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なぁ、折原臨也。あんたは本当に人間を丸ごと理解出来ていると胸を張って言えるのか?確かにあんたは現代を生きる様々な人間をたくさん見てきた。どんな事で苦しみ悩み、この社会を生きていくのか――そういった面に関しては得意分野だとでも言えるだろうな。

じゃあ聞こう。あんたの人類愛はこの先何年も通じるに値するものなのか?所詮その場限りの消耗品じゃあ意味がない、情報はいつの時代にも通用するものでなければならないんだ。この意味が分かるか?情報屋。



♂♀



「あんたも本当に酷い人間だ」



部屋に入る俺の姿を確認するなり、彼は呆れたようにそう吐き捨てた。今まで何度だって耳にしてきたその言葉は俺にとっての誉め言葉でしかないというのに。

俺は貼り付かせた笑みを微動だにさせずに、ゆっくりとした動作で向かいのソファに腰掛ける。粟楠会幹部――俺が敬意を込めて四木さんと呼ぶこの男は、自分が情報屋を営むようになってからそれなりに長い付き合いになる人間だ。彼等の情報ルートは様々で俺はその中の1つでしかない。だからこそ多少のプライベートは筒抜けのようで、表向きは円滑な交社関係を築きつつも裏ではお互いを監視している。まあ、今回の一件に関しては俺の意図的な気まぐれなのだけれど――



「いいんですか?彼女を1人にさせて。いいところだったのでしょう?」

「構いませんよ、今はまだ調教の段階ですから。それに……今の彼女の可愛い姿は携帯でいつでも見る事が出来ますし、俺の帰る頃にはいい具合に出来上がっているでしょう。そもそもそんなお楽しみ中の俺を呼び出したのは四木さん、貴方じゃあありませんか」

「……盗撮、ですか」

「あっはは、聞こえが悪いですよ。俺はただ自分の事務所にカメラを常備しているってだけです。ほら、取引中の映像とか、後々必要になってくるでしょう?」



彼は俺を酷い人間だと言った、ならば俺は一応人間として認知されているという事になる。例えどんなに非道で非情な行いをしていようと、愛すべき人間と同じカテゴリーにいられる。それが何だか面白くて、反面腹立たしくもあった。俺は自分を愛してはいない。俺そっくりの人間がいたとして、もし人格が全く異なっていれば俺は彼を愛せるだろう。それは勿論自分とは違う"他人"として。だがもし人格が一致していて、それを自分と同じ生き物だと認めざるを得ない場合――それは困る。嫌いな人間はシズちゃんだけで十分だ。



「で、話はなんです?」

「なに、ちょいと面白い話を聞きましてね……なんでも、最近池袋周辺で人拐いが多い、とやら」

「へえ、それは怖い」

「……折原さん。あんた、何か知っているんじゃあないですか」

「……」



敢えて何も答えず、ゆっくりと笑みだけ浮かべる。四木さんには恐らく俺の行動の意味が理解出来ただろうが彼も何も言わなかった。

今の俺が彼に情報を提供する義務などない。情報屋にとって信頼というものはなくてはならないものだ。ただしそれは金の絡む場合のみ当てはまる事で所詮ただの口約束にしか過ぎない。



「さあ、どうでしょう」



自分から情報を提供する事は決して無い。それは人々のプライバシーを守る為ではなくて、自分自身を守る為。情報はそれぞれ必要なものだけを提供するが必要でないものまでをむやみに教える必要などない。そして俺は今、彼等にこの情報を提供する必要性はないと判断した。情報の漏れを防ぐ為にも、そして"彼女"の存在を知られぬ為にも、俺はむやみに口を割らない。結局四木さんの話というのは特に大したものではなかった。きっと本題が人拐いに関する話だったのだろうけれど、あの男は頭がキレるから『俺が絶対にその情報を提供しない事』を察したのだ。やはり昔からの長い付き合いというのは時々嫌になる。弱みを握られぬよう常に気を配っているつもりではあるが、どうしたって言動の癖や行動パターンというものは付き合いが長ければ長い程見破られてしまう可能性が高くなる。



♂♀



「……ッ、――!」



俺が事務所に戻ったのはあれから約5時間後のこと。本当は急いで帰っていれば小1時間程短縮出来ただろうけど。扉1枚の隔たりを越えた部屋から聞こえてくるか細い声を耳にし、内心ほくそ笑みながらゆっくりとドアノブに手を掛けた。

部屋に入った瞬間愛液特有のヤラシイ匂いが鼻を掠める。扉の開く音に反応したなまえが顔を此方へと向けるが、その双方の大きな瞳に色はなかった。ただ俺がこの部屋を出て行く時と変わらずバイブ音は一定の速度でテンポ良く音を響かせている。触るとひんやりと冷たくてパリパリに乾いていたベッドのシーツの中央にも、今や既に大きな丸い染みをつくっていた。


「いい子にしてた?」

「い……、ざやさ……」

「かーわいい。涙と涎でぐっちゃぐちゃにしちゃってさあ……ずっと俺の名前呼んでたでしょ?」

「ッ!!」

「ねえ、……見たい?自分の"可愛い姿"」



目の前に突き付けた携帯の大画面に次の瞬間映し出されたのは、俺が不在時の彼女の姿を頭上から映した霰もない映像。まるでAVのようだと他人事のように思う。初々しく快楽に戸惑う彼女の姿はとてつもなく興奮する、それはなまえの男性経験が浅い事を暗に意味していた。……いや、そうでなくては困る。何故なら彼女に悪い虫が付かないよう裏で細工していたのはこの俺自身なのだから。



「見、たく……ない……」

「そんな事言わずにさ、ほら、こうすればぜぇんぶ聞こえるよ?」



俺は右手に持った携帯のスピーカー部分をなまえの耳元に押し付け、ボリュームを一気に大音量のマックスまで押し上げる。録音された音はなまえの喘ぎ声のみならず、バイブの激しい振動音やなまえが身を捩る際にシャツとシーツが擦れる音、ぐちゃぐちゃと泡立つようなヤラシイ音まで全て録音機に収められていた。

聞き耳立てる必要性を感じさせない程にボリュームを上げた録音機、更に現在進行中に鳴り響く音とで混ざり合い、普通の感性の人間ならば興奮せざるを得ないような今の状況を俺は心底楽しんでいた。今の俺にはこの動画を世の中に流出させる事も可能だし、彼女を更に辱しめる行為だって何だって出来る。人をどうにでも支配出来る事がこんなにも楽しい事だったなんて今の今まで知らなかった。



『嫌…ぁ……!臨也さ……ッ、んあッあ、あ……!』

「あはッ、凄い声。今はもう喉枯らしちゃったみたいだけど……もう出ない訳?声、もっと頑張りなよ」

「……ッ」



画面の中で俺の名前を呼びながら悶える自分の姿を半強制的に見せられ、顔を真っ赤にさせるなまえ。頬を伝う大粒の涙を舌で掬い舐め取ってやった。両手首には手錠を外そうとした為か赤黒い痣がくっきりと残っている。自分で解く事は叶わないと分かっていて、それでもがむしゃらに逃げ出す事を諦めきれなかったのだろう。もっとも今の彼女からそんな無謀な意志は感じられなくなっていたが。

ああ、そんな顔をしないで――つい構ってあげたくなっちゃうじゃない。



「ひッあぁ!!?」



敏感になった陰核へと直に舌を這わせ、己の唾液と愛液でそこをぐちょぐちょにする。なまえの下腹部を撫でてやるとバイブが中で振動しているのが分かった。



「ねえ、どうして俺の名前呼んでたの?呼べば何とかしてくれるとでも思ってた?」



なまえが俺から目を背けながら小さく首を振る。じゃあ、何。そう問えば彼女は罰の悪そうな顔をして口を紡ぐのだ。



「……お願……、これ、せめて……弱くして……」

「これってバイブのこと?弱くしたって君がもどかしくなるだけだろうけど……俺が今から言うことをそのままそっくり言えたら抜いてあげるよ?」

「……?」

「『私は貴方の奴隷です』って。俺の目を見て、誓って。俺は何も君のことを虐めたい訳じゃあないんだ」



これは半分が真実で、半分が嘘。だけどなまえは今の苦しみから解放されたくて堪らなくて、きっとどんな事だろうと俺の言う事を聞くのだろう。こうなる事が俺の狙いだった、そして今まさにそれが叶われつつある。彼女の身も心も全て支配する為には、まず身体に教え込んでしまえばいい。

なまえはこの約5時間の間で嫌と言う程理解したはずだ、自分がどんなに何も出来ない無力な存在であるのかを。どんな人間であろうと両手の自由を奪われてしまえば何も出来ない。これからじっくりと強調してゆくとしよう。まずは第1段階をクリアしなければ――



「私は――奴隷じゃない」

「……は?」



色を取り戻したなまえの瞳は、明らかに俺への敵意を剥き出しにしていた。ただひたすら謝っていた時とは違う。一体彼女は何を思ってこんなことを――



「なまえちゃんさ、今の状況分かってる?」



何故『飴』を拒絶する?酷く『鞭』された人間は直後の『飴』を強く欲する。この子も『飴』を酷く欲するあまりにプライドを手離すものかと思っていた。だけどなまえは違った。『飴』への甘い誘惑さえも頑なに拒絶する。期待外れの彼女の反応――いや、寧ろこれは期待以上だ。場合によっては壊してしまおうと考えていたが、この様子だと暫くは到底飽きそうにない。

大いに結構!そしてなまえに目をつけた俺の目は節穴じゃあなかった!それが今はっきりとここに証明されたのだ。



「……ふうん、そこだけは譲らないんだ。尚更言わせたくなったよ」



認めさせたくなった。堕としてやりたくなった。俺無しじゃあ生きられなくしてやりたくなった。主人を失った奴隷に待つものは決して自由なんて生ぬるいものではない。己の存在理由を失った、ただの用無しだ。

そして用無しになって生きる道をも失った哀れな奴隷つまりなまえを、俺はもう1度拾ってやるのだ。その時なまえは一体どんな顔をするだろう?ヤツの問いに対する答えを俺は今度こそ見出だせるだろうか……?



「君さ、シズちゃんの次に扱いにくいよ」

「……勿論いい意味でね」



♂♀



ほお?どうやら絶好の獲物を捕まえたようじゃあないか。要するにあんたは人間の心理を1度体験してみなくちゃあ気が済まない口なんだろう?別に口出すつもりはない、寧ろ俺は楽しくて仕方がないんだ。あんたなりの答えを期待してるって訳さ。答え合わせはそれからにしようじゃないか。

1つ気になる点があるんだが……まぁいい、とにかく今は専念してくれ。ゲームはまだ始まったばかりなんだ。俺は高見の見物とさせてもらうよ、優雅にな。

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テーマ「人外ファンタジー」
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