と溢れ出す。1度それを自覚してしまうと止めどなく、もはや修復は不可能だった。

汚い欲望がだだ漏れの渦中そんなことを知る術もなく、ただスヤスヤと眠るみさきの寝顔はあまりに穢れなく美しい。まさか俺がこんなにも卑劣なヤツだったなんて微塵も思わないのだろう。きっとみさきの思う俺は強くて前向きで、悩み事も「もういいや考えるのも面倒臭ぇ」なんて言いつつも流せてしまうーー要するに、大して物事を深刻に考えないタイプ。それは決して間違いではないのだけれど、みさきのこととなるとそう簡単には片付けられない。


ーー……やっぱ可愛いな、こいつ。

ーーこんな時に不謹慎かもしれねぇけど。



「さて、ここに2つのアブナイ薬があります。ちなみに合法的なものだから安心して。麻薬とかそういった類いは一切ナシ。そっち方面にうるさい知り合いがすぐ身近にいるもんだから、さ」

「つっても、どうせロクでもねぇモンには変わりねぇだろ?さっきからいちいちチラつかせやがって」

「これ、みさきとシズちゃんが実験体になってよ。丁度ここに2本あるし」

「!? んなもん……ッ、てめぇが勝手にやってろ!俺はともかく、みさきにそんな得体の知れねぇ薬打たせる訳ねぇだろーが!」

「へぇ?なんなら、シズちゃんが両方打ってくれる?化け物並みの回復力を持つ君なら、少しくらい無茶したってへっちゃらかもね」

「……ッ!……、……はっ、それに従わなきゃなんねぇ理由も義務も俺にはねーよ」

「おっと、それは大有りなんじゃない?今の俺にはみさきを人質にすることも出来ちゃう訳だし、実はもう……打っちゃってるんだよねぇ?みさきに、アブナイお薬」

「!! はぁ!!?てめ、……ッ!!」

「あははは!無様だねぇ、シズちゃん!そんな馬鹿みたいに動揺しちゃってさぁ!!少しは上達したんじゃない?人間の真似事」

「……あぁ、そうかよ……本当に殺されてぇらしいなぁ……?初めからてめぇとまともに話が出来るなんざこれっぽっちも考えちゃいねぇよ。そっちがその気なら、もう文句言えねぇよなぁ……?俺が今からどうしようと……」

「そうだね。もし君が力任せにみさきを奪い返しに来たとしたら、俺は少なくとも軽傷じゃあ済まないだろう。勿論、今俺たちのいる保健室だって……きっと明日の朝には話題のニュース入りさ。『夜間の学校に不法侵入。荒れた校内。卒業生による犯行』なーんちゃって」

「脅してんのか、それ。生憎、それ程度の脅し文句じゃあ……」

「シズちゃんはいいだろうけど、みさきはどうだろうね」

「!!」

「ほら、結局自分のことばかりでみさきのことなんて考えちゃいない。だから駄目なんだよ」

「……」



悔しいが、言い返せない。言い返せるはずがない。言葉で論破されてしまう語彙力のない自分があまりに惨めで、腹立たしい。

「……分かったよ。なら、俺は俺なりに証明してやる。俺以外には出来ねぇやり方で、な」

「へぇ?それは一体どんな風に?」

「……貸せ」

「は?」

「だから貸せっつってんだろ!?その手に持ってる薬をだよ!!2本ともな!!」



半端強引に、俺は臨也の手から2つの薬を奪い取る。その衝動で注射器に充たされている液体がしゅわしゅわと音を立てて泡立ち、さすがの俺も薬に対する若干の危機感を覚えた。普通、薬というものはこんなにも毒々しい色をしていない。昔、小学生の頃に図工の時間で使った色彩用絵の具ーー草木の緑に川の水色、空の青に建物の屋根を塗る鮮やかな赤ーーそれらを全てをごちゃ混ぜにしてしまったパレットの上を想像して欲しい。単体ではあんなにも美しい色が、ただ混ぜるだけでこんなにも変貌してしまうものなのかと俺は幼心に学んだ。その薬の色を目の前にした途端あの時の気持ちがフラッシュバックし、思わず顔を顰めてしまう。強がってみたはものの、身体の中に入れるとなると話は別だ。



「どっちかが効能不明の薬で、もう片方が緩和剤。みさきに打ったのはまた別のもので、少しばかり感度が敏感になる……要するに気持ち良くなれちゃうお薬だから、身体に害はないよ。安心した?」

「安心できる訳ねぇだろ。言っちまえば媚薬だろ?んな薬使って、てめぇが考えてることなんて1つしかねぇ」

「ふふ……それはお互い様。それをすぐに思い付く君もまた同類じゃあないか」



臨也はみさきを膝に座らせると、こちらに見せつけるかのように両足を大きく広げた。所謂M字開脚とかいうやつで、普段隠された太腿までばっちり拝めてしまう訳で。こうして距離を置いた場所からみさきの厭らしい姿を見ていると、まるでエロ本を眺めるただの傍観者になった気分だった。もどかしいような焦れったいような、手が届きそうで届かない距離感に堪らずゴクリと喉を鳴らす。



「みさきが目を覚まさないままイかせられたら1ポイントね」

「はぁッ!?なんだよポイントって!んなルール、聞いたことな……」

「しーっ!そんな大声出したらシズちゃんの声で目覚めちゃうよ。勝負にならないじゃん」

「……だから、勝手に趣旨変えてんじゃねぇよ……」

何が悲しくて俺はこいつなんかに素直に従っているのだろう。冷静になれば今の状況がおかしいってことくらい猿でも分かる。



ーーなら、今の俺は猿以下だな。

ーー別に猿が悪い訳じゃあねぇけどよ……他の動物よりも知性は高いんだろうし。



「おい、ちょっと待て。まさかてめぇ、この流れでみさきとヤッちまおうなんざ考えてねぇだろうなぁ……?」

「さすがに俺もシズちゃんの目の前でそんなこと出来るほど命知らずじゃあないさ」

「そう思うなら目を見て言え。それだけは絶対ぇ許さねぇからな」

「……はいはい」



♂♀



ーー……?

ーー?????



何も見えない、ただ覚束ない意識だけが存在する世界。この感覚は恐らく夢の中なんだと思う。しかし目の前に情景が広がっている訳でもなく、夢を見ている感覚もない。物理的に目を瞑った状態で見えている風景ーーつまり、何も見えない暗闇の中に私はいる。すっかり熟睡しているのだろう。それなのに意識だけはやけにはっきりとしている。なんだか不思議な気分だ。

遠くで、近くで聞き覚えのある声がする。男2人がなにやら言葉を交わしているらしい。片方の声はすぐ耳元から聞こえてくるのに、言葉が聞き取れないのがもどかしい。普通、自分が夢を見ていると自覚した時点で自ずと目を覚ますものなのに、それを許さまいと妨害する何かが私の中で作動していた。



ーーそういえば私、どうして眠っているんだっけ。

ーー私は臨也と話していて、それから……お香のようなもので眠らされて……

ーーあぁ、そういえばスーツケースのようなものに入れられた記憶はある。

ーー……それが本当かどうかは分からないけれど。



どこかに運ばれているのであろうことは何となく感じていた。しかし抵抗する気力もなくーーというより、どうやら薬か何かを打たれたようで、未だに意識が定まっていない。



ーー……臨也。



私は心の中で彼のことを想う。



ーーやっぱり、駄目なのかなぁ。

ーー今更プラトニックな関係なんて……そんなの、都合が良すぎるのかなぁ?

ーー私がそれを望んでいても、臨也はそれを望んでいない。

ーーなら、やっぱり関係そのものを断つしか……



「……ふぁ……ッ」



ーー!?

ーー今の、私の声!!?



くぐもった女の声は聞き間違えようがない、確かに自分の声だった。普段の声とは明らかに違うせいか、すぐには判断出来なかったけれど。



「んぅ……ふ……、ぅん……」

「あっ……ん、あ……っ!」



ーーえええええええええええ!!?

ーーちょっと待ってちょっと待って!!

ーー状況がうまく飲み込めないけど、これって喘いでる!?私が!!?



声をはっきりと認識出来るようになると同時に、霧が晴れるように目の前が明るみ始める。初めはぼんやりとした景色も幾度か瞬きをしていくうちにより鮮明に映るようになっていった。が、まず目に飛び込んできたものはーー大きく開かれた自分の足。の、膝。いつの間にか下着は剥ぎ取られていたようで、ほんの少し視線をズラした先にあるのは、ぽつんと床に放置された見覚えのある下着。この時点でもう随分と頭が混乱しているにも関わらず、更に追い討ちを掛けるような状況が私を待ち構えていた。

3つ並んだパイプ製のベッド、ツンとした薬品の臭い。薄れつつある記憶の片隅に残る保健室の風景とここまでは一致。しかし、当時の私には想像もつかないような事態が今まさに繰り広げられている。



「……」

「「……」」

「えっと……シズ、ちゃん……?」

「お、おぉ……」



意識を手離す時には確かにいなかったはずの人物が、起きたら何故かすぐ目の前にいた。ならば私の身体を支えているこの人物は一体誰だというのか。考えなくても答えは自ずと出てくる。私は目の前を向いたまま、密着している彼に向かって言葉を言い放った。



「……どういうことか説明してくれるよね?臨也」

「あーあ、起きちゃった。あと少しだったのに」

「? あと少しって、何の話……、!?」



ようやく理解出来たものの、立て続けに人を驚かせるのはやめて欲しい。いつの間にか私は下半身に何も身に付けておらず、はだけたシャツはもはや服としての機能を果たしていなかった。そんな裸同然の格好で大きく股を開かれ、隔りなく露わになった秘部。先程までそこを弄んでいたのであろう臨也の指もまたテラテラと厭らしい光を放っており、粘着音を立てながら糸引く銀色のそれはとても厭らしかった。経緯を思い知らされた途端、カァッと顔が熱くなると同時に身体の底からむずむずとした感覚が湧き起こる。耐え切れず腰をくねらせ足を閉じようとするも、臨也にがっちりと固定されたままではそれは叶わず。



「……〜〜ッ!!み、見ないでぇぇぇぇぇ!!!」

「そんなこと言われてもねぇ?今更無理でしょ。俺も……そこにいるシズちゃんも、すっかりその気になっちゃったし」

「ていうか、どうしてシズちゃんがここにいるの!?まさか始めから……!?説明してってば!!」



ぐいぐいと彼の身体を押し退けるもそれすら叶わず、困惑と羞恥が入り混じったぐちゃぐちゃな感情が涙となって外へと溢れ出した。

ただ1つ、今の状況になってようやく分かったことがある。臨也は私のことを好きで、だけど彼女にしたいだとか付き合いたいだとかそんなものではない。全ての人間を平等に愛する彼にとって私は、他の人間を超越した存在ーーそれはきっと唯一「大嫌い」なシズちゃんと同じようなものなのだろう。ただ向けられる感情が苛立ちや憎しみでなく、それは大きく歪んだ愛情なのだ。



「みさき」



私の名を呼ぶシズちゃんの声にハッと我に返る。顔を上げた先には悲しいような、切ない表情を浮かべたシズちゃんがいた。どんな経緯でこんなことになったのかは定かでないが、そんな顔をされてしまっては怒りたくても怒れない。



「悪ぃ。俺の責任でもある」

「……場合によっては後で怒る」

「あぁ、”後で”な。だから今は……何も聞かずに俺の言うことを聞いてくれ」



あぁもう、頭が痛い。こんなのおかしいよ、ほんと。だけど、例えそれがどんなに馬鹿げた話でも、彼は間違いなく本気なのだ。

私は彼を怒るだろう。ただそれは今ではなく、ほんの少し先のお話。

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