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元から変わり者だという自覚はあったが、今改めて思う。俺は変わっている。が、この感情は誰しもが胸に秘めているであろう潜在的な類いだ。きっと目の前で怯えた表情を見せる彼女も、この子を愛してやまないアイツだって、皆心にどす黒いものを隠し持っている。ただそれを隠す術を知っているか知らないかが大きな違いなだけで、(当然俺は前者の方。)



「人間、いつ死ぬか解らないんだし、好きな事には正直に生きないとね」

「……なに物騒なこと言ってるの。そりゃあ、確かにそうだけど……臨也は素直過ぎるよ。色々な意味で」



辺りがしんと静まり返った中、冷たいコンクリートの壁を背に密着する男女の姿は何とも厭らしい。だが当の本人たちの間に醸し出された空気は何処か危うく、そして殺気立つ何かさえ感じ取れる。まるで殺したいとでも思うかのようにその思いが強く、そして執拗なほどに凄まじいのかもしれない。人間の感情は様々だが、その中でも愛なんてものは人を突き動かしてしまうくらい強過ぎる動機付けのうちの1つだ。好きだから告白をする、抱き締める、キスをするーーならばそれを理由に何をしようとそれは異常な行為にはならない。例えそれが結果として相手を傷付けてしまおうとも。



ーーまぁ、俺はそんなことしないけど。

ーーどうせならもっと利になることをしなくちゃね。



息が掛かるほどの距離のまま彼女の顔をじっと見つめ続け、どれだけの時間が過ぎただろう。圧力をかけている訳ではない。意味もなく時が経つことさえ忘れ、ただ不思議と飽きもせず。が、このままでは始終睨めっこ状態なので次に何かアクションを起こさなければならない。となるとーー



「キスさせてよ。再会の印に」

「! な、何を急に……ッ、だから!そういうところが素直過ぎるっていうか……すっ、ストレート過ぎる!!!」

「言葉にした方が分かりやすいだろう?いいじゃん、減るもんじゃないし」

「へ、減るもん。なんていうか……その、目に見えないものが」

「ふぅん。それじゃあ手始めに何か1つ奪ってみせようか」

「!」

「あはは、楽しみだなぁ。俺はみさきの何を奪えるんだろう?純潔、とまでは言えないだろうけど、そうだなぁ……」



わざとらしく考える素振りをし、チラリと視線を送る。案の定顔を赤らめ、あたふたとするみさき。その小動物のような姿に俺は一種の興奮を覚えた。あぁ、弱き者はなんて愛らしいのだろう。愛したい。いっそのこと食べてしまいたい。本当はこのまま強引に唇を奪ってしまうこともできた。だが、そうすることで彼女の心までも奪うことはできない。執拗に追われると逃げたくなるーーそんなタイプなのだろう、みさきは。

手首を掴み、身体を寄せ、当然みさきは身体を強張らせぎゅっと目を瞑る。これは確かな拒絶反応。無論、これも想定内。強張ったその身体ごとふわりと抱き締め、頭をぽんぽんと撫でてやった。そうするとーーほら、戸惑いながらもみさきの警戒は徐々に解れてゆく。にやりと歪んだ口元を見られぬよう、俺の胸元に顔を埋めたままの彼女に向かって予定通りの台詞を吐いた。



「……少しは分かってくれよ。報われない恋ってのは、本当に辛いんだ」



ーー別に、1つ望み通りにいかなくたってどうってことないさ。



「みさきも分かるだろう?どんなに願っても叶わないことの虚しさ」



ーー恋愛なんて人生において取るに足らないもの。

ーー分かっていても……尚、求めてしまう。



闇に染まった裏の世界で暫し暗躍していたが故に、みさきのような存在は眩しくも求めずにはいられなかった。スポットライトを避け、2階の観客席から表舞台を見渡し、その中でも一層際立つ存在というのはやはり自然と目を引くものだ。手を伸ばし、何度も空を掴んだ。まだ関わるには早いと視線を逸らし続けた。それでもその姿を追ってしまうのは特別な感情を抱いているから。心の中で求めれば求めるほど、強く自制していたからこそ、いざ目の前にした時の反動というものはとてつもなく大きく感じた。己の目的の為に敢えて遠ざけた存在が今、自分の腕の中にいる。欲しい。堪らなく欲しい。このまま持ち去ってしまいたい。気持ちと連動するかのように高鳴る鼓動が何よりの証拠。



「……」

「……」

「……あのさぁ、黙らないでよ。それとも俺と話すことなんてないって?」

「そんなこと……ない、けど。どうすればいいのか悩んでる」

「そうしているうちに襲っちゃうよ?」

「……」

「……なんてね。そうあからさまに嫌そうな顔しないでよ。ただ、誰だって報われたいじゃないか。まぁ、努力すれば夢は叶うなんて綺麗事言えたもんじゃないけど。願って叶うのなら誰だって願うし、もしそうだとしたら神様とやらの存在を信じてやってもいい」

「……いないよ、神様なんて。苦しい時こそ心の中で頼るけど、そんな時に限って上手くいった試しはないし……もし私が今の状況から逃れることを願ったって、きっと神様は何もしてくれないんだろうね」

「へぇ、逃げたいんだ」

「だって……こんな時、私は何て言えば……どんな表情をしたらいいか……」

「(あ、この感じ)」



デジャブ、だ。俺は前にもこんな感じにみさきを困らせてしまったことが幾度もある。その度に彼女は追い詰める、責める。責任感の強い人間であるが故に、その対象はいつだって自分自身だ。たまにはこの俺を憎めばいい、責めればいいのに。「しつこい」だとか「未練がましい」だとか、まるでストーカーに向けるような言葉を口にしてみたらいい。そうしたら俺だって怯んだりするーーかもしれない。そんなこと、実際になってみたことがないから分からないけど。

今までに酷いことをたくさんしてきた分、貶し文句も浴びてきた。人でなしと呼ばれることなど日常茶飯事。罵声、それこそ「殺す」なんて誰かさんの口から腐るほど。いつだってそうなることを想定し、聞き流す術も既に得ている。今更何を言われたって驚きもしないし悲しいとも思わないーーが、それがもしみさきの口からだったら?きっと衝撃はあるだろう。そもそもみさきが人に向かって暴言を吐くような人間ではないし、そんな彼女を今までに見たことがないのだけれど。



「(つくづく思うよ)」

「(俺って、こんなにしつこい奴だったんだなぁ)」



一旦身体を解放し、ほんの少し距離を置く。もし俺がみさきの立場なら、こんなしつこい輩は願い下げだ。面倒なことは極力避けたい。



「あ、なんなら俺、浮気相手でもいいよ」

「浮気!?」

「仕事上、君は秘書だろう?雇い主と秘書の秘密の関係かぁ……なんだかどろどろの昼ドラみたいじゃない?」

「それ、冗談だよね?ほんと笑えないよ?」

「だから冗談は言わないってば」

「私、いっぺんに2人と付き合えるほど器用じゃない……」

「俺がなんとかするって。シズちゃん、鈍感だし。……いや、敏感か。みさきのことになるとなぁ……鼻が利く、というか」

「私だって嫌です。シズちゃんに隠し事だなんて、罪悪感抱えたまま普段通りになんてできません」

「隠蔽工作は得意分野だよ、俺」



まるで冗談のような台詞にみさきは引きつった笑みを浮かべる。いやいやいや、なんて言いながら首と手を同時に振る。みさきは勢いに弱い。ならば、このまま強行突破という手も悪くない。俺は一旦置いた距離を再び詰めると、みさきの肩をぐいっと引き寄せた。同時にもう片方の手で素早く携帯をカメラ機能に切り替え、頭上高く掲げる。そのカメラを見上げながらみさきの頬にキス。パシャリ、と撮った1枚の写真はこれから先脅しの種として大いに役立つこととなる。ここまでの経過にかかった時間およそ20秒。我ながら仕事が早い。

写真の中の俺はばっちりカメラ目線。上目遣いなんかしちゃって、対するみさきはまるで豆鉄砲を食らった鳩のようにただただ目を丸くしていた。これは傑作。瞬時に写真のデータを事務所のパソコンへと送り、手厚くロックまで掛けておいた。



「……?えぇと……え?今、速すぎて一体何が起こったのか……」

「あ、なんなら見る?今撮った写真。結構笑えるよ」



そう言ってずいっと携帯画面を突き出してみせると、徐々に事態を把握していったみさきは顔を赤く染め、口付けられた頬に手をやった。



「やっ、やだ!恥ずかしいから消してー!」

「恥ずかしくもなんともないでしょ、この程度の写真。今時自撮りのキス写真なんてネット上にあり溢れてるよ。自分で好き好んでプロフィールのトプ画にするのは如何なものかと思うけど」



それに、と俺は続ける。



「こんなものはほんの序の口さ」

「なんたってみさきには、これからもっともっと恥ずかしい思いをしてもらうんだから」



♂♀



彼女の吐息が白い息となって冷たい空に浮かんでは消え、その繰り返し。必死に声を押し殺してはいるようだが、この静けさの中では難しいだろう。俺としてはもっと声を聞きたいところだけれど、みさきのこの必死な抵抗が更に俺の加虐心を高ぶらせ「我慢しなくては」「隠さなくては」と思う気持ちがどろどろの背徳感を生むものだから、ついついクセになってしまいそう。この寒い氷点下では自殺行為のようだが、みさきの上半身は既に大きくはだけていた。肩からずり落ちたコートはみさきの背とすぐ後ろの壁との間に挟まってかろうじて地に落ちずにいるが、今にも力尽きそうなみさきのこの様子では落ちてしまうのも時間の問題である。ぷるぷると頼り無く震える足は無意識のうちに内股となり、涙が零れ落ちそうなほどに潤んだ瞳はまるで捉えられたうさぎのよう。口元を手の甲で覆い隠し、必死に声を押し殺す。

シャツを捲し上げ、ズラした下着から覗く膨らみへと舌を這わせると、唾液で湿った箇所は外部からの刺激に更に敏感になった。感度を示すそのぴんと尖った先端は果たして寒さ故か、それともーー



「んぅ……、ふっ……!」

「我慢しなくていいよ」



優しくたしめるように頭を撫でながら、顔を埋めてひたすら舌だけで愛撫する。何故もう片方の手を使わないのかというと、携帯での撮影を同時に行っているから。こんな状態では拘束も出来ないから逃げようと思えばすぐに逃げられるのだが、良くも悪くも快楽に弱いみさきの身体にはそれだけの力が残されていなかった。どうやら立っているだけで精一杯のようだ。ただ「寒い」と「待って」を繰り返し、あとはほぼほぼ喘ぎ声。俺はこういった行為中のテクとやらに絶対の自信がある訳ではないが、みさきの弱い場所だとか感じる部分はしっかりと脳にインプットしていた。だから例え舌しか使えないのだとしても、それだけでみさきを気持ちよくさせるには絶対の自信がある。

忘れる訳がない。みさきと身体を交えた時のことは全て鮮明に記憶していた。どこをどうすればみさきがより感じるのか、を。これも自身をしつこい奴だとする1つの所以。



「ひぁっ!ち、ちょっと待っ……!!」



そんな制止の声も気に留めず、俺は頭を撫でていた方の手を彼女のスカートの中へと突っ込み、そのまま一気に下着をずり下ろした。



「!!? 下がスースーする!!」

「ははっ、スースーって……なんて色気のない言い方。ほんと、みさきって面白いよね」

「べ、別に面白くもなんとも……ひっ!!?」



ぐに、と親指を秘部へと捩じ込むと同時にじわりと滲み出る愛液。見えそうで見えないチラリズムを人はエロいと言うが、確かに、見えないからこその良さというものは存在すると確信する。いっそ全て剥ぎ取ってしまってもよかったが、この寒空の下ではさすがに気の毒だ。

みさきはいやいやと首を振りながら拒絶するものの、自宅から近い場所であるということもあって、大きな声で喚き散らすことはなかった。代わりに何処か悲しそうな目で静かに訴え掛けている。生憎、俺はそんなことで靡くような心優しい人間ではなかったが。



「やだ……臨也。こんなところで……っ、だ、誰か来ちゃ……んうっ」



言わせてもらうが、俺だって野外プレイに興奮するような性癖はない。ただみさきを俺の思惑通りに誘導するためであって、このまま外でヤッてしまおうだなんて本気で考えちゃいない。



「嫌だよねぇ?こんな寒い中」

「別に私は寒いだとか暖かいだとか、そういう意味で言ってる訳じゃあ……!」

「まぁまぁ。どちらにせよ、場所を変えたいってのがみさきの本音だろう?ここはあまりにもアパートから近過ぎるからね。君の言うようにご近所さんに見られるかもしれないし、最悪の場合こんなところをシズちゃんに見られたりなんかしたら……」

「!!」



そんな意地の悪いことを試しに口にすると、みさきの顔は面白いくらいに分かりやすくサァッと青ざめていった。正直、そうなった時に1番危険なのは俺自身だ。怒り狂った化け物に容赦なく殴り飛ばされるに違いない。こりゃあ冗談抜きで死ぬだろうな、と苦笑する。ならば尚のこと、今は俺の敷地内(テリトリー)へと早急に誘導しなくては。



「このまま寒い中で犯されるか、ひとまずここから近い事務所へと移動するか」

「さぁ、賢いみさきはどちらを選ぶ?」

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