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過去の過ちを取り消す事は出来ない。だからこそ人間は必死になって言い訳する口実を模索する。この状況を打開するにはどうすればいいのだろう。答えなんてある訳がないのに、それでも私は考えた。考えて考えて考え続けて――私には何1つ打開策なんて存在しない事に気付いてしまった。

静雄さんが臨也さんを睨み付けながら、私を庇うように己の胸元へと抱き寄せる。背中に回された彼の手の圧力がとても力強い。



「……やっぱりてめぇか」

「やぁシズちゃん。随分と久しぶり。だけど残念、俺は今日君に用がある訳じゃあないんだ」

「……」

「返してくれる?その子」



臨也さんが指差した先にいるのは――静雄さんにしがみついたまま身体を縮込ませる私。このタイミングで見られてしまった事にすっかり動揺した私は、何か言おうと口を開くも何も言葉に出来なかった。

臨也さんは更に言葉を続ける。同時に懐から取り出す1つのリモコン。それこそが私を苦しめる元凶となったものだと理解するのにそう時間は掛からなかった。



「もう少し頭の良い子だと思ってたんだけどなぁ」



リモコンを持った右手を前方へ突き出し、何の前触れもなく突然手離す。手離されたリモコンは重力に従って固い地面へと叩きつけられ、ガシャンと鈍い音を立てた。そこへ容赦無く臨也さんの右足によって踏みつけられ、蛍光ピンク色の機体には見事な亀裂が走る。



「! てめ……ッ!」

「何をそんなに怒っているんだい?君となまえは出会って間もない仲じゃあないか。それとも彼女に同情でもしてるの?化け物である君が?……ははっ、傑作」



べきり、めきり、

臨也さんが靴裏を地面に擦り付ける度に、粉々に分解されてゆく機体。幾つもの大きな亀裂によって機体は小さな部品に分かれ、もはやリモコンと言われても分からないまでに原型を留めていなかった。足元から恐る恐る視線を上げ、彼の表情を伺う。臨也さんは決して私の方を見ようとはせず、至って清々しい笑みを浮かべながらひたすら足元だけをぐりぐりと動かし続けた。リモコン本体が壊れようと、こちら側の機器に電池が残っている限りバイブが止まる事はない。リモコンで電源を切るという選択肢はたった今消え去った。



「同情した心優しいシズちゃんが助けてあげるんだろう?ま、どうせ何も出来ないだろうけどね」

「……ッ」



挑発的な彼の態度に静雄さんは一瞬眉をひそめる。こんな時私はどうする事が正しいのだろう。土下座でもして臨也さんに許しを請う?それとも静雄さんに助けを請う?どちらにせよ私は人に頼ろうとしている。そんな卑怯な自分が憎い。泣いたって何も解決しない事を頭では十分理解しているのに、それでも涙は勝手に溢れ出てくる。

じっと睨む静雄さん、にこにこと笑う臨也さん。お互いに言葉を発さぬまま路地裏に重苦しい沈黙が流れる。聞こえるのは時折漏れる私のしゃくり声だけ。そんな私を嘲笑うかのように、臨也さんは手に持った小さな液晶画面に目を向けながらこんな事を言い出した。



「それにしてもこの写真さぁ、まるでシズちゃんが強姦してるみたいだよねぇ」

「……黙れ」

「えー?せっかく綺麗に撮れたのに。ねぇ?なまえちゃん」

「!」



突然話を振られ、名前を呼ばれると同時に身体がビクリと跳ね上がる。最も触れられたくなかった話題だ。



「この写真掲示板に貼ってさ、『平和島静雄、強姦中!』……なーんて書き込んだら、一体どれだけの人間がそれを信じ込むだろうねぇ。物凄く興味あるなあ」

「や、やめてください!」



思わず声を荒げて叫んでしまった。だってそんな事をしたら、関係のない静雄さんにまで迷惑を掛けてしまう。綺麗事を並べるつもりはない、ただ私の為に他の人に迷惑を掛ける事だけは絶対に避けたかったのだ。

静雄さんの場合は、特に。



「わ、私が勝手に……欲情しただけなんです……」

「ッなまえ」

「ごめんなさい。ルールを破ってしまった事も、分かってます……臨也さん以外とは話しちゃいけない決まりだったのに……」



ルール2、勝手に外に出てはいけない。ルール3、臨也さん以外の人間と関わりを持ってはいけない。それは予め初めに言われていた事。それを重々分かっていた上で人間の本能に従ってしまったが故に私はルールを破ってしまった。ただもどかしい快感から早く解放されたくて、気持ち良くなりたかっただけ。そんな自分の心情を知られたくなくて目で悟られぬようわざと視線を下げる。それでも2人からの視線を嫌という程感じ、見られている感覚に身体の芯がぞくぞくした。



「……んで」

「?」

「なんで、なまえが謝るんだよ。悪ぃのはアイツの方だろーが。納得いかねぇ」



ほんの少し苛立たしげな口調で静雄さんが呟く。彼等は以前から面識があるようだが、どうやら仲が良い訳ではないらしい。彼等が醸し出すオーラのようなものが、それを決定づけるのに十分過ぎるくらいだった。

例え同情だとしても静雄さんの気持ちは本当に有り難くて、それでも臨也さんにこれ以上逆らう訳にはいかなくて。私はやんわりと静雄さんの手をどけると、震える足でその場から立ち上がった。しかしすぐにカクンと身体が雪崩落ち、静雄さんの片腕に支えられる。



「……ッ!」

「なまえ?」

「ば、バイブ、ナカで動いちゃって……今ッ変なトコに、当たって……」



――本当に馬鹿みたい私。

――1人で立ち上がる事も出来ないなんて……



1度イッた身体は、一旦ほとぼりが冷めるまで異常に感度が敏感になる。もう極端に感じる事はないだろうと油断していたが、人間の身体がそうできているのだから逆らいようがない。



「すぐに無理しようとすんな。……つか、さすがにどうにかしねぇとな……クソッ、これ以上どうしろってんだよ……」



静雄さんが睨み付けるも臨也さんは「怖い怖い」と口にするだけで、全く怯んでなどいなかった。寧ろ心底楽しそうに、ニヤリと口端を歪ませて笑う。



「頑張りが足りないんじゃない?」

「……は」



怪訝そうに眉を寄せる静雄さんを他所に、臨也さんはなまえ、と私の名前を呼ぶとちょいちょいと手招きをする。私がふらふらと覚束ない足取りで向かおうとすると、静雄さんは一瞬心配そうな表情を浮かべつつも何も言っては来なかった。

まるで操られたように差し出された彼の手を取り、そのままぐいっと強引に引き寄せられる。転びかけた私の身体を抱き止めた臨也さんの身体は、思っていたよりもずっと冷たかった。通常この時間帯は机に向かって仕事をしているはずなのに、今日はまるで長い間外にでもいたかのような――



「シズちゃんはさ、下手に優し過ぎるんだよ。返って相手を苦しめるだけだよ?要するに、どうせやるのなら徹底的にやれって事。それに君は化け物なんだから……あぁ、だからこそ手加減したのかい?そりゃあそうだよね。きっと、痛いのはなまえちゃんだもんね」

「???」



臨也さんの言っている意味が分からない。思わず首を傾げる。気まずそうに顔を逸らす静雄さんへと追い討ちをかけるように、臨也さんは更に言葉を続けた。



「力、多少は加減出来るようになったんだ?」

「……言いたいことはそれだけかよ」

「ははッ、かまととぶられても困るなぁ。あんなおっかなびっくりに触れてたくせに。あれじゃあただの生温い愛撫と何ら変わりはないよ。もっと強く……それこそ、なまえちゃんを壊すつもりでやらなくちゃ」

「!」

「君もそう思うだろう?なまえちゃん」



ぐらり、視界が歪む。

チクリと注射が刺さる感覚を覚えるまで3秒。途端に臨也さんの支えを失った身体が地に雪崩落ちるまで6秒。ぺたりと座り込んだ私と同じ視線にまで屈み込んだ臨也さんが、私をその場に押し倒すまで15秒――めまぐるしく展開に頭がついていけず、背中を地に叩きつけられる衝動さえあまり痛いとは感じなかった。



「だから、さ。今からが本番。俺も手伝ってあげるから、心優しいシズちゃんは本気でやりなよ。力加減なんてナシにしてさ」

「……〜〜ッふざけんな!てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ。んな事したらなまえが……」
「"壊れる"?だから、そのつもりでやれって言ってんじゃん。……ていうか、俺は元からそれを期待していたのになぁ。シズちゃんが俺の予想を見事に覆してくれちゃったから、わざわざ俺が来たんでしょ。いい加減察してよ」



「お気に入りの"玩具"を貸してあげるって言ってるんだからさ」

「まぁ、さっきの写真をネット上にバラまかれたいのなら話は別だけどね」



♂♀



今回の目的は2つ。1つはヤツの弱みを握る事、そしてもう1つはなまえを更に調教する事。前者の方は実にシンプルな理由だ。相手の弱みというものは時に最強の武器となる。その新たな弱みを駆使し、2つ目の目的が達成される。なまえに改めて自分の立ち位置を分からせる為にも、俺以外の人間という駒がどうしても必要になった。扱いやすく且つ目的を同時に2つ達成出来る事から、俺はシズちゃんをその駒に選んだ。

シズちゃんの理不尽な暴力をその小さな身体で受け止めるには流石に酷だろうと思ったから、なまえには予め用意してきた強力な媚薬を打っておいた。海外から密輸入した、超強力な即効性のもの。性感帯であれば触れるだけでも十分に感じてしまうらしい。どうやら日本では扱われていないらしく入手までに一苦労したが、あの化け物を相手ではこのくらいしないと本当に壊れてしまうだろうから。



「どんな気分?」

「ぁ、な、んか……いきなり身体が、熱く……て、なんか、変……!」

「へぇ、バイブ気持ち良いんだ?やっぱり取り出さない方がいいかもね」

「や、やだぁ……お願ッ」



これ以上ないって程に強い快楽をその身体に植えつけてしまえば、なまえは否応なしに俺から逃れられなくなる。それはもう、時間の問題。俺は堪らず舌なめずりすると、なまえの頭上に座り込み彼女の両腕を拘束した。シズちゃんは大きくM字開脚された彼女の太股に手を掛け、今だに理性と本能の葛藤を続けている。

きっとここぞという時に決断出来ないタイプなのだろう。そんな宿敵の姿を内心で滑稽だと笑いながら、俺は早く先をと促した。媚薬の効果がどれほどのものか興味が湧いてきた。



「なまえちゃんは気持ち良いの、嫌なんだってさ。よかったね。多少痛くても大丈夫そうじゃない」

「……黙れよ、まじで」

「はいはい」



シズちゃんは1度なまえの名前を呼ぶと「すぐ終わらせるから」と言って頭を撫でる。今まで俺が聞いた事のない柔らかな声で、慈愛のこもった眼差しで。そんな人間らしいヤツの表情にほんの少し動揺しつつ、同時にふつふつと怒りが込み上げてきた。確かにこれは全部俺が事前に仕組んだ事だけど、まさかこんな風に見せつけられるとは微塵にも思っていなかった訳で。

お気に入りの玩具を人に貸した後の「やっぱりやめておけばよかったな」程度の後悔、とは違う。もっと様々な感情が密接に絡み合っているような、言葉に言い表せない程に難しい感情。



「い、ざや……さん?」



なまえの声にハッと我に帰る。余程酷い顔をしていたのだろう、戸惑いの色を湛えたなまえの瞳が頭上の俺を見上げる。――あぁ本当に。なんて顔してんだ俺。

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テーマ「人外ファンタジー」
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