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――あー……もう。

――どうしてこんな事になっちゃったんだろう。



すっかりスイッチの入ったシズちゃんに焦らし焦らされ、この状態になってからどれだけの時間が過ぎた事か。考えるのも馬鹿らしくなって、というか考える気力さえ今の私にはなくて。

ソファ下の床に散乱しているのはだらしなくも投げ捨てられた下着にブラ。視界にチラつくその光景が我ながらとても恥ずかしい。ただ、今の状況下においてこんな事で恥ずかしがっていてはこれから身が持たないだろうし、そんな辱しめからは目を背ける事にした。



「(そんな事より……)」

「なぁ、さっき門田たちに聞いたんだけど」

「待っ、ストップ!こ、こんな状態のまま話す事」

「敬語」

「……でしょうか」



唐突に始まりを告げた『メイドさんごっこ』は彼の要望により続行中。シズちゃんはすっかり楽しんでいるご様子だ。気に入ってくれたのは嬉しいが――今の状況はどうだろう。それに私の聞き間違えでなければ話は事後ベッドの中、ではなかっただろうか。

人生上初めてスカートを履いた男性の殆どが「スースーする」と思うように、かつて制服をほぼ毎日着用していたスカート経験豊富な私もスースーするといった感想を抱いていた。しかしその理由は根本的に違うものであって、何しろ当然常に身につけているはずの私の下着は虚しくも床に放置されているが故。素股でシズちゃんの身体に跨がっているのはあまりにも恥ずかしかったから、無意識のうちに腰は浮かび彼の身体を挟んで膝立ちしている状態だった。体勢こそは安定しているものの何をされてもおかしくない状況から脱する事は不可能。シズちゃんからの追加ルールで、私はあくまでメイドとして彼に奉仕しなくてはならないらしい。だから原則的には敬語を使うのがいくつかの条件のうちの1つ。近頃シズちゃんに敬語を使う機会なんてないのでやはり普段の癖が出てしまう事も多々。



「呼び方はシズちゃん、でいい……んですか?」

「あー、うん。やっぱみさきから呼ばれるのはそれがいい」



そして何やら複雑そうな表情を一瞬だけ垣間見せた後、シズちゃんは言いにくそうに言葉を続けた。



「俺の名前、もう知ってるよな」

「……当たり前、じゃないですか」



まぁ、初めから知ってた訳じゃないけど。ボソッと最後に小さく付け足す。私からのささやかな仕返しだ。

しかしそれが彼にとってはそれなりのダメージになったらしく、本気で申し訳なさそうな顔をする。慌てて両手をぶんぶんと振って気にしてないからとフォローするもシズちゃんの表情は優れない。



「あの頃の俺は……その、みさきに拒絶されるのがすげー怖くて。1番信頼しているヤツに限って、本当に大切な事を話せなかった」

「いいよ。そんな昔の話」

「関係ねぇよ。そもそもお前相手に隠し事なんて、まじで最低だったな俺」

「……」



その言葉は今の私自身に向けられているような気がして、何だか気が重くなってしまった。違う。今も昔も本当に大切な事を打ち明けられずにいるのはいつだって私の方だ。



「だって私にとってシズちゃんは、シズちゃん、ですから。例え外で何と呼ばれていようが、関係ないよ」

「はは、かなり強烈なのもあるけどな。すげぇネーミングセンスの」

「一体いつからそんな呼び名……あッ」



咄嗟に口を塞ぐ。少しでも気を抜くと敬語を意識する事を忘れてしまいそうだ。



「そ、そんな事より!門田さんが何……ですか」

「おーそうだった忘れてたわ。お前、前に日本刀の通り魔がどうとか言ってたよな。あれ、今ニュースで話題になってるヤツだろ?」

「……正直私はそう思ってます。多分、ううん絶対」

「どうして知ってる」

「え?」

「よくよく考えてみたらよぉ、なーんか可笑しいんだよなぁ。お前も見てみろこの雑誌」

「(……雑誌?)」



首を傾げる私を余所に、シズちゃんはソファ付近の棚の上にある1冊の雑誌へと右手を伸ばす。そしてとあるページを器用にも片手で捲ると、ずいっと私の目の前に突き出してきた。視界をほぼ雑誌ページで覆われ初めは焦点が合わなかったものの、切り裂き魔に関する内容だと悟ると同時にハッとする。内容は若干古いがこれは確かに私の追う切り裂き魔そのものだろう。

あまり他の事に興味を示さないあのシズちゃんが、何故こんな情報誌を。考えも及ばぬままシズちゃんは更に言葉を続ける。



「こうして切り裂き魔が世間で話題になるずっと前だよな?みさきが切り裂き魔の事を口にしたのは」

「! え、えーと……」

「もしかしてお前、最近帰りが遅ぇのって」

「……」


今日のシズちゃんは勘が鋭い。こうも正確に言い当てられてしまっては私は黙り込むしかない。キュッと下唇を噛み、うつ向く。例えそれが肯定を意味していると他者から見ればバレバレだとしても今はこうするしか他ないと思った。ひたすら時間の経過と共に話題が過ぎ去るのを待つが彼がそれを許す訳もなく、静寂に包まれた小さな小部屋に彼の長いため息が響き渡る。



「また黙りかよ」

「……」

「いい加減俺だってキレるぞ。それに……忘れてねぇよなあ?今の自分の立場」

「分かってる、けど」

「……巻き込みたくないってツラしてんな。お前も大概理解しろ。さっきも言ったが、もうとっくに分かってんだろ?俺のこと」



沈黙は肯定を意味する。シズちゃんの苛立ちが次第に高まってゆくのが身体を通じてヒシヒシと伝わってきた。正直怖い。それでも私は自分の意思を簡単にねじ曲げるような事は決してしたくなかったのだ。



「平和島静雄。喧嘩自動人形。池袋最強」

「……」

「身体だって人一倍丈夫だし、もし切り裂き魔に狙われるような事になろうがそう簡単には死なねぇよ。ノミ蟲野郎のナイフだって大して刺さった例しもねぇし」



まぁ、ボールペンなら刺さった事あるけど。あれはまた別物だからカウントには入らねぇと自分の呟きに根拠のない理由を肉付ける。



「みさきに何かあったら俺……耐えられねぇ。自分を責めちまう」

「そんな、シズちゃんが責任感じる事……ないのに」



その時、腹部をすすす…と何かが上へ上へと這ってゆく感覚。そしてある場所まで達すると突然手の動きがピタリと止まり、シズちゃんは明らかに鬱陶しげな表情を浮かべる。僅かな圧力をそこに感じながら私はシズちゃんの言葉を待った。



「この傷、まだ残ってるんだろ」

「あ……」

「あの時、俺が刺されればよかった。どうせ深くは刺さんねぇし、今こうして不愉快になる事もなかった」



あの時――臨也さんがシズちゃんをナイフで刺そうとした時、私の身体は咄嗟に彼を庇ってしまった。傷口は大して深くなかったから大事には至らなかったものの、出血が酷い上に消えない傷口が今もこうして残っている。目にする度に思い出される光景、刺された瞬間の衝撃。既に痛みは感じられない。しかし思っていたよりもシズちゃんの心には深く抉れた傷痕が残っていた。きっと私なんかよりもずっとずっと深い傷。

彼は心底悔やんでいたのだろう、あの時の事を今でもずっと。私の知らないところでシズちゃんはいつも傷付いていた。表面上見る事の出来ない傷が幾つもその身体に刻み込まれている。



「……」



手を伸ばし、そっと彼の胸に触れる。シズちゃんは一瞬驚いたような表情を浮かべるが、何も言わずに私の行動を受け入れた。きっちりと閉められた執事服のボタンをゆっくりとした動作で外してゆくと、ほんの少しはだけた胸元に一際目立つ傷痕の存在に気付く。いつも恥ずかしくて直視する事が出来ないから、こうして冷静になって見ないと気付く事が出来なかった。身体にたくさん傷が残っている事は知っていたが、まさかこんなところにまで――

まるでナイフで切りつけられたような、それこそ切り裂き魔にでも斬られたような横幅の広い切り傷。もしこれが深く突き刺さっていたら心臓の動脈をも切断していただろう。そんな事を考えながら、指先で傷痕に触れそれをなぞり上げる。



「これ……」

「高校の時、臨也にやられた。……今思い出しても胸糞悪ぃけどな」

「そう、だったんだ」



シズちゃんは自分が肉体的に傷付く事を躊躇しない。

確かに彼は人より丈夫かもしれないけど、ナイフでこうして傷痕だって刻み残せる。全て元通りに完治出来る訳ではない。もし、シズちゃんが切り裂き魔に斬られてしまったら――そして万が一その傷痕が残ってしまったら、きっと私はシズちゃんを愛した罪歌に対して嫉妬してしまうだろう。



「私だって、シズちゃんの身体に私以外の痕が残っちゃ嫌だよ」



――あぁ、やっぱり私も普通じゃないんだ。

――罪歌があの時言っていた事、今なら理解出来るような気がする。



「じゃあ、試してみろよ」

「……え?」

「つーか、命令。みさきなりに、俺の身体に残してみせろよ。何でもいいから」



唐突な誘い。きっとシズちゃんはナイフの切り傷だろうが何だろうが、仮に私が罪歌の言う『愛す為に斬った』としても受け入れてくれるだろう。他の誰にも渡さぬよう、いっそのこと今ここで斬ってしまおうか?そんな考えが一瞬でも過ってしまった自分がとてつもなく嫌になった。私は一体何を考えているのだろう。

暫し考え込んだ後、私は物の試しに彼の首へと己の唇を寄せていった。恐る恐る口づけて、ほんの少し痛いくらいに吸い付く。キスマークがシズちゃんの丈夫な肌に残るかなんて分からないけれど、例え一時の間だけでも自分の印を残しておきたくなった。その間にもシズちゃんの手は次第に下へと降りてゆき、スカートの中へと両手を突っ込む。



「すげ……やらしい液、太もも伝ってる」

「はあッ……、だって、」



何も覆うものがない秘部からは愛液が重力に従って太ももを伝い、シズちゃんがそれを塗り付けるように太ももを何度も往復させる。

ぬちゃぬちゃとした粘着音に耳を犯されながら彼の両肩にそれぞれ手を置き、潤む視界に映るシズちゃんの唇へもう1度キスを落とした。もう何の躊躇も感じられなかった。そして私の太ももをまさぐっていた手がいつしか2つから1つになり、ジッパーを下ろす音に次いでゴソゴソと何かを取り出す音がした。薄々気付いてはいたけれど私からは敢えて何もしない。ただ、彼に全てを委ねる覚悟はもうとっくに出来ていた。

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