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恐る恐る、くちゃりと音を立てて入ってゆく細長い中指。その様をただぼんやりとした頭で見つめていた。

指は特に刺激してくる事なく、ゆっくりと確実に奥へと突き進む。滑りの良いそこは異物の侵入をさも悦ぶかのようにきゅうきゅうと圧迫しているのが自分でも分かった。まだ太陽の照り付けるこの時間帯、しかも1つ先の通りではたくさんの人で賑わっているというのに、薄暗いこの場所で淫らな行為をねだる自分をあまりにも滑稽だと思う。例えそれがどんな理由であろうとも、今この姿を見られてしまっては何も知らない第三者は軽蔑の目で私を蔑むだろう。私だってそうするかもしれない。とにかく誰もこの路地裏まで入り込んで来ませんようにと、意識は常に曲がり角へと向けていた。もし本当に誰かが来てしまったとして私には何も出来ないだろうけど。



「俺なんかじゃあ嫌かもしれねぇが……少し我慢な」

「ッ! ふ……、んン」



ずぶずぶと深く飲み込まれてゆく中指に気が行ってしまい、静雄さんの言葉にもただただ頷く事しか出来なかった。あまりにも必死過ぎて、少しでも声を抑えようと下唇をギュッと噛む。

震える身体を落ち着かせようと肺に溜まった空気を全て吐き出すが、一瞬身体が脱力しきった途端に指の付け根までくわえ込む程に指が突き進んできたものだから、突然の刺激に驚いて思わず力んでしまった。



「ッ、おい。もうちょい力抜けって。指が千切れる」

「ご、ごめんなさ……」

「……いや、謝る事はねぇけど。あんた、臨也の野郎とはどういった関係なんだ?」

「……」

「彼女、じゃねぇんだよな……まさか友人って訳でもあるまいし。身体だけの関係だって割り切ってんのなら止めねぇが、あまり深入りし過ぎるとロクな事ねぇぞ。あいつに関しては」

「そう、ですよね……私なんかが、あの人に深入りしようだなんて……」

「……?」



1人よがろうと無駄だという事は初めから分かっていたはずだ。臨也さんは私の事を『人間』として見た事がない。どちらかと言うとお気に入りの玩具を見るような――しかし今はどんなに可愛がられようと、玩具はいずれ飽きられ錆びゆくだろう。そもそも私は臨也さんと身体の関係すらないのだ。今まで数え切れない程弄ばれたが、1度だって互いの身体を交えた事はなかった。それが彼にとって私がただの玩具なのだという認識である確かな証明。

異物の違和感に耐えつつも少しずつ肩の力を抜いてゆく。締め付けられていた静雄さんの指はその締め付けから解放されると、奥で振動を繰り返すそれを取り出すべく激しい動作を繰り返した。指の第一、第二関節を折り曲げ、少しでも指先に触れれば躍起になって取り出そうとする。しかし愛液によって指、そしてバイブ共にぬるぬるであった為に、つるんと滑ったバイブは更に奥へと入り込んでしまった。子宮の奥底にまで響き渡るような強い振動に一瞬息をするのも忘れ、目の前にチカチカと閃光が走る。まるで身体中を電流が走るような――今まで体感した事のない衝撃だった。



「ひぁ、……ッ!!」

「クソッ、取れねぇな……確かに指先は届くのに」

「ま、待って静雄さ、」



思い通りに声が出ない。どんなに絞り出そうと口を開いても、言葉になれなかった単発的な音が出したくもないのに出てくるだけ。早く取り出そうと必死になってくれるのは有難いが、その分力の制御が疎かになっていった。静雄さんの着ているバーテン服の裾をギュッと掴み、込み上げてくる何かに耐え続ける。同時に大きく脈打ち始める私の身体。それに気付いた静雄さんが心配そうな顔をしてこう問い掛けてきた。



「んぅ……、〜〜ッ!」

「……もしかして、気持ち良い……のか?」

「ぁ、だってぇ……奥、すごい当たって……」



我ながら物凄く恥ずかしい台詞だと思う。静雄さんの指の動きは決して性を感じさせるような動きではなかったが、それでも本人の意思とは関係なく無意識のうちに快感を呼び起こすものとなっていた。こうも身体が容易に快感を見出だしてしまうのもきっと臨也さんのせい、毎日のように快楽漬けにされた身体がそれに慣れてしまったのだろう。

今この動きを止めるか否か複雑そうな表情を見せる静雄さん。無情にもバイブは私のナカで暴れ続ける。どのみち引き下がる事は出来ないのだ。身体は既に熱を帯び、更に強い決定的な刺激を求めて疼き始める。普段強過ぎる快楽に慣れてしまった身体はもはや、遠慮がちなものでは十分に満足する事が出来ずにいた。



「……」

「し、ずお…、さん?」

「いや、視覚的にヤバいっつーか……直視出来ねぇ」



耳を赤くして顔を背ける静雄さんの反応は普段見る臨也さんの態度とはあまりにもかけ離れ過ぎていて、とても新鮮に感じる。比較する対象が臨也さんであるが故にその違いは歴然としていた。臨也さんが顔を赤くして照れるところを私は今まで1度も見た事がない。

現に心臓がドキドキしていた。それはまるで異性に対する純粋な恋慕にもよく似ていて。バイブによって否応なしに継続的に与えられる快感と、彼の割れ物を扱うような優しい指使いが更に拍車を駆けているのかもしれない。そして何よりも相手が私の事を異性として意識しているのだという実感。こうして他人から人間扱いを受けるのは本当に久方ぶりだった。





「も、勿論手は出さねぇ。その、約束……だからな」





こうして静雄さんは律儀に約束を果たしてくれようとしている。臨也さんはどうだろう、そもそも私との約束なんて覚えていないだろうか。1ヶ月奴隷として従う事が出来たらその時には解放すると、以前彼は私に言った。しかし今思い返せば、私は何1つ奴隷として主人に何もしていない。ただ主人から与えられる快楽に喘ぎ悶えるだけで、自分から奉仕しようとしていない事に気付いてしまった。

初めは臨也さんから与えられるもの全てがただの苦痛でしかなかった。しかし今はどうだろう。現に快楽的な物足りなさを身に感じている時点で、既に臨也さんから与えられるものが『気持ちの良い事』として身体が受け入れている揺るぎのない証拠だ。これでは極端な話ただ私が性的に満たされているだけで、彼には何の得もないではないか。



――……あれ?

――私、臨也さんに何もしていない……?



「ご、ごめんなさい」

「? だから、なんですぐ謝るんだよ。あんたは何も悪くねぇだろ。悪いのは全部臨也だって……」

「ち、違うんです!寧ろ悪いのは……私、なんです」

「?」

「それに、私……今、すごく気持ち良くて……それなのに、もって気持ち良くなりたくて……静雄さんは約束、ちゃんと守ってくれてるのに。気持ち良くなりたいって気持ちが、自分の中に抑えられない……」



本音をありのまま口にした途端、恥ずかしさのあまり顔から火が出てしまいそうだった。静雄さんは暫し何も言わずに考えた後――



「要するに、イきたいんだな?」

「! えと、その……!」





あまりにも率直過ぎて、しかしなかなかに図星を突いている為何も言えない。もう少しオブラートに包んで言葉にしようと慌てて口を開くが、静雄さんの指使いが激変した為にまたも言葉に出来ずに終わった。今までは心なしか避けていたイイところにまで指使いが行き渡るようになり、どうにか堪えていた喘ぎ声がとうとう抑えられなくなる。

全ての指使いが恐ろしい程に的確な臨也さんとは違って、多少荒々しさのある静雄さんの指使い。それでも相手を気遣っているのだという事が、時折見せるたどたどしい動きから垣間見えた。優しくされるのが怖いのと同時に嬉しくて、余計に気持ち良さを増して身体が感じてしまう。どうしてこの人は私なんかにこんなにも優しくしてくれるの?優しくされると、どうしたらいいか分からなくなる。





「あ、あっあっあ……!」

「この辺、か?」

「ふぁ……ッ、き、気持ち良……イイ……!」

「そっか。……ルール違反にはなるが、なまえがいいんなら構わねぇよな」





静雄さんは優しい笑みで小さく私に笑いかけ、





「あと、アイツの名前呼ぶのはナシな」

「? ……?」

「気付いてねぇのかよ。さっきからあんた……臨也の名前呼んでる」

「!」




――嘘。私、臨也さんの名前を呼んだりなんて……

――もしかして、単に自分が気付いていないだけ?



思わず口元を隠した私の両手を優しく剥ぎ取り、ぐいと身体を引き寄せた。密着した彼の身体がほんの少し熱い。もしかしたら静雄さんも私と同じ気持ちなのかもしれない。互いの息が掛かる程の至近距離で彼の顔を見つめながら、私は徐々に高まってゆく衝動に堪らず溜め息を漏らした。

ナカを掻き回していた指の動きが、次第に激しく抜き挿しを繰り返すピストン運動へと変わる。泡立った愛液がぐちゅぐちゅと音を立てて飛び散り、渇いたコンクリート製の地面には点々と丸いシミを作った。そして乾く間もなく、次々と新しいシミが作られてゆく。



「し、静雄さ……!」



絶頂期を迎えそうになると同時に、私は目の前の彼の名前を呼んだ。静雄さんはそれを聞くと複雑な笑みを返し、そっと私の前髪を掻き分けた。臨也さん以外の男の人でイッてしまうのはこれが初めての事だった。



1度イッてしまった後の身体は物凄く敏感で、一旦静雄さんの指が引き抜かれてからも余韻に浸る暇なく何度も絶頂の波を迎えた。快楽のあまり頬を流れる涙を拭うのも忘れ、静雄さんと密着したまま瞳を閉じる。
確実に此方へ向かってくる砂利を踏む音。何となくその正体は察していた。今の私の姿を見た主人は一体どんな顔をするだろう。怒るだろうか。いや、それはないか。きっとこうなる事を事前に意図し、ここまで私を導いた誘導者こそが彼なのだから。何がしたかったのかなんて、それを問う資格など私にはない。砂利を踏む足音は私の目の前で止まり――目を瞑っていても彼の表情を想像するのは容易かった。ただそれを直視出来る自信がないだけで。



「見ぃちゃった」



次いでシャッター音。場にそぐわない無邪気な声は、逆に恐怖心を駆り立てた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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