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あと少し、もう少しなんだ。

俺の求めてきた"何か"に気付くまであと――指折り数え、そしてようやくここまできた。答えは目前、そう直感で確信する。こんな動物的な勘を頼りにするなんて俺らしくもないが、と内心そんな自分に苦笑した。



九十九屋『なあ、知ってるか?人間ってのは簡単に死ねる』

九十九屋『拳銃でパンと脳天吹き飛ばしちまえば確かに人間呆気ないが、勿論そういう意味じゃあない。もっとこう……精神的な意味で。分かるだろう?』

九十九屋『……心、さ』

九十九屋『思い切り粉々に砕いちまえばいい。ただし、確実にな。おっかなびっくりになんて駄目だ。一思いにやっちまえ。爪を剥ぐ時だって恐る恐るやりゃあ余計痛いだろう?一気にバリッと剥いだ方がマシってもんよ』

九十九屋『さて、ここからが本題だ。心の死んだ人間はどうなると思う……?』



答えは単純明確。これまで幾人もの人間を観察し、愛し続けてきたこの俺を舐めてもらっちゃあ困る。それにこの手段を俺は何度も繰り返し行使してきた。何らかの理由で壊れた心の隙に入り込み、救いの手を差し伸べると見せ掛け都合の良い言葉を吹き込む。こうして己の操り人形にしてしまうのだ。これが、九十九屋から提示された質問への俺なりの答え。現に俺はそうする事によって、妄信的な信者を作り出す事に成功している。ただしなまえとは大きく異なり、肉体的に繋ぎ止めようと試みたのは彼女が初めてなのだが。

なまえは特別だった。具体的にどのあたりが、なんて愚問だと笑い飛ばす。本能的な直感、この電流の流れるような衝撃を言葉に言い表せる訳がないのだ。だから俺は、いつもみたいな屁理屈めいた言葉をぐっと飲み込む。言葉なんていらない。必要なのは、彼女を使役する為の絶対的な権力。



♂♀



「い、臨也さん!」



彼女の必死過ぎるくらいの叫び声が耳に響く。だがその声音もなかなかに心地良いものだ。懇願にも近い彼女の声を耳にして尚、それでも無知で無邪気な子どものように「なあに」と笑みを浮かべては返す。なまえは言葉を紡ぐ事なくぐっと押し黙り、その繰り返し。

何度繰り返されてきただろう。俺が何度目かの「なあに」を口にすると、なまえは恐る恐る言葉を口にした。しかしその瞳に相手への怯えは見られない。とはいえこの状況に動揺しきっている事は確かで、黒く大きな瞳だけが俺を捉えては微かに揺れる。彼女は俺に何を期待している?いや、期待などしていない。ただただ次の言葉を待っている。



「な、何の為に……こんな……ひうっ!」



ぬち、ぬちゃり。



「それ、今更聞く事?俺、前に言わなかったっけ。物分かりの悪い子は嫌いだなあ」

「……」

「覚えてる?俺が言った事。今から適当な連中を呼んで君を犯せと命じたとして、果たして君は俺の事を恨む事が出来るのかな。それを今、試したくなった」

「な、んで……だって、あの時、臨也さんは冗談だって……」

「あっはは!アレ、律義に信じちゃったんだ?ごめんねえ。俺、気分屋だから」



足を取られ、身体の自由が利くはずもなく身体を後ろへと預けるなまえ。彼女の足を掴み、巧みに操り――所謂足コキを強行させている俺。視覚的にもキテいるのか、シズちゃんは両手を後ろにつき、あまりの快感に熱の隠った溜め息を漏らす。愉快だった。こうも簡単に池袋最強が骨抜きになってくれるとは。たまたまなまえが彼の好みだったというのか。確かに彼女は一般的に可愛い部類に入るだろうが、それにしたってあまりの府抜けたその姿に笑わずにはいられない。あれだけ思い通りにいかなかった化け物を手懐けるのも夢ではないと確信した。いや、もしかしたらそれ以上に思いがままの駒にする事だって可能かもしれない。今まで『愛』だのそういった類いに飢えていた彼は、生まれて初めて他人との性的な繋がりを得た。なまえという駒がこの手にあり続ける限り、ヤツもまた――

確信、なまえは俺を信じきっている。そして現時点で俺を恨んでもいない。ただ絶望感に満ち溢れたその瞳を直視する事は出来ない。何を躊躇っている?俺。何を言っている?俺。ただ唇だけが相手を追い詰めるように次々と言葉を捲し立てる。よくもまぁこんなにも立て続けに言葉を吐けるものだ、と己を客観視して思った。口だけは達者。自分の言葉に真実はあるのか。



「嘘」



そんな自問自答に答えるかのようになまえがはっきりとそれだけ告げる。何も口にした覚えはないのだが。



「臨也さんは、意味のない事をする人じゃないです」

「……どういう意味かなそれは」

「ッだから!ただ単に興味があったからだとか、そんな簡単な理由じゃなくて……はうッ!」



ぬちゃ、ぬちゃり。
なまえの足の親指と人差し指の間、そこからヤツの汚い欲望の塊がにゅるりと顔を出す。指先からの感覚が神経を伝って上へ上へと伝達し、熱を持ったなまえの中心からはじわりと透明な液体が滲み出た。彼女もまた快感には忠実なのだ。



「この行為に意味はあるのか、それが知りたいのかい?なまえは」

「ふ、ふぁい……」

「教えてあげてもいいけど、後で俺のお願いもきいてくれる?ギブアンドテイクさ。寧ろ主人からの施しにもっと感謝して欲しいね」

「感謝……します」

「と、その前に」



彼女の身体を解放し、目配せする。なまえはもうその意味を理解していた。俺が少し離れた席に腰を下ろすと同時に、なまえもまた大胆な行動を起こす。



「し、失礼します!」

「なッ、……うおっ」



ガバリとシズちゃんを押し倒し、逆向きに四つん這いになって身を屈める。これ以上ないという程までに勃起したソレに再び舌を這わせ始めた。チュッと1つ口づけを落とし、必死に口内へと導く。苦しそうに涙を浮かべ、それでも巨大なそれをしゃぶる。時折先端部が喉を突くのか嗚咽を漏らすが、構わず継続。ヤツはそんななまえを前にもはややめろとは言わなかった。

ヤツはとうとうされるがままだけの状況に満足出来なくなったのか、目の前で誘うように揺れるなまえの腰をがっちりと掴む。なまえが驚きの声をあげるよりも先に、シズちゃんは己の舌を真上へと伸ばすと、無防備ななまえの秘部を撫でるように舐め上げた。引き腰になる彼女の腰を強引に引き寄せ、更に口づけては愛撫を始める。離れていてもヤらしい水音だけは俺の耳にも届いていた。第三者から見れば所謂69とかいう淫靡な姿に、まるで生身のAVでも見ているかのような錯覚にすら陥る。ただし俺の場合こういう時に沸き上がる感情は性的な高ぶりではなく、もっと単純でシンプルな1つのやり遂げた達成感だった。だってそうだろう?頑なに奴隷である事を拒み続けたあのなまえが、今やこんなにも俺の命令に忠実なのだから……!



「ひゃあッ!?し、静雄さん何して……ッ!?」

「何、って……やってもらってばっかなのも、悪ぃと思って」

「そ、そんな……私なんかに気使わなくて……んう」

「なんか、じゃねえだろ」

「……え?」

「私"なんか"って言い方、可笑しいだろーが。なまえは……その、……可愛いと思うし」

「!」



ボソリと呟かれた言葉たった1つで、こんなにも真っ赤に赤面するなまえ。彼女は賞賛される程の容姿を持ち合わせていながら、奴隷という立場上褒められる事に慣れてなどいない。



「……やめて下さい。そういう事、言わないで」



今にも泣き出しそうな声。

あぁ、全くもう。どうしてシズちゃんは余計な事を口にするのだろう。なまえがシズちゃんの言葉に動揺しているのが見て取れる。駒は駒らしく、ただ俺の意のままに動いてくれさえすればいいのに。そんな事が始めから出来ていれば、俺はここにヤツ――平和島静雄を呼び出す事はなかっただろうけれど。普段思い通りにならない駒を手の平で踊らせている時程、己の権力に酔いしれる機会はない。



「俺だって、あんな野郎に好き勝手されてるって自覚はある。けど、それがあんたとの接点になるってんなら、」

「や……っ、待っ……!静雄さ……ぁ、静雄さん……!」

「……」



気に食わない。何故なまえはヤツの名前を口にする?俺が見たかったのはこんなものなのか?彼女は与えられる快感に精一杯で、ろくに周りなど見ていない。揺れる瞳は焦点を失い、俺の姿などとうに映してはいないのだ。目前で繰り広げられる2人だけの世界にあからさまな嫌悪感を抱く。なんだ、これ。俺が見たかったのはこんなものじゃあない。俺という存在がありながら、他人の男に身体を汚されている事への罪悪感に満ちた表情――それが見てみたかったのだろう?折原臨也。それなのになんだこのザマは。つまらない。いや、実に気に食わない。

ヤツは言った。俺に利用されている自覚は確かにあるのだ、と。それを承知の上で、ヤツはここにいる。自らに課された駒としての役回りを存分に発揮し、逆に俺を"利用している"のだ!大人しく利用されているフリをして、『俺からなまえを引き剥がす』という己の目的を成し遂げつつあるのだ……!現になまえの心は揺らいでいる。不安定にグラつく天秤のように、あと少し、何か決定的な言葉1つで簡単にそちらへと傾いてしまう。それほどまでに今のなまえは流されやすく脆いのだ。



「なまえ」



やめろ。お前なんかがなまえの名前を口にするな。

気付いたら俺はその場から立ち上がっていた。その反動で椅子が傾き、床へ倒れ込む音で我に帰る。反射的にこちらへ視線を向ける2人のすぐ傍まで行き、なまえの片腕を掴むと強引にこちらへと引き寄せた。彼女が痛い、と小さく悲鳴をあげるがそんな事は知った事か。俺の怒りが伝わってきたのか、なまえは怯えに身体をビクつかせると俯き黙り込んでしまった。



「勿論なまえにもお仕置きは必要だけどね。だけど俺はそれ以上に……シズちゃんに苛立ってる」

「はッ、何を今更。手前が仕組んだ事だろーが」

「君さ、調子乗り過ぎ。ここまでノってくれるとは思わなかったなあ!なに?そんなにヨかった?当然だよねえ、なんたって彼女は俺の奴隷なんだから!……けど、そろそろ効いてくると思うよ」

「……は?」



気に食わない。気に食わない気に食わない。表情には出さないものの、胃の底から込み上げてくるような異様な違和感を感じていた。

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