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また、あの目――
心がグラつく。彼の目が一体何を訴え掛けているのか、私は今だに気付く事が出来ずにいる。もしかしたら臨也さん自身気付いていないのかもしれない。しかし己の心は偽れても、目だけは嘘を吐く事が出来ない。
「い、ざや……さん?」
無意識のうちに、私は彼の名前を口にしていた。臨也さんは私の声にハッと我に帰ると、一瞬だけ顔を背ける。臨也さんがこうも分かりやすく動揺するところを見るのはこれが初めての事だった。彼は他人との間に程よく距離を取り、なかなか隙を見せない人だから。
気がすっかり臨也さんへと向いているうちに、再び体内に異物が侵入する時の嫌な感覚が蘇る。どう考えたって、何本もの長い指を1度に捩じ込ませるのに、到底"そこ"は狭すぎるのだ。
――……『違和感』。
こんなにも苦しいのは、きっと気持ちの問題。静雄さんに対する申し訳ない気持ちと、臨也さんに対する申し訳ない気持ち。同じ申し訳ないと思う気持ちでもそれぞれ微妙に質は違う。私は臨也さんから逃げようとして、結果こんな事になってしまった。臨也さんとの関わりはあったにせよ、少なくとも私に関しては部外者であった静雄さんを巻き込んでしまった。臨也さんの言い付けを守れなかった私の責任だ。きっと臨也さんはそれを理由に、そう簡単には許してくれないだろう。ならば今の私に残された選択肢は1つだけ、黙ってこの身を委ねればいい。
勿論、それだけで許されるとは思っていない。しかし今ここで少しでも逆らってしまえば更に彼の機嫌を損ねる事になるだろうし、そうする事が今の状況において最も賢明な判断と言えよう。再び迫り来るであろう衝動に備え、下唇をぎゅッと噛み締める。しかし次の瞬間身体に駆け巡った衝動は、私が思っていたよりもずっと強力なものだった。
「痛ッ……!」
「わ、悪ぃ……けど、今は加減してやれねぇんだ。あんたの為にも」
「ひ……ぁッ、ん……いッ痛ぁ……―― ?」
――……?"痛い"?
――違う。この痛みにも似た、強い衝動の正体は……
痛いのではない。気持ち良い――のだ。臨也さんに挑発されてから、彼の手つきには遠慮というものがなくなった。それ以前でさえあれだけの快感であったというのに、今はそれ以上に乱暴で。むしろ激痛すら感じても可笑しくない程に、彼の指は容赦無く最奥を目指してぐりぐりと捩じ込められていった。にも関わらず私の身体は、その痛みにさえ悦びを見出だしている。
恐らく先程の写真をバラまかれぬよう、静雄さんは臨也さんの挑発に乗ってしまったのだろう。きっとそれは私の事を思っての判断なのだと、彼の表情を見れば一目瞭然だった。そんな彼の歪んだ表情を見て、暫し無言のまま私を見つめていた臨也さんが口を開く。
「……はは、見るからに痛そう。普通の人間に対してなら、ね。だけど安心していいよ。この子の身体、毎日毎日快楽漬けにされてるからさぁ。多少痛くした方が、本人も感じるようだし……ね?」
「! い、臨也さん!?」
毎日私の身体で弄んでいる事実を更に強調するかのような台詞。普段の淫らな生活の事を静雄さんに知られたくなくて、悟られてしまうのが恥ずかしくて、思わず声を張り上げて話を妨げようとする。それでも話は一向に終わりそうにない。
「昨夜もたくさんたくさん喘いじゃってさぁ、もうこれ以上声出せないんじゃないかってくらい。シズちゃんのテク無しの愛撫にさえ感じちゃうくらいだし、この媚薬がいかに強力かって事の確かな証明になるね」
「……? びや、く?」
臨也さんが手に持った注射器をブラブラと揺らし、それを目にした私はすぐにハッとする。チクリと針を刺すようなあの感覚は、どうやら媚薬を打つ際のものであったらしい。
「俺は何でも知ってるよ?なまえが感じるところ、ぜぇんぶ」
私の事を何もかも知り尽くしているような発言。これではまるで、臨也さんが静雄さんと張り合っているようではないか。そう勘違いしてしまうのはあまりにも図々しい事だと思ったけれど、それ以外に思い付かないから当然頭が困惑する。
臨也さんの言葉に静雄さんは苛立たしげに舌打ちをすると、それを合図に濡れた秘部を3本の指で抉じ開けた。ぐちゅ、と卑劣な音と同時にビクリと身体が跳ね上がる。駆け巡る快感に足の爪先がぴんと伸び、だらしなく開かれた口からは単発的な音だけが漏れた。それをすぐ近くで覗き込んでいた臨也さんが声を出して笑う。恥ずかしくて恥ずかしくて、我慢しようと思えば思うほど身体の感度は研ぎ澄まされていくようだった。やがて私は我慢する事を諦め、抵抗する事なく本能のままに喘ぎ続けた。
「はぁ、ん……あッ」
「! ……これだな」
何かを探り出すようにひたすらぐちぐちと指を動かし続けていた静雄さんが、やがて指先に振動を感じたらしく、その一点を掴むように指を伸ばす。その過程ですら私にとってはどうしようもなく快感でしかない。
膣内の壁を指が擦れて奥まで進んでゆく感触。バイブを掴もうと奥を突き、爪先で敏感な部分を引っ掻かれる感覚。まるで飲み口の細い瓶の中からビー玉を取り出そうと試行錯誤する子どものように、静雄さんは感覚だけを頼りに膣内を探り続けた。媚薬の効果が加わった事により、ただでさえ快楽に弱い身体は再び限界を迎えようとしていた。膣内がヒクヒクと収縮し、静雄さんの指を締め付ける。
「(どうしよう……私)」
こんな状況で気持ち良くなってしまうなんて、本当に見境がない。そんな戸惑いをも含んだ私の心情が臨也さんには全て筒抜けだったようで、彼は私の耳元に唇を寄せると、静雄さんには聞こえないくらいの小さな声でこう言い放ったのだ。
「すっかり出来上がっちゃって、さ。ほんと、淫乱」
「……〜〜ッ」
――何も言い返せない。
「よいしょ」
「!!」
すると臨也さんは私の両手首の束縛を解いたかと思うと、突然両足の足首を掴み上げ、ぐいッと高くまで持ち上げたのだ。横になった私の視界には、臨也さんに掴まれ宙に浮いた己の両膝がすぐ目の前にまで迫って見える。ヒクつく秘部は勿論のこと、足を頭方向へ引っ張られる事によってアナルまでその口を開いてしまう。私の視界からでは自分の状況をうまく理解出来ないが、静雄さんからは全てが剥き出しにされて見られているのだと思うと、それだけで感じるものがある。
所謂まんぐり返しと呼ばれるこの体勢は、私の羞恥心を煽るのに寧ろ十分過ぎるくらいだった。外の空気に晒されたアナルに違和感を覚える。固い地面に押し付けられた背中に砂利が刺さるようでズキズキと痛い。
「いッ、臨也さん何を……!?」
「だってさ、この体勢の方が効率良いだろう?」
確かに指を押し進めるのなら、横方向よりも下方への移動の方が、重力の関係も加えて容易いのかもしれない。強く圧迫されるような感覚が、上からのし掛かるように私を襲う。身動き1つ出来ない私は右腕で顔を覆って隠しながら、首を曲げて横を向いた。身体をビクビクと痙攣させながら。
やがて静雄さんは何か手応えを感じたのか、そのままずるりと指を引き抜き――
♂♀
「お気に入りであればある程、色々な表情を見てみたくなるものさ。俺の手で喘がせるのもいいけれど、やっぱりそれだけじゃあつまらない。例えば俺の視線を感じながら、俺以外の男にイかされた瞬間のなまえの顔……すっごく可愛いんだよ?頭では駄目だって分かってるのに身体は物凄く感じちゃって、俺への罪悪感にまみれた顔で呆気なくイッちゃうんだ。そんな彼女の姿を客観的に見ているのも、たまにはいいんじゃないかって思ってね」
気を失ったなまえを軽々と抱き抱え、臨也はこんな事を口にし始めた。しかし臨也の盛った媚薬の持続効果は今だに続いているらしい。本人は完全に気を失っているというのに身体の方は敏感で、ヤツがするりと撫でるだけでビクンと小さく痙攣した。俺はそんな光景を目にしつつも、出来るだけ平然とした態度を装う。
「なまえが他の野郎に犯されている場面が見たいってなら、よりによってどうしてそれが俺なんだよ」
「代わりの男なんて山ほどいるけどね。なんせなまえはルックスもいいし、その上感じやすい身体だよ?男なら誰しもが、むしろ喜んでなまえを犯すだろうけれど……あまりにも快く引き受けてもらっちゃあ、逆にイライラするんだよねぇ」
「……それって」
「シズちゃんはさ、化け物のくせにやけに人間振ろうとするじゃない。おまけに恋愛面に関しては人一倍疎いだろう?同情したなまえに対する罪悪感、それでも馬鹿みたいに性欲に忠実な身体……傍観者側からしてみれば、理想的な"駒"なんだよ」
臨也は自分で何を言っているのか分かっているのだろうか。ヤツの言うイライラの正体は嫉妬以外の何物でもない。本当はもっと前に気付いてた。俺がなまえのナカを散々掻き回している時の、時折歪むヤツの表情――自分で仕組んだ事なのに、これでは行動に矛盾だらけではないか。そこまでしてなまえの乱れる姿が見たいのか。どうやら俺はとんだ臨也の悪癖に、とことん付き合わされたらしい。
臨也への嫌悪感は以前から変わらないものだとして、もう一方でなまえへの感情は次第に移ろいでいる事に気付いていた。彼女を助けたいと思ったのは、臨也が関わっていると知ったから。だから始まりはきっと同情だったのかもしれない。
「この子はまだ『白』なんだ。俺次第で何色にでも染まる。次までにフェラのやり方くらいは教え込んでおくからさ、せいぜい楽しみにしてなよ」
「手前、そうやってまたなまえに無理を……」
「へぇ?真っ先に誘いを断らないんだ……?」
「ッ!」
「ま、当然だよね。きっとシズちゃんなんかじゃあ釣り合わないくらい、なまえはいい女だよ。病み付きにならない訳がない」
ぐっと言葉を飲み込む。反論出来る訳がない。視線を下げた先には、地面で今も振動を続ける卑猥な色をした小さな機器。俺はやり場のない怒りを、それを踏みつける事によって少しでも発散しようとした。臨也の言葉を遮るように、派手な音を立てて踏みつける。地面に転がるリモコンと本体――蛍光ピンク色の2つの残骸が、薄暗い路地裏ではやけに目立って見えた。
本当になまえの身を案ずるなら、今すぐ目の前のノミ蟲野郎をぶん殴ってこの場で解放してやればいい。それが今出来ないのは――彼女に触れる理由を自分以外の誰かに正当化されたいからだろう。今この場で彼女を救ったら、俺は間違いなく『良い人』になれる。それ以上にも、それ以下にもなれず。
「誤解しないでよね。これは君への最大級の嫌がらせだよ、シズちゃん。この先どんな事があろうと、なまえは"俺の"だ」
「……」
「それだけは忘れないで」
1番最低なのは――俺か。
例え利用されていると分かっていても、それでも俺はどんな形であれなまえにもう1度会いたいと思った。