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寒さ故に身体のあらゆる神経が普段以上に研ぎ澄まされ、鳥肌の立つ皮膚に臨也の温かな手や唇が触れる度、まるで氷が解凍されるかのような感覚と共に紛れもない強い快感が脳を突き抜けていった。それは痛みをも伴うほどで、例えるなら冷え切った身体を掛け湯もせず熱めの湯船に沈めた時のーーあの手足の末端に走るビリビリとした感覚を、更に何倍にも増した感じである。

強過ぎる刺激を脳は時に快感と間違える。『人間の脳とは優れているように見え、実は他のどの生物よりも騙されやすくできているのだ』どこぞの学者が残した言葉を頭の中で反復させ、ならば今感じている快感は仕方のないものなのだと懸命に自分に言い聞かせた。そうでもしないと、考えることを放棄してしまいそうでーーそうなってしまったら最後、きっと臨也のペースに乗せられてしまうだろう。



ーーやばいよ、本当にやばい。

ーー逃げなきゃ……でも、どうすれば?



自問自答。己への問い掛けに返答など返ってこないと分かっていても、尚、ひたすら呪文のように繰り返した。何度も何度も、それと同時にちっとも学習しない浅はかな自分を呪う。



ーー何か、解決の糸口を……!!



その時だった。返ってくるはずのない声が脳裏に響き渡るのは。それは臨也でも、勿論自分のものでもなく、紛れもない他の第三者の声だった。正確には”者”ではなく、声の数も複数であったのだが。



ーー【それならば、私が彼を愛しましょう】

ーー!!!?

ーー【本当は彼、気に食わないのだけれど……この先厄介になるよりかはマシ】

ーー【まどろっこしいのは嫌いなの】

ーー【貴女には愛する者がいるでしょう?】

ーー【2人同時に愛せないと言うのなら、代わりに私が愛してあげる】

ーーそれはつまり……斬るってこと……?

ーー【あら、それ以外にどうしろと言うのかしら】

ーー【悔しいけど、私たちにはそれしか術がないもの】

ーー【それとも、意識を全て私たちに支配させてくれるとでも言うの?】

ーー【そうすれば斬る以外に別の愛し方もあるかもしれないわね】

ーー【……もっとも、意識を支配したところで身体は貴女のものなのだけれど】



「……ッ、勝手なこと言わないで!!」

声を大にして叫んだ瞬間、ほんの少し驚いたような表情を見せる臨也。罪歌の声が聞こえない者からしてみれば、今の私は突如発狂し出した異常者でしかない。しかし事情を知っている彼はすぐに経緯を察したのか、にんまりと笑顔を浮かべるとこう言った。



「いいじゃない。その通りにすれば」

「!? は……、何を言って……」

「だから、その刀を使って俺を斬るの。他の罪歌の持ち主に斬られるのは心外だけど」



その、と言って指差された先は右の手のひら。何もないはずの、ただ開かれただけのそこにキラリと輝く鋭い光ーーそして私はようやく己の手のひらから刃先が数センチ飛び出していることに気付き、それを抑え込むかのように咄嗟にぎゅっと拳を握った。本来刃先は肉を貫通するものであるが、痛みは一向に感じられない。恐らく握り拳をつくったと同時に体内へと引っ込んでしまったのか、あるいは宿り主の身体を傷付けぬ様できているのか、この際今はどうだっていい。無意識のうちに内なる罪歌が再び暴れ出すのではないかという忘れかけていた恐怖が再び脳裏へと蘇る。



ーー【なによ、こいつ!相変わらず自信満々な男!】

ーー【さぁさ、お望み通り斬ってあげましょう!!】



とうとう催促の声まで聞こえてきたが、それに従うつもりはない。内部からの声は耳を塞いでも聞こえてくる。彼を罵倒する言葉はまだまだたくさんあったが、いちいち数えることすら面倒に思えた。



「……臨也まで、シズちゃんみたいなことを言うんだね」

「へぇ……アイツも同じことを、ねぇ」

「やっぱり似てるよ2人共」

「はは、やめてくれよ。あんな化け物に似たくないっての」



思わず握った手のひらを彼の指先が丁寧にーーまるで贈り物の包み紙を開くようにーー1本ずつ指を剥がしてゆく。あまりに強く握り過ぎてしまったが故、爪の食い込んだそこからはじんわりと血が滲み出ていた。だが見た目ほど痛くも感じられず、まるで他人事のようにぼんやりと傷口を見つめる。思っているよりも血は赤くない、かといって赤色以外の何色でもない。そんな当たり前の事実を目の当たりにし、ほんの少しほっとした。自分が異常ではないかと思えば思うほど、この身を流れる血の色もまた異常ではないかと思ってしまったのだ。そんな訳ないのだけれど。

しばらくぼんやりとしていると、手のひらをべろりと舐められる感触にハッと我に帰った。目を見開いた先には、ちろりと舌先を出して悪戯っぽく笑う臨也の姿。赤い血を舐め取った舌もまた赤い。



「それで、罪歌は俺のこと何て言っているのかい?」

「……自信満々な男だって」

「その程度で済んでよかった。もっと酷い言われようかと思ってたよ」

「実際もっとけちょんけちょんに貶されてるけどね……いちいち耳を傾けるのも疲れた。人の悪口聞くのって嫌なの」

「そうかい?面白いじゃないか。悪口に限らず、他人が自分をどう思っているのか聞くのってさ、まるで自分を客観視するようで」



まぁ、俺の場合ほぼ悪い意味だろうけど。そう自虐的な台詞を口にし、尚、口元に笑みを浮かべたまま。



「!! や…、やだ……臨也……!」



突如、忘れたことに襲い来る衝動に思わず身震いした。更に強く手首を床に押し付けられ、逃げられぬよう固定すると、今度は傷口からほんの少し離れた箇所からつつ……と舌が滑るように伝う。袖の捲られた腕に沿って関節部、次いで二の腕へ。舌特有のザラついた感触が妙にむず痒かった。



「このままやめる気は毛頭ないよ」

「ひっ……!ぅ、あ……」

「ほら、物凄く感じてる」



違うもん、ただくすぐったいだけ。そんな言い訳が通用する訳もなく、かといって嫌だと言ってもやめてくれる気配もなく。



「ッ……、やめてって……言っ、てるでしょ!!」



思い切り払い除けたつもりがそれさえも軽くあしらわれ、振り払った手首をパシリと掴まれ、動きを完全に封じられてしまった。組み敷かれたままでは体勢を整えることもままならない。危機感を露わにし容赦無く睨むが、その反応すら彼は楽しんでいるようだった。余裕たっぷりのその態度が余計に腹立たしい。



「いいね、その目。もっと反抗してくれて構わないんだよ?」

「……」



ーー【さぁ、早く私を使って】

ーー【それとも、このまま大人しく犯されるのを待つ?】



一瞬、それさえも本気で考えた。が、すぐに首を振る。その方法だけは絶対に手を出してはならない意地のようなものもあったし、何よりーー臨也なら例え罪歌に斬られたとして、それを克服できるだけの精神力があるのではないかと思ったのだ。罪歌は人間の恐怖心を利用し、その身体を支配する。彼が”たかだか”刀相手に恐れをなすとは考え難い。もし臨也の手に罪歌の力が渡ってしまったらとんでもないことになるだろう。それだけは避けたい。考えを巡らせているうちに事態は大きく動き出す。



「可能性のないものを追い続けるほど、俺は馬鹿でも暇でもないよ」



そんな意味深な言葉を耳元で囁きながら、臨也の手がするりと頬を撫でた。そうされるとゾッというかゾクッとして堪らなく寒くなり、かといって身体は物凄く熱い。

いとも簡単にスカートをずり下ろされ、下着の隙間から入り込んだ指先が濡れた秘所に触れる。ぬるりと押し当てられた途端、嫌がる意思とは裏腹に身体はすんなりとそれを受け入れてしまった。何かが入ってくる。異質がナカに挿入される感覚はいつまで経っても慣れやしまい。たった指1本だというのにどうしようもない圧迫感、痛み、そして存在感。そのまま抉るように動き出す指の動きに思わず身体が仰け反った。自ずと意識は下半身へと集中し、もはや相手の表情を伺うことも出来ず、身のうちが暴かれることにただただ罪悪感を植え付けられていった。



「い、ぅ……あ、……!」



助けてと縋るように彼の腕へとしがみ付き、ぎゅっと目を瞑る。呼吸の整わない唇を、同じ柔らかいもので塞がれた。熱く湿った舌が口の中を荒々しく犯してゆく。

心も身体も穴だらけ、欠落している、欠如品でしかない自分の痛む場所を彼は知っていて、そこだけを執拗に刺激するーーなんて汚い手口だろう。それでも憎むべき相手はやっぱり自分で、彼ではない。例えどんなに酷いことをされようと、心の底から憎むことは決してないと言い切れる。だって、それ以上に私は臨也からたくさんのものを与えられてしまった。それは単なる情報や金だけに留まらず、何より愛しい”あの人”との出会いさえ彼のお陰なのだと気付いてしまったから。



「……ッ!」



身体の内側は狭くて熱くて、許容よりも拒絶の方がよほど大きい。そんな中を少しでも柔らかくほぐすために巧みに動く指先の動きは想像すら出来ず、前触れ無く襲い来る刺激に目の前がチカチカする。確かに瞼は開いているはずなのに、これでは何も見えないも同然。時折ちらりと視界の端に優越そうな臨也の端正な表情が映り、そんな顔で見られているのだと悟り、その度にカァッと耳が熱くなるのだった。恥ずかしい。穴があったら入りたい、そしてこのまま逃げ出してしまいたい。

ヒクつくそこが指の根元まで咥え込んだのが分かった。下腹部に感じる違和感が否めず、眉を潜める。すると臨也が私の前髪を?き上げ額にキスしてくるものだから、そしてその口づけがあまりに優しいものだから、つい色々な意味で泣きたくなった。嫌だ、やめて欲しい、裏切りたくない、そして否定できない彼への愛しさ。「ごめんなさい」頭の中で何度も繰り返す謝罪の言葉はシズちゃんだけでなく、臨也へと向けるものでもあった。私は間違いなく彼のことが好きなのだ。ただそれが1番ではないこと、どうしてもその気持ちに応えてやれないことが申し訳なくて堪らない。その他人への情けが私の悪い癖だ。繋がりをそう簡単には断てない、だから弱みに付け込まれる。



「あっん、ん……ぅ、……い、ざやぁ」

「……その声で名前呼ぶの、反則」

「あっ、ああぁ……!!!」



ある箇所を爪で引っ掻いた途端、異物への違和感は決定的な快感へと瞬時に塗り替えられていった。奥底から湧き上がる衝動に耐える術もなく、そのまま敢え無くして達した。

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テーマ「人外ファンタジー」
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