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酷く不愉快だった。ヤツが俺の存在に気付いていたことは確か。みさきとの仲を見せつけたいが為に、敢えてあんなことをしてみせたのだ。能無しの化け物にしては随分と考えたじゃあないか。皮肉を込めてそれを称えよう。そして、この俺をこんなにも不愉快にさせたことを心の底から後悔するといいーー

今やもぬけの殻となった暗い部屋を背に、俺は大きく伸びをする。例の計画の方は順調。視線を外の夜景へと向けたまま、ぼんやりと物騒なことを口にする。親指を立て、人差し指を目線の先へと伸ばし、まるで拳銃で人を撃つかのような構えで。その視線の先に捉えた人物の名は言わずもがな。



「ま、いっか。どうせそのうち銃に撃たれて死ぬ運命だし」

「明日、死んでくれないかなーっと」





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ギリギリに乗り込んだ電車の中、シズちゃんは始終口を閉じたままだった。不機嫌なのは確かだが、その横顔から一体何を考えているのか読み取れない。腕を組み、壁に背を預け立ったまま、ただ流れゆく窓の外の真夜中の街並をじっと見つめている。辺りは静か。だが、決して乗客が少ない訳ではない。残業帰りの疲れ切った時間帯なだけに人々の口数が少ないが故、電車内のアナウンスだけがやけに大きく響き渡って聞こえた。

結局アパートに着くまでの道のりで私たちが言葉を交わすことはなかった。帰るなりシズちゃんは電気も点けず、やはり無言のまま私を押し倒す。いつもなら多少なりとも抵抗するところ、今回ばかりはそんな気にもなれない。シズちゃんが怒るのも当然だ。あれだけ念を押され、それでも私の意見を尊重してくれた彼の何処に負い目があるというのか。自分に非があることは重々承知。



「ごめんなさい」

「……違ぇだろ。もっと他に言うべきことがあんだろーが」

「?」

「あのなぁ、俺はみさきの口からそんな言葉が聞きたい訳じゃあない。『ごめん』はもう聞き飽きたっての」

「それじゃあ、何を言って欲しいの?」

「俺はみさきの本音が聞きたい」

「本音?」

「俺のこと、どう思ってる」

「どうって……うーん……」

「おい。なんで悩むんだよ」

「いや、だって、いきなりどうかと聞かれても……」

「彼氏、だろ?」

「……うん」

「とりあえず、何があったか丸ごと包み隠さず話せ。まずはそれからだ」

「えっと……その、シズちゃんが来るほんの数秒前まで臨也さんといて……罪歌がどうやったら具現化されるのか知りたがってた」



彼の見解はこうだった。宿り主の身が危機的状況に晒された時、それに呼応して罪歌が防衛反応を示すのではないか、と。しかし、どうやらそれは間違いだったようだ。命の危機とまでは言わずとも、臨也さんに迫られ、私の焦燥感とは裏腹に、以前なら嫌悪感すら口にしていた罪歌が何の反応も見せなかった。都合の良い話ではあるが、もし何かあったとしても罪歌の力でどうにかなるのではないかという安易な考えがあったことも確か。まるで罪歌の力を利用しようとしていた自分に罪悪感が生まれる。そもそも『利用』なんて言葉がいい意味合いのものではない。



「じゃあ、あの時の刀はなんだったんだ?みさきが自由に操れる訳じゃあねえんだろ?」

「……よく分からない。でも、尚更シズちゃんにも危険が……むぐっ」

「あーもう分かったから、俺のことはいいんだっての。俺がみさきと一緒にいたくているんだ。そんなの、俺の勝手なんだから」





そして彼は「今後一切自分を過剰に卑下するような台詞を言わないこと」「どんな時もまず自分の身を案じること」を私に約束させ、もし破ったら罰ゲームな、なんて言いながらにっと笑ってみせた。その笑顔が何よりも心強く、私を安心させてくれた。

いつだってそうだ。たまに彼の発する無鉄砲な発言には驚かされるが、それはきっと私を気遣い、敢えて選んだ言葉なのだということくらい十分理解している。



「よし、それじゃあ思い立ったら即行動といくか」

「!? え……ええっ!!?」



訂正。笑顔だからとはいえ、いかなる類いも見る者に安心感をもたらせてくれるとは限らない。にやり、今度は不敵に笑うシズちゃんに腕を引かれ、思わず間抜けた声を上げてしまった。臨也さんの事務所で「続きは帰ったらな」と言った彼の言葉がふと頭の中を過り、まさか今からその続きをするのではないかと思ってしまったのだが。



「ま、待って!いくらなんでも帰ってすぐなんて、そんな」

「? 別に何か用意する必要もねぇだろ?」

「それはそうかもしれないけど!ちょっとは心の準備というか、せめてシャワーを……!」

「シャワー?まぁ、みさきがそうしたいって言うならいくらでも待つけど」



そう言うとシズちゃんはすっくと立ち上がり、玄関方面を指差しながらこう言った。



「手短にな。新羅はともかく、セルティに迷惑掛けたくねぇし」

「……へっ?」

「いや、だってそうだろ?時間も時間だし、だからといってこんなこと相談出来るのもあいつらしかいねぇからな。まさかトムさんに罪歌のことをありのまま話す訳にもいかねぇし、上手く話せる自信もねぇ」

「あっ。……あー……はいはい。うん、そうだよね。セルティと新羅さんなら罪歌のこと知ってるし、むしろ私たちより知ってるかもしれないよね。うん」

「? 何言ってんだお前。もしかして勘違いしてねぇ?」

「いえ、べつに勘違いだなんて……あはは……」



自分なりに上手く誤魔化せたと思っていたのだが、まさか勘違いしてました、だなんて、口が裂けても言えまい。



「あ、分かった。もしかしてエロいこと考えてたろ」

「は、……はぁ!!?し、シズちゃんじゃああるまいし!!!」

「そうムキになるところが怪しいよなあ?……へぇ?みさきもとうとうその気になってきたか」

「……〜〜ッッ!!!!」



もはや何も言い返せなかった。思わず絶句する私に対し、にやにやするシズちゃん。何を言っても明らかに不利なこの状況から早く脱したくて、私は「意味わかんない!」という子供染みた捨て台詞だけを残し、とりあえずシャワー室へと駆け込んだ。わざとらしくばんっと大きく音を立ててドアを閉め、後になってその衝動でドアが壊れてしまってはいないかと心配になる。が、今戻ってもからかわれるだけだろうと思い、変なところでプライドの高い私はドアノブに伸ばしかけた手を止めた。



♂♀



川越街道某所 新羅のマンション


まさかこんなにもすぐ再訪することになろうとは思いも寄らなかった訳で。まるでデジャヴのような感覚を覚えつつ、「おい新羅。今すぐ開けないとこの玄関の扉ぶっ壊すぞ」なんて物騒なことを言いながら扉を叩くシズちゃんを横目で見ていた。いやはや、本当に容赦無い。今すぐ開けなくとも、いずれこのままでは扉のライフポイントが底を尽きてしまいそうだ。これではただの近所迷惑になってしまうと思い、ひとまず彼を諌めようとしたその瞬間、タイミング良く目の前の扉は開かれた。



「扉が外されてしまうのは困るなあ。それじゃあ、僕とセルティのラブラブ生活が丸見えになってしまうじゃないか。今だってセルティが『いや待て、そこは駄目だ!』なーんて可愛いこと言っちゃってさ。きっとあまりに刺激的過ぎて、モザイクと共にR18の札が玄関前に……ぶふぉ」

『紛らわしい言い方をするな!!ただゲームをしていただけだろうが!!!』

「いたた……全く、君はいつだって容赦無いなあ。そんなに積極的に迫ってくるのはベッドの中だけでいいから」

『お前……普段以上に面倒臭いな……』

「いやぁ、せっかくだから僕とセルティの仲を2人にも見せ付けておかなくちゃってね。惚気た2人にいつものお返しさ」

「そ、そんなに私たち、惚気てますか……!?そんなつもりなかったんですけど!?」

「んなことより、とりあえず上がらせてもらえねぇか?相談したいことがあるんだよ」

『喜んで、と、言いたいところだが……ただ、今はちょっと……』

「?」



セルティと新羅さんが一瞬顔を見合わせ、チラリと後方へ視線を向ける。そして同時に盛大な溜め息を吐くと、申し訳なさそうな顔をして言った。



「ちょっと……厄介なのがいるんだよねえ。ずっと死んだように眠っていたんだけど、さっき起きて来たばかりなんだ。悪いけど、あまり長い時間は聞いてあげられないよ」

「? なんなんだよ、厄介なのって」

「それがねえ……帰って来ちゃったんだよ。……父さん」

「……あぁ、そりゃ厄介だ」

「? お父さん、って、新羅さんの、ですか?」

「正真正銘、血縁関係。血の繋がった実の父親さ。正直それすら嫌なんだけど」



そう言って苦笑する新羅さんを見る限り、余程扱いにくい人物なのであろうことは理解出来た。そして幼馴染みであるシズちゃんにも何度か面識経験があるらしく、やはり微妙な反応を示しているあたり、顔も知らぬ相手に大変失礼ではあるが、出来ることなら関わりたくないと思った。きっと難癖もある人なのだろう。シズちゃんが「またの機会にするわ」と潔く諦めるなんて、あまりに珍しいことだから。





「ややや?今、物凄い騒音を聞いたのだが……来客かね?どれ、私がお前の父親として盛大なおもてなしをしてやろう」

「もう帰ったよ、父さん。ていうか、父さんの言う盛大なおもてなしに嫌な予感しかしないんだけど」

「なにを失敬な!実の父親に向かって!」

「もういいから、目覚ましにシャワーでも浴びて来たら?セルティは僕とゲームの続きでもしよう」

『扱いが厄介なのはお前も負けてないぞ。さすが親子だな』

「ちょっ、セルティ。それ、すっごく嫌なんだけど」

「セルティ君。私に画面が見えないように他人の悪口を言うのは辞めてくれたまえ」



♂♀



「なんか……どっと疲れた……」



ここ最近、事態が急速に進展しているようで、あまりにも1日1日が色濃くも感じられる。今日1日を振り返ろうにも、まるで今日経験した出来事とは思えず、頭の中がごちゃごちゃーーというのが、今の私の正直なところ。



「ところでシズちゃん。シズちゃんがわざわざ出向いてまで聞きたかったことってなんだったの?」

「そりゃあ、あの罪歌ってやつのことに決まってんだろ。俺もアレと直接話したことはあるが……いや、そもそも会話にすらなってなかったな」

「……シズちゃんは罪歌のこと、どう思う?」

「とりあえず、臨也の次に大嫌いだな」



そうきっぱりと言い放つシズちゃんであったが、すぐに「でも」と付け足し、言葉を続ける。



「考え方は悪くねぇ」

「……と、いうのは?」

「要するに”アレ”は、好きな相手に好きだって伝えたい訳だろ?刀じゃあ人間相手に斬ることくらいしか出来ねぇもんな。とはいえ、それが正当化されるとも思っちゃいねぇが」

「……なんだか悲しい話だよね」

「その分、俺は同じ化け物でも人の形しててよかったわ。人並みの愛情表現はそれなりに出来るしな」



シズちゃんはそう自虐的に言うが、その横顔がほんの少し寂しげで、なんとなく口出しすることを躊躇ってしまった。「そんなことないよ」なんて私が軽々しく口にしていいものではないし、人の考えなんてそうころころと変わるものでもない。私が頑なに自分の意思を曲げることができないように。



「愛情表現なんて人それぞれ、かぁ。そう言っちゃえば、なんだって正当化されちゃいそうだよね」

「……試してみるか?」

「へ?」

「愛情表現ってやつ」

「た、試すってどういう意味……!?」



伏せ目がちな彼が私の顔を覗き込み、突然投げ掛けてきた問い掛けに心臓が大きく飛び跳ねる。なんて正直な心臓だろう。急速に跳ね上がった心拍数と共に巡りの良くなった血液の流れが、顔部分を中心に熱を一点へと集中させてゆく。動揺していることを悟られまいとしようと思えば思うほど、それは裏目に出てしまうらしい。自分でも声が裏返ってしまっていることに気付いた。



「え、ちょっ、な、なんでそんなに迫ってくるの!?」

「だから、愛情表現とやらを」

「なにも外でやらなくても!!」

「いいから目、瞑れって」

「……〜〜ッ」



思わずギュッと目を瞑り、この流れでは誰しもが期待してしまうであろう展開を待つ。気配だけで分かる、徐々に近付いてくる彼の唇ーーしかし、その矛先は唇ではなく、鼻。思いがけずかぷりと軽く噛みつかれ「はい?」拍子抜けしてしまった。てっきりキスでもされるかと思っていた自分が急に恥ずかしくなり、噛みつかれた鼻の頭を摩りながら、「キスされるかと思ったろ」と言いながらまたしてもにやにやするシズちゃんをキッと睨みつける。



「ほんと、意地悪」

「このあと家着いたら、今度こそしよーな」



頼まれたって絶対に何もしてやるものかと心の中で誓うものの、結局数分後には怒りも鎮火してしまっていた。が、クタクタな身体では何をする気も起きず、真っ先に布団へと包まる。シズちゃんがすぐそばで腰掛けた気配を感じるが、そんなことはお構いなし。とにかく眠い。無性に眠い。こんなこと、普段ならあり得ないほどに。



「なぁ、みさき……」

「眠い。無理」

「んなっ」

「また……今度……」

「ちょっ、今度っていつだよ!つか、話も聞かずに布団の中に潜るんじゃねえ!」



その後もシズちゃんが色々と喚いていたような気もするが、生憎ここで私の記憶はプツリと途切れてしまっている。この時すでに私の意識は夢の中。遠くにシズちゃんの声を聞きながら、誘われるがままに深い眠りへと落ちていったーー

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テーマ「人外ファンタジー」
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