>46
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



とある話好きの情報提供屋の話


出来るだけ安値の物件?そうですねえ、訳有りで良ければそりゃあ腐る程。……例えば?まぁ挙げるとすれば、夜アレが出たりするんで良ければ。えぇ、そうそうアレですよ。幽霊ってヤツですよ。よくある話でしょう?昔首吊り自殺があった部屋なんかには本当に出るらしいですねぇ。ついこの間、青い顔して契約取り消しに来ましたよ、いかにもダラーズに属していそうな体格の良い少年が。あのダラーズといえど、やはり幽霊には敵わないもんですなあホント。……え?いやいや本人がわざわざ名乗り出た訳じゃあないんですけどね、今池袋で最強と言ったらダラーズでしょう?物の例えですよ例え。とにかく、怖いもの知らずだって顔した兄ちゃんだったって話です。以前住んでいらした中年の方は、7日程耐えられたんですけどねえ……とまぁこの話は終わりにして、さてさてどうしましょうか。まさかお嬢さんみたいな綺麗な人に、そんな物騒な部屋お勧め出来ませんよ。私は実際に見た事ないんですけどね。私だって嫌ですよ、幽霊なんて。出るって分かってて住める程肝っ玉デカくありませんよ。

えぇ、やはりそうですよねえ。それじゃあここなんてどうです?池袋じゃあありませんが、駅から近いとっておき物件!騒音が少々気になる訳有りですが、場所は新宿の……え?お気に召さない?お客さん、新宿がお嫌いで?……ノミ蟲臭い?まぁ、彼氏さんがそう言うのなら仕方ありませんよねえ。いいや構いませんよ。お客様のご希望に沿った安心の物件を提供する、それが私共の使命ですから。



さて、それじゃあここなんてどうです?池袋のちょいと外れのボロアパートなんですけどねえ、何の曰くもありゃしませんよ。ほんとですってば。ただ以前、このアパートに住む住人の部屋に怪しげな人物が出入りしたって噂ですわ。作業服の男が2人程。それからは防犯面もどうにかせねばと頭を捻らせているところです。ここ最近は更に物騒ですからねえ……お客さんも知っているでしょう?例の切り裂き魔事件。都市伝説なんてありふれちゃあいますが、ああも毎日テレビで見せ付けられると信じざるを得ないでしょう。ま、これまた実際に見た事はないんですけど。触らぬ神に祟りなし、ですよ。ははは。

で、結局防犯面はどうなんだって?まぁ、2人で住む分にはお嬢さんも安心でしょう。え?1人でいる事が多いかもしれない?それは心細いですねえ。しかしですねえ、どんな物件にも100パーセント安全なんて保証はありませんよ。どんなにセキュリティー万全なマンションにも入り込みますよ泥棒は。それにこの部屋の隣、現役高校生の少年が住んでいますから。何かあったら頼ればいいでしょう。何かあった時身近に男性がいると、多少は心強いじゃあありませんか。



ま、本当に頼りになるかは別として。



♂♀



「もしかして……ここ?」



目の前に立つ築数十年であろう建物を見上げ、私は思わず溜め息を吐く。話には聞いていたが、それはまさに"ボロアパート"という言葉を見事に具現化したものだった。一帯で地震が起きた時を想定して、まず崩れ落ちる可能性は限りなく大きい。そんな耐震工事すら怪しい古いアパート、見掛けはともかく内装はなかなかに綺麗だった。ただし浴室は付いていない。大屋さんの話によると、ここから歩いてすぐ近くに通いつけの銭湯があるらしい。

大屋さんは感じの良い50〜60代の女性だった。にこにこと人の良さそうな笑顔を顔に浮かべ、小さな鍵を私に手渡す。



「はいこれ、鍵ね。合鍵はとりあえず私が1つ預かっているけれど、なくさないように気を付けなさいよ」

「あ、はい。ありがとう御座います。……あの、ちなみに隣の部屋の方は……」

「そろそろ学校から帰って来る頃じゃあないかしら?ここからすぐの学校に通ってるのよー。確か"らいら"って名前だったかしら?」

「(……ん?)」



聞き覚えありまくりの単語に耳を疑う。そしてやはり単なる私の聞き間違えではなかったようで。「あ、ほらほら。あの子よあの子」そう言って指差す大屋さんの指の先には、此方を見てきょとんとする気の弱そうな少年が1人。ワックスも何も使っていない黒色の髪に、高校生にしてはやや幼さの残った顔立ち。少年は肩から下げたショルダーバッグを下げつつ、私を見て不思議そうにこう訊いた。



「え、っと……初めまして……?もしかして、今日新しく入居する方ですか?」

「僕、竜ヶ峰帝人といいます。その……これからよろしくお願いします」



率直な第一印象。見た印象をそのままそっくり反映するかのように、竜ヶ峰帝人という珍しい名を持つ彼は好青年といった印象をまず受けた。初めこそはやや緊張した面持ちをしていたものの、会話を交えていくうちに打ち解け合い、親切にも実に様々な事を教えてくれた。銭湯へ行くには6時頃が比較的空いていてベストだとか、この裏道を通れば最寄りのコンビニまで最短距離で辿り着くだとか。

そして彼は偶然にも、私が先日出逢った杏里ちゃんと同じ高校の生徒だった。見慣れた制服の色や型が何よりの証拠になる。どうやらここ最近の私は、来良学園に通う後輩たちとの出会い率が上昇している模様。「立ち話も何ですから」と通された帝人くんの部屋は実にシンプルで、綺麗に畳まれた布団と1台のパソコン、他に目立つものは何もない。彼の煎れてくれた紅茶を啜りながら、私は遠慮がちに辺りを見回していた。



「帝人くんはいつからここに?1人……だよね?」

「? はい。みさきさんもお1人、ですよね?」

「えーと……今はいないんだけど、もう1人。実際は1人で住むようなものかもしれないけど……」

「?」



この物件は所謂、私の為の期間限定仮の住まいだ。しかし肝心の期間は今のところ未定である。というのもこの不景気の最中、なかなか条件に見合う物件が見付からないのが現実。その上お金の貯えがない為に、物件の選択肢も限られてしまう。シズちゃんは今回の件をかなり重く受け止めているらしく、1日の大半を仕事に費やして稼いでみせると意気込んでいるのだ。

このアパートを選んだのはシズちゃんと私だが、実質シズちゃんがアパートにいるのは寝ている間くらいだろう。残業を終え帰宅する頃には22時を過ぎているだろうし、とにかく出来るだけ短期間中に稼ぎたいシズちゃんは朝早くに出勤するつもりでいる。全ては1日でも早く代わりとなる住居の為にお金を稼ぎ、今まで通りの生活を2人で過ごす為。彼が奮起してくれるのは嬉しいが、正直私は憂鬱でしかない。シズちゃんと共有する時間が激減する上に、私も稼ぎに出たいという申し出を彼は頑なに許可してくれないのだ。



「みさきが働かなくても済むくらい、俺がその分稼いでくるから」

「とにかく、お前はあまり外出すんなよ」




どうせ彼と一緒にいられないのなら、その時間を少しでもお互いの為に貢献したい。ただ、それだけの事なのに。やはりシズちゃんのあの時の言葉は冗談なんかじゃあなかった。つまりこのアパートは私の仮住居であり、外出を制限される監禁場所でもあるのだ。

不安はある。頑張り過ぎてシズちゃんが身体を壊してしまわないか、だとか。私の我が侭だと分かってはいても、願わずにはいられない。どうか1日でも早く彼と一緒にいられますように――



「みさきさん?」

「! ぁ……ごめんね、もうこんな時間。そろそろ帰らなくちゃ。お茶、美味しかったよ。ありがとう」



お礼を告げ、中身を飲み干したマグカップを台所へと持って行く。せめてものお礼にと思いマグカップ含め全ての洗い物を片付け終えると、帝人くんはペコペコと頭を下げながらすみませんと謝った。あまりに申し訳なさそうに繰り返すので、何だか此方が悪い事をした気分になってしまった。

この物件を紹介してくれた男の言葉を思い出す。



「この部屋の隣、現役高校生の少年が住んでいますから。何かあったら頼ればいいでしょう。何かあった時身近に男性がいると、多少は心強いじゃあありませんか」

「ま、本当に頼りになるかは別として」




あの意味深だった言葉の意味がようやく理解出来た気がする。しかし妙に引っ掛かる点が1つ。男は何故帝人くんの事を事前に知っていたのだろう。一見しただけで"気の弱そうな少年"と決め付けてしまうのは失礼な気もするが――



「あの、みさきさん」



部屋を出る直前、帝人くんは私の背中に声を掛けた。

振り向き際に見た帝人くんの表情は、先程までの気弱な彼とはまるで別人のようで――期待をも含んだ瞳に私を映し、彼ははっきりとこう口にしたのだ。



「ダラーズという名のカラーギャングを、知っていますか?」

「……」



ダラーズ。一時期まではネット上で名前だけが1人歩きしていたものの、ここ最近存在に色付いてきた詳細不明のカラーギャング。特にこれといった特徴も目立った活動もないが、きっとダラーズを名乗る大半が何も知らずにただ所属しているだけなのかもしれない。

なんせ所属する者は子どもから大人まで、それこそ老若男女問わず存在するのだから。来る者拒まず、着々と確実に数を増やし続けている謎の団体――ただの平団員である一般人の私がダラーズについて知っている事なんて、そのくらいだった。たかが知れている。



「あっすみません!別に深い意味なんてなくて、ただ聞いてみたかっただけなんです。みさきさんは僕よりも前に池袋にいたと伺いましたから……いつ頃から池袋に住む人に、ダラーズが認知されていたのかなあって」

「……帝人くん、ダラーズの人?」

「えっ、あ……ま、まぁ」

「そうだなあ、私の元にダラーズからの勧誘が来たのは、丁度1年くらい前になるかな」

「! 勧誘って……誰からですか?」

「知らないアドレスだったよ。ただ興味があればどうぞ、って。それだけ」



やむを得ず池袋を離れたかつての自分。池袋を拠点とするグループに所属さえしていれば自ずと池袋の動向や情報を耳にする事が出来るだろうと思い、そんな気持ちでダラーズに入った。

当時は今よりも小規模なもので知名度も低く、恐らく私はどちらかといえば古参メンバーなのだろう。今や数は2倍、いや3倍。もしかしたらそれ以上かもしれない。まさかここまで大きく膨れ上がるとは思ってもみなかったけれど、何よりも私は『何故このようなチームが作られたのか』と素朴な疑問を抱いていた。しかし今日出会ったばかりの高校生に訊いたところで相手を混乱させるだけだろうし、きっとこの先私が知る事もない永遠の謎だ。



「あの。もう1つだけ、いいですか?」

「? なに?」

「もし差し支えなければ、そのメールを見せてもらいたいのですが……」



きっと帝人くんは、そういった"普通じゃない"未知の世界に興味があるのだ。好奇心旺盛な年頃で、しかも地方から越してきた人間ならば可笑しくもない話だ。

あまりに昔のメールだったので消えていやしないか不安だったが、幸い消えずに残っていた当時のメールを彼に見せる。何の装飾もされていない、URLと文字だけの実にシンプルなメールである。しかし帝人くんは何か確信を持ったように目を見張ると、その真っ直ぐな視線を私へと向けた。



「折原臨也さん、という方を知っていますか?」

「新宿を拠点とする、所謂情報を売りにした方なんですけど」

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -