>4-1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



目を覚めすと、そこは見知らぬホテルの一室だった。

まず視界に映ったのが、高級感漂うシャンデリアとシミ1つない真白な天井。ふいに鼻を掠める香水の香りは気持ち悪いくらいに甘ったるい。何度か瞼をしばたたかせ、ぼやけた視界のピントを合わせる。ここは一体どこなのだろう。確か私は路地裏で静雄さんといるところを偶然臨也さんに見られてしまい、そして――



「あ。起きちゃった?」



臨也さんの声にハッとして視線を向ける。顔を合わせた途端に襲い来る恐怖と戸惑い。一瞬夢だったのではと己の記憶を疑いたくもなったが、鮮明に残るあの感触が夢じゃない事への証明だった。少し遅れて、現時点での自分の状況を確認する。きっちりと痕がつく程きつく縛られた両腕、身動き1つ出来ない身体。太く固い赤色のロープがほどけぬよう複雑に入り組んで私の四肢を縛っていたのだ。

よれよれに乱れていた白シャツはいつの間に脱がされており、代わりに臨也さんのフード付コートが素肌に掛けられている。下はもはや大した意味も成さないブカブカズボンのまま。路地裏での行為中に出来たシワがたくさん残っていた。臨也さんは己の指先にくるくると巻き付けたり、私を縛る赤い縄の端を弄くり回しながら楽しげに話す。



「この部屋ねぇ、凄いんだよ?こーんなに色々なものが揃っててさ。どうせならいくつか試してみようかなぁって」

「ぇ、……ここ、は」



自分で聞いておいて愚問だと思う。音の漏れない分厚い壁に、外からの光を遮断する分厚いカーテン、更には卑劣な形をした数々の道具――どうやら私は気絶している間にとんでもない場所へと連れて来られたらしい。このあからさまにエロチックな雰囲気を醸し出すこの部屋は、恐らくホテル内で1番高価なスウィートルームといったところか。

私が座っている椅子もふわふわとして座り心地のいい質の良いものだったが、縛り付けられているが為にその感触を堪能する事は出来そうにない。気を失っている間に縛り付けられていたというのに、不思議と驚きはなかった。これ相当のお仕置きが待ち構えているであろう事は、気を失うずっと前――臨也さんに見つかってしまった瞬間から分かっていた事だし、寧ろこの程度で済んでいる事に内心ホッとしている。楽しげな臨也さんの柔らかな口調に安心感を覚えたのだ。相変わらずにこやかに笑う彼の表情から、完全に作り物の笑顔が消え失せるまでは。



「ねぇ、なにか言う事があるんじゃない?」



まだ、笑顔。にこにこと。



「勝手に出て行ってもらっちゃあ困るなぁ」

「! で、でも、臨也さんがわざと鍵を開けっ放しにしたんじゃ……」

「それじゃあ君の考察を視野に入れてあげるとしよう。で、それがなに?確かに俺はわざと鍵を開けっ放しにしたかもしれない。だけど、それが身勝手な行動を許される理由になるのかい?」

「そ、それは」

「つまり、俺から言わせてもらえばこうだ。君はまんまと極上の餌に釣られ、そして呆気なく捕まった――実に哀れだね。今更こんなところで我欲を出すなんて、なまえは自分の立ち場を完全に理解出来ていない。俺はねぇ、それを確かめる為に"わざと"君の行動に口出さなかったのさ」

「……試したんですか?私を」

「君がもし俺に心から服従していたのなら、少なくとも勝手な行動は取らなかっただろうねぇ。俺も反省しているんだ。やっぱり、躾が足りないんだって」



少しずつ移ろってゆく彼の表情。彼は少しずつ視線を落とし、目を伏せた。まるで悲しんでいるかの様に。

「我ながら甘かったと思うよ。だから、さ。これからは多少強引な手を使うことにするよ。かつて人間がしてみせたように、奴隷を恐怖で縛り付けようってね」



そして――また"笑顔"。

私の脳裏に蘇るのは、臨也さんと初めて出会ったあの日見た光景だった。同時に思い出す。私は今まで忘れていたのだ。我が主人に対する純粋な恐怖心――逆らえば自分の身が危ないのだという危機感。あの日、私は何を見た?それは透明なガラス張りケースに入れられた美しい女性の生首だった。その時、私は何を思った?唯一、これだけは分かる。彼は普通の感性の人間ではないのだという事――



「どうだった?ここ、シズちゃんにたくさんかき回されて」



臨也さんが私の秘部を指差しながら、意地の悪い質問を投げ掛けてくる。本能的に身体があの時の感覚を思い出し始め、臨也さんがほんの少し私の肩に触れただけで触れられた部分が熱を帯び、再び火照るような熱さが身体中を駆け巡った。目が覚めた直後は感覚が鈍っていたせいか気付く事が出来なかったが、どうやらあの薬の効果は未だに切れていないらしい。声を噛み殺し、身体を震わせる私の顔を臨也さんが覗き込む。

まだ直接触られた訳ではないにも関わらず、あそこは既にたくさんの愛液で潤っているのが嫌でも分かった。更に臨也さんの視線をモロに感じる事によって、満たされたものが今にも溢れ出てしまいそうになる。路地裏からここへ移動する際に彼が身なりを整えてくれたのだろうが、相変わらず下着は履いていないし、両足を大胆に開いたこの体勢ではズボンの布地と濡れた秘部がかなり密着してしまうのだ。頭では嫌だ嫌だと思っていても、身体はお構い無しに感じてしまう。自分の身体だというのに、自分で自分を制御出来ない。



「あれ、濡れてきちゃった?まだ触ってもないのに」

「ち、違……」

「だって、ほら。じんわりと滲んできてるよ?」



否応なしに秘部から溢れ出た愛液は、ぴったりと密着したズボン生地に小さなシミをつくる。少しずつ、確実にじんわりと広がってゆくシミ。抑えようにも体勢が固定されている為、制御出来る訳もなくされるがまま。臨也さんが指先で軽く圧力をかけるとそこはくちゃりと音を立て、じわりとシミを更に広げていった。



「ぇ……や、待……っ!」



指とは違う感触が、入り口付近で愛液を絡ませつつ擦れ合う。肌で触れるのと性器で触れるのとでは大分感じ方も違うようだ。ズボンといっても薄地のもので手触りはサラサラとしていて柔らかいのだが、かなり敏感なそこではザラザラと荒い印象を受けた。今までに感じた事のない違和感だ。



「あッははは、すごいすごい!ヒクヒク痙攣してるねぇ。この様子じゃあ、このままズボンごと挿入出来るかもね」

「……〜〜」



そして、慣れる事のない屈辱感。こういう時の臨也さんはいつだって純粋に楽しそうで、それこそ玩具ではしゃぐ子どものよう。下心丸出しの性犯罪者とは全く異なる。もし彼が下心丸出しの人間だったら、私は躊躇無く警察に突き出す事だって出来ただろう。しかし私は今の今まで実質上身体を犯された事がない。これではレイプとも強姦とも言えず、かといってセクハラの類いとも言えない。もっとも、今の私に警察へ行く気など微塵もないのだが。

それからも臨也さんは刺激する訳でもなく、何もしてこない。しかし指先が入り口付近を確かめるように動いている事は確かで、身体は勝手に疼いてしまう。やめて欲しいとは思わなかった。ただ気持ち良くしてもらいたいと願う。そう思ってしまうあたり、私は彼の言う通り『淫乱』になってしまったのだろうか。奴隷という立場上、自分からねだる訳にもいかず。かといって媚薬の効いた身体のまま正常でいられる自信はない。全て媚薬のせいにして、いっそのこと狂ってしまおうか。そんな考えが一瞬でも頭を過ってしまった。



「ご、めんなさい……もう二度と、逆らいませんから……だから、もう」

「本当かなぁ?それじゃあ君は、その心意気を今この場で態度に示せるかい?」

「そ、それは……」

「『私は貴方の奴隷です』って。覚えてる?君が口にする事を最も拒んだ台詞だよ。聞きたいなぁ。なまえの口から、なまえの声で。言えたら解放してあげる」



解放――この言葉に私はとことん弱い。そして彼に名前を呼ばれる度に胸の鼓動が速くなる。例え扱いは玩具でも『なまえ』という私個人を見てくれているような気がして、自然と目尻が熱くなってゆくのを感じた。どうやら私は涙の止め方を忘れてしまったらしい。

あぁ、私は多分思考回路が既に狂ってしまったんだ。



「どうして泣いてるの。俺が……憎い?」

「……嬉しくて」

「嬉しい?」

「確かに貴方にとっての私はただの奴隷かもしれないけれど……私の名前呼んでくれるの、凄く嬉しくて」

「……」



臨也さんの表情が僅かに歪む。きっと今の私の気持ちは、同じ経験をした人間以外誰にも理解される事はないだろう。あの時私は気付かされたのだ。今の私は奴隷ですらなく、無機物な道具でしかないという事を。

今のままでは一方的に弄ばれるだけのただの玩具――人間ではない。確かにかつての奴隷たちは道具として利用され酷く扱われてきたが、少なくとも生物上人間ではあった。このままでは私が彼の目に『人間』として映る日は来ないだろう。



「今までの私は、ただ臨也さんに弄ばれるだけの道具だったと思うんです。だから、私は意思のある人間になりたい。例えそれが、奴隷であっても」

「……それは、どういう意味かな」

「今から証明してみせます」



彼に対してここまで自分の意見を主張するのは初めての試みだった。改めて今までの自分がただの道具であったのだと実感する。奴隷に物事を発言する権利なんて与えられていないかもしれない。それでも、奴隷たちは意思を持っていた。いつの日か自由をこの手に掴もう、と。ならば私も思い出そう。あの頃の生活を取り戻す為に希望を見出だせたなら――私はきっと今からでも『人間』に戻れる。

臨也さんは私の何処か挑発的な言葉に、苛立つどころか寧ろ嬉しそうに切れ長の瞳をすぅっと細める。



「いいね、そういうの。俺は好きだよ」

「……」



――揺らいではいけない。

――彼が口にする『好き』は、普通の人間が言う『好き』とは違うのだから。



「1つ、賭けをしよう」



にやりと歪んだ彼の口から提案された賭けのルール。

途中で抜け出す事の出来ない閉ざされた部屋で、私たちの賭けは始まった。私と彼の2人以外、他の誰1人として知られる事もなく。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -