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「なに奉仕されてる側が早々へばってんだよ」
「うぅ……だって、」
「たまにはいいだろ、こーいうのも。つか早くこっち向けっての」
今は執事であるはずのシズちゃんに命令された。一体何なんだと内心思いつつも口にはせず、チラリとだけ視線を向ける。シズちゃんがあんな事を言うものだから、こっちまで妙に変な気分になってしまったではないか。身体は火照るし、心臓は高鳴ってうるさいし。
「! ちょッ、何いつの間に移動して……」
「だって、ほら。続き」
「まだ続くの!?」
「? 何言ってんだお前。この程度で俺が満足するとでも思ってんのか」
「思って……ない、けど」
気付いたらシズちゃんはいつの間にソファの上へと移動していた。背中を向ける私の身体を上から覆うようにして、私の顔の真横に両手をつく。2人分の体重をモロに受けたソファはギシリと小さく悲鳴を上げた。
うっかりしてた。この体勢から抜け出す事はほぼ不可能に等しい。視線を泳がせ戸惑いを隠せずにいる私を見て、まるで悪戯が成功した子どものようににやりと笑うシズちゃん。やはり彼は確信犯だ。この体勢でなら確実に相手を捕まえられる事を知っていて、早々と体勢を変えたんだ……!こういう時のシズちゃんは意外と策士だったりもする。
「あー……やっぱ脱がすのは勿体無ぇよな」
覆い被さるような体勢のシズちゃんが私の格好を見て一言。これ手洗いで洗えるよな、なんて事を言いながらメイド服についているタグをまじまじと見ていた。
「汚す前提!?これ、人から借りてるものなんだからね!」
「大丈夫、大丈夫。手洗い可って書いてあるし、何なら俺が洗ってやるから」
「そういう問題じゃなくて……」
「みさき」
「(……うッ)」
「なんだよ……俺じゃあ不満なのか……?」
まるで飼い主に叱られた子犬のように、突然しゅんとするシズちゃん。私はこの表情にとことん弱い。長い睫毛を震わせ、ほんの少し潤む瞳。どんな状況であれこんな顔をされてしまっては、こちらが悪い事をした気分になってしまうのだ。
さっきまでの強引な態度が嘘のよう。時に狼、時に子犬。悔しいけれど可愛い。
「みさき。なぁ、気持ち良くしてやるから」
「ぇ……ッ、ひゃあ!!」
身体は俯いたまま、顔だけシズちゃんの方へ向けていた私。いきなりべろんと服を捲られ、背中丸出しになってしまった。ちなみに私の着ているメイド服は上と下で分かれている。フリルが邪魔で着替えるのにかなりの時間を費やした、なんて余談は今はさておき。
ゆっくりとした動作で舌先が背中を這い、背筋に沿って上へ上へ。丁度背中のアンダーあたりまで進んでいくと、シズちゃんは器用に歯を使って簡単にブラの金具を外してしまった。締め付けるものを全て失った隙だらけの上半身に指が添えられ、ボディラインを撫でるようになぞる。そして私の性感帯へと近付く度に大した刺激もせずに離れてゆく――ただひたすら焦らすの繰り返しだった。そんな中当然顔だけをシズちゃんの方へ向けたままいられる訳もなく、再びソファの肘掛けに顔を埋めて必死に声を抑え込む。金具の外れた締め付きのないブラでは本来の目的を果たせておらず、身体をソファに押し付けるように体重を掛けるなどして抵抗したものの、やがてブラはシズちゃんによって抜き取られてしまった。
「我慢すんなって。感じてんだろ?お嬢様よぉ」
「ひぅ……、 !」
すすす、と密着したソファと私の身体の僅かな隙間に細い指が入り込み、双方の膨らみへと左右同時に触れる。背中の至るところにキスを落としつつ、やんわりと徐々に胸へと圧力が加えられた。柔らかなそこに指が食い込み、まるで心臓を掴まれているような錯覚に陥る。ドキドキと心臓が高鳴っている事に感付かれてしまいそうで、恥ずかしさのあまりなかなか伏せた顔を上げられなかった。案の定シズちゃんには伝わってしまったようで、まるで早鐘のようだと笑われる。親指の腹で膨らみの先端を押し潰したり、2本の指で挟んで擦り合わせるようにクリクリと刺激したり。そうするうちに私は自然とシズちゃんに身を委ねていた。
「し、執事はそんな意地の悪いこと言わないもん!」
「みさきお嬢様が素直にならねぇからだろ?」
「お嬢様って言うのもやめてよ……恥ずかしいじゃん……」
「それが命令ならやめるけど。ンな事より、何シて欲しいか言ってみろよ」
全力で拒絶しようと思えば出来るだろうに、それが出来ないのはきっと私が本気で拒絶していないから。正直シズちゃんが自分の思っている事を素直に話してくれて嬉しかった。1番近くにいるのに何も相談してもらえない、己の無力さを噛み締めたあの頃とは違う。
「キス、して欲しいな」
暫しぱちくりと驚いたような表情で私を見つめ返すシズちゃん。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべ、大袈裟な態度でこう答えた。ゆっくりと、しかし確実に互いの唇の距離を縮めながら。かしこまりました――と。
初めは、ただ触れるだけの軽いものだった。しかし、何度も唇を交わしているうちに止まらなくなってきて、無我夢中でキスをした。まるで貪るようなこの激しい口づけは、きっと彼特有のものだと思う。どちらのものか分からない唾液が口端から顎を伝って落ち、舌を絡め合わせる度にくちゃり、と唾液を弾く音がする。酸素を取り入れる為に一瞬だけ離すと、後引くように唾液が糸を引いた。繰り返される口づけに酔いしれ、酸欠なのか頭がぼおっとする。その間にも、シズちゃんの手つきは止まらない。尖った先端を確かめるように指の腹で撫で上げ、摘まむ。彼も幾度のキスで興奮しているのか、そのまま摘まんだ突起を引っ張ったりと、手つきが荒々しくなってゆく。
「待ってシズちゃん。この格好、首痛いの」
両肘をつき、首だけを後ろに向けて激しいキスを繰り返すのは、それなりの負担を首へと掛ける事になるのだ。無理な姿勢のままではさすがに身体がもたない。
交わした口づけは数えきれぬ程、既に息は切れ切れ。
「体勢変えるか?」
それは必然的に彼と身体ごと向き合うという事。真正面から視線を注がれるのはやはり恥ずかしかったけれど、消え入るような小さな声でうん、と一言返した。
シズちゃんが一旦離れ、まるで子猫にするようにひょいと私を抱き上げる。筋肉質で、だけど細い彼の両腕に包み込まれた。抱き締められる感触があまりにも心地よくて、彼の胸元に顔を埋めて静かに双方の瞳を閉じる。とくん、鳴り響く彼の心臓の音すら愛しい。いつもこのくらい素直ならいいのにな――ポツリと呟かれた彼の言葉は、敢えて聞こえなかった事にする。
「次はどうしたい?」
「ん……もっと、触って」
「了解」
普段なら恥ずかしくて言えないような台詞も、すんなりと言えてしまった。すっかり甘い雰囲気に流されてしまい、性欲に忠実になってゆくのが分かる。シズちゃんに触れられた部分が堪らなく熱くなるのを感じ、いかにこの行為が久方ぶりであったか身をもって知った。どうやら私も無意識のうちに要求不満だったらしい。それが罪歌を見つけなければならないという焦る気持ちへと繋がり、結果空回りしてきたのだと思う。
シズちゃんを不安にさせてしまった上に、要求不満で空回り。私はなんて要領の悪い人間なのだろう。改めて効率の良い方法を考えなければと心底反省すると同時に、思い出すのは情報屋である"彼"の事。彼は確かに色々な面で危険要素が目立ったものの、情報においては街中を行き交うどんな噂よりも信用出来た。やはり私は誰かの力に頼らなければならないのか。今度こそは自分1人の力で解決出来るものかと思っていたのに――そんな矢先、肌を這っていた彼の手つきが突然ピタリと止まる。
「……?シズ、ちゃん?」
「やめた」
「へ」
「お前、今余所見してただろ」
「そっ、そんな事ない!」
「そうムキになるところが怪しいよなぁ?」
「……!」
否定、出来ない。ぐっと言葉を飲み込む。どうしてシズちゃんは人の心情を読み取るのがこうも巧みなのだろう。「んじゃ、今から俺がご主人様な」なんて発言するシズちゃんに、思わず涙目になって聞き直す。
「ぇ……、ぇえ!?私、本当にメイドやるの!?」
「俺は始めからそのつもりだったけど?他の事なんて一切考えられなくなるくらい、忙しくしてやるからよぉ。覚悟しろ」
一瞬でも気が逸れてしまっていた事は確かに事実であったが為に、お手柔らかにお願いしますなんて甘えた台詞は口に出来なかった。ましてや臨也さんの事を考えていました、なんて。口が裂けても言えやしない。
「メイドはご主人様に隠し事はねぇよな?」
「う……あ……」
「とりあえず、話は後でじっくりとベッドの中で聞いてやるから。途中でへばったりすんなよ」
どちらにせよ、今解放する気はないらしい。しかし少しでも触れ合っていたいと思うのは私も同じ。せめてシズちゃんと過ごすこの一時だけは、嫌な事全て忘れてしまおう。今はただ、目の前にいる彼の事だけを考えていればいいのだから。
シズちゃんが仰向けのまま寝転がり、私に上へ乗るよう促す。完全に受け身の状態だ。私より数段背の高いシズちゃんの顔を上から見下すのは、妙に新鮮な気持ちだった。同時に気恥ずかしくもあり、咄嗟に降りようとする前にがっちりと両足首を掴まれる。「逃がさねぇよ」――あぁ、今夜はきっと寝不足だろう。