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その日の夜、遅くになって帰宅した。いつもより遅いその理由を「コソドロのせいだ」と吐き捨て、そのまま力を使い果たしたかのように敷布団へと倒れ込む。普段なら弟から貰ったバーテン服にシワがつくことを嫌がる俺も、この日ばかりは不可抗力で重力に逆らうことすらできなかった。だが、決して嫌な感じの疲労感ではない。仕事に全力で取り掛かり、全て終えた後のやりきった感ーーまるで加減を知らない子ども時代に時間も忘れてスポーツをした後に感じた、あの純粋な爽快感によく似ていた。ただ、滴る汗を拭い、清々しい表情を浮かべられるほどの活力が今の俺にはないだけで。「お疲れ様」頭上からの声に顔を上げると、みさきが俺の顔を覗き込みながら小さく笑っていた。その笑顔を見ただけで疲れなんてすぐに吹き飛んでしまう。そんな自分に「まるで新婚だな」と惚気てみた。勿論、心の中で。
今、こうして力が抜けてしまっているのも全てが疲労からくるものではない。みさきが今日も側にいることに対し、心の底から安堵しているからだ。彼女に関する苦労は絶えない。それを唯一緩和することのできる人物こそが他ならぬみさき本人だった。みさきがこうして笑っていることが何よりの安心へと繋がる。すると気張っていた糸が一気に緩み、支えをなくした身体はそのまま崩れ落ちてしまうのだった。まるで糸の切れた操り人形のように。
「大丈夫?今日はよほど大変だったんだね」
「別にそんなんじゃねぇよ。……あぁ、眠ぃ。そういえば俺、寝不足だった」
「ちょっと、そのまま寝る気?せめて着替えてから寝なよ」
「……んぁ」
随分と間抜けな声だ、と我ながら思う。こんなにも無防備でいられるのも、きっとみさきの前だけだろう。
せめて着替えようとはした。だが、1度受け入れてしまった睡魔に敵う術を俺は知らない。「駄目だ、まじで眠ぃ」シャツのボタンを外しかけた手を力無くパタリとシーツ上に落とし、またも抵抗することを諦める。「もう!それじゃあ風邪ひくよ!」とお袋のような台詞を口にしつつも、みさきはすぐさま枕と掛け布団を持って来てくれた。俺は手を伸ばすと2つの睡眠グッズーーではなく、みさきの細い腕を取る。
「? シズちゃん?」
「……食わせろ」
「今夜はトムさんと適当に済ませてくるって言ってたじゃない。たいしたもの作ってないよ?もし良ければ、余り物のお惣菜ラップしてあるからキッチンに……」
「お前、それボケてるのか?わざとなのか?」
「は?」
疎過ぎるみさきの言動にもはや溜め息しか出てこない。わざとらしくはぁ、と盛大に息を吐くと、言葉で伝えるよりも先に行動へと移った。
「さすがにもう食うかよ。俺が欲しいのは みさき、な」
「は……!?なっ、何それ!そんなのが伝わる訳ないでしょ!!ていうか、どこから覚えてくるのよそんな台詞……!」
「あーはいはい、みさきが言葉に弱ぇのは分かってるから大人しく食われろ」
「な、なんか悔し……、ひゃあ」
腕の中にすっぽりと収まるみさきの身体はあまりにも小さくて、ぎゅうと抱きしめるにも潰さないよう細心の注意を払わなくてはならない。身長差故に俺の視線は真上からみさきを見下す形になり、小せぇなこいつ、そういえば睫毛長いなぁなんてことを考えたりもした。人間が小動物を愛でるのは自分よりも弱い立場だからだという。確かに、自分よりも強い凶暴な熊を可愛いなどと言えないかもしれない。本気で熊と戦った際に勝つか負けるかは別として、守らなければと思えば思うほどその対象に対する愛情もまた同時に深まるというのは頷ける。だって、こんなにも脆く壊れそうでーーだからこそ彼女を守るべき使命があるのだと勝手に己を騎士(ナイト)に仕立て上げている。つくづく都合の良い脳だ。
本心は逆。騎士どころか、寧ろ壊したいとさえ思っているなど口が裂けても言えるはずがない。ただ、それを口にした時のみさきの反応が見てみたいと思うのもまた事実で、常日頃から抱いている汚い欲望がこんな時にどろりと溢れた。
「みさきの泣いた顔が見たい」
「……シズちゃんはSなの?」
「別にみさきを悲しませたい訳じゃねぇぞ」
生憎、私はMじゃないからとやんわり逃げの体勢に入るみさきの腰に腕を回し、誘うように唇で首筋に触れる。面白いくらいにぴくりと反応するその身体が愛しくて、完璧に変なスイッチが入ってしまった。服の中を弄るように片手を動かし、制止の声や抵抗もお構いなしに事を進める。風呂から上がって間もないであろう熱を持ったその身体はほんの少し湿っていて、しっとりとした肌触りが心地良かった。きめ細やかな肌がほんのり赤く染まり、決して風呂上がりだからという理由だけではないことを察し思わずにやりと口元を綻ばせる。
「その気になったか?」
意地の悪い台詞にみさきはキッとこちらを睨み、その瞳にはうっすらと涙を滲ませていた。
ーーそう、これだ。
ーー俺はこの顔が見たかったんだ。
「(たまんねぇな)」
ぞくりとした感覚が背中を駆け抜ける。つい先程まで感じていた疲労感は嘘のように吹き飛んでしまった。彼女を後ろから抱き締める体勢に切り替え、服越しに双丘を揉み下す。その柔らかな谷間へと指を滑り込ませ、そのまま滑るような動きで腹部へと移動し、へその周囲を軽やかに撫で抜いた。
「ご、ご飯!食べないの?」
「いや、だから俺が食いたいのはみさきだって……痛ッ」
「もうやだシズちゃんその発言おやじくさい」
「おやじって……俺、まだ24……」
「駄目。食べちゃ駄目」
「……」
24歳でおやじ扱いされた挙句、全力で拒絶されてしまったことに軽くショックを感じつつ、まさか本当に食う訳ねぇだろ例えの話だと弁解するも通じず、ならばせめて味見だけさせろと半分強引に首筋へと噛み付いた。甘噛みし、うっすらと歯型の付いた箇所をねっとりと舐め上げる。その間にも性的感情を誘うようなもどかしい手の動きは止めることなく、扇情的アピールを続行中。チラリと熱の籠った視線を送ると、それに気付いたみさきはすぐに顔を背けてしまった。
ーー……ま、一筋縄じゃあいかないところがまたいいんだけど。
ーー味見つったしなぁ……今日は。
「みさき。こっち見ろって」
「だって、このままシズちゃんに言い含められちゃう気がする」
「だから今日は味見だけっつったろ?」
恐る恐るこちらを向いた彼女の胸元に顔を埋め、くびれのラインに沿って両手を下方へと徐々に移動させる。太腿のあたりまでいった途端、みさきの表情が分かりやすいくらいに大きく変化した。悩ましげな眉も、火照った?も、潤んだその大きな瞳もーー全てが扇情的だった。蛇の生殺しとはまさにこのことを言うのだろう。俺は密かにごくりと生唾を飲み込むと、今にも遠く彼方へ吹き飛びそうな理性を保つことに全神経を集中させた。これはある種の試練なのかもしれない。乗り越えられた時にはきっと何か悟りが開けそうだ。
「わわっ、シズちゃん!言ってることとやってることが違うってばーー!!」
「触るだけだから、な?気持ち良くしてやるから。たまにはこーいうのも必要だろ。それともみさきは1人で発散してんのか?」
「しっ、してないよ!そんなこと!!」
「へぇ、何を?」
「! だから、そ、その……そーいうこと……い、言わせないでよ……」
「ははっ、やっぱ面白ぇなみさきは。いい意味で純粋っつーか、俺もみさきと出会う前はこういうことに疎かったけどよ、お前はそれ以上だな」
「仕方ないでしょ、疎いものは疎いんだから」
まるで開き直ったようなその発言に、俺はつい本心を口にしてしまった。
「みさきはずっとそのままでいろよ」
「それは……子どものままでいろってこと?」
「いや、なんつーか、俺は今の関係が1番居心地いいんだよなぁ。無理だっていうのは分かっているつもりだけどよ、みさきには世の中の汚い部分を見せたくねぇんだ」
「こーいうことしてくる人が言う台詞かなぁ……」
確かに、この行為が潔癖だとは言えないのかもしれない。この先プラトニックな関係を築いていこうとも思わない。事実、みさきに対する欲は肉欲も含め、どこまでも執拗で、そして薄汚い。性的にどうにかしたいと考えている時点でこんな台詞を口にするのも可笑しな話だが、みさきを汚す存在は俺だけであって欲しいからこそなのだ。
「俺だって、みさきと出会う前まではこんなに盛ってねぇよ。責任取れよ」
「それってすごく勝手……ぁあっ!」
下着越しに裂け目を指の腹で撫でた途端、みさきの口から漏れる喘声。同時にじわりと何かが滲み出てきたのを指先で感じ、例えそれが条件反射的な現象だとしても素直に嬉しかった。みさきの意思はともかく、身体は快感を求めている。俺を必要としてくれる。なんて単純で分かりやすく、そして愛おしいものか。
「俺は駆け引きだとかそういうの、苦手だからさ。こんな分かりやすい反応が嬉しくて仕方ねぇんだ」
「ひぅっ、ゃ、シズちゃ……っ、んぁ」
ぐずぐずと指を飲み込み、きゅうきゅうと締め付けてくる内壁がその証拠。下着の隙間から割り込ませた親指と人差し指で敏感な突起を摘み上げると、そこは更に潤いを増した。煽るような性的な匂いが一気に強まり、脳が甘く熱く蕩けてゆく。こうなってしまえばもう目の前の欲望しか見えてこない。見たい。もっと、みさきの乱れる姿を。
間もなくして秘部は少し指を動かすだけでじゅくじゅくと水音を立てるまでに愛液で満たされていた。身体を小刻みに震わせながら、何かに耐えるように毛布へとしがみつくみさき。心なしか呼吸が荒い。更に追い討ちをかけるように突起を素早く擦り合わせると、みさきの身体は大きくくの字に折り曲がった。
「……〜〜ッッ!!」
みさきの身体がびくんびくんっと2度大きく脈打つ。声も出さず絶頂を迎えた彼女はその証拠に耳を赤くした。
「は、……はぁっ」
「早ぇな、イクの」
「……ぅー、もう離してよシズちゃん……」
「嫌だ」
「!!?」
「だって、俺がまだ味わえてないだろ?」
「……〜〜ッだから!食べちゃダメーー!!」
腹を空かせた狼が、目前にした餌に手を出さずして逃す訳がない。イッた後の力が抜けた身体では抵抗虚しく、汗ばんだ背中をぺろりと舐めるとほんの少ししょっぱかった。もう1度確かめるようにヒクついた秘部へと指を滑らせ、纏わりつく愛液を絡め取る。もはや機能を果たせていない邪魔な布を取り去って、剥き出しになったそこを再び指先で遊ぶように弄くり回した。みさきの口から漏れる甘い声が聞きたくて、まるで中毒性のある麻薬を求めるように。
柔らかな耳朶を口へと含み、わざとらしく音を立ててしゃぶる。ピアスも何もしていないそこはひどく白い。下を弄られ、更には直に鼓膜を直撃する性的な水音はよほど羞恥心を刺激するようだ。恥ずかしくて恥ずかしくて、今にも穴があったら入りたいと言わんばかりにみさきは自らの口を両手で覆うが、それでも静止の声を荒げるようなことはしなかった。一瞬だけこちらを向いた瞳と視線がぶつかり、そこから見て取れる彼女の本心を察した途端、何か別の強い感情が身体の奥底から湧き起こる。
「ん、」
唇の隙間をぬるりとした舌で割り、上顎の裏をざらりとした舌体で舐め上げる。ぐったりとしたみさきの身体にかぶさるよう体勢を立て直し、潤んだ瞳を上から見下すのはとても気分の良いものだった。身体をくねらせ、恥ずかしいと感じる部分を隠そうとするその仕草もそそられる。勿論そんなものは無駄に過ぎず、全てが丸見えであることに変わりないが、敢えて口にはしないでおこう。
ハリウッドといいコソドロといい、世の中は物騒である。この世の中をどうこうできる力が俺にはない。だからこそ、守りに徹しなくてはならないのだ。大切なものは自分の手で守らなくてはならないからこそ、本当に大切なものは閉じ込めてでも外部から引き離す必要があると今まで以上に強く感じた。みさきはそんな俺の心情を知る由もなく、衝動に必死に耐えることに精一杯のようだ。余裕なんて皆無なその表情がひどく美しく、顔にかかった長い前髪を掻き分け、もう1度唇にキスを落とした。