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もはや今まで考えていた事が一瞬ぶっ飛んだ。だってそうだろう?好きな女が普段見る事の出来ない格好でそこにいるのだ。メイドなんて街中を歩いていれば腐る程いるし、実際メイド喫茶に入った事はないがそこそこ見慣れていた。だからまさか自分がここまでメイド服が好きだなんて、ついさっきまで知らなかった。
いや、恐らくみさきが着ているからこそこんなにもムラムラしてしまうのだ。だから例え他の格好をしていたとしても、俺はムラムラせずにはいられなかっただろう。新しい何かに目覚めてしまいそうな予感。
――……あれ?
――メイド服って、こんなに可愛かったっけか?
♂♀
「……で、そういう格好をしてるって事は、今のみさきはなんにせよメイドだって事だよな?メイドってのはその家の主に仕えている職な訳で、そしてここは俺んちだ」
「え、と……」
シズちゃんの言う事があまりにもっとも過ぎて、現にそういう状況なのだから反論出来る余地もない。多少強引な気もするが、確かに全てが正論なのである。
それにしても――近い。じりじりと迫り来るシズちゃんから後退りをしながら逃げる私、酷く滑稽である。
「つまり、俺がみさきのご主人様だと思っていいっつー訳だよなぁ?」
「そう、なるのかな?」
「いや、そうだろ」
こうもきっぱりと断言されてしまっては何も言い返せない。狭い個室では逃げるにも限界があり、やがて後退りしていく末に背中がゴツンと壁にぶつかる。とうとう追い詰められてしまった私は、あまりの気迫に立ち上がる事を忘れていた。
「し、シズちゃんってこういうプレイが好きだったの!?」
「男に嫌いな奴はいねぇ」
男のロマンだろ、と言ってニヤリと笑うシズちゃんが一瞬恐ろしくも見えた。伸びてくる長い腕が私の両肩をがっちりと掴み、逃げられぬよう圧力をかける。ギチギチと肩の骨が僅かに軋み、痛みに思わず顔をしかめた。そんな私の表情を見てシズちゃんは何を思ったのか、ペロリと舌なめずりすると更に肩を圧迫する。
ギシギシ。ただでさえ皮の薄い肩部ではまるで直に骨を掴まれているようで、あと少し力が加わったら呆気なくポキリと折れてしまいそう。さすがに私の身体もそこまで脆くはないが、シズちゃんが一向に加減してくれそうにないのでさすがに焦りを感じ始めていた。
「痛ッ」
「みさきのそーいう顔、すげぇそそる」
「やだッ、ちょっと……」
まさかシズちゃんがここまでメイド好きだったなんて。新たに発覚した新事実。
「さぁて、メイドはどんなご奉仕してくれるんだろうなぁ」
「ほ、本気?」
「俺はいつだって本気だ」
「待って待って。だってあまりにも急過ぎて……!」
早速脱がしにかかるシズちゃんの腕を掴み、何とか制しようと抵抗する。が、シズちゃんは私の抵抗する様を見て何処か楽しげで、ふいに熱い吐息を耳に吹き掛けられ、途端に身体中の力が一気に抜けてしまった。
涙目でズルいと訴え掛けるも、こうなってしまっては逃げられない。
「いいじゃんかよ。お前帰って来るの遅ぇから、最近全然ヤッてねぇし」
「そ、そうだったっけ?」
「……つか、俺は毎日でもいいんだけどな」
初めはからかわれているのだと思った。またいつもみたいに頭を小突いて、私の反応を笑うんじゃないかって。だけど今日はいつもと違う。普段は私が赤面すると熟した林檎みたいだと言って笑うのに、今日は至って真剣な表情だ。そんな彼の表情に、不覚にもドキッとしてしまう自分がいる。
確かにここ最近の私は罪歌の事ばかり考えていて、2人でゆっくり過ごす時間を大して取れずにいた。ただでさえ社会人のシズちゃんは1日のほとんどの割合を仕事に費やしているというのに。切り裂き魔の犯行が頻繁に起こりやすい時間帯は、丁度社会人が仕事を終えて帰宅する頃。これでは2人のすれ違いが起きてしまうのも当然ではないか。
「なんで帰り遅ぇんだよ」
「……」
「男、か?」
「それは違う」
「そうか」
「……疑わないの?」
「当たり前だろ。俺はお前を信用してるし……」
そこまで言うと、シズちゃんはバツが悪そうに視線をずらしながら頬を掻く。
「実のところ、この間まで疑ってた。いや、ついさっきまで。だけど不思議だよな。みさきの口から違うって聞いたら、それだけですげー気持ちが楽になった」
「……」
「俺はみさきを信用してるんだから、お前も少しは信用しろっての」
信用してるよ、物凄く。だけどシズちゃんは優しい人だから、自分の身も顧みずに私を助けようとするでしょう?シズちゃんは身体が人より頑丈だからという事を理由に、自分の身を挺してでも助けようと考えるところがある。私はシズちゃんのそういう不器用で優しいところも好きだけど、だからといって彼自身危険な目に遭って欲しくはない。
言い訳臭い言葉の代わりにキスで返す。決してキスで誤魔化そうなどと考えている訳ではない、ただ感極まってしまっただけ。私はやっぱりシズちゃんの事が大好きなんだなぁ、と。
「ごめんね。私、いつもこんな事ばっか……自分の事でいっぱいいっぱいで」
「不器用だからな。みさきは」
「……否定できない」
「図星だからだろ。あーもういいって、んな落ち込むな。俺の方が申し訳なくなるだろーが」
「うん……」
「ま、それなりに寂しかったのは事実だし?その分今夜は奉仕してもらおうじゃねぇか」
寂しかった、なんて。そんな言葉が彼の口から出てくるなんて、余程私は寂しい思いをさせてしまったのだろう。罪悪感と後悔。それと、遅れてキュンと胸を締め付けられる感覚。そんな彼を心から愛しいと思う。
もう1度キスをねだる彼の唇に人差し指を添え、雰囲気に流される前に1つだけお願いをしてみた。視線を部屋の端へと向けながら。
「あ。でも、1つだけお願い」
「? ンだよ」
「そこに置いてある男の人用のコスプレ衣装、どれか1つだけ着てみせて。私1人だけこの格好とか、何だか無性に恥ずかしいから」
着替えてきたシズちゃんは執事の格好をしていた。普段からバーテン服を着ているだけに不思議と違和感を感じさせない。黒を基調とした服が長身な彼と上手くマッチしており、いつしかドラマで見た事のある、まさに執事そのものだった。
着慣れない衣装ではやはり着心地が悪いのか、妙にそわそわと落ち着かない態度を見せるシズちゃん。
「わぁ、似合う」
「そ、そうか……?」
「うん、すっごくいい。格好良いよ」
そっぽを向いてわしゃわしゃと頭を掻く。無口になるのは彼なりの照れ隠しだ。
「それにしてもメイドと執事なんて、どっちがご主人様か分からないね」
そう言って小さくクスリと笑う私をシズちゃんは手を取り引き寄せる。促されるがままに引き寄せられていくと何故か私はソファに座らさせられ、シズちゃんが目の前で跪く形になった。
「それじゃあまずは、俺が不器用なお嬢様にご奉仕する番な」
「お嬢様!?」
「執事ってのは、そーいうもんだろ?」
「別に私、そういうのを求めて言った訳じゃあ」
「いいからいいから。……つか、要するに俺はみさきにたくさん触れたいんだよ。言わせんな」
「……ッ!」
思わず赤面する私の右足を取り、跪いたままの状態ですり、と頬をすり寄せてくるシズちゃんの髪がサラサラと足に触れてくすぐったい。シズちゃんはふくらはぎにちゅッとリップ音を響かせて口づけると、そのまま更に下へ下へと唇を滑らせてゆく。慣れない感触に自然と両手の握り拳に力が入る。身体をふるりと震わせると同時に、シズちゃんは嬉しそうに目を細めた。
足――特に膝から下の部位はあまり他人に触れられる事がない故に、他よりも少しの刺激で過剰に反応してしまう気がする。足の甲にシズちゃんの柔らかな唇が触れるだけでぞくりと身体が身震いするし、それを知ってか知らずかシズちゃんは更に別の行動へと移る。
「ふぁ……ッ!」
足の指が生暖かい何かに包まれる感覚。ぬるりとしたそれはまるで生き物のように指へと絡み付き、ぴちゃぴちゃと卑劣な水音を響かせた。親指を散々舐め回した後、次は人差し指、中指と順に1本ずつパクリと口に含まれてゆく。汚いからと言って、必死に足をバタつかせ振り切ろうと試みるが、それでもシズちゃんは両手でがっちりと足の甲を掴んで離してはくれない。
「な、なんだか、変な感じ……」
心なしか声まで震えてきた。小さく名前を呼ぶとシズちゃんは舌の動きを一旦止め、上目遣いで私を見る。
「(うわ、なんか)」
「?」
「む、無口にならないでよ」
「しゃぶりながら喋れるヤツがいる訳ねぇだろ」
「その言い方、物凄く恥ずかしい……」
果たして足の指は性感帯であっただろうか。くすぐったくて身体の芯が疼くような感覚と、気持ち良いという感覚が頭の中で混ざり合って、どちらがどちらの感覚なのか判別がつきにくくなっている。次第に脳内がピリピリとしてきて、これが『感覚が麻痺する』といった現象なのだと悟った。
なんだか、ズルい。いつだって主導権を握るのはシズちゃんの方で、私はいつも負けてばっか。そもそも勝ち負けなんてないけれど。
「も、もういい!ストップ!」
丁度親指から数えて4本目の薬指を口に含もうとしていたシズちゃん。ほんの少し口を開いたまま、そのままの状態でピタリと止まる。私の顔を下から覗き込みながら。しかし私の意に反するように、べろりと足裏全体を舐め上げる。くすぐったくて、思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
「ひゃあ!」
「へぇ?みさきは足の裏も効くんだな」
「だって、くすぐったいんだもん……!」
「くすぐったいだけか?」
「……はい?」
「くすぐられて、感じてんじゃねぇの」
足先から伝わる感覚は下方から上へぞわりぞわりと全身へ駆け回り、気付いたら身体中の至るところに鳥肌が立っていた。気持ち悪いくらいにぼつぼつと泡立った腕の鳥肌を撫で、そしてハッとする。私は彼の言う通り感じていたのだと。その証拠にじんわりと愛液が滲んでいる事に気付き、密かにもじもじと太股を擦り合わせた。足の付け根あたりを妙に意識してしまう。
鳥肌が立っているというのに身体の芯が火照るように熱くて、堪らなく彼の事を性的に意識してしまう。私が感じている時に鳥肌が立つ事をシズちゃんは最初から知っていたのだ。私ですら気付いていない自分の事を、シズちゃんは私よりも知り尽くしている。それが素直に嬉しいような、なんだか小恥ずかしいような。
「ふゥ、…〜〜ッ!」
5本目の小指を一通り舐め尽くし、更に指と指との間にまで舌がにゅるりと入り込んでくる。私は固定され動かす事の出来ない右足を突き出したまま、ソファに身を縮込ませ、両手を使って口元を隠し必死に声を押し殺した。油断するとすぐに声が漏れてしまうから。
散々爪先まで愛撫し尽くしたというのにまだまだ物足りないというのか、ちゅッと音を響かせながら足の至る部位にキスを落としてゆく。そして幾度かそれを繰り返した後――シズちゃんは従順な執事らしからぬ表情を浮かべたのだ。
「で、次は何を御所望で?みさき"お嬢様"」
にやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべる目の前の執事に主導権を握られ、本来の主従関係がだんだんと分からなくなってきた。普通主人の嫌がる事はすぐにやめるのが執事のあるべき姿だろうと反論したかったけれど、気持ち良かったのは事実だし、やけに疲労感を感じたせいか口に出すのも面倒になった。
ぐったりと身体をソファに沈ませ、顔を埋める。ひんやりと冷たいソファが火照った身体に心地良かった。