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彼はきっと私の口からたった一言「助けて」と聞きたかったのだと思う。だけど私にはその期待に応える事が出来なかった。この世界に私の味方なんて誰1人いやしないんじゃあないかと錯覚してしまいそうになる孤独の中、差し伸べられた貴方の手を何度掴みたくなった事か。それでも私は現実から『逃げる』事よりも『向き合う』事を選んだ。

苦渋の決断だった。何度も何度も考えた。そして最終的に私は――唯一の救いの手を拒んだ。少し前の私だったなら躊躇せずに助けを求めただろうけれど、今更以前までの生活を取り戻したところで『以前までの自分』を取り戻せない事くらい分かりきっていたから。



「何がしたかったのか想像するのは容易いけれど……ま、そーいう訳だから。シズちゃんは黙って大人しくしてなって。君に人並みの学習能力がないって事くらい理解してたけど、そう何度も言わせないでくれ」

「……クソが」

「そう睨まないでよ。いがみ合っていた俺たちの初めての共同作業じゃあないか。仲良くしようよ。今だけは、お互いの為に……ね」



やれやれと肩を竦める臨也さんを鋭く射るような視線で睨み、一瞬だけ瞼を閉じてから再び此方へ向けられた眼差しには哀れみの色が含まれていた。見覚えのあるその瞳の色に胸がドキンと高鳴る。これはいつしか浴室の鏡越しに見た、鏡に映る自分自身を見つめる己の瞳そのものの色。どうやら私は無意識のうちに自分の立ち位置を哀れんでいたらしい。実に笑えない、失笑ものの可笑しな話だ。

そして彼は一体何を思ったのか「分かった」とだけ呟くと、新しい電池を入れ替えたばかりのバイヴを再びあてがった。彼の言葉と行動が伴わず、困惑する。



「ッ静雄さん!?」

「……こうする事がなまえの意思なんだって事は、よーく分かった。なら俺に出来る事と言ったら、もう強行手段しかねぇだろ」

「な、何言っ……――!!?」



強い力で容赦無く押し込まれ、小さなそれは簡単に私のナカへと姿を消す。再び膣内に異物が挿入され、刺激を期待した私の身体は悦んで内壁をヒクつかせた。

仮に私が一言「助けて」と言えば彼は間違いなく私を助けてくれただろう。しかし有り難き救いの手を払う事よりも、主人の命に背く事こそが奴隷にとっての最大の罪。そんな何よりも優先すべき存在を私は少なからず意識していた。曖昧なこの感情に名前を付ける事も、臨也さんが一体何を考えて私に接しているのかと考える事も、それらに連なる物事全てが無謀であるように思えてならない。こんな事になるくらいなら感情など捨ててしまえればいいのに――なんて、出来もしない事を思う。しかし、頑なに人間である事を望んだのは紛れもなくかつての自分自身なのだ。今やそんな無駄なプライドはゴミ箱に丸めて捨ててしまったのだけれど、それでも要求までは忘れきれず。未だただ1つだけ欲するものがある。



「愛されたいんだろ」

「!」

「分かるんだよ。俺、そーいうの。コイツからの見返りを期待して、必死に応えようと努力してる」



更には胸の内に留めていた事をズバズバと言い当ててしまうものだから、戸惑いというよりは寧ろ驚きの方が大きかった。もしかしたら彼も今までに辛い経験を体験してきたのかもしれない。ならば私はこの人となら分かり合えるのではないか?そんな救いを求めるような内なる声が頭の中を過った気がした。

確かに、そうだ。どんなカタチであれ私は愛されたかったのだ。愛のない行為を繰り返すうちにいつしか身体は快楽を覚え、それでも心はいつまでも満たされぬまま。そんな空っぽでスカスカな心を暖かな愛で埋めて欲しくて――人間として見てもらう為に奴隷として振る舞う事を決意したのは、今思えばこの頃だった。



「私は……ただ、臨也さんに認めて欲しくて……」



突然今まで我慢していたものが本音と共にぼろりと込み上げてくる。泣き顔を見られるのが情けなくて、手首を拘束されたまま繋がった両手で咄嗟に己の顔を覆った。しかしそれは直ぐに取り払われ、再び頭上へと戻される。視界には私を覗き込む臨也さんの穏やかな表情が映った。涙で若干ボヤけてはいたのだけれど。

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。そんな顔をして私を見ないで。



「見、ないで下さい……」

「どうして?可愛いのに」

「! か、」



甘い言葉に雰囲気ごと流されてしまいそうになる。今までと明らかに違う彼の態度に戸惑いを隠しきれない。思わず口をパクパクさせる私の唇に臨也さんは指先でそっと触れると、まるでこれ以上の言い訳は許さんとばかりに掌で口元を覆われてしまった。



「惑わされないで、君は俺の言う通りにすればいい。従順な奴隷は身体ごと愛してあげられるよ。ただ……ちょっとだけ無理する事になるだろうけどね、大丈夫。すぐによくなるから」



――そうだ、そうだった。

臨也さんの言う事が正しくない訳がない。



♂♀



愛されたい気持ちは理解出来るが、臨也に吹き込まれたのであろう愛の定理は普通から大きく駆け離れていた。俺が愛だの何だの言える立場ではないが、今や彼女にとって身体を交え合う行為こそが最上級の愛情表現なのだと思い込んでいるのかもしれない。そりゃあこんな卑劣な道具で散々弄ばされ続けたら、人肌が恋しくなるのも頷ける。そんな人間の心理を手に取って薄ら笑いを浮かべる臨也の野郎が俺は許せなかった。

愛に餓えたなまえは、与えられた快感を愛情だと錯覚する事によって空虚な心を満たそうとしている。喉から手が出そうな程に欲するそれを何らかの形で手に入れない限り、彼女を縛り付ける負の連鎖からは解放されないだろう。ならば俺が断ち切ってやればいい、どうせ第三者の介入を許したのも臨也なのだから。初めはただ純粋に、似た境遇に立つ少女を哀れんでいた。



――じゃあ、今は?



なまえは臨也の言う事に恐ろしく従順だった。弱味を握られているから仕方がなく、といった理由がある訳でもなさそうだ。まるで自らがそうである事を願っているかのように。眼前の彼女は、想像よりも遥かに雄弁に関係を物語っていた。

あぁ、もういいや。難しく考えるのはもうやめだ。自分の頭が弱い事くらい大概自覚している。次から次へと言い訳じみた文句が頭に浮かんでは消えてゆく。我に返ったのは、なまえがぎこちなく頷きながら再び身を屈ませた時だった。焦燥の域を越え、もはや止めさせようとは思わなかった。



「まずは、どうするんだっけ?」



臨也の問い掛けになまえは頬を染め、行動に移る。慣れない動きでズボンのチャックを唇に挟み込み、手を使わずして器用にもそれを下ろそうとした――が、やはり思うようにはいかないらしい。経験が浅い故に苦戦する彼女を見て内心ホッと息を吐く反面、焦らされているような感覚に陥り無性に興奮してしまう。そんな性欲に従順な自分自身に何よりも誰よりも嫌悪感を抱きつつ、俺の股下で必死に頑張るなまえの姿に気持ちが高揚してゆくのを感じた。どんなに綺麗事を並べたって所詮、性欲とは本能のままに沸き上がる自然現象なのだから。そう自分に言い聞かせ暗示し続けた。

一向に先へ進みそうにないなまえを見兼ね、臨也の右手がガッシリと彼女の頭を掴む。鷲掴み、という表現が正しいのかもしれない。



「駄目だよ。手、使おうとしちゃあ。そもそも両手縛られてるんだから、使いたくても使えないか」



――昔っから考えの読めねぇ野郎だとは思っていたが……

――こいつは、何が目的なんだ?



深読みしようと思えば思う程意味が分からなくなってくる。よりによって、どうしてなまえなのか。そうこう考えているうちになまえの頭がゆっくりと動く。上から下へ、次いでチャックの下りる音。思わず身体を強張らせてしまう。



「あは、緊張してんの?それとも……期待してる?」



目を瞑り、鬱陶しい声を鼓膜目前で遮断する。思考回路リセット。今はただ、目の前の少女の事だけを考えればいい。そう自分に言い聞かせ、そっと目を開く。

開いた視界に映る景色は酷く異様だ。見下ろした先に跪く少女――そんなアブノーマルな状況に心臓がドクンと脈打つのも事実。そして、先に待つ展開に期待してしまっているのも同様。



――……本人がシてくれるってんなら……



都合の良いように自分に言い聞かせ、ほんの少し勃起しかけたそれを待ちきれずに自ら取り出した。突然目の前に押し付けられたモノに一瞬驚愕の表情を浮かべるなまえ。やはり慣れていないのだろう。そんな初々しくも戸惑うその様が今は興奮材料でしかない。そんな男の心理を上手い具合に利用されている事は勿論知っていたけれど、それならば俺だって臨也の野郎を逆に利用してしまえばいい。

だって、全て臨也が悪いのだから。悪い事は全てヤツに押し付けてしまえ。己の行動にそう理由を付け、なまえを気遣い声を掛けた。



「なまえ……出来るか?」

「じ、自信は……ない、ですけど……」

「大丈夫。俺にシたようにすればいいんだから。まずは舌使って……ね?」

「……」



――やっぱり、なまえはコイツとヤッてんのか?

――いや、もしかしたらまだってのも……

――……けど、確実にフェラはしてんだよな……



「裏筋あるでしょ?まずはそこ、下から上にかけて舐めて」



嫌でも耳に入る声。やはり臨也も同性である故に、男の気持ち良いと思うツボを十分熟知している。より的確になまえへと指示を出しつつ掴んだ頭を無理矢理に動かし、行為を強要する。

何よりも妙に引っ掛かったのは、ヤツが口にする台詞1つ1つだ。『以前俺にシたように』といったフレーズを特に言葉の節々で使い回し、己となまえの肉体関係を赤裸々に語るのだ。それが俺の嫉妬心を駆り立てている事もヤツはきっと知っていて、きっと初めからそのつもりでこの行為に及んでいるのだろうけれど。



「ッ! ……は、」



抑え込むはずが思わず口から漏れ出る声。やはり1度経験しているだけあり、その上臨也の的確な指示もあって彼女の舌使いは巧みだった。熱くぬるりと蠢く生き物のような舌がねっとりと性器を舐め上げる。途端に皮膚が泡立ち背筋を快感が全身を走った。足の指が内側に折り畳まれてびくびくと跳ねる。想像以上に気持ち良い。だけど、どうせならもっともっと気持ち良くなりたい。昨日から募っていた己の欲望が『臨也』という言い訳を得て、躊躇無く本能のままに晒け出す事が出来た。それこそ本能的に求める獣のように――



「んっ……」

「そうそう、やれば出来るじゃない。いい子」

「ふ、……ふぁい」



掴んでいた彼女の頭からゆっくりと手を離し、臨也が優しく頭を撫でるとなまえは嬉しそうに瞳を細める。



――なんだ、これ。

――意味、分かんねぇ。



目の前で展開される2人のやり取りは滑稽で、それでいて羨ましかった。俺という第三者がいるにも関わらず、まるで2人だけが行為に及んでいるようで。今彼女の相手は俺なのに、どうしてなまえは。

嫉妬とも取れる俺の視線に気付いたのか、チラリとだけ臨也が此方を向く。暫し互いに睨み合った末、まるで「ざまあみろ」とでも言いたげな勝ち誇った表情を浮かべ、口元に薄ら笑みを貼り付かせたまますぐになまえへと視線を落とした。



――あぁ、なんだ。そういう事かよ。

――コイツ、わざと俺に見せ付けてんのか……?



「うぜぇ」



滲み出た本音になまえが顔を上げる。その瞬間、理性など頭からぶっ飛んだ。臨也がただそれだけの下らない理由に俺を利用しようというのなら――此方にだって考えがある。

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テーマ「人外ファンタジー」
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