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日の光射し込まぬ暗い路地裏。先程の一騒動のお陰で周りには人っ子1人いなかった。そんな中響き渡る己の荒い息遣いと機械的に繰り返される音。それらを客観的に聞きながら、今すぐにでもどうにかしてこの状況から脱しなくてはと必死に思考を巡らせた。まさか馬鹿正直に今の自分の状態をありのまま話す訳にはいかない。言ったところで痴女扱いされてしまうのがオチだし、出会ったばかりの赤の他人に多くを語りたくはなかった。しかし目の前の男はどう見たって二十歳越えのいい大人だ、子どもではない。きっと視界に映る情報だけで嫌でも理解してしまうだろう。私の身体に埋め込まれたもの、それは私の目口から絶えず溢れる涎と涙と喘ぎ声の原因。

仮にただの貧血であったのならこんな声は出さないだろう。明らかに色欲の含まれた声、潤んだ瞳に火照った頬。まるで発情期の猫がオスの猫を誘惑しているようではないか。そんなだらしもなく滑稽な自分を内心嘲笑いながら、一方身体の方はじわりじわりと快楽に蝕まれつつあった。少しでも衝動を抑え込む為に両の腕で身体を抱き締め、地面に踞ったまま男が去ってゆくのを待つ。男の足元を見つめながら、早く行って欲しいと願った。1人になれたら人目を気にせず声を出す事が出来るだろうと考えたのだ。この時の私は切羽詰まっているせいか、自らの考えがどんなに浅はかであったかに尚気付けない。



「ふァ……、んう」

「……あんた、もしかしてその音……」

「やだッ、言わな……で」

「言うなって……それじゃあ、何だよ。好きでやってる訳じゃあねぇんだな?その……それ」

「……ッ」



きっとこの人は気付いているのだろう。敢えて直接口にしないだけで全て察してしまったのだ。遠慮がちに私を指差し、恐らく気付いているであろうバイブの存在を口にする。全ての経緯を話せる程今の私に余裕はない。とにかく質問された事には肯定したくて、私は縦に首を振った。信じてもらえるかは別として、いくら赤の他人相手でも痴女扱いだけはして欲しくなかったのだ。

平和島静雄は今、どんな気持ちで私の事を見下しているのだろう。どんな表情をして何を考えているのだろう。ただでさえ日々精神的に追い詰められているというのに、これ以上冷ややかな目で見て欲しくない。全てが否定的に見えてしまう私は相手と目を合わせる事を恐れ、頑なに顔を上げようとしなかった。今だ動き出しそうにない平和島静雄の足元を見兼ね、私は必死になって言葉を絞り出す。



「恥ずかしい、から……早く、行っ…… !?」



暫し目を瞑る。そしてチラリと、ほんの一瞬だけ相手の顔を見上げるつもりだった。開いた視界にまず飛び込んできたのは、すぐ近くにまで迫った相手の顔。私の視線の高さまで屈み込んで、サングラスの奥から私を見つめていた。その眼差しはとても温かく優しいもので、予想外な展開に対応の仕方が思い浮かばない。

この人は純粋に私を心配しているのだ。ただ、ここ最近人の温かみに触れる事の出来なかった私には到底理解する事が出来なかった。



「じゃあ、どうにかしなくちゃな。電源は誰が持ってるんだ?」

「わ、……私じゃ、ないんです……」

「だよなぁ。……チッ、随分と悪趣味だなあんたの彼氏は。俺がどうこう言えた立場じゃねぇが……すぐにでも別れた方がいいんじゃねぇの?」

「彼氏、でもないんです」

「?」

「あの人には……逆らう事、出来なくて……ッ」

「……」



途端に眉間にシワを寄せる平和島静雄。そして新たに何かを察したのか、彼の口からは予想外過ぎる人物の名前が出てきたのだ。



「臨也、か?」

「……ッ!!!」



何故、何の根拠があって平和島静雄は彼の名を口にしたのか。しかし理由を問う事も出来ず、一向に収まりそうにない振動で震える身体を抑え込む。更に腕の力を込め、血が出そうになるくらい下唇を強く噛んだ。

立てるかと訊ねられ、また1度頷く。私の腕を引いて立ち上がるのを手伝ってくれた。フラフラと若干足取りが覚束無いものの、平和島静雄に支えられながら何とか立ち上がる事に成功する。時折倒れそうになりながら、冷たいコンクリートの壁へと全体重を預けた。



「あの……本当に大丈夫、ですから……私の事は、気にせずに……」

「あんた、自分の状況分かってて言ってんのか?このままじゃあ通りすがりのロクでもない野郎に襲われるのがオチだろ」

「……」

「とりあえず俺が、誰も来ねぇようにそこで見張っててやるから」



そう言うと平和島静雄はほんの少し離れた場所で此方に背中を向けた。きっと私に気を使ってくれているのだろう。彼の気遣いを無駄にしない為にも、早く何とかしなくては。こんな場所でやるには気が引けたがやむを得ない。私はだぼだぼのズボンに手を掛けると一気に膝下あたりまでずり下ろした。他に覆うものが何もないそこはたくさんの愛液でまみれていて、自分でも信じられないくらいに身体が快感に一段と弱くなっている事に気付く。現にひんやりと冷たい外の空気に触れているだけで感じてしまうのだから驚きだ。

息を飲む。恐る恐る右手を濡れた秘部へと近付け、くの字に曲げた中指をゆっくりと挿入する。自慰なんて経験がなかったから、いつも臨也さんがするように真似てみた。案外すんなりと受け入れたそこは思っていたよりも熱くて、まるで指先からとろけてしまいそうな感覚に陥る。しかしバイブ本体は簡単には届かないような奥にまで押し込まれているようで、指先に擦りもしない。まるで腹部が振動しているような感覚が逆に気持ち悪かった。更に中指をくいと曲げるが、その度に何処かイイところに触れるようで身体がいちいち反応してしまう。腿を流れるやらしい滴が地面に幾つかの丸いシミをつくった。



「あんッ、……んン」



――……どうしよう、全然届きそうにない。

――このままじゃあ、私。



「……ッく、ひっく」
「お、おい」

「……も、やだぁ……」



此方を向くべきか否か困惑する背中にすがってしまいたくなった。久しぶりに弱音を吐いた気がする。これも運命なのだと半分諦め掛けていた自分、だけど弱音を口にするという事は希望を捨てきれずにいる証拠。

ただ以前までと決定的に違う点は、弱音を吐く原因が臨也さんでないというところだ。根源は確かに彼であるというのに、実際に苛立つ対象は自分自身。臨也さんがいないとどうして自分はこんな事も1人で出来ないのか、それが物凄く情けなく思えた。誰かの力を借りなくては何1つまともに出来ないだなんてあまりにも非力過ぎるではないか。



「あんた、名前は?」

「……なまえ」

「俺は……て、もう知ってるか」

「平和島静雄さん……ですよね」

「静雄でいい」

「……静雄さん」

「そっち、向いてもいいか」

「……」



抵抗はあった。何しろ私たちは出会ったばかりであるが故、信用出来ない部分もあった。しかし彼が臨也さんの事を知っていると分かった以上、もしかしたら決して無関係とは言い切れないのかもしれない。ほんの少し時間を置いた後、躊躇しつつも小さな声で言葉を返す。私が了解したのを確認するなり、静雄さんはゆっくりと此方を向いた。こんな時どんな表情をして顔を合わせたらいいのか分からず、私は悩ましげに眉を潜め視線を逸らす。羞恥心が邪魔して相手を直視出来ない。しかしそれは私だけでないようで、静雄さんは私の姿格好を見るなり困惑したような表情を見せた。

もし静雄さんが悪い人であったなら、今の私の状況を利用して無理な要求を強いてきたかもしれない。強姦だってあり得る話だ。きっと私は抵抗出来ない。しかし彼が今それをしないのは良心で私を心配してくれているから。それだけは出会ったばかりの私にだって分かる。臨也さんが絡んでいると悟った途端、一瞬だけ彼が見せた複雑な表情の真意が今だ定かではないが。



「あ、あまり見ないでください」

「! わ、悪ぃ」

「……」

「届かねぇ、のか?なまえさえ良ければ……その、俺なら届くんじゃねぇかなって……勿論、変な事は一切しねぇ。誓う」



そんな口約束もこの人なら信用出来ると思った。その間にも私の身体は次第に火照り始め、イかない程度の振動に悦びを見出だし始める。気持ち悪かっただけの感覚さえも受け入れ、ガクガクと震える足では己の体重を支えきれず冷たい壁を背にぺたりと地に座り込んでしまった。開かれた足と足の隙間から見える光景に静雄さんはごくりと喉を鳴らすが、すぐにハッと我に帰ると慌てて視線を逸らした。やはり男の人にとっては酷な話だろうか、こんな事を頼んでしまうなんて。



「頼んでも、いいんですか?」

「あんたさえ、良いのなら……」



口元を手の甲で隠し、視線を泳がせる静雄さん。周辺が暗くてよく見えなかったのだが、よく見ると彼の頬が赤く染まっている事に気付いた。そんな顔をされてしまうと、此方まで余計に恥ずかしくなってしまう。

次の瞬間、更に身体の奥を抉られるような激しい衝動。格段に速まる音の速度。



「あぁ!? や、あッあッあ……ッ!!」



間違いない。バイブの振動強度を上げられたのだ。

それも――かなり強めに。



「や、やだぁ……、いッ、イッちゃ……〜〜ッ!!」



それから幾分も経たないうちに、私は呆気なく絶頂を迎えてしまった。それでも容赦無くバイブの振動は少しも収まる事なく続く。また、あの時と同じだ。臨也さんが私を置いて出掛けてしまった時、本当に本当に寂しくて。せめて側にいてもらえたら――なんて。どうして私は、そんな事を。

涙をポロポロと溢す私の膝に手を置き、出来るだけ見ないように意識しながら静雄さんが確認するように繰り返す。本当にいいんだよな?と。喘ぐのに必死で喋る事の出来ない私はひたすら首を縦に振った。こんなに強過ぎる快感はただ苦しいだけ、そしてここには臨也さんもいない。早く解放されたい一心で、私は静雄さんの右手を取るとぐちゃぐちゃに濡れたそこへと促した。更に大きく両足を広げる、相手から恥ずかしい部分がよく見えるように。



「お願、ッ早く……!」



早く私を解放してください。誰でもいいから、早く。私が狂ってしまう前に――

このままだと私は、彼から逃げられなくなってしまうから。以前の『自分』に戻れなくなってしまうから。

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