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どうやら私はまたもや厄介事に巻き込まれているらしい。それを初めて耳にしたのは、ネット上でのチャット仲間の何気無い一言。詳細を聞いていくうちに、既に他の掲示板でも大きな話題として取り上げられている事が分かった。因みに『他の掲示板』という大雑把なカテゴリーの中にはダラーズの掲示板も含まれており、目撃情報も多数寄せられている――とか何とか。

チャットを中断しググってみると、それはもう半端ない検索ヒット数。現代社会と限り無く密接したネット社会にはこんなにも情報が渦巻いているのかと一瞬背筋がゾッとした。個人情報のプライバシーなんてあったもんじゃない。幸い事実検証の決定的な証拠となるような写真は撮られていなかったが、こうも話が広まっていては2人だけの外出は避けるべきだろう。その筋の掲示板を一通り見終えた私は、長時間画面を直視した為か疲れた両目瞼を閉じた。精神的に疲れたというのは今まさにこのような状態の事をいうのだろう。



――……困った。



まさか全掲示板を巡ってはいちいち噂を否定する訳にもいかまい。仮にそうしたとして怪しまれるだけだろうし、表情の伺えないネット住民から叩かれるのがオチだ。結局今すべき最善策が何なのか見当もつかず、ひとまずシズちゃんに相談してみようと彼の帰りを待つ事にする。今までの経験上自己解決は賢明でない。

テーブル上のリモコンを手に取り適当にチャンネルを回してみる。3、4度番組を変えてみたところある某報道番組で手が止まった。



《なお以前お伝えしたように5年前にも同様の事件が数件あり、その犯人がいまだ特定されていない事から、警察当局は同一犯の可能性についても言及し――》

「……」



臨也さんから聞いた、新宿で起きた切り裂き魔事件を思い出す。しかし今回の切り裂き魔事件とはまた別人物の犯行であろう事は確かだ。埼玉で起きた切り裂き魔事件は、恐らく新宿で起きた切り裂き魔事件被害者の犯行。そして今回は――贄川春奈。これらの事件全ての犯行パターンが同様であるというのに、主犯はそれぞれ異なっている。やはり罪歌で斬られた人物が寄生されるという臨也さんの説は間違っていなかった。

テレビを点け放しにしたまま、テーブルへと顔を伏せる。このままでいいのかと不安になる。早く、早く終わらせなくちゃ。過去の自分と決別し、そしてシズちゃんと向き合えるように。



♂♀



過去ログ チャットルーム


あひるさんが退室されました

セットンさんが入室されました



[ばんわー]

[て、あれ?]

《おやおや、あひるさんと見事に入れ違いですねぇ》

《それにしてもセットンさん、いつもより少し遅くありません?》

【何かあったんですか?】

[ちょっと友人に料理を教えてまして……]

【料理?】

【バレンタイン、ではないですよね。14日はもう過ぎてますし……】

[いや、そういうんじゃないと思うんですけど……友人が料理を習いたいと言って、訪ねて来たんです]

[……まぁ、私の料理の腕なんて大したものではありませんが……]

《へぇ、なんだか興味あります☆》

《何をつくったんですかぁ?イタリアン?中華?》

[あぁ、本当に大したものじゃあないんですよ!?]

[かに玉、です]

[……多分]

【多分ってwww】

《で、お友達は無事に作れたんですか?》

[それがもう驚く事に!]

[彼、意外と手先が器用で……!]

【彼?それじゃあ、男?】

【男性の方がわざわざ料理を習いに行くのも、なんだか珍しい話ですね】

[なんでも、彼女さんに作ってやるんだとかで張り切ってましたからねー]

[なんだか羨ましかったです]

《そんな事言ってぇ!》

《セットンさんにもいるんじゃないですかぁ?素敵な相方☆》

[!!?]



     ・
     ・
     ・



【あ】

【今、報道で切り裂き魔の特集やってるみたいです】

《街は切り裂き魔の話題で持ちきりですからねぇ》

《この間なんか、首無しライダーと関連性があるんじゃないかってお偉いさんが言ってましたよう?》

[いやいや、だって首無しライダーは鎌でしょう。さすがに日本刀とは間違えないんじゃあ……]

《鎌にも刀にもなるハイテクな武器だったりして☆》

《それこそ影みたいに、みよよーんと伸びて!》

【まぁ、それはないと思いますけどね】

【刀……ですか】

《ふふん。もしかしたら妖刀とか、そういう筋のものかもしれませんねぇ》

【妖刀?】

《そうです!妖刀!知ってますか太郎さん?》

【知ってるかって言われても……セットンさん、そういうの詳しいんじゃないですか?】

[妖刀ですかー。村正みたいな?]

《違いますようセットンさん!あれは持ってると不幸が押しかかるっていうタイプの奴じゃないですかぁ。ああいうのとは別の奴です!もうマンガみたいに、持ったらその刀に操られて人をズバズバーッと斬っちゃうのですよう!》

[いや……そういうやつの名前って、たいていムラマサですよね?]

【ムラマサブレード?】

[くびをはねられた!]

【ウィザードリィ?ウィザードリィ?セットンさん、ゲーマーですね】

《ああんもう、脱線しないで下さい!》

[あー。すんません]

【すいません甘楽さん】

《いいですか!今、池袋は妖刀のうわさで持ちきりなんです!夜な夜な現れては路地裏で凶刀を振るう、謎の殺人鬼!まだ死人は出てませんけど、日本刀を使って人の身体をばっさばっさと袈裟斬りに!》

【いや、袈裟斬りだと普通死ぬんじゃ……】



     ・
     ・
     ・



現在、チャットルームには誰もいません

罪歌さんが入室されました



{人}

{愛}

{違}

{弱}

{望}

{愛}

{望}

{望}

罪歌さんが退室されました

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません



♂♀



次の日 AM6:00


翌朝、目を覚ますといつの間にかシズちゃんが帰って来ていた。私の隣でテーブルに突っ伏しスヤスヤと寝息を立てている、ベッドで寝た方が熟睡出来るであろうに……そんな事を思いながら眠る彼を見つめる。時折瞼がピクリと動く度に長い睫毛が揺れ、もしかしたら夢でも見ているのかもしれないと何だか微笑ましい気持ちになった。彼が起きぬようゆっくりとその場を立ち上がると、肩からぱさりと何かが落ちる。そこでシズちゃんが掛けてくれたのであろうブランケットの存在に気付き、彼がしてくれたように今度は私がブランケットを掛けてやった。

ここ最近目覚まし時計を使わずとも早朝に目を覚ますようになった。朝5時に目を覚ますのは当たり前、早い時には未だ空の暗い4時頃に起きてしまうのだ。ただ不眠症や寝不足といった症状はなく、ただ単に早く起きる習慣が身体に染み付いてしまったのだと理解する。昨夜は精神的に疲れてしまった為か若干いつもに増して眠っていたけれど。



「……?」



チャットの過去ログを覗いてみると、そこには荒らしのような書き込みが存在した。書き込み主のHNは『罪歌』という、何とも切り裂き魔事件に便乗したような名だ。しかし妙だ。世間では日本刀を使う一風変わった切り裂き魔として通ってはいるが、犯行に使われている刀が罪歌であるという事実は一般的に公表されていない。いや、正しくは一般的に知られている訳がないのだ。そもそも刀が寄生して人を斬るだなんて映画のような話が一般受けするとは思えないし、それを聞いて喜ぶのは一部のオカルトマニアくらいだろう。



――"人"、"愛"……"違"?

――この人は何を"望"んでいるのだろう……



暫し掲示板を黙視したまま様々な考えを巡らせていると、すぐ隣で眠っていたシズちゃんの身体が突然ピクリと反応した。反射的に携帯を閉じる。何も疚しい事などしているつもりはないが、つい……なんとなく。

弁解の言葉を見付けられずあたふたとする私に、シズちゃんが不機嫌そうな声で言った。



「なに慌ててんだよ」

「と、友達と連絡取り合ってたの!」



寝起きのせいか声に若干凄味がある。私の言葉にいまいち納得に欠けたような表情をするシズちゃんだったが、やがてふと思い出したように身体を起こす。



「あ」

「? どうしたの?」

「今日、仕事忙しいんだよなぁ……正直、だりぃ」

「そういえば昨日も帰り遅かったよねぇ。そんなに仕事溜め込んでるの?」

「あー……まぁ、そんなとこ」



ふらふらと気だるそうな動きでワイシャツを取りに行く彼の背中を床に座り込んだまま見送る。頭を物にぶつけそうになったりと見る者をハラハラさせるシズちゃんだったが、数十分後には無事に着替えを終えたバーテン姿の彼を見る事が出来た。とはいえ、彼の服装のほとんどの割合がお馴染みのバーテン服なのだが。

そんな見慣れたバーテン姿のシズちゃん、どうやら癖毛が気になるらしい。ぴょこんとハネたてっぺんの髪の毛に悪戦苦闘している。



「……やってあげようか?」

「? みさきが?」

「うん。あ、ここ座って。シズちゃん大きいから届かないでしょ?」



半分寝惚けたままの彼の手を引き、ソファに座るよう促した。寝癖直しスプレーとブラシを手に取り、背後に回って癖毛直し開始。



「シズちゃんって癖毛だよね」
「弟は真っ直ぐなんだけどな……同じ血が流れてるってのに、こうも違うんだよなぁ。俺たち」



毛先を指先で摘まみ、まじまじと髪の毛を見つめるシズちゃん。自分と違って出来の良い自慢の弟なのだと嬉しそうに話す。



「そういえばさ、髪の毛結構伸びてきたね。根元の方だけ茶色い」



プリンみたいと口にするとシズちゃんが声に出して笑った。どうやら私の比喩表現が可笑しかったらしい。

金髪の癖毛を撫でる。手触りがふわふわとして柔らかく、まるで犬を撫でているような気分。シズちゃんは気持ち良さそうに目を細めると、ゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。ソファに座るシズちゃんに瞳を覗き込まれ、思わず後退ってしまう。すぐに片手を掴まれてしまったけれど。



「……なんか、シズちゃんに見上げられると緊張する」

「あーそういや、この間もそうだったよなぁ?ヤッてる最中みさきが上で俺が下だと、いつもに増してすげー顔真っ赤に……いてッ」

「もう!朝からそーいうの恥ずかしいから!」



ニヤニヤと笑うシズちゃんに制裁、ブラシで頭を小突いてやった。しかし次の瞬間物凄い腕の力で引き寄せられ、逆らえぬまま唐突にキスをされる。互いの唇が離れてからも暫し呆然としていた私を見て、なんつー顔してんだよと笑われた。



「充電」

「……ッ!!」



そう言って唇をペロリと舐めるシズちゃんがあまりにも色っぽくて、結局何も言い返せぬまま彼は仕事へと向かってしまった。これが俗に言う『いってらっしゃいのちゅー』とやらか、なんて客観的に思いながら己の唇に触れてみる。頭の中で何度も情景を思い浮かべるうちに、恥ずかしさのあまりその場に踞ってしまった。それ以上の事をやっておきながらキス如きでこんなにもドキドキしてしまうだなんて、この事を知られたらやはりシズちゃんに笑われてしまうだろうか。

天気は快晴やや曇り。テレビを点けてもどうせ切り裂き魔の話題で持ちきりだろうから、敢えてテレビは点けなかった。部屋の中をぐるりと見渡し、まずは掃除を終わらせてから食材の買い出しに行こうと決めた。

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