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人から与えられる快楽にいかに弱い体質であるか、それは私自身が1番よく知っている。必死にもがいてもがき続けて、それでも溺れるように沈んでゆく意識。



「お前って、意外に物好きだよな」

「ふぁッ、ち、違……」

「何が違うんだよ。ココ、こんなにして」



背後から手を伸ばし、下着の中へ突っ込んだ右手で掻き回す。快感から逃れようとするみさきの身体を何度も押さえ付け、今はただ一方的に与え続ける。快楽という名の"暴力"を――

己の手が生み出すものは全て暴力でしかない。触れたもの全てを破壊する、呪われた力。今までいくつもの大切なものをこの手で壊してきただろう。ただそこに自分の意思などない。何も「壊したい」などと思った事は1度もなかった。壊したくなんかなかった。破壊から生まれるものなど何もないと、馬鹿は馬鹿なりに理解していたつもりだ。



――あぁ、それとも。

――俺は本当に馬鹿になっちまったのか。



「なぁ、壊れちまえよ」



俺は今確かに、この手が破壊する事を願っている。再起不能になるまで壊して壊して、俺だけのものになってしまえ。みさきは俺だけの事を考えていればいい。



「昨日言った事、嘘じゃねえから」

「はぁ…ッ、きの、う……?」

「もう、外には出さねえって。実際にサイカって奴に会ったのは初めてだったが……イカれてんな、アレ」



直後にもう1人の自分が反論する。いいや、イカれてんのは"俺"だろ、と。確かにその通りかもしれない。

何度閉じ込めてしまいたいと思っただろう。何度思い悩んだだろう。結論、俺は狂っているんだきっと。だから、今だってこんな――



「!!? あッ、やだ」



突然の俺の行動に慌てて此方を向くみさき。にも関わらず愛撫の手を止めてはやらない。みさきが焦るのも頷ける。退室時間まで残りあと僅か――しかし1度イッたはずの俺のモノは全く衰えてなどいなかった。我ながら動物の発情期並みだと思う。俺の本能は一体何を思い急いで、こんなにも欲情してしまうのか。狭い個室、そして周りに聞こえてしまうかもしれないスリル感が更に拍車を掛けているのかもしれない。そんな欲望の塊であるそれを、今度はみさきの手に握るよう促す。躊躇しつつも従う従順なみさきに、沸き上がる欲情はもはや止まらない。時間がないから、と適当な理由をつくってしまえばあとは簡単だった。



「みさきだって、正直ツラいだろ?時間もねえし、とっとと済ませちまおうぜ」

「ッど、どうやって……」

「みさきはそのまま、手ぇ動かしてて」



言われた通りにたどたどしく手を動かすみさき。俺の表情を伺いつつも、懸命になっているその様が可愛らしい。竿を緩く掴んで上下に擦り、亀頭を掌で円を描くように撫でてから先走りを滲ませる先端を時折爪で引っ掻く。



「ほ、ほんとにこんなのが気持ちいいの……?」



そんな思わず抱き締めたくなるような可愛らしい質問に敢えてすぐには答えてやらず、代わりにみさきの身体をひょいと持ち上げ互いに向かい合うようにして座らせた。改めて真正面からみさきを見る。みさきはすぐに視線を逸らしてしまったけれど、こうして見るといかにみさきが綺麗であるか実感する。そして何より、何色にも染まっていない黒い髪が俺は好きだった。

出逢った頃のみさきは制服を身を纏っていて、その影響もあり幼くも可愛らしい印象を受けた。それから月日を経た今のみさきは、何処か凛とした美しさをも兼ね揃えている。つくづく俺なんかには勿体無いとさえ思える、魅力的な女。もし俺と出逢ったりしていなかったら、きっともっといい男がいたはずだ。そんなイフの世界を想像してみる。



――……いやいや、ちょっと待て。

――みさきが……俺以外の男と?

――……考えたくもねえ。



みさきが他の男の隣にいるなんて、
みさきが他の男の名を口にするなんて、
みさきが他の男とキスしたりセックスしたり――



「……シズちゃん?」

「! お、おう」

「どうしたの?やっぱり気持ちよくなかった?」

「あ……いや、そういうんじゃなくて。……悪ぃ、少し考え事してた」

「考え事?罪歌の事?」

「ちょっと違うんだけどな」



こんな気持ち、みさきと出逢わなければ感じる事もなかっただろう。しかしこの感情が自分にとってプラス要素となっているのかと問われれば、それはよく分からない。逆に言ってしまえば――もしみさきと出逢わなければこんなに自分が思い悩む事もなかったのかもしれない。毎日名前も知らねえ連中と喧嘩して、稀に姿を現す臨也を見掛けてはそこらの物中投げ飛ばし。

あぁ、今思い返すと俺は随分と人様に迷惑を掛けていたらしい。みさきと出逢ってからの俺の破壊活動は幾分か軽減されたものの、その有り余った力の矛先は間違いなくみさきへと向かっている。例えそれが愛情故の結果なのだと自分に言い聞かせようと、他者から見ればその行為さえもただの"暴力"でしかないのでは?



「……って、ぅお」



気付いたらみさきは拗ねたような顔をしていて、突然俺の身体を押し倒してきた。いつになく大胆な行動に驚く。危うく部屋の壁に頭を打ち付けそうになるもギリギリで回避し、身体に跨がったみさきを見上げる。



「余所見、しないで。それとも……やっぱり気持ちよくないの?」



不安な気持ちを滲ませた声で問うみさき。首を傾げるその様をやはり可愛いと思いつつ、んな訳ねえだろと否定する。確かに思考意識こそは大分逸れていたものの、自身の身体が悦んでいる事くらい目に見える。それは巨大に膨張した己のソレが見る者に物を言わせていた。ただでさえ好きな女に触られているのだ。そんな状況下で、男が興奮しないはずがない。しかし今の俺が何を言おうと説得力の欠片もない訳で、みさきは相変わらず冷ややかな視線を此方へ向けている。



「(もしかして、怒ってんのか……?こいつ)」



余所見せずに見てもらいたいが為、に。そう考えただけで思わず口元が弛んでしまうのを感じた。きっと今の俺はとんでもなく変な表情をしているに違いない。

そんな俺を知ってか知らずか、みさきはゆっくりと顔を伏せると手に持ったそれを口内へ導く。じゅぷじゅぷと音を響かせながら、口をすぼませ何度も出し挿れを繰り返す。なかなかに刺激的な光景である。あーもう、まじかよ気持ち良すぎだろ。寝転がったまま、天井を視界に思う。しかしすぐにみさきの顔が見たくなって、手を伸ばし前髪を掻き上げてやった。言葉を聞かずとも彼女が何を言いたいのか、ちょっとした仕草や動作で瞬時に理解する。



「あぁ。顔、見たくて。どんな顔してくわえてんのかなぁって」

「! 悪趣味!!」

「仕掛けてきたのはそっちだろ、なぁ?」

「ッ、……もう」



呆れたような彼女の身体を強引に引き寄せ、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。胸へと倒れ込むように飛び込んできたみさきの身体が思っていたよりも軽くて、か細くて脆いであろうその身体を抱き締める事に躊躇してしまった。思わず己の手の平を見る。俺は――彼女を思いきり抱き締めていいのか。制御出来ず、勢い余って潰してしまうのではないか。だって彼女の身体はこんなにも軽過ぎる。電柱ですら裕に持ち上げてしまう俺の手は、今までだって幾度も幾度もみさきの身体を傷付けてきた。しかしもはやそれが"快感"となってしまっている事も否めず。

そうだ。この足を、腕をへし折ってしまえばみさきは俺から離れられない。それを実行するのは簡単。チャンスはいくらでもあった。



――ならば、俺は……



「……シズちゃん?」



不安げなみさきの声を聞いても尚、ぐぐぐと彼女の腕へと掛ける負担を増やしてゆく。今なら躊躇せず出来ると思った。やるなら今しかない、とさえも。勘の良いみさきの事だから、俺の様子がおかしい事に薄々と気付いているのだろう。ほんの少し表情を歪ませつつも、みさきは何も言わなかった。ただ俺の顔をじっと見つめている。俺の浅はかな考えなど、恐らく彼女には筒抜けだ。ここでどんな選択肢を選ぶかが試されているような気分になる。

一旦力を抜き、再び下半身をごそごそとまさぐり始める。下着の中のより一層潤ったそこへ容赦無く2本の指を挿れた。くちくちと奥へ奥へ突き進め、奥に潜むコリコリとした部分を引っ掻く。途端に甘い声が彼女の口から漏れ、ガクガクと身体を震わせながら服の裾をギュッと掴んできた。こうしてしがみ付いてくるみさきはまるで弱い小動物のようで、こんなにも必死になって必要とされているのだと実家する事が出来る。



「……、んっ、……ん、あッ、ひっ……!」



みさきの中は狭く、無遠慮に指をぎゅうぎゅうと締め付けた。バラバラに動く指先へ壁がうねるように絡み付き、熱く脈打つその熱に蕩けてしまいそうだ。

嬉しかった。みさきが俺を求め、欲しがってくれる事が。こんな自分でも必要とされるのなら全部やりたいと思う。全部、みさきに。



「あっ、ぁ、……や、シズちゃ、……ン……!」



みさきが欲しい。形だけでなく全部、みさき全てが欲しい。互いに相手を強く求め合い、相手無しには生きられぬ程に、そして1つになる事が出来たなら――これ以上の幸せはない。そこでようやく俺は安心する事が出来るのだ。あぁ、自分は幸せなのだと。みさきさえいれば、自分はこんなにも満たされるのだと――

永遠、に。



♂♀



30分後 池袋
サンシャイン64階通り


「もう!絶対あのお店には行けない!!」



そしてほんの数十分後、賑わい始めた通りのど真ん中でみさきは顔を覆い嘆いていた。というのも、行為中みさきがイッてから暫し抱き合って呼吸を整えていた時に、遠慮がちに開かれた扉の隙間から見慣れた女の顔が覗いたのだ。「そろそろお時間ですが」とやはり遠慮がちに言葉を残し、突然の展開に固まる俺たちを他所にそそくさと扉を閉めてしまう。そこで思考の途切れた俺の脳が、彼女がこの漫画喫茶の受付である事をようやく覚ったのだが。

出来るだけ従業員の方を見ずにそそくさと店を後にするみさきを追って、そして今に至る。速足だった彼女の足取りも、店から数メートル離れた時点でようやく落ち着きを見せていた。



「信じられない……よりによって、あんなところ見られるなんて……」

「あぁ、でも、あの店員特に動じてなかったよな。慣れてんのか?」



ただ単に暗くてよく見えなかったのか、それとも俺たちのように個室である事を良い事に色々としでかす利用者――つまりはラブホ代わりに利用する輩が多い為に、従業員はその対応や扱いに慣れているのだろうか。しかし俺がここで何を言おうとみさきは顔を真っ赤に染めて耳を塞ぐので、これ以上この件に関しては触れない事にする。



「いつも悪ぃタイミングで邪魔されるよな……もしかして呪われてんのか?」

「もう、ほんと……サイアク……」

「けど、みさきも案外悪くなかったろ?」

「……」



そんな意地の悪い俺の質問に、みさきは否定も肯定もしなかった。代わりに心底呆れ果てたような微妙な表情を返される。とにもかくにも、こんなにも寒い真冬の朝方に「暑い」と言いながら手で顔を扇いでいるのはみさきくらいだろう。

そんな彼女の横顔を見て思う。"また"、あともう一歩のところで、みさきを傷付けずに済んだ。良かった、と安堵すると同時に、残念ですら思う。無意識のうちに恨めしげに見ていた、折り損ねた彼女の二の腕からすぐに目を逸らし、決断力のない自分に溜め息を吐いた。結局のところ、俺はみさきをどうしたいのか分からぬまま。

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