>06
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



新宿 高層マンション前



何度か迷いかけつつも、どうにか予定通りにマンション前へ無事到着。この無駄に高い高層マンションってとこが人を見下すのが好きなアイツらしい。そう考えただけで無性に腹が立ってきた。いつだってそうなんだアイツは、いつも俺を見下すような目しやがって。



「……開かねぇし」



ま、あの野郎が不用心に鍵を閉め忘れる訳がねぇ。軽くドアノブを引いてみるが当然ながら開くはずもなく。仕方なく強行手段に出た俺は、右足で思いきり蹴り飛ばしてやった。意外とドアなんてものは脆い。1度蹴りを入れただけで難なく入室に成功してしまった。

しかしアイツが普段使っている(であろう)書斎に肝心のヤツの姿はない。一通り部屋を見て回ったつもりだったが、結果、臨也を見つけ出す事は叶わなかった。



「いねぇのかよ……糞ッ、肝心な時にどっか行きやがって……!」



ブツブツとアイツへの鬱憤を吐き捨てながら、玄関の外に出てみる。ふと視線の先に、別の部屋への扉が見つかり――背中に冷や汗が流れる嫌な感覚を覚えた。



――もしかして、今俺が散々荒らして出てきた部屋が別の人のものでしたってオチ、じゃねぇ……よな?

――やべぇ……、のか?



とりあえず蹴り飛ばしてしまったドアを元あった位置に無理矢理くっつけ、一見何事もなかったかのように設置しておいた。あくまで見かけだけ、の話だが。

今度は力いっぱいドアを引く。手荒な行動はこれ以上控えておいた方がいい。騒音なんかで近所迷惑になったら周りに悪ぃし。ガチャリ、と呆気なく開く扉。少し廊下を先に進んで行くと1番奥の部屋から臨也らしき男の声が聞こえてきた。



「?」



おかしい。直感だが何かがおかしい。やけに呆気なさ過ぎると感じる。きっと臨也の事だから色々なところに手を出して、土足で踏み荒らし回っている事だろう。他者の恨みを買っている事を想像するのも容易い。

だからこそ、おかしいのだ。こんなに簡単に他者の侵入を許してしまうなんて。



「罠、なんてことはねぇよな。考え過ぎか?」



ここまで行動を予知されてしまうと、返って気持ちが悪い。そんな事はないだろうと、自分に言い聞かせるように首を振った。妙な緊張感。妙な違和感。この部屋にいるのは臨也だけじゃない。多分、もう1人別の人間がいる、気配がする。

いざ扉を目の前にしてどうしようかと躊躇っているうちに、部屋の奥から、何かがベッドに倒れ込む大きな音がした。まるで、不意打ちで無理矢理押し倒されたような「!!?」その音に何故か嫌な予感を抱いた俺は、気付いたら部屋の中に飛び込んでいた。そこはシングルベッドが設置された比較的小さめの寝室で、目の前にはベッドに横たわる人影と、それに覆い被さる臨也の姿。



「「……」」



え……、……女?

あまりにも衝撃的過ぎて言葉が出ない。途端に、まるで時間が止まったかのような静寂が走る。その雰囲気を解きほぐすように臨也が小さく「うわぁ」と嘆いた。意外な事に、俺がここに来ることまでは全くの計算外だったようだ。体勢は至ってそのままで、顔だけをこちらに向けて言う。



「タイミングが良いというか、悪いというか……シズちゃんってホント、俺の予想を見事に覆しちゃってくれるよねぇ」



小さく溜め息を1つ吐き「……で、一体何の用?」呆れたように首を竦めた。大して動揺はしていないようだ。臨也の声にハッと我に帰り改めて室内を見渡す。

日の光が射し込まない薄暗い室内。そんな中で、若い男女2人がベッドの上でやることなんて1つしかない。いくら疎いと(主にトムさんに)言われている俺にだって分かる。ノミ蟲相手に気を遣う訳ではないが、この雰囲気の中で第三者的立場はかなり居づらいものだ。何より女の方に悪い。



「な、んの用って……そりゃあ……」

「シズちゃん?」



なんとか言い訳を探そうとたどたどしく紡いだその言葉は、女の声に遮られた。



聞き覚えのある声がする。

どこか安心感のある声を。

俺はこの声を知っている。

俺は今朝この声を聞いた。

この声は……この声は……



「みさき、……か?」



見間違えるはずもない。彼女は正真正銘、ダラーズ初集会の日の夜に出逢ったばかりのみさきという名の少女だった。何故、みさきがこんなところに?そう訊ねようとしてすぐに言葉を飲み込む。こんな状況を目の前にして尚、わざわざ聞くなんて滑稽過ぎるだろう。

近くで、遠くで、耳鳴りがする。頭が異様に痛い。この痛みは、いつもの、あの



「……どうして、」



口を開いたのはみさきの方だった。どうして?そんなもの、俺が聞きたい。

どうしてノミ蟲なんかと一緒に、しかもこんな状況で。この光景を目に、どうして俺はこんなにもショックを受けている?昨日出逢ったばかりの赤の他人……今朝までそう思ってただろ?だからみさきがどこで何をしていようとも、例え臨也の恋人だったとしても、俺には全く関係がない訳で。



「……〜〜ッ!!」



居た堪らなくなって部屋を出た。イライラする。吐き気がする。今すぐこの場から立ち去ってしまいたかった。あんな場面見たくなんかなかった。よりによって臨也なんかと……最悪だ。

本来の目的を忘れ、どうしようもない気持ちを扉にぶつけた。なんかもう後の事とかどうでもよくなってきた。今や修復不可能の扉に向かって小さく舌打ちをする。罪悪感なんてものは頭から消え失せてしまった。



――そうか、あいつ……臨也の女だったのか。

――どうりで俺のこと「シズちゃん」なんて、

――……なんだ、そういうことかよ。



ただ1つはっきりとしていることは、みさきの隣が物凄く居心地が良かったということ。俺はあの場所が好きだった。みさきの隣にいたかった。俺はみさきの事を昔から――好きだった?

みさきは何故か泣いていて。その本当の理由を知る由もなく、俺は逃げるようにその場を去った。来る時よりも更に、怒りをふつふつと煮えたぎらせて。そして時間の経過と共に、何だか無性に泣きたくなった。



♂♀



外でメキャリ、と歪な音が鳴り響き、恐らくシズちゃんがドアか何かしらを破壊した音だと察した。フゥ、と息をゆっくりと吐き、みさきの上から退けてやる。

みさきの目尻にはうっすらと涙が滲んでおり、自分の行動に罪悪感を感じ始めた。俺も随分と変わってしまったようだ。他人に言われるとムキになって否定しがちだが、一応自覚はしているつもり。ちょっとからかい過ぎたか……?ま、結構本気だったんだけどねぇ。



「シズちゃんの顔見たら萎えちゃった」



俺が退けてもみさきがなかなか起き上がろうとしないので、仕方なく手を取り起こしてやった。ただただ彼女は、シズちゃんの行ってしまったドアの先の一点を見つめたままで動かない。



「今の……、やっぱり、シズちゃん……ですよね?」

「……」



みさきの声が心なしか震えている。動揺しているのだろう。無理もない、か。こんな時にアイツが来るなんて俺にも予想外だったし。

よくよく考えてみればシズちゃんがわざわざ俺の事務所にまで来るなんてことは初めてだ。今までは面倒だったのか、ただ単純に俺の顔を見たくなかったのか。



「(ほんと、何しに来たのかねぇ……)」



だからアイツは嫌いだ。中途半端に真実を覚えているというのなら、いっそのこと全て忘れて去ってくれればいいのだ。あの状態のシズちゃんは俺の邪魔そのものだし、何よりみさきの心を中途半端に掻き乱しやすい。後々厄介の種になる。

期待させるような言動や行動。だけど頭では思い出せない。それがシズちゃんの本能なんだろうけど。そしてヤツは、薄々みさきの事を思い出そうとしている。



――だけど、そうはいかないよ?シズちゃん。



今回のゲーム初盤は、明らかに俺の方が有利だ。俺の監理下にない駒たちがどう動くかまでは定かではないが、きっと今回のゲームをより楽しいものにしてくれるだろう。なんたって今回は規模がデカい。盤は、埼玉にまで拡げられている。



「そうだ、みさきちゃん。携帯、玄関のところに置きっぱなしだったけど」



彼女に手渡す一瞬、携帯が小さく点滅したのを俺は見逃さなかった。青色の淡い光は着信を意味している。

そうっとみさきの頬を撫で上げ、やはり熱がある事を確認する。薄々おかしいとは思っていた。普段の平熱が低めのみさきにしては妙に熱っぽいと思ったんだ。



「39℃。典型的な風邪の症状だね」

「! え、……ぇえ?」



前髪を上げたみさきの額にコツンと自らの額を当てると、しばらく呆然としていたみさきがようやく反応を示した。緊張しているのか声がほんの少し上擦っている。その様子を純粋に可愛いなと思いながら俺はそのまま額にキスを落とした。

途端に、慌てて両手をジタバタとさせるみさき。



「か、風邪、感染りますから……!」

「じゃあ、今は俺が看病してあげるから。もし俺が風邪を引いた時には、君が看病してね?」



半分冗談っぽく笑って言うと、みさきは安心したように微笑んだ。若干気掛かりではあるようだったけど。

氷枕でも取ってきてやろうかと思い立ち「そういえば」と振り返る。波江さんのことはみさきにも話しておいた方がいいだろう。極限こっちの件に関しては巻き込みたくはないのだが。



「そうそう、君に紹介したい人がいるんだ。君の留守中に入ってきた、新しい秘書なんだけどね……」

「秘書?」

「そう。一応君の後輩になる訳だし、とりあえず仲良くしてやってくれ。多分、明日から来ると思うから」

「……はい」



――そう、俺にはたくさんの"手駒"たちがいる。

――元矢霧製薬の責任者にデュラハンの『首』……



物事が自分の思い通りに傾いていることを実感し、口元は自然と笑みを浮かべた。部屋を出る際、綺麗に外れてしまったドアを尻目に僅かに苦笑しつつも。



――……さて、

――アンタは、どう出る?

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -