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※裏





3度目の射精を終え、汗に濡れた前髪を掻き上げる。みさきはぐったりと俺の身体にもたれ、言葉を発せずにいた。光を失った虚ろな瞳すら美しく、恍惚と光る唇は妖艶と表現するに相応しい。さすがにやり過ぎたか、と今更ながら反省し、力無い彼女の身体をそっとベッドに横たわせてやった。みさきは怒っているだろうか。顔色を伺うべくそっと顔を覗き込むが、突然視界が彼女の小さな手のひらによって遮られる。



「うおっ、……???」

「駄目。見ないで」

「……なんで」

「だって、今の私……きっと、だらしない顔してる」



絶え絶えに紡がれたその言葉の真意が分からず、初めこそは戸惑ったものの、指の隙間から窺い知れた彼女の顔を見て確信する。みさきは怒ってなどいない。ただ、恥ずかしがっているのだと。思わず絶句。そして、懲りずにまたも欲情する。



「怒ってないのか?」

「シズちゃんは私に怒られるようなこと、した?」

「や……つーか、無理、させちまったし。途中でみさきがへばってることに気付いてたのに、俺は止めてやれなかった」

「我慢させていたのは私、だからね。私も悪いと思ってたの」

「……悪ぃ。俺、やっぱみさきに怒られるようなこと、たくさんした。最低なことばかり考えたんだ。……中身は聞くなよ?すげぇ引くから」

「それじゃあ強いて聞かないことにしておくよ」



みさきは苦笑混じりにそう言うと、「でもこれ以上は本当に無理」と念押しする。本当はまだ続けたい気持ちを隠せない俺は、強請るようにみさきの?へとキスをする。



「だぁめだって。シズちゃん、自分が怪我人だってこと忘れてる?」

「あと2回くらいヤれば治る」

「それ、絶対におかしいから。ていうか、あと2回とか、ありえないから」

「みさきも案外元気じゃねぇか」

「あのね……全然元気じゃないから。本当に限界なんだからね」



冗談のようで、冗談ではない会話を交わしながら、俺は仰向けだったみさきの身体をうつ伏せに返すと、汗ばんだ背中に覆い被さる。髪を掻き上げ、隙間から顔を出したうなじに歯を立てれば、みさきの背が弓なりにしなった。「背中も感じやすいのな」わざと煽るようにそう口にし、背中のくぼみに沿って舌を這わせる。腹の下に腕を差し込み、布団に伏せていた身体をぐっと引き上げてやれば、腰だけを高く上げた四つん這いの格好は眼前に全てを曝け出した。



「調子に乗らない!」

「いてッ!みさきお前、後ろ蹴りはねぇだろ!」

「懲りないシズちゃんが悪い!!」



みさきからの反撃は見事腹部に直撃し、それなりに痛かった。とはいえ大したことはなかったのだが、ここは怪我人という立場をうまく利用し、大袈裟に痛がってみせる。これで同情を誘い、あわよくばと考えたのだがーー残念なことにあまり効果は得られなかった。あれだけ散々ヤりまくったのだ。今更通用する訳がない。それでも往生際の悪い俺はみさきの上から退けようとはせず、熱の残った花弁のひらを指先で遊ぶように弄る。体力の限界が訪れているというのは強ち間違いではないらしく、力の抜けたみさきの身体はたちまちベッドへと沈み込んでしまった。即座に抜け目のない俺は体勢を整え、隙を見て第4グラウンドを試みる。


「……〜〜だからっ!もう、らめ……だっ、て!」



呂律の回らないみさきの抗議の声を聞き流しながら、十分過ぎるくらいに柔らかいそこを執拗に弄んだ。顔だけをこちらに向け、何かを言い掛けたその唇に己のそれを重ねる。突然のことに目を白黒させているみさきに触れるだけの軽い口づけをし、わずかに濡れた互いの唇が小さなリップ音を立てて離れた。



「もう少し、付き合えよ」

「なっ……だから、今日はもう……ッ」

「今がいい。どうせこの後、俺にはやらなきゃいけねぇことがあるんだ」

「……まさか……」



もはや痛みなどとうにないが、銃で撃たれたという事実に変わりはない。犯人は逃げ際、確かに『キダマサオミ』という親玉の名前を口にした。俺が知っていることといえばそのくらいで、行方は疎か、顔すら知らない特定の人物を探し出すのは至難の業だろう。かといって許す気もさらさらなくて、何より自分では手を下さず、部下にやらせるそのやり方が酷く気に食わなかった。どうせなら正々堂々、真っ向から喧嘩を売ってきたらいいものの、裏で手引きするだけの卑怯な輩は特に許せなかった。それは多分、俺が最も嫌う人物の手口と何処か似通う部分を感じたからかもしれない。



「だっ、駄目!!」

「……あ?何がだよ」

「ええと、これ以上やるのも、紀田君を殴りに行くのも駄目!」

「ちょっと待て。お前、キダマサオミってヤツを知ってるのか?なら、どうしてそいつを庇うんだよ。意味分かんねぇ」

「誤解なんだって!紀田君はそんな子じゃない……何か事情があるんだよ。きっと」

「そんなんで俺が納得できると思ってるのか?事情があれば人を撃っても許されるのかよ。そもそも、どういう関係なんだ?そのキダってヤツとはよぉ」

「そ、それは……ええと……」



関係を迫られた途端、口籠るみさきに若干の苛立ちを感じる。



「なぁ、キダマサオミってのは、男、なんだよなあ」

「……」



沈黙。それは所謂、肯定の意味なのだと瞬時に悟った。

そのはぐらかすような態度に苛立っているのではない。理由はもっと単純。俺以外の男を庇っていることが沸き上がる怒りの原点だった。俺は顔も知らぬ『キダマサオミ』とやらに嫉妬していたのだ。



「……なんでだよ」



薄暗い部屋の中、俺の呟きだけがただ静かに響き渡る。



「俺は……銃で撃たれたことは正直、どうでもいい。現にこうして生きてる訳だし、ただあいつらが頭の命令でやったってんなら、そいつのツラ拝んで一発殴ってやれれば、それでいいって思ってた。……けどよぉ、どうしてそいつがみさきの知り合いなんだ?庇うような相柄なのか?そいつと俺……みさきは、どっちの味方なんだよ……ッ」

「勿論シズちゃんを撃った人は許せないけど……!それを命令したのが紀田君だって確信はないし、そんなことをするような子じゃないよ!」

「どうだか。どうせみさきのことだから、臨也の野郎のことだって良い人呼ばわりするんだろ?あの人間のクズみてぇなヤツをよぉ」

「そ、そんな言い方……っ、痛!」



赤く鬱血の残る肌に爪を立て、無意識のうちに力が込められてゆく。己の中の感情が騒ぎ立ち、ゴポゴポとマグマのように泡立つ。おかしくなってしまいそうだ。怒りと嫉妬で吐きそうになる。もはや全てがどうでもよくなり、頭の中では複雑な思いがぐちゃぐちゃに絡み合っていた。

みさきの顔が次第に歪んでゆく様が手に取るように分かる。それは痛みによるものか、それとも俺に対する純粋な恐怖かーーそんなことはどうだっていい。



「もういい。……面倒臭ぇ」

「ひぅっ!……はっ、なし、を……さい、ごまで……ッ!」

「どうせキダは悪くないって話だろ?んな話、聞きたくもねぇ」



その声で、俺以外の男の名を呼ばないでくれ。どんなに理不尽だと分かっていても、こればかりは仕方がない。今の俺に優しさなんて微塵もなく、ただ彼女を黙らせたい一心で。そんな口はいらない。その口は俺を呼ぶ為だけのものでいい。そんな自分本位で勝手な押しつけを、果たしてみさきはどう受け取るだろう。彼女が今何を思い、何を考えているかは定かでないが、思惑や思考なんて無関係に身体は快楽に従順だ。「みさきの身体はこんなにも正直なのにな」なんて皮肉を込めて言ってやれば、耳をカァッとより一層赤く染め上げ、拒絶の手をこちらへ向けてきた。その伸ばされた手首を掴み取り、息がかかるほどの至近距離まで顔をぐいっと寄せる。途端、動揺の色を浮かべ、瞳が僅かに揺れ動く。



「どうするつもりなの」

「キダマサオミをぶん殴る。みさきがなんと言おうとな」

「……そう」



みさきはほんの少し悲しそうな表情で俯くと、それきり何も口にしなくなった。罪悪感だけは残ったものの、これでみさきも諦めてくれただろう。

次の瞬間ーーチクリ、何かが刺さったような”こそばゆい”感覚に首を傾げる。が、特に何の異常もない。きっと気のせいだろう。だって、今感じるこの痛みは胸の奥底から来るものであって、決して外部的な要因によるものではないのだから。



「みさき」



忘れかけていた熱が次第に下半身へと帯び始め、誘うように名前を呼ぶ。みさきはまるで不本意だとでも言いたげな顔で、それでも拒絶はしなかった。誘われるがままに唇を交わし、舌を絡ませる。まるで全てを奪うようなその口づけに、みさきが酸欠状態に至るまでにそう時間は掛からなかった。弱く胸板を叩くのがその合図。俺が名残惜しげに唇を離してやると、互いの唾液がつぅ、と透明な糸を引いた。この光景は何度見ても艶かしい。

刹那ーーぐらりと世界が反転する。



「……!?」



突如、身体を襲う気怠さ。まるで脳天を思い切り殴られたかのように、ぐわんぐわんと大きな音が頭の中で響き渡る。それを抑え込むように右手を自らの額に当て、暫し症状が引くのを待つが、一向に良くなる気配はない。むしろ状況は悪化し、抵抗虚しくも意識は次第に朦朧とし始める。



「ごめんね、シズちゃん」

「みさき……お前……ッ」

「本当はこんなこと、したくなかったんだけど……今は大人しく眠ってて。シズちゃんが次に目を覚ます頃には、きっと全てが終わっているはずだから」

「……何、を」

「うーん、分からないや。これからまず何をすべきかなんて、私にも分からない。けどね、シズちゃんにはもう……無理させたくないの。今回の件で、それがよく分かった。もし、また次に撃たれるようなことがあったら……私、きっと耐えられない」



困ったように笑いながら、みさきは俺の身なりを整え、布団をかける。そして最後に包帯の上から傷口に触れ、祈るように瞳を閉じた。




「新羅さんの言ってたことが本当なら、きっと2日後には目が覚めるから」



冗談じゃない。2日も呑気に寝ていられるものか。そう反論する間もなく彼女は身支度を整え、この部屋を去ろうとする。



「ッ……待てよ……!」

「……」

「なぁ……頼むから、俺は……」

「ごめんなさい」



謝罪の言葉で遮られ、俺は言いたいことも最後までろくに言えず、ただ離れ行く彼女の背を見送ることしかできなかった。引き止めようと伸ばした右手は届くはずもなく、虚しく空を切る。何度も「行くな」と言った。それでも彼女は足を止めようともしない。部屋のドアを目前にし、みさきはたった1度だけこちらを振り返る。そして「必ず帰るから」とだけ俺に告げると、静かに部屋を後にした。

たった1人残された静寂の中、意思とは裏腹に薄れゆく視界。



ーー……くそッ、新羅のやつ……みさきにコソコソと何を手渡したかと思えば鎮静剤かよ。

ーー余計なこと……しやがって……

ーー次会った時はタダじゃあおかねぇ……



どんなに身体は丈夫でも、服用した薬の効果には抗えない。人並みの臓器は人並みに薬を体内に受理し、抵抗もなく効能を得る。俺をよく知る新羅のことだから、この鎮静剤だってきっと一般のものではないのだろう。生憎、これに対抗すべく術を持ち合わせてなどいなかった。

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