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あぁ、どうしてこの子は化け物ばかりに好かれてしまうのだろう。相手がシズちゃんってだけでも面倒だというのに、妖刀までも恋敵だとはかえって笑える。

かくなる上は、俺も化け物になるしかない。人間の心を捨て去って、彼女に接する。ただの人間として位置付けられてしまうのが酷く不愉快だった。「傷付けてしまうから近寄るな」だって?笑わせてくれる。たかだか日本刀如きにビビっていたら情報屋が勤まるものか。舐められてもらっては困る。



ーー知ってる?世の中にはたくさんの生き物で溢れ返っているけれど、”ただの”人間ほど残酷で恐ろしいものはない。

ーーそれでも君の視界に映る為ならば、俺はどんな化け物にだってなってみせるよ。例えどんなに非道な化け物だろうとね。

ーー何よりも怖いのは、どうしたら人の心を抉ることができるかーーそれを十分に心得た化け物こそが最も酷く無条件に恐ろしい。

ーー人間が1番突かれて痛むのは”心”さ。



2人のいじらしさにはもう飽きてしまった。俺の役目は、焦れったくて進まない場面を先へ先へと促すこと。その先に待ち構えている展開は、はてさて如何なものか。



♂♀



「ほーんと、2人共単純過ぎるよねぇ」

「……ぁあ?」



途端、シズちゃんのこめかみにピキッと血管が浮き出る。私を宥めるあの穏やかな表情がまるで嘘だったかのように、一瞬にして変わるその様が凄まじい。



「聞こえなかった?単純だって言ったの。ほんと、見ててイライラするよ」

「手前……何が言いたい」

「要するにガキなんだよ君たちは。互いに相手を傷付けてしまうことばかりに怯えてさ、そうやって綺麗事ばかり並べて、結局は自分が傷付きたくないだけなんだろう?」

「っ、それは……!」

「そうですね。その通りかもしれません」

「みさき!?」

「自分でも、いい歳して幼いなぁって思います。精神的に。分からないことばかりで、シズちゃんの優しさに甘えてばかりいる自分が嫌で……そんな自分を変える為に、1度距離を置きたいと言ったのも私です」

「そして君は俺の元に来た。……どうしてかな」

「良くも悪くも、シズちゃんをよく知る人だから……確信があったんです。この人といれば、自分の中で一区切り付くんじゃあないかって」

「それで?君は何かを得られたのかな」



彼の言葉を受け、一旦目を閉じる。自分の中で導き出した結論に至るまでの情報を今1度整理し、一呼吸置いた後、口を開く。



「私、やっぱりシズちゃんが好きです。難しいことはよく分からないけど、ただ一緒にいたいと思えるのって……それじゃあ『好き』って気持ちの理由にはなりませんか?」



池袋に来て、彼等と出逢って、たくさんのことを経験した。今になって思い返せば、我ながら数々の修羅場を掻い潜って来たと思う。が、今となってはまるで他人事のように客観的になれる自分がいる。あの時の自分はこうだったとか、そういえばこんなこともあっただとか。経験としては蓄積されず、過去の産物として端へ端へと追いやられてしまっている。ただ唯一、シズちゃんへの想いの変化を感じ取れないほど私は鈍感ではなかった。それも単なる好意ではなく、どちらかというと依存だとか執着だとか、言葉足らずで上手く言葉に表現出来ないのがもどかしいが、もっとどろどろとしたものである。

好きなのに、どうしても甘えてしまう。もっと強く、大人になりたいのにーー



「あぁ、そうさ。手前の言う通り、俺は怖ぇんだよ。みさきがいなくなっちまうことに……心底ビビってる」



臨也さんよりも先に口を開いたのはシズちゃんだった。その声は臨也さんに向けられているものとは思えぬほどに淡々としており、全くと言っていいほどに抑制のない声だった。きっとこんな調子で自分に語り掛けてくるシズちゃんを見るのは初めてなのだろう。臨也さんの眉がピクリと動くのを私は見逃さなかった。ほんの僅かな微々たるものであるが、それが彼の見せる小さな動揺のサインなのだ。



「でもよぉ、好きな女にここまで言わせておいて、何もしねぇ訳にはいかねぇよなあ?つー訳で、手前が何をどう考えていようが、俺はこいつを奪い返すことに決めた」

「相変わらず計画性のない……」

「うっせぇな。とにかく、俺はみさきを連れて帰るからな!それでも邪魔するってんなら……」



シズちゃんの目付きが一瞬にして変わり、鋭い眼光を放つ。臨也さんはやれやれと肩を竦めた後、懐から手慣れた手つきで小型ナイフを取り出した。



「やれるもんなら、やってみなよ」

「あぁ、やってやるさ!みさき、お前はちょっと下がってろ!」

「えっ、ちょ、シズちゃ……」

「ぅおおおおおりゃあああああああ!!」



私が止めにかかるも、時既に遅かった。バキバキメリメリとあり得ないくらいの騒音を響かせて、いとも簡単に電柱が地面から引っこ抜かれる。当然その矛先は臨也さんに向けられており、普通なら失神してしまってもおかしくないのだが、彼はまるで真逆の反応をしてみせた。逃げるどころか、敵意剥き出しのシズちゃんに向かってナイフの刃先を向けてみせたのだ。まるでそれが戦いの合図であるかのように。



「前にもあったよねぇ、似たようなこと。あの時だったっけ?みさきが君を庇おうとして、俺に傷を……」

「黙れ!」



ダーツの矢の如く投げられた電柱は臨也さんに向けて飛び、間一髪のところで避けられる。凄まじい衝撃音が静かな住宅街の沈黙を破り、寝静まっていた住民たちが何事だと目を覚ます。




「す、ストップ!待ってってば!このままじゃあ通報されちゃうよ!」

「止めんなみさき!俺は今日こそここでヤツの息の根を止める!!」

「その前にシズちゃんが捕まっちゃうって!今、何時だと思ってるの!?」



必死になって掴んだ二の腕をぐいぐいと引くも、シズちゃんは断固として自分の意思を曲げようともしない。1度やると決めたら諦めない精神は相変わらず健在のようで、こうなってしまったシズちゃんは私でさえも止めることができない。



「あはは!楽しいねぇ、こうでなくっちゃ!」

「たっ、楽しいって……他人事みたいに……!」

「つまりはねぇ、こういうことなんだよ!この化け物と生涯を共にするってのは、常に危険と隣り合わせなのさ!今更少女漫画みたいな綺麗な恋愛をしたいだの、口が裂けても言えやしないだろう?なら、もっと貪欲に、がむしゃらに足掻いてみせなよ!」

「!!?」

「言っておくけど、君がシズちゃんを好きでいる限り、俺は諦めないし逃がしもしない。それが嫌なら……そうだなぁ……!」



走り込んで来たシズちゃんをひらりと跳躍で交わし、臨也さんはすれ違い際に、私にしか聞こえないくらいの小さな声でそっと耳打ちをした。



「俺を殺してごらん?」





こんな時、私はどうすればいいのだろう。誰も傷付けず、ただ幸せになりたいだけなのに。自分の幸せを優先して、彼を殺してしまうことが正しいこと?そんなことしなくたって、最善策は他にあるはずなのにーー迫られる選択肢はいつだって極端なのだ。そして、いつも同じことの繰り返し。

彼等は本気だった。容赦の欠片もなく、目の前の敵を全力で倒しに掛かっている。現実味のない光景に圧倒され、私はその場にヘナヘナと座り込んだ。どうしようもなく非力な己を恨み、それでも救いを求めて助けを請う。



ーーどうしようどうしよう。

ーー誰か、誰でもいいから……!



それからはあまりに早過ぎる展開であった。馬の?によく似た鳴き声が辺り一面に鳴り響き、シズちゃんと臨也さんが同時に音のした方向を振り返る。反射的に目を向けた先にいたのはーー漆黒のライダースーツに身を包んだ首無しライダーだった。久方ぶりに目にする都市伝説を前に、興奮と驚愕が身体を震わす。彼女の名はセルティ。正真正銘、人間ではない存在。その証拠に、彼女が外したヘルメットの下に存在するはずの首から上は、まるでそこだけ切り取ったかのように空間と同化していた。

彼女が手を振り上げ、闇が空を縫い、一面を覆う。巨大な闇は首無しライダー含む4人を包み込み、大きなドーム型へと変形した。手で恐る恐る触れてみると分厚く、コンクリートのような硬い感触が返ってくる。私たちの声が外部に漏れてしまわぬよう、セルティが考慮してくれたのだろうか。



「セルティ!」

『みさきちゃん久しぶり。再会を喜びたいところだけど……一体何が起きてるんだ?今、掲示板が凄いことになってるぞ。只事ではないと思って、だから来たんだ』



そう言って差し出された画面には数々のコメントがひっきりなしに書き込まれており、たった今もリアルタイムで数々のコメントが投稿され続けている。



『深夜に平和島静雄が暴れてるらしいぞ』

『電柱が飛んでいくのを見た』

『すぐに離れろ。死ぬぞ』

『こんな時間に!?』

『こんな時間って、起きてるお前が言うな』

『いや、突然物音が聞こえなくなったぞ』

『怪しいドーム状の物体を確認!』

『情報kwsk』

『誰でもいいから近くにいるやつ写真撮って』

『動画とか出てねーの?』



セルティの手を取り、ようやく立ち上がることのできた私は彼女にお礼を告げた後、真っ先にシズちゃんの元へと駆け出す。セルティが来たことに余程驚いていたようだったが、私が名前を呼ぶと同時にハッと我に返る。



「お……おぅ、みさき。怪我ねぇか?」

「私は大丈夫だよ。……落ち着いた?」

「……悪ぃ」



彼は心底申し訳なさそうに俯き、小さく謝罪の言葉を述べた。感情に流されてしまった自分を詫びているようだ。



「なかなかうまくいかねぇな、力のコントロールってのはよ。自惚れてたっつーか……みさきのことになると、ついムキになっちまうんだよなあ」

『どうせ臨也にそそのかされたんだろう。まったく、懲りないやつだ』

「はいはい、どーせ俺は悪者ですよっと」
『!! おいっ、臨也!』



まったく悪びれた様子もなく、臨也さんはセルティに構わずこちらへと向かって歩いて来る。つい先程まで対峙していたシズちゃんに目もくれずーー



「でも、今みさきと付き合ってるのは俺だよ?ね、みさき」

『!!!?』

「ま、正確には恋愛ごっこ?安心してよシズちゃん。まだシてないから」

「んな……っ!ったりめぇだろ!何かしたらぶっ殺す!!つーかみさきに触んな!」



私の腕を取り、明らかに挑発する態度を見せる臨也さんと、敵対心を露わにしたシズちゃんの睨み合いは続く。間に立たされた私の真上をバチバチと火花が散っているようで怖い。しかし『ちょっと待て!これ以上問題事を増やすようなら、私だって強行手段に走るぞ!』とセルティが制してくれたお陰で、どうにか周辺への被害を最小限に抑えることに成功した。

電柱1本の被害を最小限と託けていいものかは別として。



♂♀



30分後


『なるほど。話はよく分かった』



私がこれまでのことをざっと説明し終えると、セルティは納得したように頷く。臨也さんが話の端々でちょっかいを出してきたものの、その度に『五月蝿い。お前は黙ってろ』「うわっ、『五月蝿い』って漢字で言わなくてもよくない?」といったお決まりのやり取りが行われた。一方シズちゃんは臨也さんを常に敵視しつつも、掴みかかって殴り飛ばすようなことはなかった。きっと私やセルティがいる手前必死に自重しているのだろうが、引きつった表情を見るからに、かなりの無理をしているように思う。



「セルティは新羅さんと付き合ってるんですよね」

『えっ、ま、まぁ……そういうことになるかな……な、なんだか人に言われると照れるな……』

「セルティから見て、私ってどうですか?」

『どうって?』

「その……例えば、2人をたぶらかしてる悪女だとか……優柔不断なやつだとか」

『そんな風に自分のこと思ってたのか?』

「どうなんでしょう……ただ、そう思われても可笑しくないのかなって」

『私はそうは思わないけどな。悩んだり、時には逃げたりして、そうやって自分の気持ちに素直になっていくといい。私なんて、こうして今に至るまで20年も費やしたんだ。新羅の想いに応えられず、長い年月を待たせてしまった』

「……」

『人間ってのは不思議な生き物だな。恋をすると、良くも悪くも物凄い力を発揮する。今の静雄や臨也を見ていると、本気でそう思えるよ。……まぁ、あいつらに関しては極端というか、一般的ではないんだろうけど』

「……ありがとうございます。お陰で心が軽くなったような気がします。自分がしていることに確信が持てなくて……私、ずっと不安だったんです」

『その気持ち、よく分かるよ。また何かあったら1人で悩まず、何でも相談してくれ。私なんかでよければな』



今まで無駄に悩み続けてきた理由がようやく分かった。誰かに相談すればよかったのだ。自分に自信が持てないのに、最終的には何でも1人で決めていたからいけなかった。こんなにも簡単なことなのに、どうしてもっと早く気付けなかったのだろう。



「なぁ、セルティ。いい加減ここから出してくれねぇか?このノミ蟲野郎と同じ空間の空気を吸ってるってだけで虫唾が走る」

「それはこっちの台詞なんだけどなあ。いっそ、シズちゃんがこの世からいなくなればいいのに」

『ああもう、本当にお前たちは昔から何も変わらないな!特に臨也!お前も少しはまともに成長しろ!』

「辛辣だなあ。俺の何がいけないわけ?」

『それをわざわざ私に言わせたいのか』

「……ははっ、冗談。自分のことは自分が1番よく理解しているつもりさ」



セルティは頭に手をやり、やれやれといった素振りを見せると、巨大なドーム状と化していた真っ黒な闇を手中へと納めた。黒に覆われていた空が再び顔を出したにも関わらず辺りは未だに薄暗い。周囲の様子から察するに、夜明けにはまだ早い時間のようだ。ただ星々の儚い輝き1つ1つが夜空を彩っており、東京から見る夜空の割にそれはとても美しい光景だった。

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