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必死に我慢していたもの程溜まりに溜まってその衝動に耐えきれなくなってしまう。更に先を促すように細長い指がナカを押し拡げてくるものだから、力の抜けた身体では抵抗1つ出来なかった。だから仕方がなかったのだといくら自分に言い聞かせようと、起きてしまった過去の結果を変える事など出来やしない。それなのに今は恥ずかしさよりも罪悪感よりも、ようやく解放された後の余韻の方が遥かに勝っていた。目の前のひんやりと冷たい大きな鏡に額を預ける、急激に身体を襲う脱力感。それはあまりにも強く、このまま瞼を閉じてしまえば今にも眠ってしまえそうだった。そして何事もなくベッドの上で明日の朝を迎えられたらどんなに幸せな事か――

もし本当にこれが夢であったのなら。なんて嫌な夢だったと呆れて、額に滲み出る寝汗を拭いて。それから夢の続きを歩み始める前に、自分の面倒臭がる癖をどうにかするべきだ。そうすれば少なからず帰り道を短縮出来るからという理由で危険な路地裏に足を踏み入れようとはしないだろう。



「あーあ。これじゃあイッたのか漏らしたのか分からないねえ」



夢見心地な脳に響く、透き通るような男の声。耳に優しいはずの声音が酷く耳障りだった。彼の声が私を現実世界へと連れ戻す、逃げる事など許されない。加えて人肌にはないひんやりとした鏡の感触が、ぐったり脱力しきった身体と脳に丁度良い刺激となった。閉じかけた瞳でぼんやりと足元を見つめ、喉を振り絞る。



「何でも、しますから……身体、洗わせてください」



ポキッと大袈裟な音を立てて、心はいとも簡単に折れてしまった。あまりにも屈辱的過ぎたのだ。もう恥ずかしいなんて感情は既になくて、ぽっかりと空いた心に感じるものはアンモニア臭への不快感だけ。臨也さんが私の身体を解放した途端、思っていた以上に疲労を溜め込んだ身体は思うようには動けず、まるで糸の切れた操り人形のようにそのままへたりと冷たい床に座り込んでしまった。

己の放った淡黄色の液体が排水溝に流れてゆく様を他人事のように見つめる。ああ、なんて不快だろう。シャワーを手に取り己の身体へと発射口を向ける。自分の身体全てが汚れているような気がした。出来る事なら汚いもの全て洗い流せてしまえばいい。シャワーから出る水はまだ完全に温かくはなっていなかったけれど、それでも構わず冷水を浴び続けた。冷たさなど気にしてはいられなかった。



「風邪引くよ」

「……」



臨也さんに無理矢理シャワーを奪い取られ、何も持たない右手を宙に浮かす。腰が完全に砕け、暫くは立ち上がれそうにない。そんなひ弱な自分が情けなく思えて、瞳からは自然と涙がポロポロと溢れ出てきた。臨也さんへの憤りは不思議と感じられなかった。ただただ何も出来ない自分がもどかしくて、誰よりも憎い。



「ごめんね」

「……?」



耳を疑う。
今、彼は……何て言った?



「君があまりにも可愛く泣くから、ついいじめすぎちゃった」

「へ……、!?」



突然ぐいっと身体を引き寄せられ、ぽすりと臨也さんの胸の中へと収まる。頭がうまく回ってくれない、一体何が起きているというのだろう。彼の胸の中はとても温かくて、つい優しくされているという錯覚に陥ってしまう。それはあまりにも現実からかけ離れ過ぎているが故、今の状況に耐えきれず身を捩らせて抵抗した。それでも臨也さんが腕の力を緩めてくれる事はなかった、寧ろ更に力を込め力強く抱き締めてくる。

まただ、この違和感を感じるのは。そしてこの瞬間だけ私は人間として扱われる事が出来る。それが堪らなく嬉しくて、やっぱり涙は堪えきれなかった。頬を伝う涙の筋を辿るように、臨也さんがペロリと綺麗に舐め取る。そしてそのまま目尻にキスを落とす。



「い、臨也さん……?」

「……」



彼は何も口にはせず、ただひたすらキスの雨を降らした。頬、額、瞼の上――それでも決して唇に口づける事はしなかった。それを疑問に思う時点で、私はきっと心の底で何かを期待しているのかもしれない。そんな自分自身に疑問を投げ掛ける。私は彼に一体何を期待しているというの……?

チュッと小さくリップ音を響かせ、臨也さんの唇が離れてゆく。名残惜しいような、変な気持ち。臨也さんはシャワーの水が温かい事をきちんと念入りに確認した後、私の身体にかけてくれた。もう片方の手にボディスポンジを持ち、まるで壊れ物を扱うような手つきで優しく洗ってくれる。たっぷりと水分を含んだシャツは身体にぴったりと貼り付き、感覚的には裸も同然だった。それ故に密着した臨也さんの体温が冷えた身体にじんわりと広がり、人肌のぬくもりの温かさを改めて実感した。



「ここも綺麗にしなくちゃね」


泡を絡ませた細い指が入口付近を優しく撫でる。泡立てるように何度も擦り、愛液と混じり合いぬめりを増す。逃げる気力も失ってしまった今、もはやされるがままだった。しかし先程までの性を感じさせるような手つきとは違い、くすぐったいような気持ち良いような――ただ敏感故に感じてしまう事だけは避けては通れぬ道なのだが。唇を噛み締め、声が漏れてしまわぬように意識を集中させる。

そう、気持ち良いのだ。気持ち悪いのではなくて、その逆。この首に首輪さえ繋がれていなければ、きっと恋人同士の他愛事だと錯覚する事も出来ただろうに。



「気持ち良いだろう?」



その声は何処までも穏やかで、今までのように決まりきった答えを強要するものではなかった。ほんの一瞬戸惑った後素直にコクリと頷く。意識して間を空けてからはい、とだけ答えた。



「はい、だけじゃあなくてさ、ちゃんと言葉にして言って欲しいな」

「こ、とば……?」

「気持ち良いって、今なまえの感じている事、ありのまま」

「き、気持ち良い、で……――ッ!?」



言い終わらないうちに臨也さんの指が私の中に入ってきた。第ニ関節をくいっと折り曲げ、前立腺を刺激する。狙いが恐ろしくも的確で、例えどんな状況であれ気持ちが良いと言わざるを得ない。絶大な快楽に言葉と身体を震わせながら、まるで呪文のように馬鹿みたいに繰り返した。というのも、なかなか口がうまく回らなくて、正確に言葉を言い切れなかった為である。

左手でアソコを大きくくぱぁッと拡げ、右手で激しく愛撫される。細長い指先は時折ナカに挿れられたままのバイブに触れ、電源は切られ振動こそはしていないものの指だけでは届かない部分までもが刺激され続けた。白く泡立ったボディソープが秘部でぐちゃぐちゃと卑劣な音を響かせ、そこからトロリと床へ溢れ出るその様が酷くいやらしい。



「ひゃあ!き、気持ち、気持ちいィ……ッ!」

「クスッ、本当に君は快楽に弱いよねえ」



まるでねっとりと耳にしつこく絡み付いてくるような声。ぼんやりと覚束無い意識の中、臨也さんの唇がゆっくりと近付いてきたような気がした。ほんの少し伏せた臨也さんの長い睫毛が肌に触れる。しかし私の唇まであと数センチというところで動きが突然ピタリと止まり、直前で思い止まったように離れていってしまった。代わりに唇は首から鎖骨の辺りを這い、再びリップ音を響かせ痕を残す。

どうして?思わず彼を見返してしまう。しかしそれでは期待していたのがバレてしまうと思って、すぐに視線を逸らした。なんだか無性に泣きたくなってきた。



♂♀



「先に上がってていいよ」



そう言われ、1人脱衣室で濡れた身体を拭く。火照った身体がなかなか冷えてくれないのは、熱された原因が湯船のお湯ではないせいだ。すぐ隣の浴室の扉の向こうからはさわさわとシャワーの流れる音、今だ止まる事はない。べったりと身体に貼り付いたシャツを脱ぎ捨て気持ち悪さから解放される。当然ながら同じくびしょびしょに濡れたブラを外すと身体を纏うものが何もなくなってしまったので、とりあえず掛けてあったバスタオルを頂戴しておく事にした。ふわふわと触り心地のよいバスタオルは優しく身体を包み込み物の質の良さを窺わせる。臨也さんの物へのこだわりが垣間見えたような気がした。

バスタオルをぎゅっと握り締める。自分が一体何をしたいのか、何を望んでいるのかが分からなくなってきた。最初はひたすら"今"から逃げたくて、触られる事すら恐怖でしかなかったというのに。たったこれだけの短時間で確実に変わってゆく自分自身に動揺を隠せない。1ヶ月後に自分はどうなってしまっているのだろう――そこでハッと我に帰り、首を振る。私の願いはただ1つ、日常を取り戻す事だった筈ではないか。



――……それなのに、



何故だろう。自由の身になった自分を、もはや想像する事すら出来ないのだ。臨也さんの手によって植え付けられた根はあまりにも深く、こんなにも浸透してしまっている。これ以上侵食させまいと現時点で無理矢理引き抜いてしまえば、どのみち『1ヶ月従順にしていれば自由の身』という条件をクリア出来ない。かと言ってこのまま根を残してしまえば、1ヶ月後には何かが根付いてしまうような気がして。そんな苦渋の選択を迫られても尚、非力な私には何も出来なかった。

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