>61
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



彼女を好きになるキッカケはなんだったっけ?今考えてみると、そんなものに大して意味などないのかもしれない。いちいち理由など考えていたら、それこそ頭がイカれてしまいそうだ。何でもかんでも理屈でものを言うかつての俺は何処へ行ったのだろう。良くも悪くも根本的に『俺』を変えてしまったみさきという存在ーーやはり彼女を初めて目にした時の衝動に間違いはなかった。みさきはきっとあの時のことなんて忘れてしまっているだろうけど。
誤解されがちなので予め言っておくが、俺はそれなりに性欲に忠実な方だと思う。シズちゃんみたいに見境無く盛ることはないが、まあ人並みに好きな相手に関しては常々性的対象として見てしまうのも事実。そりゃあ健全な人間だからね、俺も。プツンと来れた思考回路の行き場など分からないし、分からなくていい。例えみさきが誰を好きであろうと、例え頭の中では俺以外のことを考えていようと、今この瞬間を共有しているのは俺だ。



「……!!いっ、言ってることとやってることが違うじゃないですか!」

「えー?俺、何か言ったっけ」

「言 い ま し た !自分の言葉に責任持ってください!」


それなりに意識しているのだろう、こんな時でもみさきの声量は極力控えめ。感情のままに言葉を発していたら、きっと罪歌に居場所がバレてしまうと踏んだのだ。そんな冷静な判断に内心感心しつつ、事の発端である俺は動じない。
結論から言わせてもらうと、俺の読みはまず甘かった。たった一言で気持ちが揺らぐほど俺は単純ではなかったようだ。むしろ効果は真逆、たった一言に歓喜している自分が馬鹿らしい。そういった面は単純であったと言える。



「みさきが悪いんだよ」

「もうっ、責任逃れしないでください!」

「だって、さ。そんな顔して言われたら、誰だってその気になっちゃうよ」

「それじゃあ、どんな顔して言えばよかったんですか」

「そうだなぁ、例えばシズちゃんが俺を見る時の表情なんて殺したくなるくらい憎たらしいよ」

「……」

「まあ、君にシズちゃんの真似させたって、大して変わらないだろうけど。そもそも俺はヤツの存在そのものが憎いんだからさ。あいつがどんな顔しようが嫌いなものは嫌いさ」

「……臨也さんがそこまでシズちゃんを嫌う理由が分かりません」


みさきの言葉に何も言わず、ただ笑う。俺にもかつて、そんなことを疑問に思い悩んだ時期があった。気に食わない、とヤツは言った。確かに俺の目を見据えて。しかしあの時、あの瞬間までは少なからず俺にとって憎悪の対象ではなかったはずだ。



「それじゃあ聞くけど、君は今まで嫌いだったものを今日から好きになれるかい?例えば……そうだなぁ、実在する人物を当てはめて考えると分かりやすいかもね」

「臨也さんがシズちゃんを嫌うほど嫌いな人なんて、そうそういませんよ。そりゃあ私だって人間ですから、嫌いというか、苦手な人の1人や2人いますけど」

「罪歌は?」

「……え?」

「憎くないのかい。罪歌が」

「それは……罪歌は、嫌いと言うか……」

「でも好きではないんだろう」



世の中は案外単純で、「好き」か「嫌い」の2つしかない。それこそまさしくシズちゃん理論。当然あいつにとって俺という存在は「嫌い」の、特に最上級ランクに位置しているのだろうけど。俺だってあいつは嫌い。人間は好きさ。愛してる。つまり言い換えせば、人間以外は嫌いだってこと。だから罪歌のことだって俺は嫌いだ。人間じゃないからね。



「俺は嫌いだよ、罪歌なんて。あんな奴ら、冗談じゃない。なにも彼女の意見を否定している訳じゃあないんだよ。仮にどっかの誰かが斬ることを愛故の行為だと言ったとしても、そのどっかの誰かさんが確実に人間であるのなら、俺はその意見を深く尊重するよ。ああ、確かにそういう愛の形もあるかもね、って」

「い、臨也さんは本当にそう思いますか!?相手を斬ることが愛だなんて!」

「否定はしないよ。俺にそんな趣味はないけれど……そうだなあ、」



そこで俺は一旦間を開け、



「再起不能までぐっちゃぐちゃにしてしまいたいとは考えるよ」



もう何処にも逃げられぬよう、邪魔なものは全て取り上げてしまえばいい。腕も足も、俺を拒絶するその唇さえも。全部ぜんぶ、俺だけの為にあればいい。そう何度夢想したことだろう。そう、これは愛だ。愛以外の何物でもない。



「さっきみさきちゃん、苦手な人の1人や2人はいるって言ったよね。もしかして俺もそのうちの1人だったりするのかな」

「そっ、そんなつもりで言った訳じゃあ」

「あはは、そんなに慌てなくてもいいのに。とりあえずこの件は置いといて……今はこの状況を楽しもうよ」

「なに言ってるんですか!この状況で楽しめる訳が……!」



ガタン、大きな物音にみさきの小さな身体がびくりと震える。俺を見るその大きな瞳は、確かに恐怖の色を滲ませていた。
途端に込み上げてくるものは快感。思わず口端が緩んでしまいそうになるのを必死に堪える。じりじりと後ずさるみさきを少しずつ追い詰め、教卓の上に押し倒した。普段授業の行われている神聖なこの場所で今自分のしようとしていることは決して許され難いのだろうけれど、その背徳感が更に気持ちを高ぶらせる。してはいけないと釘を刺されるほど、つい手を出してしまいたくなるものだ。人間の心理というものは実に興味深く、面白い。そしてこういうところが俺の人間臭い部分だと我ながら滑稽に思える。



「ほ……本気で怒りますよ……!」

「怒ってみなよ。抵抗してごらん?」



ーーその方がずぅっと楽しいよ、だなんて。

ーーそんなことを口にしたら、やっぱり君は怒るのかもね。



どうせ口だけさ、みさきだって馬鹿じゃあない。今この瞬間、微かな物音でさえ命取りになるということを彼女は熟知しているはずだ。見上げるみさきと、見下ろす俺。お互い譲らぬ平行線。しかしいつしか平行ではいられなくなるだろう。いずれ均衡は崩れる。
この時、俺はいつまでも自分が主導権を握っていられるものだと思っていた。



♂♀



「……!!」



咄嗟に振り返る。みさきが、俺を呼んだ気がした。まあ、多分それも気のせいだろう。なんせ俺はついさっき……振られしまったのだし。



「……て、改めて思い返すと結構キツイもんだな。フラれるのって」



自虐的に笑って、目の前にいる罪歌たちに向き直る。みさきにフラれ、直後俺はこんなにもたくさんの罪歌たちから愛の告白というものを受けてしまった。内心、戸惑った。こいつらはみさきが好きであんなにも彼女を悩ませていたではないか。それなのに根原のこいつらときたら、人間離れした俺のことを愛したいとか言ってきた訳で。
フラれたばかりの傷心中の俺。その隙を見計らったといわんばかりにタイミングよく入り込む罪歌。自分で言うのも何だが、俺は「愛」だとかそういった類の言葉に弱い。だからここで想定外の告白に心がグラついてしまうのは当然ーー



「ンな訳ねぇだろぉがああああああああ!!」



そんな感じで1人自問自答を繰り返しながら、襲い来る奴らを殴る。蹴る。ぶん投げる。次々と吹き飛ばされてゆく罪歌の姿を他の罪歌たちが呆然と眺めつつ、それでも俺に向かって来るその根性だけは認めてやろうと思った。無論、受け入れる気は毛頭ないが。
どんな形であれ、好きだと言われて正直嫌な気はしなかった。理不尽な理由で恨まれるよりかは遥かにマシだと思えた。そこらで喧嘩を売ってくるチンピラよりは筋も通っている。ただ、それが俺の好意の対象になるかと問われれば答えはNOだ。そもそも俺がみさき以外の人間(の部類に罪歌が入るのかはさておき)を好きになれる訳がない。フラれて傷心中の心は、新しい恋で癒せばいいーー昔、誰かが言ってた気がする。そんな簡単に空いた穴を埋められるのなら、今までにとっくにそうしてた。それが無理だから俺は不器用なりにみさきを今でも思い続けているのだ。
大嫌いだった、この力。何度もみさきを傷つけてきた。消したかった。使いたくなかった。それ故、自分を肯定できなかった。みさきはそんなどうしようもない俺を許し、受け入れてくれたのだけれど、頑なに俺は自分自身を好きになろうとはしなかった。ーーいや、きっとこの先なにがあろうとそうなることはないだろう。ただ、異形であれこんなにもたくさんの人数が大嫌いなこの力を欲している。必要とされているのだ、この俺が。それがどうしようもなく嬉しくて、つい、自然と笑みが溢れた。あぁ、俺はこの力を全力で出し切っていいのだと。そう思った途端、今まで我慢してきた何かがスッと抜けていったような気がした。まるで苦い粉薬が水にサラッと溶けていったような。解放された、とはまさしく今みたいなことを言うのだろう。コンプレックスという名の呪縛は決して簡単に解き解れるものではない。ズルズルと引きずって擦り減るものでもないし、風化とは名だけで一生自分に付き纏ってくるものだと思う。けれど、幾分かは軽くなった。重みだとか責任だとか、そーいうの。



「さあて、あとどのくらいいるんだ?こいつら」



頬から顎にかけて滴り落ちてゆく汗を手の甲で拭う。セルティから受け取った黒いグローブは次第に擦り切れてしまっていた。身体のあちこちが切り傷でズキズキと痛むのが分かる。出血しているのかもしれないがそんなことには慣れていたし、一々相手に隙を見せてまで確認することでもない。俺のことはどうだっていいのだ。気掛かりであるのはいつだってみさきのこと。罪歌の異変を察知したセルティも気配を追って行ってしまったが、あいつがどれほど強いかは馴染みの俺がよく知っている。ーー実はというと、セルティの正体を未だよく理解しきれていないのが現状だが、ダチだということには何の支障もないだろう。



ーーさっきの、やっぱり気のせいなんかじゃあない……よなぁ?

ーーもしかしてみさきのところにも罪歌(こいつ)らが……



辺りをぐるりと見渡す。ざっと見て残り4割程。あとの6割は隅の方でぐったりとしている輩もいれば、もう既に戦意を失っている輩もいる。



ーーねぇ、どうして?

ーー私たちでは貴方を愛しきれないとでも言うの!?

ーーそんなにあの子が魅力的?……いいえ、渡すものですか!あの子は母の愛する人……!その為にも、貴方の存在は不可欠なのだから……!!



「(……未練だだ漏れなんだよ)」



誰1人として口を動かす者などいない。とてもじゃあないが、今そんな余裕をかましていられる状況ではないのだから。それでも意思の疎通はできるようで、恐らくこの声は罪歌の大元の声なのだと悟った。愛したくて。例え相手からの愛を得られないと分かっていても、それでも愛したい。罪歌は遠回しにそう言いたいのだろう。誰だって愛情は欲しい。愛した分だけ愛されたいし、意思のあるものならばそう願うのは必然。それを知っているからこそそれなりに理解は出来るし、奴らなりの愛を受け入れてやれるのだ。この力を好きだと言ってくれる存在がどれほど貴重であるかは痛いくらい痛感してきているが、俺が臆病者であることとこいつらをぶちのめすことに関しては何の関連もない。受け入れた愛を如何にして返すかは、受理者次第ではないか。
先ほどまでのヒステリックな叫びとは打って変わり、次に脳へ直接語りかけてきたのは妙に冷静な声だった。確かに同じ女性の声ではあるが、もしかしたら違う罪歌の声なのかもしれない。



ーー本当に本当に強いのね。平和島静雄。益々欲しくなったわ、貴方のこと。どう?私と一緒にあの子を愛してみない?

ーー悪ぃがそれは願い下げだ。

ーーあら、残念。中には私の誘いを快く受け入れてくれる子もいるのに。

ーーへぇ、そんな悪趣味な奴もいるのか。

ーーそれなりにうまくやっていけてるわ。私としてはまだまだ愛し足りないくらいだけれど……貴方を通じてあの子を愛することができたら、何かが変わる気がするの……

ーー……そんなにみさきが好きか。

ーーえぇ、好きよ。大好き。貴方よりもずっと愛してあげられる自信があるわ。勿論、あの子が愛する貴方のことも好きよ。

ーー言っただろ。俺はあんたらみたいなのはこれっぽっちも好みじゃねえ。臨也の次くらいに大嫌いだ。



次の瞬間ーー空気がゆらいだ。



ーーいざや……あぁ、折原臨也。貴方たちのように彼もまた例外ね。

ーー?なんだ、あんたら臨也みてぇなノミ蟲野郎も好みなのか。随分と雑食なんだな。

ーーいいえ、"逆"よ。

ーー逆?

ーー私たちの間では絶対にタブーなのだけれど……彼のことは出来れば愛したくないもの。それは全人類を愛したいという本来の目的を大きく捻じ曲げることになるでしょうけど。

ーー???



この時罪歌が何を言っているのか分からなかったが、ひたすら殴る蹴るを繰り返しているうちに俺は次第にあることに気付く。ただ怒りの感情に任せることなく、自分の意思で力をコントロールできていることに。思い切り力を発揮できるこの瞬間がなんと心地良いことか!俺はこの感覚を忘れてはならない。完全に力を制御出来るようになったら、俺はこの手でようやくみさきを思い切り抱き締めることができるだろう。小さな身体を壊してしまいやしないかと、ビクビクと割れ物を扱うような気を使わずに済む。



「こんなに気兼ねなく人を殴れる機会もなかなかねぇしなぁ?こっからは色々と試させてもらうか」



そう言ってにやりと笑い、挑発的に指の関節をゴキリと鳴らしてみせる。感情までも罪歌に支配されているが故に基本的に無表情である彼らだが、俺の挑発に僅かばかりか表情を歪ませたような気がした。
きっと、全てが上手くいく。これさえ片付けてしまえれば、これからは何の心配もいらないんだ。なぁ、みさき。お前が気に気に病むことは何もない。必ず俺が守ってやるからーーだから、別れるなんて嘘だよな?今はただ悪い冗談だったと笑って欲しい。1秒でも早くこの不安を取り払いたいのだ。そんな切なる願いを胸に再び奴らに向き直るーーが、またしても変化が訪れる。



ーーああ、ようやく彼女を愛せると思ったのに!

ーーやっぱり貴方は私の邪魔をするのね!憎たらしい!



その声は俺に向けられたものではなく、この場にいない何者かに向けられたものだった。彼女とはみさきのことを指すのだろう。では、"彼"は?彼とは誰だ?
思い当たる人物はただ1人。それを頑なに否定したくて、それらしい理由を見出そうとするが見つからない。もしこの嫌な予感が的中するのなら、余りにもタイミングが良すぎやしないだろうか。事態は益々きな臭くなってゆき、不快感は募るばかり。一見表情に代わり映えのない罪歌たちも、時折顔を見合わせては何やら意思疎通を繰り返すのだった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -