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※裏




私は無知だ。何も知らない。それ故、弱い
。自分の身に起きていることに対応するだけで手一杯だ。他人のためにどうこうしたいだとか、善人の真似事をしたい訳ではない。ただ「すべきこと」という義務感のようなものが私の中に根付いて離れないのだ。沙樹とのことだってそう。私があの時、何か違和感を察した時点で止めておくべきだったんだ。きっとこうなってしまう前に何とかできたはず。それなのに私は決めなくてはならない重要な選択肢をいつだって誤ってしまう。結果がどうなるかなんて誰にも分からない。物事の打開策なんて知る由もなければ、そもそも与えられた選択肢の中に正解があったことさえ分からないのだから。それだけ人1人の視野というものは狭過ぎるということだ。

じゃあ、今はどうだろう。私はどうするべきだった?臨也さんにのこのことついて来たのが悪い?もっと遡れば、新羅さんのマンションでシャワーを借りて来ればよかった?ーーいや、これ以上考えるのはよそう。いくら自分の行動を悔いたところで現状は何1つ変わってはくれない。



「ぁ……ッ!」



漏れてしまった自分の声に赤面しながら、それでもひたすら耐え続ける。恐怖。頭を占めるのはそればかり。自分が自分でなくなってしまうような感覚と、怖いくらいに優し過ぎる彼の指使いが遥かに予想を超えていて。話の流れからして、てっきり酷く扱われるものだと思っていた私にとってこの不意打ちは想定外のものだった。



「やぁっ、やだ……!」



そんなに優しく触れないで。
そんな目で私を見ないで欲しい。
罪悪感に胸が押し潰されそうになる。



「今回は未遂じゃ終わらせないよ?」



余裕のある表情を浮かべ、本当に楽しそうに、愉しそうに。そのギラついた瞳を見れば見るほど、その奥に隠された真意に手が届きそうになる。これはきっとただのシズちゃんへの仕返し、当てつけではない。もっと他に意味があるはずだ。それを知りたくて伸ばした右手は彼には届かず、何もない空間を音もなく翳むだけ。



「大丈夫。君は悪くない」



そして極めつけにこの一言。その言葉は私にとって罪を免れるための救いであり、罪悪感の根源そのものでもあった。

目の前の現実をどう受け止めたらいいのか、目を背ける私の頬を臨也さんの両手がそっと包み込む。「こっち見て」と優しく促され、その優しい態度にどんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまった。彼の目に今の私はどう映っているのだろう。反応を面白おかしく見るだけのただの観察対象か、あるいはーー?もしこれが彼の本質であるというのなら尚更、これからどう接したらいいのかも分からない。ならばいっそ、ただの観察対象として見てくれた方が遥かに気は楽であった。今までに何度そう思い込もうとしたことか。あの臨也さんが私を本気で好きなんてことはあり得ない。言ってしまえば、ただの人間である私が彼にとって特別な存在になり得ない、と。だから今までだって「ただの冗談だろう」と心の中で決めつけて、物事の核心に迫る度にはぐらかせ、そうやって今まで逃げ続けてきた。我ながら卑怯だとは思うが、自意識過剰に「彼は私を好きなのだ」などと思うことは決してなかった。そんな風には思えなかった。



ーーどうしようどうしよう。

ーー臨也、こんなにも本気なんだ……



口を吐く台詞はどこか砕けた調子を残しつつ、しかし確実に普段と様子が異なると明確に知らしめされるのがこの表情。こんなにも真っ直ぐな彼の目を私はこれまで見たことがない。自分では言い難いが、多分、臨也は本気で私を好きでいてくれている。そんな純粋な恋心を向けられ、誰がそれを蔑ろにできよう。拒絶できる訳がない。他人からの愛というものはなんて手放し難く、そして愛おしいものか。

とはいえ、このままという訳にもいかまい。今ここで流されてしまったら、もう後には戻れないような気がする。



「臨也。待って、お願い」

「待てない。俺にだって引けない時はあるよ」

「わ、私、シズちゃんを裏切るようなことはしたくないんです!」

「なら、君の中ではなかったことにすればいい。犬にでも噛まれたと思ってさ」

「……どうして……そこまで……」

「……さぁ、どうしてかなんて分からないよ。金さえ払えば……いや、自惚れてる訳じゃないけど、金なんて払わなくたって女は勝手に寄り付いてくる。それなのに、どうしてみさきじゃなきゃ駄目なんだろうね。……きっと、理屈云々じゃないんだよ。そういう面倒臭いの一切抜きにして、俺はみさきが好きなんじゃないかな」

「そんなこと言われても、私……どうしたらいいのか分からないです」

「どうもしなくてもいいよ。ただ、今だけは俺を見て」
「……」



報われない恋だと分かっていて、それでも人は一途にその人を想い続けることができるのだろうか。だって、それはあまりに残酷で、悲し過ぎるではないか。そして私は思い知らされる。「皆が幸せになれたらいい」なんて、ただの綺麗事に過ぎないのだと。誰かと誰かが結ばれれば、その一方で必ず傷付く人がいる。皆が幸せになれる結末なんて存在しないのかもしれない。

ふと、頭を過る昨夜の記憶。セルティと新羅さんが白熱していたーーそれは主人公が世界を救う、そんなありふれたような王道RPGゲーム。物語はハッピーエンドで幕を降ろすけど、これまでの戦いで伴う犠牲を考えたら、それは果たしてハッピーエンドと言えるのだろうか。勇者ではない別の登場人物に視点を変えてみれば、魔王の倒されたその後の世界は平和でないのかもしれない。第一、その一見平和とされたその後の世界も『魔王の死』がゲーム上クリアするための絶対条件であって、少なからず誰かしらの犠牲を避けては通れないエンディングである。結局のところ皆の望む世界など、空想上に過ぎないのだ、と。



ーーでも、このままだと私はシズちゃんを裏切ることになってしまう。



臨也さんは悪くない。しかし、下手に同情してしまえば私は結果的に2人を傷付けてしまうことになるだろう。いつか訪れるであろうとは思っていた選択を、まさか今、こうした形で迫られるとは思いも寄らなかったがーー意を決し、私は1つの決断をする。いつかしなくてはいけないと思ってはいたのだ。ただ、その選択に伴う犠牲があまりに大きかっただけの話。



「臨也……いえ、臨也”さん”」

「なにかな、そう改まって」

「ずっと考えてました。いつまでもこのままじゃ駄目なんだって。今までふらふらと覚束なかったけれど……そろそろ、地に足を着けたいんです。……シズちゃんと、一緒に」



多分、傷付けてしまうだろう。相手の気持ちを汲み取れば、今の私の言動はあまりに残酷なものだ。だからこそ、これっきりで終わらせなくてはならない。相手がかけがえのない大切な人であるからこそ、これ以上傷付けないためにもーーそして何より、私自身これ以上胸を痛めずに済むように。

そうか。私は相手を傷付けることより、自分が傷付くことが何より怖かっただけなのだ。選択を決断する今の今まで、気付くことができなかったけど。


「だから私、臨也さんとはもう……」

「ストップ。どうせもう会えないとでも言うつもり?」

「ッ!!」

「ははっ、ほーんと分かりやすいんだから。ここまでみさきのことを分かってやれる人もそういないと思うけど?」

「……その通りですね。きっと、臨也さんにはなんでもお見通しなんでしょうね」

「優しい君のことだから、きっと俺をこれ以上傷付けたくないが故にそう決断したんだろうけど、もし本当にそうだとしたら……悲しいな。みさきは俺のことを全く分かっちゃいない」

「……それ、どういう意味ですか」

「俺が同情されて喜ぶような人間だと思うかい?言うなら逆だね。正直、今のみさきの言動は逆効果だ。『誰も傷付けたくない』って顔してるけど、結局のところ、単に自分が悪者になりたくないだけだろう?シズちゃんとは一緒にいたいと思う反面、違う男とこんな風にしている自分が許せないんだよね」

「……」

「俺はね、みさきのためならどんな悪役にだってなれる覚悟がある。君はどうだい?アイツのために俺を正面から拒絶できるような酷い人間になりきれないのなら、所詮その程度だったのかと俺は思うね」



彼の言葉が胸を刺す。曖昧にはできない選択。ここで臨也さんを拒絶し関係を絶っても、このまま受け入れシズちゃんを裏切っても、臨也さんかシズちゃん、そのどちらかを傷付けなくてはならない。それは同時に、どちらかにとっての悪役ーーつまり「嫌な人格」にならなくてはならないということを意味していた。

決して善人ぶる訳ではない。ただ、人に嫌われることが酷く怖い。「どちらからも嫌われたくない」という甘い考えを捨て切れず、私はがむしゃらにどうしたらいいのかを考え続けた。どちらとも繋がりを断ちたくない。迷っている間にも臨也さんは構わず事を進め、少しずつ私を追い詰める。



ーーもう2度と戻れない。

ーーただ居心地の良かったあの場所はもう帰ってこない。



「ひぅっ!?」



つぅ、とヘソのあたりを指の腹でなぞられ、反射的に声が漏れる。くすぐったいような焦れったいような、むず痒い感触。手の動きに翻弄されているうちに、彼の狙いはゆっくりと下へ下へと向けられていた。

細い指が足首を掴み、そのままくの字に折り曲げられる。曝け出された敏感な部分がじくじくと熱い。恥ずかしさのあまり今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる反面、快楽を心待ちにしてしまう淫乱な心とが入り混じり合う。見ないで欲しい。だけど触れて欲しい。欲深で意地汚い自分が嫌になる。そんな心の葛藤を察したのか、臨也さんはすぐに核心的な部分には触れず、まるで最後まで焦らすように臀部を揉み下し続けるのだった。徐々に込められる力が強くなると同時に、暫し放置されることとなった秘部の収縮は次第に激しさを増す。咄嗟に伸ばした右手も臨也さんに遮られ、いつまでも焦らし続けられていることに若干の焦りを感じていた。このままでは物足りなさのあまり、無意識のうち自ら腰を振ってしまうのではないか、と。そんな醜態を晒すなど普段の自分からは到底想像もつかないが、正直、今の自分が何をしでかすかなんて分かったものではない。



「大丈夫、安心して。今、みさきが気持ち良くなりたいと思うのも当たり前の現象だから、恥ずかしがることなんてないんだよ。例え相手が誰だろうと、ココをこうされたら誰だってそうなる」

「ッ、いざ、や……!」

「いいね、その顔。すごいそそられる」

「!!?」



何か、身体の中に異物が入り込む感覚。しかし熱を帯びたそこが埋まることはなく、相変わらずパクパクと収縮を繰り返している。どうやら彼の第一関節はアナルから中へと捻じ込まれたようで、普段自分でも触れないような場所をこうも乱暴に扱われるのはあまり気持ちの良いものではない。にも関わらず臨也さんは指を更に奥へ奥へと、探るように押し込んでゆく。



「やっ、やだ……なんか、変……!」

「別に俺にコッチの趣味がある訳じゃあないけどさ、大嫌いなアイツと同じところ、直後に使うなんて嫌なんだよね。前にもここ、使ったけど……もしかしてシズちゃんには使わせてなかったりする?」

「!」

「ははっ、やっぱり!どうりで反応が違うと思った!ふぅん……アイツにも使わせてないんだ……てことは、アナルの経験は俺だけってことだよねぇ……?」

「……」

「へぇ……それ、ちょっと嬉しいかも。だったらこの際、俺はコッチ専でもいいや。みさきの反応が何より楽しいし、俺しか知らないっていうのも気分いいね」



そう言うと臨也さんはにたりと怪しげな笑みを浮かべ、中で人差し指を大きくぐるりと掻き回した。下半身に触れられること自体そうないというのに、それ以上に慣れない行為は不自然極まりない。気持ち良いとも気持ち悪いとも違う、よく分からない変な感じが身体中を支配する。不安。恐怖。そして僅かばかりの快楽。それらが頭の中でごちゃ混ぜになって、様々な感情や感覚が入り混じる中、それでも口から出るのは喘ぎ声だった。こんなことで感じてしまうなんて、どうかしてる。なんて自分ははしたないのだろう。彼はそれを「当たり前の反応だ」と言うけれど、そうやって自分を正当化してしまうのも気が引けた。彼の言葉はぬるま湯のようで、それに1度浸かってしまうと、つい自分を甘やかしてしまいそうになる。

無理矢理捻じ込まれた指はとうとう第2関節も見えなくなった。(実際に見えている訳ではないが、中で大きく暴れる異物の感覚でそう察した)その動きに頭も身体も休まることを知らず、終わりの見えない行為のまだ序盤だというのに、既に心身共に疲れ切っていた。額から滲み出た嫌な汗が頬を伝い、ベッド脇の枕に丸いシミをつくる。呼吸を整えようと大きく息を吐き、身体の力を抜こうと思えば、身体の中に入り込んだ異物の存在感は必然的に増す。腰を落とそうにも更なる指の侵入を許してしまうことになり、その度にとろんと蕩けた思考をどうにか引き締めることに精一杯であった。確かに以前、私は臨也さんに身体を許してしまった際アナルを使った経験があったが、そこを使用するのは一般的ではない為、それ以来触れることも触れられることもなかった。そんなある意味未開拓地であるそこをこうも乱暴に弄ばれて、身体が拒否反応を示すのも必然的である。



「ここも同じ要領でやればいいのかな。なんせ久方ぶりなんでね」

「ひっ、ぁあ、あん、ッ!!」



忘れかけていた快楽が再び襲い、直接触れられてはいないはずのアソコから愛液が絶え間なく溢れ出る。それが内腿を伝い落ちる感触が敏感な肌にダイレクトに伝わり、ぞわりと肌が泡立った。すっかりはだけたバスローブは意味を成さず、限りなく裸に近い状態を目前に晒され、羞恥で気がおかしくなってしまいそうなのにーーそれなのにどうして、こんなにもはっきりとシズちゃんの顔が頭に思い浮かぶのだろう。



「やだぁ……っ、シズちゃ……」

「ッ、……ちょっと黙っててくれない?」

「ひうっ…、あ……っ!」



シズちゃんの名を口にした途端、空気が変わる。僅かばかり苛立ちの含んだ声。それは感情をあまり表に出さない彼の見せた、静かな憤怒の現れであった。ひんやりとした温度が駆け上がる感触に、私は臨也さんの本気を垣間見る。それでも艶やかさを持った指先は確実に身体のイイところばかりを攻め続ける。嫌々と頭を振りながら足を押さえつけている男から逃れようと必死に抵抗しても敵わず、臨也さんはただ声もなく笑うだけだ。クッと喉の奥で震える音がなんだか煽られているようで、無駄と知りながら身を捩らせても無論、それを彼が許すはずもない。時折赤い舌をチラつかせる彼には濃艶、という言葉がよく似合っていた。



「みさきは何も悪くない」



ねっとりとした動きで胸の突起を舐め上げられ、顔に熱が集中する。確実な言い訳を与えられ、何度も耳にしたその言葉が脳内に響いてぐらぐらと脳味噌を揺らす。判断力が鈍っていく中で、それでも私は今の自分が許せなかった。無力で無知な自分が、こんなにも小さな人間なのだと改めて痛感した。



ーーあぁ、また、だ。

ーーそうやって私は逃げるんだ。



外から流れ込むもの全てをシャットアウトしてしまいたくて、生理的な涙で滲む視界を両手で覆う。罪悪感を感じていても尚、身体はこんなにも気持ち良いなんてーー

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