>5-1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



臨也さんが部屋から出て行ったのがつい30分前、気付いたら日付が変わっていた。しかし終わりのない行為に時間の経過など全くの無意味。臨也さんが帰って来ない限りこの拷問は限り無く続くのだから――



「っい、ざやさ……ん」



無意識のうちに彼の名前を口にしてしまう。自分の好きにすればいいと手渡されたバイヴの振動強度を最大にまで押し上げ、それでも火照った私の身体は満足する事が出来ずにいた。彼がこの部屋を後にした直後私は躊躇い無く電源を入れたのだ。躊躇などしていられない程に私の精神は限界を迎えていたのだと思う。

身体がバイヴの振動に馴れてしまうまでの時間はそう掛からなかった。これほどまでに身体の順応機能を恨んだ事はない。1度馴染んだ刺激では決定的な快楽を見出だせず、今は身動き出来ないが故にただただもどかしく身体を捻らせる事しか出来ずにいる。いつだって受け身の私は物事の打開策などそう簡単に思いつく訳もなく、だからといって考えようにも脳が正常に機能してくれない。微弱といえど常に身体を刺激され続ければ思考能力などとうに失われてしまうのだ。



――……だけど

――臨也さん、様子が少しおかしかった気がする……



無機物を見るような赤い眼が、口調が、今日は柔らかく温かかった。私にキスだってしてくれた。奴隷なのに、だ。唇に残る彼のそれの感触に思わず鼓動が高鳴る。彼の為に尽くそうと思えた事が誇れるようになってきたのかもしれない。それは目に見えずとも確かな変化。しかしかろうじて残っていた考える余力は、ある事を機に完全に喪失してしまう。頼り無い音を立てながら、突然バイヴの振動が止まってしまったのだ。

少しずつ威力が弱まってきていると肌越しに薄々と感じてはいたが原因は恐らく故障か電池切れか、私が思うに多分後者の方。しかし今はそんな事どうだっていい。ただでさえこれでも足りないというのに今この刺激を失ってしまったら私は正気でいられないだろう。



「! ……ぁ」



ぴたり、恐れていた瞬間は唐突に訪れた。外部からの刺激がなくなった分だけ身体の疼きが更に際立つ。熱の冷めない敏感なそこへ自然と意識が向かう。以前永遠とバイヴの快楽を味わらせられた事もあるが、あの時の方が遥かにマシだと思えた。身体が欲しくて欲しくて堪らなくて、ねだるようにパクパクと収縮を繰り返す下の口が物寂しい。まるでお預け状態だ。目前のご馳走にありつけず欲求だけが次第に高まってゆく。



「な、んで……どうして動かないの……!?」



再び動く事がないと分かっていても尚、カチカチと何度もスイッチを入れたり消したりを繰り返す。当然挿入されたそれは無反応。ならばいっそのこと自慰してしまえばいいと最終手段を試みるが、赤い縄で堅牢に縛られた両腕は到底動かせそうにない。

成す術なくどうしようもない状況に追い込まれ、それでも助けを乞う相手はいつだって臨也さんだった。両肩を大きく上下させ荒い呼吸を繰り返しつつ彼の名前を口にする。何度でも。



「……、っ臨也さん」



誰も来ない。

部屋には1人、私だけ。



「お願…ぃだか、ら……」



どうせ突き放すのなら、

どうかこれ以上優しくなんかしないで――





♂♀



「(……結局、仕事サボっちまった)」



とある少女の姿が脳裏を過る。ここ頻繁臨也と連なるようになまえの事を思うようになった。彼女は今何処にいて何をしていて、臨也からどんな辱しめを受けているのだろう、と。ただ高校時代から臨也の周りには虚ろな目をした女の存在が常にあったし、ヤツの取り巻きなんざに気を掛けられる程俺は出来た人間ではなかった。他人の事に興味を抱く事もなければ、正直その取り巻き達がどうなろうと個々が好き好んで臨也と行動を共にしていたのだから自己責任なんだと思う。

ただなまえは違った。一見屈しているように見えて心の奥には強い意思を持っている。彼女は一体何を求め臨也に従事しているのだろう、俺はそれが知りたい。



――……駄目だ。

――また思い出しちまう。



俺の顔を見ても恐れず、名前を呼んでくれた少女のあの声。状況がどうであれ俺は彼女とただ事で済まされぬ領域へと踏み込んでしまった。今更なかった事に出来る訳がない。あの柔らかな感触が指先に染み付いて離れてくれないのだから。

匂いを辿って歩く。恐らくアイツとなまえは今も此処――池袋にいる。目の届く場所でチョロチョロとされるのは迷惑だ。早く忘れてしまいたいのに、少しでも気配を感じる度に必然的に思い出してしまう。トムさんに嘘を吐いてまでして仕事を休むのは罪悪感を否めないが、こんな中途半端な気持ちのままではきっと足手纏いにしかならない。



「……」



路地裏を曲がると視界に映る2人の人物。1人は臨也と、そしてもう1人はなまえではなく、右手に凶器を握り締めた見知らぬいかつい男だった。そうと分かった途端胸を占めるのは失望感。きっと俺は無意識のうちになまえと会える事を期待していたのだろう。なまえと出会って別れ、まだそう経たないというのに。

次いで沸き上がる怒りの衝動のままに、俺は近くの自販機へと手を伸ばし――



♂♀



「あんた、最近仕事が雑過ぎやしねぇか」



そう言って銃を向けてきたその男は、本来取引先であるはずの人物だった。だけど俺だって手ぶらでのこのこと出向く程の間抜けじゃあない。今回の取引先が最近落ち目の派生グループである事は独自に調べ上げていたし、こうなる事は既に想定済みだった。だからこそこんな野暮用はさっさと片付けて、いち早くなまえの元へと帰りたかったのだが――どうやらそれは無理らしい。予定を遥かに覆す展開に内心舌打ちしつつも表情には出さず、誰にもバレないように静かに笑う。



「やぁ、数時間振り……かな?」



自販機の飛んできた方向を向き、軽く冗談めいた言葉を口にする。視線の先には世界で1番大嫌いなヤツの姿がそこにあった。



「俺の事助けてくれるなんて、シズちゃんは優しいねぇ」

「うるせぇ。誰が好き好んで手前なんか助けるかよ」

「辛辣だなぁ」



取引先の男は化け物の姿を見るやいなや尻尾を巻いて逃げてしまった。しかし普段から感じられる彼特有の感情のオーラが今はあまり感じられない。原因はなんとなく察しがつくが。



「仕事は」

「あんな事があった直後に平然と働いてられっかよ」

「ははッ、確かに。シズちゃんもそこまで図太くはないか」

「……」



――あぁ、やっぱり。目当てはなまえか。

――……となると、こいつはなまえが気掛かりであるが故に俺に利用される機会を待っていると?

――あの池袋最強の『平和島静雄』が!?まさか!



シズちゃんに限らず俺以外の人間がなまえと会うのは極めて困難である。何故ならそれは主人である俺がそれを望まず、そして許さないから。だから俺が意図的に或いは気まぐれにでも思わない限り、なまえは外にすら出られないだろう。俺となまえの関係に薄々と気付いているであろうシズちゃんは、なまえを俺から救いたいのかそれとも――どちらにせよ相変わらずの行動力に思わず笑いが込み上げてくる。頭で考える事が苦手なシズちゃんらしい。

時計を見る。彼がなまえと対面したのがほんの数時間前、そして1日も経たずにこれときた。実は内心驚いている。シズちゃんと再び出会ってしまった時点でこれからのシナリオは総練り直しだ。ならば先に予定していたシナリオをほんの少しズラすだけ。怒っていない時以外の彼は基本穏和で他人に優しく、ムカつく程に人間らしい。当然彼がなまえに情けを抱くであろう事は既に想定内だった。



「なまえは……手前なんかの玩具じゃねぇだろーが」

「それを言いにわざわざ来た訳?君も随分と暇人だねぇ。それとも、もう我慢出来なくなっちゃったとか」

「……俺は、」



言葉に詰まるのは、他人に図星を突かれたから。行動のサイン1つで人間はこうも分かりやすい。



「ぶっちゃけ、なまえとヤりたいんでしょ?」

「! なっ……て、てめぇ何言って……」

「いいよ」

「……は?」



俺の言葉にぽかんと口を開くシズちゃん。なんて間抜け面だろうと心の中で嘲笑ってやった。当然俺が何の見返りも無しでこんな事を言うはずがない。況してやシズちゃんなんかには。



「ただし条件付きね。それが守れるなら、今からでもすぐに貸してあげられるけど?」

「条件?」

「そ、とっても簡単な事」



顔に偽りの笑みを貼り付かせ、出来るだけニコリと笑ってみせた。



「ヤッてる最中、"必ず"俺の言う事を聞く事。守れると約束出来るなら……」

「ちょっと待て」

「? ……なに」

「お前は、なまえが好きなのか……?」

「……」



違う、そんな訳ないじゃないかと笑えばいい。それなのに笑みを貼り付かせた口元がぴくりとも動かない。



「昨日だってそうだ。自分が嫉妬してるって分かってねぇだろ」

「……はは、何を言うかと思いきや。俺が?嫉妬?君の目、節穴じゃないの」

「気付いてないなら別にいい」



そう言ってシズちゃんは小さく笑った。まるで馬鹿にされているようで腹が立つ。しかしここで感情に流されてしまえば相手は肯定の意味として捉えるだろう。

言葉をぐっと飲み込み本題へ戻る。今俺にとって何より重要なのは、シズちゃんが俺の提案に乗るか否か。



「いいぜ。その話、乗ってやるよ」



いかにも楽しげなヤツの顔を、俺は心底鬱陶しげな表情で見つめた。あぁ、これだから俺はシズちゃんの事が大嫌いなんだ。全然俺の思い通りにならない。こんな時くらい翻弄されてくれれば少しは人間臭いと感じるものを、やはりこいつは人間でないのだと身を持って思い知る羽目となった。

一体こいつが何を考えているのかなんて、そんな事俺が知る由もない。しかし胸を占めるこの黒いモヤモヤが本当に『嫉妬』という名の感情であるとしたら――



「確かに貴方にとっての私はただの奴隷かもしれないけれど……私の名前呼んでくれるの、凄く嬉しくて」

「今までの私は、ただ臨也さんに弄ばれるだけの道具だったと思うんです。だから、私は意思のある人間になりたい。例えそれが、奴隷であっても」

「今から――証明してみせます」




数々のなまえの言葉が蘇る。ならばあの時に感じた高揚は一体何だというのか。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -