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少し先を俺が歩き、すぐ後ろをみさきが歩く。隙を見て逃げ出さないよう彼女の腕をしっかりと掴んで。背中にちくちくと刺さる視線には気付かないふりをしておこう。



ーーどうせ今も逃げるタイミングを見計らっているんだろうけど、俺だってこのチャンスを逃すほど馬鹿じゃあない。

ーー裏方に徹すると決めた以上、こうして会うこともなかなか出来ないしね。



「……また、あんな事をしてきたら」



心なしか震えた背後からの声に、俺は振り返らず耳だけを傾ける。歩みは止めない。時間が惜しい。



「私は臨也を敵と認定する」

「……あっそう。それじゃあ、敵とみなされた俺は斬られるのかい?あの時と同じように」

「!!」



罪歌のことに触れた途端、彼女の身体が強張ったのが掴んだ腕から伝わってきた。これは完全なる恐怖心。みさきがどれだけ罪歌をーーいや、人を傷付けることを恐れているかが分かる。

かつて罪歌の持ち主となってきた者たちは誰しもがその時代の切り裂き魔となり、世間を賑わせ震撼させた。だが、みさきは違った。意識を乗っ取られることもなく、人を斬ることへの恐怖そのものがブレーキとなって罪歌を暴走させることなく、今もその身に宿らせている。(園原杏里もまた罪歌を扱う者であるが、個人的に彼女は好かない。故に、興味はない。ただ別目的に利用価値があると判断し、要観察対象の1人ではある。)そんな彼女がこれからどうなっていくのか、罪歌とどう向き合っていくのかーー考えるだけで胸が踊るようだ。俺は彼女の全てを知りたい。そのためなら例えこの身を切り裂かれようとも構わない。これは強がりでも?偽りでもなく、心からの本心。



「いいよ。みさきになら支配されても。いっそ心の中を覗き見てもらった方が俺の気持ちも伝わりやすいんじゃない?」

「ッ!!じ、冗談じゃない!!!私に人斬りになれと!!?」

「事実、”なりかけた”じゃないか。まぁ、無理もない。俺もたまーにナイフとか使うから分かるけど、人を斬る時のあの……なんて言うの?肉を裂く感触なんてものはさぁ、料理で鶏肉をさばくのとは訳が違うよね。シズちゃんみたいな筋肉だらけの腕を刺すのとはまた別だけど」

「……やめてよ。そんなの、知りたくもない……」



痛い話に弱いみさきは、すぐさま両耳を自分の手で塞ぐ。そんなことしたって全てを遮断できる訳がないのに、と、俺は御構いも無く話を進めた。



「それがいつかは快感になるんじゃない?事実、狂ったように人を斬って楽しんでいる輩は存在する。罪歌をその身に宿していなかったとしても、だ。みさきはどう?感じない?人の肉を斬った瞬間のーー」

「やめて!!」

「……」

「……やめてって言ったでしょう。それに、私……確かに臨也のこと、斬りかけたけど……それ以来、誰1人斬ってないもん……切り裂き魔なんかと同じにしないで……」



まるで心外とでも言わんばかりに不服そうにそう告げ、彼女は再び黙り込んでしまった。俺に手を引かれ歩きつつ、しかしその視線は己の足元。1度立ち止まり振り返るが、それでもみさきは顔を上げようとはしない。俺はふぅ、と小さくため息を吐くと、今しがたの自分の言動を深く反省した。

人を追い詰めるような言葉1つ1つが、意図しなくとも自然と口から溢れてしまう。それが俺の悪い癖。決して傷付けたかった訳ではない。なのにどうして俺はまるで呼吸するかのように言葉のナイフを投げ付けてしまうのか。我ながら珍しく己の非を認め、そこでぽつりと口を吐いた言葉が「ごめん」の一言。この台詞にまたも我ながら驚くが、それ以上に驚いたのがみさきだった。頑なにこちらを見ようともしなかったみさきが、その驚きのあまりつい顔を上げてしまったのだ。



「えっ」

「いや、だから謝ってるんだけど。俺」

「う……うん。分かってはいるけど、まさかあの臨也の口から謝罪の言葉が聞けるなんて」

「……言いたいことは山ほどあるけど、この際放っておこう。悪かったよ。俺が悪かった。確かに、嫌っている輩と一緒にされたくはないよね」

「嫌っている訳じゃあないの。どちらかというと……怖い、のかな。ただ、もしこのまま私自身が罪歌に蝕まれてしまったらと思うと、それが1番……怖い」

「珍しく弱気じゃないの。それとも、罪歌に侵食されてるって実感はあるのかい?」

「……臨也には話したっけ。罪歌の愛情表現が斬ることなのだとしたら、それを否定することなんて私にはできないって。だって、それは愛の形なんでしょう?好きな人の身体に自分のものである証を残したいって、本気で人を好きになれば誰しもが考えることなんじゃないかな」

「へぇ、みさきもそう思うんだ」

「! べ、別に……ただ、例えばの話であって……!!」

「まぁ、相手がシズちゃんとなるとそれは無理だね。ナイフもメスも刺さらないとなると、じゃあ一体他に何を使えばいいんだって話になるけど」

「……」


それから暫し沈黙が流れ、結局答えが出ぬまま俺たちはとある建物へと辿り着いた。一見ただの高級マンションに見えるが、ここも立派な仕事用事務所の1つ。ただここ数ヶ月空けていたため、必要最低限のものしか置いていない。例えるなら、自立したばかりの社会人1年目の引っ越し初日状態である。ソファ兼簡素なベッドが1つに、デスクにパソコンその他周辺機器。唯一防犯対策用に監視カメラだけは惜しげなく高価なものを設置していた。

ポケットからキーリングを取り出し、いくつか似たような鍵が連なった中からこの部屋のものを見つけ出す。本当に当たっているのか若干不安であったが、差し込んだ鍵がガチャリと音を立てた瞬間その不安は掻き消された。



「入んなよ」

「……その……本っ当〜に変なこと、考えてないよね……?」

「さぁ?俺の考えていることが可笑しいかどうかは君次第さ。捉え方次第だと思うよ。俺からしてみれば……変、ではないかなぁ。健全とは言い難いけどね」

「じゃあ、とりあえず外してくれない?隠してある監視カメラ」

「へぇ、よく気付いたね。気付かれないように設置してあると思ったんだけど」

「見つけた訳じゃなくて……勘。というより、臨也ならそのくらいの防犯対策はしているだろうなと思って」

「嬉しいなぁ、俺のこと分かってるじゃない。なら尚更、俺がその願いを素直に聞き入れると思ったかい?」

「だっ、だから私は駄目元で……、!?」



言い終える間も無く、突然背中をどんと強く押されたみさきは呆気なく玄関へと転がり落ちる。話は最後まで聞けとばかりにこちらを睨む横で、俺はすぐさま扉を閉めると同時ににやりと笑みを浮かべその表情を見下した。再びガチャリと鍵が閉まる音を確認し、視線を同じにすべく中腰になってしゃがみ込む。


「あぁ、ようやく捕まえた」

「……ッ」

「まぁまぁ、そう睨まないでよ。何もこのまま一生外に出さないって言うんじゃあないんだから……いや、本当はそのくらいした方がいいのかもしれないけど、監禁するのにこの場所は向いていないんだよね。いつでも目の届く場所じゃないと、どうも俺の気が休まらない」

「じゃあ、今すぐ帰して」

「それは無理。こうまでした以上、成果なしだなんてあり得ないでしょ」

「今ならまだ笑って許してあげられるよ」

「許してもらわなくて結構」

「ッ、……ね、ねぇ臨也。私を使って一体何がしたいの……?」

「目先の利益だけで行動はしないよ。ただヤりたいってだけなら代わりなんていくらでもいる」

「……」

「なんにせよ、みさきじゃなきゃ駄目なんだ。これだから厄介なのさ。俺だって面倒なことは嫌いだってのに、ほんと……君は俺をよほど困らせたいらしい」



そんな悪趣味はないと言い張るみさきの身体へと再び覆い被さり、ぺろり舌舐めずりをする。まるで捕食者にでもなった気分。さりげなく片手を服の中へと潜り込ませると、触れた瞬間みさきがひゃあと悲鳴を上げた。



「ッ、冷た……っ!」

「あはは、ごめんごめん。ついさっきまで外にいたから手が冷えちゃってさぁ」

「あ、謝るくらいなら今すぐやめて……ってば……!」



みさきが俺の手首を掴み必死に引き離そうとするも、力の差なんて歴然。凍えるほど寒く震えた身体も今となっては嘘のようで、頭はやけに冷静なのに対し、首からは下は驚くほどに熱かった。

身体の中心が疼くのを感じる。どくん、まるで心臓の音。ポンプのように押し出された熱い何かが血液と共に身体中を巡り、今や極寒の中にいた時の寒さは微塵も感じられなくなっていた。それでも暖房の効いていない玄関口ではやはりまだ寒いようで、対するみさきは低い気温故にふるりと身体を震わせていた。ーーいや、あるいは己の身を案じ身震いしたのであろうか。どちらにせよ、この行為を止める理由付けにはならない。そもそも止まる気もない。



「(可愛いなぁ。こんなに震えちゃって……)」



へその周りを指の腹で撫で回し、徐々に中心部へ近付きつつもくるくると円を描く。もう片方の手で彼女の顔にかかった長い前髪を払い除け、剥き出しになった額にキスを落とした。静かな空間でそのリップ音はやけに大きく響き渡り、恥ずかしそうに身を捩らせるみさき。力で敵うことがないと分かっていても、やはりシズちゃんへの罪悪感が拭えずにいるのか、抵抗は未だ止めようとしない。俺が唇に口付けようとすれば顔を背け、その間に続く身体への愛撫に対しても極限感じぬよう堪えているのが強張った身体から伝わってきた。



「我慢してるの?身体によくないよ。本当は誰よりも敏感なくせにさ、感じてないフリなんて器用な真似、みさきにできる訳ないじゃない」

「ふっ……、ん……!!」

「あぁ、ほら。そんなに唇強く噛むと、血出るよ?……まぁ、そんな意地っ張りなところも可愛いんだけど」



多少抵抗してもらった方が俺も弄り甲斐があるしね、なんて意地の悪い台詞を耳元で囁いて。ぎゅっと目を瞑るみさきの頬をやさしく撫でると、唇まであと数センチの位置で俺はピタリとその動きを止めた。じっと彼女の顔をーーいや、その瞳に宿る感情の色を感じ取りたくて。例えそれが怯えや軽蔑の類いだったとしても、どうかその水晶体に俺の姿だけが映りますように、と。

人間は理性によって遺伝子の命令に逆らえる唯一の生き物であるーーこれはかの有名なイギリスの生物学者ドーキンスの言葉。つまり、理性なんてものがなければ人間もただのサルと同じ。別にサルを馬鹿にする訳ではないが、自分の愛するカテゴリー外の生物を愛する気もなければ、それと同等の立場になりたいなんざ思わない。俺が好きなのは”人間”だ。その他はどうだっていい。



ーーなぁ、見ているか罪歌。

ーーお前らが愛して止まないみさきを、このまま奪ってしまってもいいんだろう?

ーーただ斬ることしか能の無いその鋭い身体では決して人を愛せない。

ーー例えどんなに恋焦がれようと、所詮化け物は一生化け物なのだから……!

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