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清々しい、とは言えない朝の訪れだった。外部から遮断された空間は時間に関わらず薄暗い。もうじき退室時間である事に気付いた私は、すぐ隣で眠るシズちゃんの頬をつんつんと突っついて起こした。彼の腕の中から解放してもらう為に。

仮眠を摂る為に借りた狭い個室、やはり馴れない場所なだけあってすぐに眠れるほど私は図々しくはなかった。それはシズちゃんも同じだったようで、枕が違うと眠れねえと愚痴を溢す。



「みさきが抱き枕になってくれたら、少しは変わるかもしれねえな」



そんな彼の呟きに一瞬固まってしまったのは言うまでもない。結果聞き入れてしまっているあたり、私も満更ではないのだろうけど。



「……眠ぃ」

「まだ寝足りない?」

「いや、そういう意味じゃなくて……眠りが浅かったっつーか……なんつーか」

「? 何かあったなら、ちゃんと言って?」

「!! ばッ、いきなり動くなって……!」



起き上がろうとすると、急に慌てた素振りを見せるシズちゃん。明らかに怪しい態度に不信感を抱くが、原因はすぐに察した。



「……朝からとか、サイテー……」

「生理現象だっての」



こればかりは仕方ねえだろと開き直る彼。腰のあたりに貼り付いた感触にただただ赤面する事しか出来ず。

所謂『朝勃ち』という、男の人に稀に(?)見る生理現象。何か疚しい夢でも見たのではと横目で睨む。男の性処理は女に比べ非常に厄介だとは聞くが、寝きて早々その気になれるほど私は盛ってなどいない。特に昨夜はいつもより眠りが浅かった為か、起きた直後特有の気ダルさが正直キツくもあったのだ。



「なぁ、」

「先に言っておくけど、朝からなんて嫌だからね」

「……」

「そんな物欲しそうな顔されたって、無理なものは無理!」



先に言ったもの勝ちだと言わんばかりに、彼の言葉を無理にでも遮る。言いたい事は分かっていた。生々しい感触が彼の主張を更に裏付けるかのように増してゆく。そんな気など初めからなかった。しかし耳元で囁かれる度に、身体が次第に疼いてゆく。狡い。彼は私の敏感なところばかりを熟知した上で攻めてくる。



「もう!自分で何とかしてよね!」



叫んだ。勿論、小声で。

途端にピタリと動きの止まるシズちゃん。暫し沈黙の後何を思ったのか「それでもいいか」と一言。それからは私がピタリと動きを止める番だった。いつになってもシズちゃんの言葉を完璧に理解するのは難しい。



「分かった。要するに挿れなきゃいいんだろ?」

「ちょッ、……え?」

「まぁ確かにみさきに負担掛けるのも悪ぃし、たまにはそうのも……」

「ストップ!待って、意味分かんない!」



周りに声が漏れないよう最善の注意を払う。まさかこんな場所で――なんて事を考えてみるが、それはいくら常識の通用しないシズちゃんだろうとあり得ない事を祈りたい。それでも良からぬ事を考えているのは確かなようで、意地の悪そうなこの表情を一目見ただけですぐに分かる。

フゥッ、と耳の穴へ吹き掛けられる生温い風。ゾクゾクと頭の芯が痺れるような感覚が怖くて、反射的にギュッと両目を瞑った。まるで悴んだようにじんじんと痺れる耳朶を柔らかい唇で甘噛みされる。それからシズちゃんは私の首元へと顔を埋め、べろりと喉元と鎖骨を舐めた。



「動くなよ」



熱の隠った声。もしかするとシズちゃんは要求不満なのかもしれない。まるで発情期の犬のように息遣いは荒く、ほんの少し赤らめた頬はまるで風邪に浮かされているかのよう。

こんな時、私はいつもどうしたらいいのか分からなくなる。ただ逃れるように拒絶するだけ。いつだって羞恥を捨てきれず、自分から求めようとはしない。変わらなければとあれほど思っていたにも関わらず、それでも今だ受け身な自分――



「ほ、ほんとに……その、挿れない……?我慢出来る……?」

「あぁ」

「……」

「なんでそこで黙るんだよ。俺だって本当はなぁ……!」

「わっ、分かった!分かってるから!だけど、今日は……ほら、きっと物件探しで歩き回るでしょう?朝からやるのは体力的にも時間的にもキツいから……ね?無事に住むところ決まったらさ、その……ちゃんとシよう?」

「!!」



いつになく大胆な発言に面食らうシズちゃん。恥ずかしいからと言葉に出来ずにいたが、いざ口にしてみるとやっぱり物凄く恥ずかしかった。世のカップル達はどんな言葉で互いの愛を確かめ合うのだろう、なんて素朴な事をふと思う。今になって思い返すと、私たちの間に事前の合意というものはない。きっと私は言葉足らずだろうし、シズちゃんは言葉よりも先に行動で示す。まるで本能のままに従う獣のようで、その上万年発情期。俗に言う普通なんて分からないし無理に目指そうだなんて思わないけれど、出来る事なら可能な限り彼に応えたいと思った。

しかし――途端に耳まで真っ赤に染め、口元を手の甲で隠す彼。久方ぶりに見る初々しい反応に思わずキュンときてしまった。



「ま……まじか……」

「!!? な、なんでそんなに赤くなるの!?私まで余計恥ずかしくなるじゃん……!」

「だってよぉ、普段みさきから誘ってくれる事ねえだろ」



その言葉にハッとする。確かに――言われてみればそうだ。シズちゃんも口に出さなかっただけで、本当は私からのこういう言葉を内心望んでいたのかもしれない。私の何気無いたった一言で、こんなにも彼は様々な表情を見せてくれる。なんて凄い事だろう。



「盛ってんの、俺の方だけだと思ってた。こうして一緒に暮らしてるし、キスだってセックスだってしたけれど……全然満足なんて出来ねえ。もっとみさきと色々な事してみてえし、色々なみさきが見たい」

「わ……私、も。シズちゃんと色々な事、したい」





相手の目を真っ直ぐに見詰め、心のままに。今口にした言葉に偽りなどない。

っつー訳で、とシズちゃんが仕切り直すと同時に両腿を合わせて抱き抱えられる。突然両足が頭より高く持ち上げられた為、仰向きになりながら危うく後頭部を打ち付けそうになった。



「ココ、借りるな」



ココ、と指し示されたのは内腿。スカートをぐいと捲し上げ、冷たい空気に晒される。指の腹でツツツとなぞられ、触れられた箇所から中心にぞわぞわと肌が泡立ってゆく。



「そんなところ、何に使うの?」

「まぁ見てろって」



背中を床につけ、上半身を横にしたまま視界に映らぬシズちゃんへ問う。ただ視界に映るのは天井だけ。何処を見ていたらいいものか分からず視線を泳がせる。

関節を折り曲げ、膝だけを立てて横になる私の両足を開くシズちゃん。己の身体を無理矢理割り込ませ、腰に足を絡ませるよう促す。



「よっと」

「!!? ななな何してるのシズちゃん……!?」

「ん、1度ヤッてみたくて」



一体何処からこんな卑猥な事を覚えてくるのだろう。彼は戸惑いもせずズボンのチャックを下ろすと、既に大きくなったモノをスリスリと擦り付けてきたのだ。

私の内腿に挟まれたそれはぬちゃぬちゃと粘着音を響かせながら、先走りで肌を汚してゆく。まるで何か別の意思を持った生き物が身体を這っている感覚。逃れようとすればするほど、彼は無意識のうちに尋常でない力を発揮するのだ。



ギシギシ。ギシリ。



骨が軋む。身体が痛いと叫んでる。シズちゃんに悪気がない事はとうに分かっていた。彼は性に関して本能的になればなるほど力を制御出来なくなるのだ。それか恐らく、彼は彼なりに力のコントロールを意識しているのかもしれない。時折力の入れ具合を確かめるように、腕の力を抜いているのだから。それは彼なりの私への気遣い。それこそが愛されているという証。だから、このままでいい。私が「痛い」と口にしない限り――身体がボロボロに壊れてしまわない限り、彼は何1つ気にする事なく私に愛を注いでくれるのだ。

馬鹿だね。痛みを我慢してほど愛されたい?――そう、私は自分の信じる『愛』を確かめたかった。他人からの愛情を感じていたかった。罪歌の気配が次第に強くなるに連れ、己の意識や思考までもが彼女に侵食されてしまいそうになる。まるで真新しい火傷を負ったみたいに、あの古傷がじゅくじゅくと疼く。まるで腐った無花果のような瘡蓋が何かの拍子に剥がれてしまったかのような――例えるならそんな痛み。どうせ痛みを感じるのなら、愛する者から与えて欲しかった。シズちゃんの力が、古傷の痛みを紛らわしてくれる。



「あッ……!」



痛みに耐え続けていたせいもあり快楽へ意識が回りきらず、甘い吐息のような声が漏れてしまう。変わらずスリスリと擦れながらシズちゃんのそれは上へ上へと移動し、意図的なのかは定かでないが、互いの性器が布越しに触れ合った瞬間電流のような衝動が走った。

先走りのぬるりとした感触が割れ目をなぞる。抵抗しなければと脳は必死に警鐘を鳴らしているのに身体は動かない。心の奥底で私は中を暴かれ、貫かれる事を望んでいるのかもしれない。それを意識するまいと思えば思うほど中がひくひくと収縮を繰り返す。細波のように時折襲い来る快楽が自然と吐息を荒くさせた。



「……ンな表情されるとすげえ困るんだけど」



密着したそれがどくん、と脈打つ。瞳を閉じれば彼の変化1つ1つをダイレクトに感じる事が出来た。



「駄目」

「……わぁってるって」



溜め息混じりの声は心なしか不機嫌で。それでも頑なにこれ以上の行為を許さないのは、自分自身を甘やかせてしまうと分かっていたからだ。それにしても「駄目」の一言に従順な彼を私はもっと褒めるべきなのかもしれない。まるで大好物のご馳走を前にステイ(待て)を命じられた犬のよう。私はどうもシズちゃんの事を犬と重ね合わせて見てしまう傾向にあるらしい。



――私、どっちかと言えば猫派なんだけどなあ。



今のシズちゃんを例えるとすれば、飼い主へ身を擦り付けておねだりしている犬の様を連想させる。そう思えば込み上げてくる笑いもあるが、断然気持ちよさや卑猥な感情が勝る為に笑う余裕などなかった。ぐちゅぐちゅと摩擦で生じる音や熱に、耳から何もかもが犯されてゆく――

すぅ、と息を吸う音。時折荒い息遣いで私の匂いを嗅ぐように、顔を埋めては痛いくらいに首元にキスして痕を残す。そのあたりがやはり犬を連想させるのかもしれない。そして腿からはみ出た亀頭部分に自らの手を添えては、滑り気のある液を指に絡め激しく扱くのだった。う、と呻き声が聞こえると同時にどぴゅッと勢いよく白濁色の精液が放たれる。私の中に出される事なく、代わりにシズちゃんの手のひらを白く汚す。



「は…ッ、はぁ……」


名残惜しげに何度か内腿に擦り付けてきたシズちゃんだったが、やがてずるりと引き抜く。声を我慢するあまり力強く噛んでいた唇からは、錆びた鉄のような味がした。それに気付いたシズちゃんが私の顎をくいと寄せ、滲み出た血をぺろりと舐め取る。何度も何度も、執拗に。その鉄臭い味を堪能するかのように。



「血、止まんねえな」



流血した部分を指先でなぞりながら、シズちゃんが耳元で小さく囁く。もはや周りへの配慮など忘れるくらいに頭の中は真白だった。

じんじんと痺れる秘部。意識せずとも全神経がそこへと集中してしまう。触って欲しい。気持ちよくなりたい。逆らえぬ欲が身も心も侵食してゆく。甘い匂いがする、とシズちゃんが顔を寄せてきた箇所はまさに敏感になっている"アソコ"。



「挿れなきゃいいんだもんなあ?」



都合のいい言い訳に私は何も言い返せない。言い返す気などなかったし、拒絶する理由などどこにもない。

恐る恐ると閉じていた両足を広げ、小さな声で触ってと懇願する。このままの状態では物件探しなど出来る訳がないじゃないか。

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