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とある掲示板


0001:通りすがりの動物愛護家
物凄く可愛い猫を見つけたんだが、とりあえずこれを見てくれ →【画像】


『えっ、これ電車の中?』

『野良猫っぽいよな』

『かわいー』

『もっと画像くれ』

『【画像】』

『【画像】』

『【画像】』

『すごw池袋の改札口潜ってるwww』

『駅員さん何も言わないのな』

『これラッシュ時じゃなくてよかった』

『まるで有名会社の某アニメ映画』

『ジ○リ』

『猫が恩返しするやつかw』

『そうそう、それ』

『で、この猫結局どこに向かってるの?』



♂♀



「おっ、やっぱりお前か」



いつもの場所に、いつもの時間。そして当たり前のようにそこに居座る猫の姿。



「? どうしたみさき。今日はやけに落ち着きねえのな。もしかして何かあったのか?」



当然猫が言葉を返す訳もない。が、俺に何かを伝えようとしていることは見るからに明白だった。いつもは行儀良く揃えた前足も落ち着きなく、今日は何処と無くよそよそしい。俺の足を軸にぐるぐると回り、時折その身を擦りつけてくる。一体何を伝えたいというのか。こんなこと、今まで一度もなかったのに。

あぁ、どうしてこんな時に頭を過るのはいつだってみさきのことなのだろう。みさきのことを考えれば考えるほど不安ばかりが募ってゆく。あまりにも安直的過ぎるかもしれないが、こうなってしまうと居ても立っても居られない。それもこれも皆、あいつのせいだ。あいつさえいなければこんな不安に駆られるようなこともなかっただろうに。



ーーこうなったら、直接臨也の野郎のところに乗り込むしか……!



帰宅する暇すら惜しい。身を翻し、走り出す。考えるよりも先に身体が勝手に動いていた。臨也の基点とする事務所の場所は知っている。罪歌の件で一度行ったことがあるが、強いて行きたいと思ったこともなければ、知っているからと言ってわざわざ赴く理由が見つからない。なんたって、出来ることなら顔を見たくもない輩だ。みさきが絡んでさえいなければ。

こんな不安に苛まれるくらいなら、臨也の元へ向かう彼女をなんとしてでも引き留めればいい。けど、極限束縛はしたくない。だから決めた。俺がこの手で、全てのものからみさきを守ればいいのだ、と。そんなこと、あまりにも無謀過ぎだと笑われるかもしれない。それでも、頭の弱い俺にはそれ以外の方法が思いつかなかった。金は疎か、権力もない。そんな力だけが取り柄の俺がみさきにしてやれることなんて限られてる。ならば、まずは今自分のできることから率先してすべきではないか。それが俺なりのけじめであり、過去に犯した罪の清算でもある。考えることは得意ではない。だからこそ、目の前で起こっていることに対し、正直な反応を示そう。



ーーそうだ。とりあえず電話して……

ーー……くそっ、繋がらねぇ……!!



悪い予感は、繋がらない電話からして嫌な確信へと繋がった。電車の中だから応答できなかったのではという可能性もあったが、折り返しの連絡が来ないあたり、やはりみさきの身に何かあったのだと考えざるを得ない。しっかり者のみさきのことだ。例え通話できない状況にあったとして、必ず何かしらの連絡手段で反応を返してくるだろう。しかし何度メールボックスを見返そうとみさきからのメールは届かなかったし、それらしき気配も感じられない。そうこうしているうちに池袋駅へと辿り着いた俺は、山手線の新宿行き電車へと乗り込んだ。

車内はガラガラとまではいかないが案の定空いており、仕事の残業帰りであろうサラリーマンが数人と、カップルらしき男女が2組。サラリーマンの大半は力なく椅子にもたれ掛かり、眠さや仕事疲れ故に首を大きく揺らしている。今にも倒れてしまいそうな彼らの向かいに腰掛け、一秒でも早く新宿へ行きたいという焦る気持ちばかりが先行してか、無意識の内に右足で落ち着きなく地団駄を踏んでいた。その様がよほど恐ろしいのだろう。ただならぬオーラを感じ、すすす…と俺から遠退く乗客たち。



ーー落ち着け。落ち着け、俺。



呪文のようにそう繰り返しては己の感情を諌め、新宿駅に着くなり全速力で走った。駅から臨也のマンションまではたった数分。それなのに数分の距離でさえ今の俺には長い道のりのように感じる。空を蹴るようにひたすら両足を動かし、心臓は激しく鼓動し、ハァハァと息は切れていた。臨也のマンションまで、あと10m、8m、5mーーそしてようやくエントランスに辿り着くと、息を整えるよりも先にインターフォンを押し潰した。案の定、反応はない。それも想定内。無論、このまま引き下がるつもりも毛頭ないが。



「いぃぃぃぃざぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




すぅ、と勢い良く息を吸い、全てを声量へと変換して口から吐き出す。正直、ここで臨也が丸腰で出てこようと居留守を使おうと関係なかった。なんせ、俺は臨也に会いに来た訳ではない。帰りの遅いみさきを迎えに来た。ただ、それだけのことなのだ。



♂♀



新宿 某マンション室内


今、自分を邪魔する者はいない。みさきの様子から見るに恐らく、この間のように突然罪歌が斬りかかってくるようなこともないだろう。そう、完全に油断していた。ヤツの動物的感性を馬鹿にしていた。この部屋の扉の向こう側から、あの忌々しき人物の怒号が聞こえてくるまではーー



「げっ」

「し、シズちゃん!?」



マジかよ。そんな本音が思わずポロリと口をつく。今からがお楽しみだというのに、なんてタイミングの悪い(いや、この場合良いと言うべきか)男だろう。わざとか?そうとしか考えようもない程にジャストなタイミングの訪問者。内心舌打ちをするも、このまま居留守を決め込めば、もしかしたら大人しく帰ってくれるかもしれないーーそんな実現率の低い希望を捨てきれずにいる。というか、年齢的に「こんな時間に非常識だ」という自重心があってもいいと思うのだが、それをヤツに求めること自体どうかしている。

次いで、ズカズカと廊下を突き進んでくる重々しい足音。おかしいな、確かこのマンションの防犯設備は完璧だったはず。日本の防犯システムの耐久性が危ぶまれるが、きっと米国基地に使われているような世界最先端システムでさえ、ヤツの前では意味の成さないただの気休めに過ぎないのだろう。



ーー……仕方ない。

ーーここは一旦引くのが賢明か。



今ヤツと顔を合わせてしまうのは非常にまずい。これはみさきのことだけでなく、同時に進行している計画にも大きく関わることだ。せっかく良い具合に燻り始めた火種を台無しにしてしまっては元も子もない。瞬時に考えを巡らせた結果、様々な選択肢から今の状況も兼ね、最も利口であろう選択を決行する。『みさきを残し、ひとまず自分は身を隠す』ーー本当はこんな格好の悪いことしたくないし、彼女だけをこの場に残すことにやや抵抗を感じたが、この決断は俺にとって強いられた苦渋の選択であった。

ごめんね。そう言い残し、ぽかんとしたみさきから名残惜しくも離れる。乱れた格好を整えてやる余裕なんてあるはずもなく、簡単には見つからないであろう場所へと身を隠すと同時に部屋の扉は壊された。「普通に扉を開くということが出来ないのか」などといった悪態をぐっと堪え、彼らの動向に全神経を注ぐ。もしみさきの身に何かあるようならば、最悪”あちら”の計画を蹴ってでも飛び出してゆく覚悟が俺にはあった。なんせ、今の彼女の状態はあまりに無防備だ。みさきが俺と事を終えた後だと勘違いされてしまうかもしれない。相手の男側がその場にいなくても、このようなケースの場合、自分の女の濡れ場を目撃した男は大抵酷く逆上する。一概には言えないが、これまで数々の事例を見てきた俺の長い経験知識が、それを統計学上証明できる。



バァンッ



扉を開く音にしては随分と荒々しい物音が辺り一面に響き渡り、そのあまりにも大きな騒音に鼓膜がビリビリと痙攣した。

こんな時、本気で物騒なことを願う。早くヤツが死んでくれたらいいのに、と。「あいつさえいなければ」そんなもしもの妄想が全て現実になってくれたら、なんて。その度に俺は殺人計画を企てることさえ厭わなくなる程に、この両手を罪色に染めてしまいたくもなるのだった。



♂♀


事務所の更に奥に位置する部屋ーーそこが案の定寝室だった。電気も点けず薄暗い大きな部屋に、俺んちのものより幾回りも大きなベッド。その広いスペースを持て余し、小さなみさきはその中心部に身を沈めていた。が、ただ眠っていた訳ではなかったらしい。というのも、彼女の姿を見れば一目瞭然。朝の時点ではきっちりと着込んで行ったはずのシャツはヨレヨレ、おまけに胸元は目のやり場に困るくらい大胆に開かれている。まるで誰かに無理矢理暴かれたかのように。嫌でも過るあいつの存在を頭から掻き消し、ひとまず平常心を保ちつつ何食わぬ顔で言葉を発する。



「帰って来るのがあまりにも遅ぇから、迎え来ちまった」

「えっ、あ。……ご、ごめんなさい……」

「で、お前1人で何やってんだ?」

「な、何もしてないよ!」

「んな格好しといて、よく言うぜ。……なぁ、あのノミ蟲野郎はどこ行った?アイツの臭いがそこらじゅうでプンプン臭いやがる」

「!! そりゃあ、ここ、臨也さんの事務所だし……!におい?がするの、当たり前じゃない!?」

「ふうん?ま、そうことにしとくわ。話を戻すが、みさきはついさっきまで何やってたんだ?その格好で、”1人”で」

「うっ……ええと……」



場所までは特定出来なくても、ヤツがすぐ近くにいることまでは分かっていた。が、わざわざ吐かせるつもりはなかったし、むしろこのままみさきを問い詰めて、彼女がどう誤魔化しつつも受け答えするのか、その様を見ている方が遥かに面白いのではないか思った。初めこそは状況を上手く飲み込めずぽかんとしていたものの、現に顔を真っ青にして挙動不審になるみさきは見ていて飽きない。



「ええとね!臨也さんは先に仕事終えて帰ってて……ほ、ほんとは私以外にも秘書の人がいるんだけど、私はちょっとやらなきゃいけないことがあったから……そう!所謂……残業?」

「なんで最後疑問形なんだよ。つか、残業中にベッドで横になっててもいいものなのか?」

「ち、ちょっと休憩……」

「なら、なんでそんなに服乱れてるんだよ」

「ええと……これは……」



話せば話すほどアラが出てきてしまい、それでも何とかやり過ごそうとするみさき。



「俺に言えないような疚しいこと、してたっつーことだよなあ?やっぱり臨也と……」

「まっ、まだしてないよ!!」

「”まだ”?」

「あっ」

「……」

「……」



沈黙。よほど強調させたかったのか、突然がばりと上半身を起こしたみさきだったが、思わず余計なことを口走ってしまった途端、急に黙り込んでしまった。口に手をやるその仕草、合わせようとしない視線ーーいくら頭の弱い俺でも、これが嘘を吐いている兆候であることは容易く理解できた。しかしこの場に及んで更に嘘を重ねているとは考えにくく、恐らく、まだ何も致していないということは事実なのだろうと思う。これ以上追い詰めるのもさすがに可哀想だ。



「そうか。1人でお楽しみ中だったって訳か」

「そう!1人でお楽しみ中……ぇ?」

「なんだよ、みさきでも溜まるんだな。けど、そーいうのずりぃだろ。どうせ楽しむんなら俺にも言えよ」

「……ッ!ち、違……!!」



口をパクパクさせるみさきに詰め寄り、その瞳の奥を覗き込む。途端に黙り込んでしまうみさき。もう、言葉などいらない。何をどう言い訳しようと通用しないと彼女もようやく悟ったのだろう。

そうだ、どうせなら見せつけてやろう。恐らく、まだこの部屋の何処かにいるヤツの目に。




「みさき」



名前を呼んで、抱き寄せて、顎を持ち上げ、唇を奪う。くちゃり、と粘着音を響かせながら舌を口内へと挿入させ、歯列をなぞるように舐め上げたのち、執拗に舌を絡ませた。会話は疎か、呼吸すら困難なみさきの表情は次第にとろんと蕩け、その瞳に色気を含ませてゆく。この瞬間、彼女の視界には俺しかもう映らない。己の独占欲が満たされていくような気がして、それが堪らなく好きだった。そして同じ空間にいるであろうヤツの明らかな動揺を気配で感じ取ることによって、変えようもない至福、優越感に浸ることができる。当人そのもののにおいというものは目に見えるものではなく、実際誰の鼻にもにおっている訳ではない。俺が言うにおいは『気配』ーーつまり、その者の醸し出すオーラのようなものだ。だからどんなにヤツが隠そうとしても隠し通せるものではないし、消し去ろうたってそうはいかない。そしてそれはまたみさきにも言えることだった。俺はみさきが何処にいたって見つけ出すことができる自信がある。例え、それをみさき自身望んでいなくても。



「し、ズちゃ……、ここ、仕事場だから……」

「あぁ、分かってる。続きはウチに帰ってから、な?」

「!! そういう意味じゃない!」



ペシペシと痛くも痒くもないチョップを食らわされながら、俺は心の中で薄ら笑みを浮かべていた。



ーーなぁ、見てるか臨也。

ーーみさきは俺のだ。お前なんかに渡さない。



自分のしていることがどんなに下衆染みているかなんて、そんなこと言われなくても分かってる。なんて幼稚で、意地汚い。独占欲の強いただの餓鬼だの言われようが、今更それを否定しようとも思わなかった。だってそれは事実なのだし、どれほど自分が貪欲であるかは自分が1番よく知っている。

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テーマ「人外ファンタジー」
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