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※裏





化け物、と言われることにはもう慣れていた。むしろここは開き直って「何を今更」と鼻で笑ってやろうかと心に決めていた。だからヤツに化け物呼ばわりされたところで特に何かを感じることなく、何1つ心に響かない。少なからず今この瞬間、優位に立っている自分の立ち位置がとてつもなく愉快だった。例え今の臨也が何を言おうと、所詮負け犬の遠吠えなのだと。



「……、……〜〜ッ!!」



血が出そうなくらい唇を噛み締め、声を抑えようと必死になるみさき。無駄な抵抗だと頭で分かっていながら、それでも羞恥心には勝てないのだろう。そんなもの、俺の前では全て捨て去ってしまえばいいのに。何もかも曝け出して身を委ねてしまえば、もっと楽になれるものの。「声、聞かせろって」耳元でぽつりとそう呟けば、ふるふると首を振ってそれを拒否する。嫌がる彼女にそれを強要するのも酷な話だが、正直、その歪んだ表情ですら可愛いと思ってしまった。



「は、話が違……っ、お願、だから、電話切って……!」

「ぁあ?この際はっきりさせておいた方がいいじゃねぇか。みさきだって、あのノミ蟲野郎には迷惑してたんだろ?」

「迷惑……とか、そんなんじゃあ……」

「そーいう曖昧なこと言ってるから駄目なんだよ。他のヤツならともかく、俺はアイツだけは許せねえ」

「……」

「それとも……何だ?あのノミ蟲野郎が好きなのか?」

「ッ、だから!そういう好きじゃなくて、私はただ……!」



そこまで言って、彼女はその口を噤んでしまう。分かっているのだ。みさきは臨也を恋愛対象としてではなく、ただ単に友人として接していきたいだけなのだと。だが、果たして臨也の方も同じ風に考えているのかと言われればそれは違う。アイツのみさきに対する『好き』は決してみさきの好意と合致していないのだ。ここで大人しく引き下がってくれるような輩なら、俺もここまでしつこくは言わないだろう。酷いことも多分、しない。

高望みなんてしない。ただ、俺はアイツだけには負けたくない。この沸るような対抗心とみさきは全くの無関係なのに、俺は彼女すら利用し、なんとしてでも臨也に勝とうとしている。例えそれがどんなに卑怯な手段だと言われようが、今はそれさえも厭わない。



「や、やめ……ッ」



相手の手を取り、動きを制してから改まって名前を呼ぶ。するとみさきは自分の名前にぴくりと反応し、途端に抵抗をやめるのだ。



「恥かしいとか言っておいて、これはねぇだろ。ここ、こんなんにして」

「……」

「……俺、何もいらねぇから。ただみさきが側にいてくれるだけでいい。俺だけのものになってくれればいい」

「シズ、ちゃ……」

「なぁ、頼むから……どうか、みさきだけは、」



例え他の人間が俺を避けようと、恐れようと、そんなことはどうだっていい。俺はみさきたった1人にさえ必要とされれば、それだけで他にはもう何もいらない。これは俺のわがままだろうか。なら、あと何を手離せばそれは許される?出来ることならみさきの嫌がることなんてしたくない。それでもこうして非情な態度を取るのは、全部みさきを取られないようにしたいが為の苦渋の選択だった。みさきを少なからず悲しませてしまうであろうことも分かっていたが、俺は何よりもみさきを取られたくないという己の意思を尊重したのだ。

何かを感じ取ったのか、みさきはそれ以降抵抗することをやめた。というより、諦めたというのが正しいのかもしれない。みさきは優しい。それ故、臨也みたいなヤツに目を付けられる。しかしその寛大な面に問題があるのかといわれればそれは違くて、みさきがこのような性格だからこそ、俺みたいなヤツを受け入れてくれたのだと思う。皮肉なものだ。みさきのこの人格が俺や臨也のような異端な者を惹き付けてしまう。とすると、俺が好きになった人間を臨也も好きになってしまうのは必然だったと言えよう。



ーーどうりで臨也のヤツが初めっから気にくわねぇ訳だが……それでも、俺はみさきが欲しい。

ーーこれだけは譲りたくねぇし、譲る気もさらさらない。

ーー例えこの先、みさきが臨也のことを好きになろうと……



急ぐ気持ちばかりが先走り、俺は片手でズボンのベルトを外すと、いても経ってもいられずみさきの肌に舌を這わせた。

かつて、臨也がみさきに好意を寄せるのも仕方がないのだとある程度目を瞑っていた時期が俺にもあった。俺なんかがみさきとは釣り合わないという自虐的な気持ちがそうさせた1つの理由であったが、そんな甘い気持ちで挑めるほど簡単な話ではなかったということだ。それさえ分かれば、あとはもう遠慮することもない。貪欲に必要とし続けよう。この白くて、滑らかで、抱き締めたらすぐに折れてしまいそうなほどに細くて華奢なみさきの身体をーー



俺だけのものに





♂♀



マンション別室


「そうそう、杏里ちゃんの状態はどうなんだい?セルティが連れ帰って来た時には正直驚いたけど、ろくに話もできる状態じゃあなかったからさ」

『今は隣の部屋でぐっすり眠っているよ。詳しい話は本人が起きてからにしよう。よほど疲れていたんだな……杏里ちゃんといい、みさきちゃんといい、今時の若者はこんなにも大変な思いをしているものなのか?』

「若い時の苦労は買ってでもせよ、とはいうものの、ぶっちゃけ世の中の若者が全員そうかと聞かれればそんなことないと思うよ?世の大半が平凡に、数時間先の目先のことに必死になって生きているのさ。僕もまだまだ若いつもりでいるけれど」

『そういえば新羅、さっきみさきちゃんに何を渡してきたんだ?』

「あぁ、ちょっと強めの鎮静剤」

『お前のちょっとは信用できないな』

「一般用じゃあ効かないってことはセルティにも察しがつくだろう?もしもの時用に、ね」

『もしもの時?』

「やだなぁ、セルティ。そこを聞いちゃう?男はみんな狼なんだよ?好きな子の前では尚更そうさ」

『どうして新羅がそんなに楽しげなんだ……』

「そりゃあ楽しいよ!僕たちの青春時代があまりに殺伐としていたせいか、今になって友人の恋愛沙汰が聞けるのがこんなにも嬉しいなんてね。いい年齢してこんなこと言うのも何だけど、同級生と恋愛話で夜通し盛り上がったりしてみたかったんだ!」

『青春時代、ねぇ……お前たちの高校時代は何となく分かりきっているが、確かにあの頃の静雄を知っているせいか、今こうしてみさきちゃんといるあいつはまるで別人のようだな』

「恋は人を変えるってことさ。良くも、悪くも。まさに氏より育ち、育ちより恋ってね」

『そういうお前はどうなんだ?私と出会って、何か変わったのか?』

「そりゃあもう!自分を取り巻く世界が全て変わったと言っても過言ではないさ!」

『嬉しいような、そうでもないような……まぁ、確かに、私は新羅のそういったところも含めて好きだよ』

「セルティ……!」

『調子に乗るな。すぐ隣には杏里ちゃんもいるんだし、静雄もみさきちゃんもいるんだぞ』

「関係ないさ!ていうか、静雄とみさきちゃんだってきっと僕たちが知らないだけでよろしくやってるんじゃぶほぉ」



♂♀



私はいつだってこの表情に弱い。まるで愛情に飢えた捨て犬のようで、途端に良心を酷く抉られるようなーーそんな気持ちにさせられてしまう。何より私自身、シズちゃんにそんな顔をさせたくないというのが何よりの本音。まさか誰に対してでも無条件に情が湧くほど聖マリアのような人間ではない。だからこそ、彼が執拗に私を求めてくれるのを純粋に嬉しく思う反面、信頼されていない感が否めないのも正直な話だ。事実、私は他人の目を常に意識してこれまで生きてきた。嫌われたくない。良く見られていたい。そんな見栄っ張りな気持ちが更に自分を追い込んでいようとは夢にも思わず、いつしかそれらの経験が今の私を形成した。それが良くも悪くも、来る者を拒めない性格の根源となってしまったのかもしれない。元から「他人から必要とされたい」願望の強かった私だから、こうなることもある意味必然的だったと言えよう。だからこそ必要とされることが何より嬉しかった。

しかし、今はまた状況が違う。目視されている訳ではないのに、声を聞かれているというだけでこんなにもそれに敏感になってしまう。第三者の介入がこんなにも感度に影響してくるとは思いもよらなかった。「見られている」「聞かれている」と思えば思うほど感覚が研ぎ澄まされ、自分は無自覚のうちに興奮しているのだと理解した。見られて興奮するなんて、と、己の性癖を疑ってしまう。頭ではいけないと分かっていても、何より身体は正直過ぎた。



「みさき……」

「(やだ、ずるいよ。名前呼ぶなんて)」

「いつまで我慢してんだよ。あいつにもその声、もっと聞かせてやろうぜ」

「(だからなにその羞恥プレイ!)……ッ、あぁ!」

「ほら、もっと。ここ、弱いもんな?」

「(ず、ずるい!ここぞとばかりに弱いところを……!)」



言いたいことは山ほどあるが、口を開けば喘ぎ声ばかりでこれでは彼の思う壺なので、心の中でひたすら反論を繰り返すという細やかな仕返しに出る。無謀な防衛戦の末、先に我慢の限界が訪れたのはシズちゃんの方だった。



「……わかった」

「(? ようやく諦めた……?)」

「そっちがその気なら、無理矢理にでも声出させてやる」



まさに、鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス論。遠慮も容赦も一切無くした彼は、ぺろりと己の中指をひと舐めすると、唾液を絡ませたその指で敏感な部分を攻めにかかった。ズボンの中に侵入してきた右手が迷いなく敏感な突起を捉え、親指と人差し指で捏ね回すように摘む。途端に電流のような衝撃が背筋を流れ、自然と背中が仰け反る。



「!!?」



呼吸ができない。目の前がチカチカする。つい先ほどまで考えていたこと全てが頭の中から抜けてしまうほど、もはや何も考えられなかった。怖いくらいの衝動に息が詰まりそうになる。



「シ、ズちゃん……!ほ、ほんとに、冗談抜きで……そんな、したら……ひんっ!!」

「おっ、なんだよ。イイ反応してくれるようになってきたじゃん。ノッてきたか?」

「あ…、ぁあッ……!」



性急な刺激に反射的に背がしなる。咄嗟に逃げ腰になった私の身体をがっちりと固定し、彼はわざと水音を立てて愛撫の指使いを早めた。繋がったままの電話の存在なんて気にする余裕も皆無。びくびくと小さく身体を震わせながら喘ぎ混じりの熱い吐息を漏らし、掴むシズちゃんの肩に爪を立てる。その行為は図らずとも彼自身を一層煽っているようで、現にシズちゃんの表情からは余裕の笑みが消えつつあった。



「あー……やっぱ、たまんねぇな。みさきのその顔、すげーそそられる」

「あっ、あぁ、……っん!」



瞬く間に上体を支えることすら叶わなくなってしまい、腰を引こうにもしっかりと尻たぶを掴んだ彼の手に憚れてしまい、かといって腰を落とせば、その細い指先の更なる侵入を許してしまうことになる。逃げ道を完全に失った私は向き合った状態でシズちゃんの肩に両手をつき、膝立ちのままその快楽にひたすら耐え続けた。しかしその体勢はあまりに不安定なもので、がくがくと震える両膝は今にもカクンと崩れ落ちそうである。欠片ほど残された理性すらぐずぐずに溶けてしまっていて、まともに言葉を吐き出すことすらままならない。



「気持ち良いか?みさき」

「んッ……、んぅっ、ふぁ、」

「ほら、ちゃんと口にしないと分かんねぇだろ?こんなにトロトロにしちまって、んな顔されたら……」

「や、やだぁ……言わないで……ッ、」

「ははッ。まぁ、見せられるような状況ではねぇよな。見せたくもねぇし、見せる気もさらさらないけどよ、……っと」



そう言って彼は今一度体勢を整え直すと、片手に持っていた携帯をベッド脇のテーブルに置き、唾液で湿らせたその指で、熱く疼く花弁を押し広げた。



「そろそろ物足りなくなってきたんじゃねぇの?」



まるで挑発するかのように、口元に厭らしい笑みを貼り付けせながら、ぐにぐにと門口を揉みほぐす。私が言葉を発するよりも早く、繊細な内部を傷つけぬようにとゆっくり侵入してくる指の感触がダイレクトに伝わってくる。そのまま第二関節辺りまで一気に挿し込んだ彼は、何かを待ちわびるように収縮を繰り返す内壁を擦り、ゆるく刺激を与えながら更に中指を追加した。ぐるりと中を探るように指全体を動かし、とある場所を掠めた途端、私の口から甘やかな悲鳴が上がったのをシズちゃんは聞き逃さなかった。



「ここ、か?」

「あんっ!や、ぁん、……っん!」



必死に息を整えようにも、次から次へと波のように襲い掛かる快楽。溺れてしまいそうになりながら、飲み込まれぬよう必死にもがき抗う。辛うじて繋ぎ止めた自我の中で、ひたすら目の前の彼のことだけを想い続けた。それ以外のことは真っ白。気にしなくてはならないことがあったはずなのにもう思い出せない。ただ、時折鼻に付くツンとした薬品の匂いだけが異例で、その度に彼の身体を覆う包帯に隠された傷の具合が心配になった。縋るように伸ばした手で血の滲んだ箇所に触れ、そっと撫でる。痛む素振りは見せないものの、やはり違和感は残るようだ。シズちゃんは若干眉をひそめたものの特に気にすることなくその手を取り、そのまま胸元へと抱き寄せた。膝の力が抜けた身体はいとも簡単に土台を崩し、されるがまま前へと倒れ込む。引き寄せられたその先で必然的に片耳を胸へと押し付ける形となり、とくん、と響く心音にほっと胸を撫で下ろした。彼が無事であったことを改めて実感することができ、安心したのかもしれない。そうでもなければ、今この瞬間、目の前の視界を歪ませるこの涙の意味をなんと説明出来ようか。

ぽろり、溢れた涙が1粒、2粒と零れ落ちる。安堵と快楽の入り混じった感情故になかなか止まることを知らない。シズちゃんはほんの少し困ったようにはにかみ、ぺろりと舌で涙の筋を辿るようにして舐め取る。



「悪ぃ。泣くほど嫌だったか?」

「違……ッ、これは……その、嬉しくて……」

「嬉しい?」

「私、シズちゃんに何かあったらどうしようって……ほんとに不安だったから……」

「……」



するとシズちゃんは何を思ったのか、突然携帯の電源を切る。そこで私はようやく繋がったままの携帯の存在を思い出すのだが、果たしてどこまで臨也さんに聞かれていたかは分からない。無意識のうちに何か恥ずかしいことを口走ってしまったかもしれない可能性も十分に否めず、彼に会わせる顔がないとこの後頭を悩ませることになるのだが、それはこの行為の終わった数時間も先の話ーー私の意識は再び彼の手によって半強制的に引き戻された。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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