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それからは慌ただしい朝だった。もう1ラウンドしたいだなんてとんでもない事を口にするシズちゃんを無理矢理引き剥がし、彼のだぼだぼTシャツを頭から被る。それから向かうは台所だ。頭を切り替え、てきぱきと朝の支度を始める。基本朝に弱いシズちゃんはそんな私の様子を暫し眺めていたけれど、丁度朝食の支度が出来た頃にはようやく彼も身支度を始めていた。

天気は快調、心機一転するには最高の日和。包み隠さず全てさらけ出した今不思議と身も心も軽くなったような気がする。そんな清々しい気分で迎える新たな1日の始まりはとても気持ちが良いものだった。だからこそ敢えてニュースは見ない。それは、ここ最近頻繁に生じる切り裂き魔の被害について報じているであろう事を知っていたから。こんな時だからこそ、彼と共有する一時に罪歌の一連を考えたくはなかったのだ。



「これ、美味いな」

「え?……あぁ、フレンチトーストのこと?朝だから簡単なものしか作れなかったけど、気に入ってもらえてよかった」

「……今度の金曜」

「?」

「仕事、休みだからさ。たまには俺が飯作ってやる」

「えっ、ほんと?」

「あー……そんなに期待すんなよな」



そう言ってから照れ臭そうにそっぽを向くシズちゃんは、ベッドの中での大人びた表情とは違い何だか可愛らしく見えた。今まで彼の様々な表情を見てきたけれど、1番なんて決められないくらいにどの表情も魅力的で。新たな一面を知る度により彼の事を好きになっていった。それを幸せだと思う反面、やはりトラウマがついて回る。シズちゃんの首筋からは既に消えてしまっているけれど、何か証となるものを残したいと思ったのは事実。罪歌の意識に蝕まれていやしないかと時々無性に不安にもなる。



ほらね、貴女もやっぱり私と一緒

愛する為に、愛する者の身体に己の証を――

「!?」



それは、今までに幾度と聞いてきた女性の声。直接脳に語りかけてくるような感覚に一瞬目眩がする。

日に日に彼女の存在が池袋の街へと浸透してゆくのが分かる。そして今や色濃くもはっきりとその気配を認知出来るまでになった。胸の内がざわざわとするのは多分そのサイン。こうも近くに彼女を感じるのに、未だ接触出来ないのは何故?



♂♀



数時間後
池袋 某ファミレス


今日の取り立て先は、なんと数十万もの多額の金額を滞納していた中年の男だった。例の如く、出会い系サイトに貢ぎ込んだ輩の悲惨な末路だ。男は初めこそ滞納を否定したが俺の顔を見るなり大人しく金を差し出した。今回は往生際がよかったから良いものの、これで相手に渋られてしまうと仕事量が一気に増える。主に俺が暴れた後処理に。

今回は暴力を使う事もなく無事ノルマ分の回収作業を終え、軽く食事を摂ろうとファミレスに入るなりトムさんは昨日の話題を持ち掛けてきた。無論みさきとの事だ。男2人が集まって話す事と言えば大抵は女絡みと決まっている。俺がみさきと出逢うまではほとんどが聞き手側であったが、ここ最近話し手側に回る事もしばしば。話す事に抵抗はなかったし、こんな事を話せる相手もトムさんくらいなので有り難い。何しろ恋愛経験が少ない故に。



「な……ッ、ご主人様プレイだと……!!?」

「しーっ!声でかいっすよトムさん」

「わ、悪ぃ悪ぃ……それにしても、あの静雄がなぁ」



大人になったなぁだの羨ましいだの、オーダーしたブラック珈琲をくるくると回しながらブツブツと呟くトムさん。俺は運ばれてきたバナナチョコレートパフェを店員の手から受け取りながら、誰か聞いていやしないかと周りをキョロキョロと見渡した。こういう話題の時はやけに周りへと意識を向けてしまうものだ。話の内容が内容なだけに。



「で、どうだった訳よ。マンネリ解消出来たのか?」

「いや、それが……原因はマンネリとかじゃなくて」

「だろ?やっぱし俺の言う通りだったべ」

「そうっすね……でも、実際はそれより深刻だったというか……」



みさきの過去にあんな事があったなんて、これっぽっちも知らなかった。みさきなりの話せなかった理由も今なら分からなくもない。

1つ引っ掛かる点。今や過ぎ去った過去にせよ、かつてみさきを愛しその小さな身体に証を残そうとした輩がいたという事実。みさきと俺が知り合うよりも以前の話だとはいえ、正直――ムカついた。見ず知らずの男相手に嫉妬しているのかもしれない。愛故にみさきを斬ろうとした男の神経も異常だが、今この状況で嫉妬という感情を抱く俺も相当異常なのだろう。



「俺、人一倍支配欲強いんだと思うんすよ。昔の事なんて俺がどうこう言える立場じゃねぇのに、むしろ出来るもんならみさきの過去も今現在も、全部全部奪っちまいたいくらいなんすけど……俺の立ち入れない過去が今のみさきの負担になってるっつーのが、すげぇ許せなくて……」

「静雄……」

「……すんません。俺、ほんとどうしようもねぇヤツっすよね。欲張りだってのは重々承知して……」

「いや、俺は感動した」

「?」

「はぁー……ほんと、あの静雄がなぁ。お前、まじで変わったよ。成長したなぁ」

「???」



成長?俺が?トムさんの言っている意味が分からなくて困惑する。まさかそんな事を面と向かって言われるとは思ってもみなかったから。だって、聞くところただの嫉妬深い嫌な男ではなかろうか。それは他の誰でもない自分自身が1番よく自覚している。そんな己の幼稚さに嫌気が差したり。



「お前もまだまだ若ぇんだからよ、今のうちにたくさん悩んどけって!」

「……トムさんと2つしか変わらないんすけどね」



まさか24にもなって恋愛沙汰でこんなにも悩む事になろうとは、一般的に青春時代を謳歌するはずが殺伐とした日々を送っていた高校生時代の当時の俺は想像だにしなかっただろう。若かりし頃の自分に思いを馳せているうちに、目の前のパフェは時間の経過と共にみるみる溶けてゆく。ハッと我に帰った頃には半分程が液体と化しており、俺は右手にスプーンを握ると慌てて掬って口に運んだ。ほんの少し生ぬるい生クリームは口内でしゅわりと儚くも溶け、程好い甘味を拡散させてゆく。後味引くフルーツの風味が何とも絶妙。

決して舌が肥えた方ではないが、こういう「美味しい」と感じたものをみさきと共有したいと思う。今度ここへ来る時はみさきも連れて来てやろうと内心思いつつ黙々とパフェを食べ続けた。甘党なみさきもきっと気に入ってくれるだろう。



「あ、そうだトムさん。今日の仕事って何時頃上がれそうっすか」

「なんだぁ?さっそく愛しのみさきちゃんとデートって訳かぁ?」

「ちッ、違いますよ!今日はダチに料理を教わりに行こうと思ってて……!」

「料理?お前が?」



トムさんが不思議がるのも当然だ。みさきと出逢うまで不規則な食生活を送って来た俺がまともな料理を作れる筈もなく、それが今更料理を習いに行くというのだから。



「……まぁ、約束からかれこれ1年以上も経っちまったんすけどね」

「へぇ。……しっかし、どうしてまた急に」

「今朝、みさきと約束したんすよ。今度は俺が何か作ってやるって」

「いいねぇ普段彼女が飯作ってくれるってのは!静雄の話聞いてたら、俺も彼女とか欲しくなってきたわ」

「トムさんこの間言い寄られてたじゃないっすか。丁度駅前の店で」

「いやいや、あーいう派手な女って尻軽そうじゃね?俺が欲しいのは……もっとこう、疲れきった時に癒しをくれるような……それこそみさきちゃんみたいに可愛くて料理も出来る女の子と付き合いてぇよ」



それからトムさんは暫しぼやいていたけれど、会社に連絡を取ってくれていたらしく「今日はもう上がっていいらしいぞ」と教えてくれた。それからパフェを食べつつトムさんと色々な話をして(大半はトムさんが理想とする女性像について延々と聞かされ続けていたのだが)別れ際に頑張れよと背中を叩かれた。少しばかり照れ臭いが、こういうやり取りも新鮮で楽しい。

ファミレスに背を向け、待ち合わせ場所に指定したいつもの公園へと向かう。彼女と待ち合わせをする時は決まってこの池袋公園だった。何より都会の焦燥を感じさせない静かな雰囲気が気に入っている。昼間は昼食の弁当を手に社会人や若者が多々集まるが、昼のピーク時を過ぎた頃には比較的人数も落ち着いていた。



「悪ぃな、いきなり呼び出して」



特徴的なヘルメットを見れば一目瞭然。影のような漆黒のライダースーツに身を包んだ彼女――セルティは首を振ると、PDAに打たれた文字列を差し出した。



『私は別に構わないぞ。お前こそ、思ってた以上に早かったな。そうそう、料理の件だが……本当に私なんかでいいのか?』

「こんな事頼めるの、他にいねぇしな」

『頼ってくれるのは嬉しいんだが……新羅曰く私の味付けは未知なる神秘の味らしいぞ?見かけだけならともかく、味の方は……』



誉めているのか何なのか曖昧な表現の仕方が新羅らしい。かに玉だけなら作れると慌てて補足する彼女に連れられて、次に向かう先は新羅のマンション。両手には卵などの材料が入ったスーパーの袋をぶら下げて。



♂♀



同時刻
チャットルーム


《もうすぐ2月も終わっちゃいますねぇ》

【今月もバタバタとしているうちに、本当にあっという間でしたね】

【切り裂き魔の犯人もまだ捕まっていないようですが……】

【ここ最近、警察がパトロールしているのをよく見掛けますね】

《なにしろここ最近の池袋は治安が悪いですから》

《きっと私みたいな可愛い女の子は狙われちゃいますよう><》

【すみません】

【リアルタイムで反応に困ってます】



あひるさんが入室されました



「こんばんは」

【あぁ、あひるさんタイミングのいい時に】

「?」

「どうかしました?」

《ひどーい!太郎さん逃げましたね!?》

《甘楽ちゃん怒っちゃいますよ!ぷんぷん!》

【分かりました。スルーするのが正解なんですね】

「あはは……2人共相変わらずで」

《私はいつまでも変わりませんよ》

《なんたって永遠の21歳ですから☆》

「え」

「甘楽さん21なんですか」

《ちょっとそれどういう意味ですかー?》

「いや……てっきりもう少しお若いものかと」

【発言がアレですからね】

《太郎さんいつもに増して毒舌!?》

《まぁ、真偽はさておき》

「……気になります」

《知らない方がいい事だって世の中たくさんあるんですぅ》

《真実は自分が思っている以上に残酷ですからねぇ》

【どういう意味ですか?】

《ナ、イ、ショ☆》

《余計な探求心は身を滅ぼしますよ!》

《……今の台詞、格好良くありません!?》

【えぇ、まぁ】

【まるで米国映画の台詞をそのまま引用したようで】

《ていうかあひるさん!》

《私の事、何歳くらいだと思ってたんですか!?》

「えーと……」

「……19?」

【随分と微妙ですね】

「本当はもっと若い年齢を想像していたんですけど」

「そういえば甘楽さん物知りですし、でも口調なんかも含めると……二十歳はいってないのかなあって」

「……想像、ですけど」

《ふふん、いいところ突きますねぇ》

《でも、もしかしたら全くの別人格かもしれませんよー?》

《ネットは正確であると同時に真偽の区別がつきにくい場ですから》

《そうそう!真偽といえば平和島静雄の彼女の件》

《あの噂、どこまでがホントなんですかね?》

「……え?」

「彼女?ウワサ?」

【あひるさんご存知ないんですか?】

「は、初耳です!」

「詳しくお願いします!」

【やけに食い付きますねw】

【まぁ、私が友人に聞いた話だと――

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