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罪歌とやらに深く干渉するつもりはなかった。ただ必要に応じて、みさきだけでも守れればいいと思っていた。罪歌による被害のでかさは常日頃から耳にしていたが、生憎、名前も知らないような赤の他人の為に動いてやれる程俺は善人ではないのだ。(くどいようだが)しかし罪歌はみさきだけに留まらず、俺の大切な友達にまで手を出してしまったらしい。ただでさえ今にも溢れ出そうな感情を何とか理性で抑えてきたというのに、発覚したその事実は俺を本気で怒らせるのに十分過ぎるくらいだった。

こんなにも向けるべき怒りの矛先が明確なのだ。あとは相手を見つけ次第、本能のままにぶちのめしてやればいい。これは他の誰の為でもない、怒りを制御しきれない自分自身の為。だから決して誰かの敵討ちだとか、そんなたいそうなものではない。ただムシャクシャするから、気に入らないから――それだけの話だ。



♂♀



チャットルーム


――罪歌さんが入室されました――



{今日は1人斬ったの。でも、1人で十分。贅沢のしすぎはよくないから}

{だけど、明日も斬るわ。愛する人は多ければ多い程いいから}

{そろそろ力も満ち足りた}

{私は人を探しているの}

{平和島、静雄}

{私が愛さなきゃいけない人よ}



      ・
      ・
      ・



{明日も人を斬るわ。静雄に出会えるまで、毎日、毎日}

{私は静雄に会いたいわ。早く早く早く――}



内緒モード{そして、その先にいる貴女も一緒に}

内緒モード{ねえ、貴女も見てるかしら?}

内緒モード{苗字みさき}

内緒モード{愛してる}

内緒モード{愛してるわ、苗字みさき}



♂♀



池袋


妖刀、という言葉に今更驚きもしなかった。何となく察しはついていたし、寧ろセルティの反応の方が俺としては不思議だった。何せ彼女の存在自体が都市伝説を具現化したようなものだから。だから例えどんなに魑魅魍魎とした話でも信じられるし、そんな彼女を疑いもしない。だからといって直接事態の解決に繋がるような手掛かりもない俺たちは、ただ何もせずにいるよりかはマシだと池袋の街中をパトロールする事にした。セルティのバイク後ろに跨がり、宛ても無く街を彷徨う。途中ガンを飛ばしてきた黄色いバンダナのチンピラ相手に多少発散するものの、それだけでは到底仕事中溜めに溜め込まれた殺意がどうにも収まるはずもない。そんな矢先――

ドシン、と何かが衝突し合う音。次いで凄まじい衝撃音が響き渡る。音だけから察するにありがちな交通事故のようにも思えるが、根拠もなく勘が告げる。これはただの事故ではない、と。そう感じたのは俺だけではなかったらしい。異変にいち早く気付いたセルティが、振り返り際にPDA画面をこちらへ向けてきた。



『聞こえたか?今の音』

「あぁ。なーんか"におう"よなあ」

『……前から思ってたんだけど、お前のいう"におい"とやらは一体何なんだ?まぁともかく、嫌な予感がする事だけは確かだな……』



その場で方向転換し、音のした方向へ走る。この禍々しい気配を辿った先に、恐らく俺の"敵"はいる。



「さぁて、どうしてやるかなあ」

『ほどほどにしといてやれよ。第一、まだ罪歌だって確定した訳では……』

「いやいや、だから言っただろ?刀を向けてきた=万死だって。視線ですら人は死ぬんだからな」



理由なんて後付けで、実際何だってよかった。例え過去の話であってもみさきを傷付けたという揺るぎなき事実、ただそれだけで動機としては十分。暴力で解決しようとする短絡的な考えはよくないと思うが、くよくよと悩むよりもこうして行動的になれる自分の方が遥かにマシだと思った。電話越しに聞こえたみさきの声はやはり困惑していたけれど、この件で身勝手に動く俺を許してくれとは言えない。これ以上自分の意思に逆らいたくなかった。もう、あの時みたいに無力な自分を嘆きたくはない。だから一連の事件が終わりを告げたら、その時はみさきに謝ろう。そしてみさきを傷付ける輩は誰もいないのだと安心させてやりたい。

この時の俺はまだ知らなかったのだ。本当の敵は罪歌ではない事に。そして後に俺は宣言通り、赤い眼をした切り裂き魔をぶちのめす事になるのだが――



♂♀



新宿 某所


セルティが俺の元に訪ねて来るのは想定内だった。寧ろ、事は俺の思い描いた手順で進んでいる。このままいけば罪歌は憎きアイツを愛する為、早ければ今夜あたりに動くだろう。目的はあくまで『戦争の火種を蒔く事』。その為にダラーズを利用している訳だが、こちらは問題無く上手くいきそうだ。ただし問題は――みさき。シズちゃんが罪歌に狙われるという事は、同時にみさきの危険をも意味していた。今は施錠した部屋に閉じ込めているからいいものの、罪歌が何をしでかすかは分からない。何せ相手は人外。理不尽な事をもやってみせる。まるで常識の通用しないシズちゃんそのものだ、と苦笑する。



RRR……



誰もいない夜道に響き渡る着信音。ディスプレイに表示された名前がみさきである事を確認すると、思わず口元が緩むのを意識せずにはいられなかった。



「やぁ。決めたのかい?」

『……はい』

「そう、分かった。今から戻るよ。それまでは大人しく待ってる事。いいね?」

『出来るだけ早くお願いします。……時間がないので』



時間がないと言う割に、焦りを感じさせない彼女の言動は冷静そのもの。ならばこちらも大人な対応をすればいい。時には寛大に、そして残酷に。これは対等な取引なのだから。



「1つだけ確認させてくれるかな。君は"こちら側"に来る事を選んだのかい?」

『ッ、……ズルいです。その言い方』

「ズルい?それは違う。物事は何だって2つの選択でしかないんだから。ただ俺はみさきちゃんに"来る"か"来ない"か、それだけを訊きたいんだよ」

『……臨也さん風に言うのなら、私はそちら側を選んだんでしょうね』

「それじゃあ俺からはそんな君に歓迎の言葉を送ろう。"ようこそ"……いや、君の場合"おかえり"、かな」



携帯を耳に押し付けたまま壁一面ガラス張りの窓へと向き直り、下方に広がる新宿の街並みを感慨深げに見下ろす。



「とはいえみさきちゃんの事だから、このまま罪歌を放ってはおけないんだろう?いい事を教えてあげる。今夜、池袋できっと何かが起こる」

『何か……?それ、具体的にどこでですか!?』

「そこまでは分からないなあ。もしそんな事まで予知出来たなら、俺はとっくにシズちゃんの頭上に隕石でも落としてるよ」

『そ、そうですよね。すみません。私……』

「焦る気持ちは分かるさ。なんたって罪歌のヤツ、とうとうシズちゃんに狙いを定めてくれたようだし」

『! 知ってたんですか!?』

「俺は情報屋だからね。となると、罪歌は当然ヤツの元に姿を現すんだろうけど……わざわざ罪歌本体が赴く事はないだろう」

『……』

「みさきちゃん。罪歌がシズちゃんに執着しているのは、何も君だけのせいじゃあないんだよ。罪歌はアイツの化け物じみた馬鹿力に心底惚れ込んでるのさ」



贄川春奈自身、恐らくシズちゃんに興味はないのだろう。彼女は今でもあの教師を愛しているのだから。俺はそんな彼女へ素敵なプレゼントを用意している訳だが、それは後ほどのお楽しみ。あとはこのまま蚊帳の外で傍観者に徹していればいい。そうすれば自ずと結末は見えてくるし、思い描いたシナリオ通り事は進んでくれるだろう。

内心、どうにかして罪歌に邪魔者を始末させたいとは思っていたが、どうやらアイツは罪歌の求めていた優秀な遺伝子だったらしい。成る程、人外からすればアイツは人類の進化型にでも見えるのか。そして罪歌のもう1人の想い人――それがみさき。唯一、罪歌の愛を受け入れられなかった人間。罪歌はそれが嫌なのだ。自分をフッた人間がこの世に存在する事が。だから罪歌は再びみさきを愛そうと、もしくは消そうとまでするかもしれない。まさか人間を愛する彼女に限ってそんな事はないと思いたいが、もはや歪んだ愛情がどう暴走してしまうかなんて誰も想像出来ないのだ。



「自分を追い込むのはやめなよ。君がいくら責任を感じたって、この事実はどうにもならない。罪歌はシズちゃんの力が欲しいんだ」

『……』



この時、この瞬間まで、俺はみさきを甘く見ていたのかもしれない。すっかり忘れていたのだ。彼女がどんな人間で、いかに見る者の興味を引く"面白い"人間であったかを――



『つまり、罪歌は私の恋敵(ライバル)な訳ですね』

「!」

『臨也さん。私、もう昔の事とか、どうだっていいんです。ただ罪歌がシズちゃんを愛したいのなら、私はそれを阻止したい』

「へぇ?『どうでもいい』?あれだけ過去に執着していた君がそこまで言うのなら、今も尚罪歌を止めたいと思う理由はなんだい?」



挑発的とも取れる俺からの問い掛けに、彼女は少し間を置いてから答えた。



『だって私、彼の彼女なんですよ?……嫌なんです。シズちゃんが他の人に愛されたり、愛し合う姿なんて……絶対に見たくない』

「……くくく」

『? 臨也さん?』

「あっははは!いいねえ、実に人間らしい!君も嫉妬とかするんだ?ふうん……それじゃあ俺にも、そんな君の行動を阻止する権限はあるよね。だって、俺だって君たちが恋人同士である事を快く思っちゃあいない。ていうか、まさかみさきちゃんの口からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったよ。ほんと、だから俺は君を見ていて飽きないんだろうねえ」

『……私にはよく分かりませんけど……』

「確かに俺は全人類を平等に愛してるよ。愛はある、勿論。ただ、関心はない」



例え観察対象が幸せになろうと不幸せになろうと、そんな事はどうだっていいのだ。ただ見ていて飽きなければ飽きない程、その人間は観察対象である価値が高いという事になる。

あぁ、そうだ。みさきはこうでなければならない。なんたって全人類を平等に愛していると高々に公言したこの俺が、例外に愛してしまった人間なのだから!認めよう。俺はみさきに特別な感情を抱いてしまった。ただ、"それ"を認める事が出来なかった。あともう少し早く"それ"を認める事が出来ていたら、何かが変わっていたかもしれないが。



――しかし、こうもはっきり言われると……



「あーあ」

『?』

「いや、こっちの話。そんな事よりもみさきちゃん、そろそろお腹が空く頃じゃない?ずっと何も食べていないだろう?」

『……そういえば』

「ね、腹ごしらえしてからでも遅くないんだからさ」

『そ、そんな事している間に罪歌が……ッ』

「大丈夫、この俺が断言する。少なくとも今はまだ何も起こらないよ。彼女があっちに気を取られているうちは、ね。今はまだ詳しくは話せないけど」



「とりあえず……鍋でも食べようか?」

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