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今でもたまに考える。偶々お隣同士になった高校生の少年の口から、まさか臨也さんの名前が出てくるなんて――これは必然?それとも偶然?物事には裏と表があるように、今回の件にも何か裏があるのでは?こうして見境無く疑ってしまう自分に内心うんざりする。

天候は晴れ、今日は絶好の買い物日和だった。仕事中のシズちゃんと鉢合わせになる確率は限りなくゼロに近い。極限のんびりと出歩かないようにと気を使ってはいるし、用事を済ませ次第すぐに帰路につくなどと念には念を入れている。そして今日も早々とアパートへ向かう――そんな時だった。とある雑誌記者に突然声を掛けられたのは。



「少しお話伺えます?」

「ぇ……わ、私!?」

「えぇ、はい。『東京ウォリアー』って雑誌ご存知で?実は私、東京災時記を担当している者でして……」



物騒な記事だなあ、と思いつつも口にはせず。

東京ウォリアーという雑誌を読んだ事はないが、名前くらいは知っていた。そういえば以前首無しライダーについて面白可笑しく書いた記事が世間にはそれなりにウケたらしく、以後本屋で見掛ける事もちらほら。


「次号は雑誌をあげて池袋特集を企画しておりまして、是非ご協力願いたいと」

「はぁ……それで、私は一体何を答えたらいいんですか?」

「なに、簡単な質問ですよ。ズバリ、池袋で1番強いのは誰か!この池袋という街で最強と呼ぶに相応しい男を、私は探し求めているんです」



あぁ、勿論女性の方でも構いませんが。と目を光らせて語り出した名も知らぬ齢30の雑誌記者。彼の勢いに気負けしつつも、私は『池袋最強』という聞き覚えのある単語にウウムと頭を悩ませた。池袋にいれば嫌でも耳にするようなフレーズだ。無論、思い当たる人物は1人。しかし雑誌記者を名乗る彼の口からは意外な人物の名が躍り出た。



「これまで取材してきて有力なのが、『寿司屋のサイモン』に『首無しライダー』……あぁ、それと『新宿の』……『オリハラ』?なんてのもありましたけど」

「えっ」

「おや、知り合いですか」

「……いえ、名前くらいなら」



咄嗟に嘘を吐いてしまった自分に驚く。臨也さんと共通の知人相手にならともかく、こうして偶然にも知り合った赤の他人にさえ嘘を吐いてしまう程、私は臨也さんとの関係にやましい事があるとでも言うのか。

気を取り直し、話を切り替える。このままだと臨也さんについて追求されてしまうと思ったからだ。彼について語る事など何1つない――いや、正しくは語る事など出来やしない。情報屋である彼自身、今のところ最も謎に包まれている人物なのだから。職業柄公にする事が出来ないというのも加え、実に取引上手な彼の事だ。きっと私が臨也さんの情報を第三者に口外したところで何らかの情報ルートを伝い、情報源が私である事を間違いなく嗅ぎ付けるであろう。代償として無理のある条件を提示されるのがオチだ。彼に借りをつくってはいけない――これは1つの人生の教訓なのだ。



「そ、それで!結局誰が1番池袋最強なんですか?」

「まだ調査途中段階なんですが、今のところ多いのは……そうそう、『ヘイワジマシズオ』」

「……」



驚く事はなかった。何となく想像はしていたし、私自身今は誰よりもシズちゃんに1番近い存在であると自負している。しかし最近の彼の様子を詳しく知っている訳でもなく、果たして私は本当の意味でシズちゃんを理解しているのだろうかとふと疑問に思ってしまった。



「話だけ聞くとね、本当に凄まじいですよ彼。なんでも道路標識を片手でねじ曲げたり、自動販売機を投げ飛ばす事が出来るとか。いやぁ、私も始めは耳を疑いましたよ。こいつは私が何も知らないと思って、大人をからかっているんだなって。だけど街中で話を聞いていくうちに、疑問は確信に変わっていったというか……街行く誰もが『平和島静雄』を知っている。つまり、彼は本当に実在するのだと!」



大袈裟な身振り手振りで物語調に語る雑誌記者。単に記事だけの為ではなく、きっと彼自身が『平和島静雄』という男に興味があるのだろう。しかし、自分のよく知る人物をこうも大きく語られるのは気分の良いものではない。シズちゃんが己の力を誇りに思っているのならまだしも、彼にとって並外れたあの力は悩みの種でしかない。何も知らない雑誌記者はこうも面白可笑しく話すが、私はシズちゃんがいかに悩み苦しんでいるかをよく知っている。



「勿論、未だに半信半疑ですよ。ただ、もし本当に『ヘイワジマシズオ』という男が存在するのなら、私は是非本人に取材を……」

「! 駄目!!」

「……はい?」

「えッ、いや、その……や、やめておいた方がいいんじゃないですか。もし、その……『平和島静雄』さんが気を悪くしたらいけないし、貴方がそれらの噂を信じるのなら、尚更危ない気もするのですが」

「あっはっは、心配ご無用ですよ。それに私は記者です。たかだか噂にビビっていたら、何も記事に書けませんからねえ。あらゆる情報を世に知らしめるのが私の仕事ですから」

「はあ……」



爛々と輝く瞳を前にもはや言葉も出ない。溜め息混じりに相槌を打ち、少し会話を交わした後に私はその場を後にした。あの雑誌記者は、これから池袋最強と称される本人らに会いに行くと言っていたが……果たしてどうなる事やら。シズちゃんと彼が出会えませんように、そして何1つトラブルが起きませんように。彼の行く先を不安に思いつつも、同時に愛しいシズちゃんの事を想う。



――今頃何しているんだろう。

――ご飯はちゃんと食べているのかな。



季節はもうじき春を迎えようとしているが、相変わらず寒い日が続くと実感が沸かない。季節の変わり目の凍えるような寒さに身を縮み込ませながら、今夜も都心の星空を仰いだ。何だか妙に胸騒ぎがした。



♂♀



夜 池袋某所


イライライライラ。治まらぬ破壊衝動が俺を狂わす。



「お前に会いてえって奴が下にいるんだけどよお、どうすんべ?」



トムさんにそう言われ、腹ごしらえにとお湯を入れたカップ麺に蓋をしてから階段を降りる。俺に会いたいとわざわざ会社に赴いたという事は、恐らく喧嘩目的の不良か――いずれにせよ良いものではない。面倒事は嫌いだ。早々と話を切り上げてしまおうと向かった先に立っていたのは、顔も名前も知らない男。ほんの少しでもみさきを期待してしまった俺が馬鹿だった。

仮にもし来訪者がみさきだったら、面識のあるトムさんはすぐにみさきだと分かるだろうに。溜め息と共に己を平和島静雄だと名乗ると、目の前の男は心底驚いたような表情で大きく目を見開いた。少々カチンとくる。なんなんだこいつは。



「ええと……あのですね、静雄さんに2、3伺いたい事がありまして……」

「街の噂を色々と耳にしたんですが……静雄さんは……喧嘩とか揉め事には、よく関わられるんですか?」



会いたいと言ってきた割にはつまらなそうに質問を繰り返す男。言っておくが俺だって好きでここにいる訳ではない。このままではお湯を入れてきたカップ麺が伸びてしまうではないか。

そして終いには男の口から臨也の名が出てきたものだから、俺のイライラはすぐさまピークへと達した。今まで我慢してきたものが止めどなく溢れ出る。無論、男はぶっ飛ばしておいた。



「で、誰なんだアイツ」



カップ麺が伸びてしまっては堪らない。事務所に戻り、少し遅れてトムさんが戻って来るなり、俺に問う。俺は伸びる寸前のカップ麺を割り箸で解し、1口だけ啜ってから「さあ?」とだけ答えた。大して好きでもないカップ麺で腹を満たし、身体に悪そうなカップ麺のしょっぱい汁は、飲み干さずに残す。みさきの作った料理が恋しい。早く帰って、抱き締めたかった。明日は久方ぶりの休日――つまり、ようやくみさきとの時間が過ごせる。どれほど明日という日を待ちわびた事か、思い返すのもツラいものがある。明日こそはセルティに教わった料理を披露してやろう。喜ぶみさきの顔を想像し、1人ニヤけながら残り作業へと取り掛かった。

帰り道、立ち寄ったコンビニの袋の中には2人分のお馴染みのプリン。期間限定物のスイーツに釣られながらも、やはりいつものプリンへと落ち着いた。それから――猫用のマグロ缶。無論自分で食べる為に買った訳ではない。これは"猫"のみさきの分だ。



「お前、やっぱりここにいたか」



俺が屈み込むと同時に、猫のみさきは可愛らしく鳴きながらとてとてと駆けて来た。こう人懐っこいところがあまりにもみさきと被るので、俺は勝手にみさきと呼んでいる。他に思い浮かぶ名前の候補はたくさんあったが、あまりにネーミングセンスの無さに笑えた。

猫のみさきも俺の事を『餌をくれる人間』と認識したのだろう。道端で見掛けてから3日経った頃にはすっかりなついてしまった。迂闊に餌を買い与えてしまったのがいけなかった。鳴いてねだられてしまっては見て見ぬフリも出来ない。今や仕事の帰り道、決まった時間にこうして餌を与える事が日常へと化している。



「ほれ」



持ち前の力をもってすれば缶を開けるのも缶開け要らず。ばきょ、とやや鈍い音を立てて開けた鮪缶を猫の目の前に差し出した。猫のみさきは微塵も警戒せず今夜の夕食へとありつく。その様子を俺は和やかな気持ちでただただ眺めていた。

撫でた事は――ない。指先で耳を突っついてやったり、たまたま触れてしまった事はある。しかし壊してしまうかもという可能性がある限り、敢えて自分から触れようという気にはならなかった。そんな俺の気を知ってか知らずか、猫は幸せそうに両眼を細め口回りをペロリと一舐めする。いいなお前は、悩み事なさそうで。小さな呟きに猫は当然答えない。鮪缶が空になったのを確認してから、俺はゆっくりとその場から立ち上がった。プリンの入った袋を忘れずに持って、早く早く、彼女の元へ急ごう。



「! ……?」



一瞬何者かの視線を感じ振り返る。そこに立つ者は誰もいない。ただ、俺のすぐ足元には不思議そうに俺を見上げる子猫の姿。暫し視線の先を睨み付けた後、俺は子猫を安心させるかのように小さく笑って見せた。

この嫌な感覚を動物的勘というのだろう。しかも望んでいない時程よく当たる。



――気のせい……だよな。



今回ばかりは当たらないで欲しいと願いつつ、未だに続く嫌な感覚に思わずギュッと握り拳に力を入れた。

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