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愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる――……

繰り返される愛の言葉はもはや止まる事を知らず、街は音もなく、しかし確実に壊れ始めていた。





♂♀



3月に入ると寒さは薄れ始め、僅かに春の訪れを感じられるようになった。とはいえ急に花が咲き乱れ気温が上昇する訳もなく、今朝の天気予報では相変わらず極寒の最低気温を告げられた。節約故に抜いた暖房器具のコンセントを差し込みたくもなる。寒いと不思議と眠たくなるもので、きっと今の状況で空腹だったら人間は死にたくなるのだろうなと思った。そんな事を想像しながら、お馴染みのチャット画面を前にもぞもぞと布団の中へと潜る。身体を毛布に埋め、パソコンを開く今の格好はなかなかに酷いものだと思う。

チャットルームの荒らしは想像以上だった。始めは単語だらけだったものが、今や意味を成した愛の言葉となってチャットルームを埋め尽くしている。チャット仲間の不安や動揺のコメントが端々に見られるが、そのほとんどが罪歌のコメントによって過去のものから消されてしまっていた。街の現状を知る為の唯一の手段が絶たれ、私の選択肢には『最後の手段』だけが残される。最後――というのも、私自身出来るだけこの手段は避けたかったから。しかし、最も確実に情報が得られる可能性は限りなく高い。それを得る為の条件が何であるかはさておき。



「(臨也さんと話がしたい)」



こんなにも街全体が騒ぎ立てているのだ。情報屋である彼が何も知らない訳がない。私だって何も考えられない程馬鹿ではないし、臨也さんから話を聞き出す事がどれ程危険であるかも重々承知。じゃあ、他にどんな方法があるというのか。



「……あ?」

「……」

「お前、今なんつった」



シズちゃんの反応はやはり良いものではなかった。臨也さんの名前を出した途端あからさまに不機嫌そうな顔をする。そこまで機嫌悪くする事もないのでは、と反発したくもなるがぐっと堪える。今は伝えたい事だけを伝えればいい。ここで話が逸れてしまっては、他に言い出すタイミングもないのだから。負けまいと真っ直ぐに向ける私の目を見据え、冗談なんかではなく本気なのだと悟ったシズちゃん。その証拠に、諦めをも含ませた溜め息を吐く。



「みさき。俺がどうしてお前を外に出したくないのか分かってるよな?確かに切り裂き魔の件もあるが、何より……」

「分かってるよ。けど、臨也さんほど情報力に長けた人なんていない」

「だから、どうしてみさきはわざわざ自分から首を突っ込みたがるんだ」

「首を突っ込むも何も!私は初めから罪歌と関わってたじゃない!元はと言えば私が罪歌に狙われていたせいで、関係ない人が巻き添えになってるんだよ!?」

「……」

「分かる!?分からないよねシズちゃんには!自分のせいで、自分に無関係な人たちがたくさん傷付いてる!それを見て見ぬフリなんて……私には出来ない!」



違う、こんな事が言いたかった訳じゃあない。これではまるで単なる私の八つ当たりではないか。しかし高ぶった感情のままではどうにも止まらず、機関銃のように捲し立てる自分の口が憎たらしい。シズちゃんに分からない訳がない。彼は彼なりに悩みを抱き、それでも平然と生きてみせているではないか。それを私は誰よりも近くで、そして誰よりも深く理解しているつもりだったではないか。分かっていないのは私、シズちゃんじゃあない。頭ではそう分かっているのに――



「なら、約束通り俺も行くからな」

「!!」

「言ったろ?1人では行かせない」

「ぅ……確かにそういう約束だった、けど……」

「それともなんだ。俺が一緒じゃあヤバいような理由でもあるのか?」

「ち、違うよ!だけど、シズちゃんが一緒だと臨也さんは会ってくれないんじゃあ」

「ならしゃーねぇな。諦めるしかないだろ」

「……」



本当は、こうなる事を心の何処かで分かっていたのかもしれない。彼が私を大切にしてくれているが故での反応である事も知っている。もし私が逆の立場であったなら、絶対にシズちゃんを1人で行かせはしないし、みすみす危険な目に遇わせたりはしない。きっと泣いて喚いてでも彼を引き留めていた。私はズルい。分かってはいるのに、相手の意思に反する事ばかり。今までだってシズちゃんを何度も困らせてきた。だから――これが本当の本当に最後。もう終わりにしなくては。全ては私の平穏と、何よりも大切な彼自身の為に。もし私がこうする事で彼の気が休まるというのなら、私は喜んで貴方だけのものになるから。だから、最後に1度だけ我儘を聞いて欲しい。



「お願い。これが終わったら、もう臨也さんとは会わないから」

「……本当か?」

「うん」

「……」



ウウム、と頭を悩ませるシズちゃん。信じたい気持ちはある、が、なかなか踏み込めないといったところなのだろう。しかしこの時の私はどういう訳か、僅かな沈黙の間ですら無駄な時間に思えてならなかった。もしシズちゃんが自分勝手な人間であったら、すぐに駄目だと言って私の意見を切り捨てただろう。そうしないのは、彼が親身になって慎重に考えてくれているが故なのだ。それが分からない程私も鈍感ではない。それでも人間という生き物はひねくれており、気持ちと態度はバラバラで――



「そんなに私の事が信用出来ないんだね?……じゃあいいよ、もう。勝手にするから」

「な……ッ!ちょ、おい!みさき!!」



背中越しに待てよと腕を掴まれるが、それを振り払い部屋を出た。罪歌の事になると余裕のなくなる自分自身が怖かった。感情に任せ部屋を飛び出してしまったものの、宛てもなく歩いているうちに次第に頭が冷えてゆく。あぁ、私はなんて無鉄砲なのだろう。己の考えなしに泣きたくなった。

今から臨也さんに会いに行く?どんな顔をして、何と言う?最後に彼と言葉を交わしたのはいつだっけ?ぐるぐると頭の中が一向に落ち着かず、解決されずに未解消の問題だけが蓄積されてゆく。ああ言って飛び出して来た以上、今更引き返せる訳がない。私は悩みどころ全てを振り払うかのように頭を振ると、意を決して駅へと向かった。臨也さんに会って、罪歌の情報を何としても聞き出す為に。



♂♀



新宿


1本の電話が入った。相手は波江。内容は「みさきが1人でアパートから出てきた。それも慌ただしく」といったものだった。時計へと目を向ける。時刻は17時、これから暗くなるであろう時に彼女は一体どこへ向かっているというのだろう。波江からの情報によれば、今日シズちゃんの帰宅は普段よりも早かったらしい。――となると、この時間帯の彼女の外出はやはり不自然に思える。心配性のアイツの事だ。切り裂き魔の影響で治安の乱れた街に1人、しかもこんな時間に出る事を許すはずがあるまい。みさきが何らかの理由で反対を押し退け飛び出してきた、と考えるのが無難か。いずれにせよ罪歌が関わっている事は明白だが。

池袋から新宿までは、電車さえ使えば然程遠い距離ではない。かれこれもう数十分が経つ。もしかすると彼女はもう既に此処(新宿)へ来ているかもしれない。新宿は所謂"大人の街"だ。それに加えこの時間――嫌な予感。この予感が的中しない事を祈りつつ、俺はその場から立ち上がると上衣の袖へと腕を通した。



「あら、出掛けるの」

「うん。あ、そうそう。今日はもう帰っていいから」



つい先程、帰って来たばかりの波江が、うんざりとした表情で「そう言うと思ったわ」とだけ告げる。



「今のあなた、最高に気持ち悪いわ。鏡見てみなさいよ」

「相変わらず辛辣だなあ」



明らかに悪意の隠った言葉にも動じず、俺はさらりと彼女をかわすと速足でマンションを後にした。此処から新宿駅までは近い。歩いて数分で着く。肌寒い風避けにすっぽりと頭にフードを被り、ネオンの光る怪しげな街をぐるりと見回した。途中売女らしきけばけばしい女から何度も声を掛けられるが、反応するのも馬鹿らしく、のらりくらりとかわし続ける。常に周囲へと意識を向け、ただ彼女だけを捜し続けた。そうしているうちに俺の眼はとうとうみさきの姿を捉える。酷く困惑した、彼女の姿を。

みさきがいたのは駅から数メートル離れた人通りのある道端。こんなにも人が大勢いるのは、流石新宿が夜の街だというだけある。そしてみさきが何故困惑しているのかというのは、此処が夜の街である事に理由がある。みさき程の容姿であれば金を餌に近寄る男も多々いるだろう。そういう場所なのだ、此処(新宿)は。



♂♀



「いくら?」

「……はい?」



見知らぬ男の質問に疑問形で返す。はるばる新宿まで来たのはいいものの、駅から数メートル離れるなり怪しげな男が寄って来た。右手の人差し指と親指で輪をつくり、それを見せ付けるかのように私の視界端でチラつかせる。恐らく銭――つまりはお金を表現しているのだろう。それにしたって質問の意味には繋がらない。男は一体何に対して値段を訊いているのだろう。

始終困惑した私の腰へ男が馴れ馴れしく腕を回す。引き込まれるように引き寄せられ、あまりにも唐突な展開に思わず鳥肌が立ってしまった。よく見ると男はブランド物の質の良さそうなスーツを着ており、年齢は私より明らかに歳上。見た感じ二十代後半といったところか。顔に貼り付かせた笑顔が何だか胡散臭い。



「あの、ちょっと。どこ行くんですか?」

「はは、どこって……そうだなあ。どこへ行こうか」

「私、今から行くところがあって……」

「5分でいいからさ、ちょっとだけ付き合ってよ。なんなら奢るし」

「いや、そういう意味では……」



――……じゃなくて!

心の中で盛大に叫ぶ。男がやや強引に私の行く先を誘導し、何故か足取りは人気のない路地裏へ。立ち並ぶ店も怪しげな風貌のものばかりが目立つ、いかにも夜の雰囲気漂う街並み。私は新宿をよく知らないが、これだけは分かる。ここは私みたいな人間がいてはいけない、場違いな場所だって事くらいは……!



「待っ、待って下さい!だから私、行く場所あるんですって!」

「いいからいいから。少し触るだけ……ね?3万でどう?」

「さ、さんっ!?」



何を言っているのだろうこの見ず知らずの男は。確かに外見から金持ちそうではあるが、纏う雰囲気は何処か怪しげだ。ヤバい、と本能がそう告げる。なんとかしてこの状況から逃さなくては。男の意味不明な質問の意味がようやく理解出来てきた頃、ポンと背中を叩かれた気がして反射的に振り向いた。多分、今のはこの男によるものではない。

ならば、今のは……?

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