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痛む頭を抱え、気を取り直して本題に戻る。みさきも俺も池袋に住んでいるというのに、自分たちの絡んだ話題であるにも関わらずそういった噂話にはとことん疎かった。仕事中やけに好奇の視線を感じたり、通行人と目が合う度にひそひそ話をされたり。思い返せば周囲の反応は確かに不自然ではあったものの、そういう扱いは今に始まった訳ではなかったので特に気にする事もなかった。まさか再びみさきとの仲が話題にされてしまうとは――以前似たような事件があってからロクな事がなかった為、やはり嫌な予感しかしない。

ちなみに渡草は「俺は先戻ってますから」とだけ門田に告げ、1人ワゴンに戻ってしまった。きっと俺を気遣ってくれたのだろう。なんだか申し訳なくも思いつつ、手っ取り早く話を済ませる為に早速話を進めた。



「今ダラーズの内部で囁かれているのが、お前が復縁したという噂。目撃情報が多いせいか信憑性はそれなりに高いらしいな。それと関連してもう1つ、切り裂き魔についてだ」

「? 俺たちと切り裂き魔はなんの関係もねぇぞ」

「だろうな。恐らく、お前等の復縁話が出回り始めた時期に切り裂き魔が頻繁に出始めたせいだろう。その様子じゃあ復縁説は本当らしいけどな」

「ま、まぁ、色々あったっつーか……んな事より、みさきは大丈夫なんだよな?また何処ぞのチームに拐われたりなんかしたら……」

「ブルースクエアの事なら心配いらねぇさ。俺等が抜けてトンズラこいた後、完全に壊滅したって話だ。黄色い奴等も大きな動きは見せねぇし、今のところ問題はないだろう」



何よりも不安であった要素が解消され、ホッと胸を撫で下ろす。あの時の事を思い出すだけで今にも腸が煮え返りそうだ。今でも鮮明に記憶している、みさきの身体を撫で回すような視線と下卑た笑い声。そして何よりも許せないのはみさきを守れなかった自分自身。

俺が歪んだ感情を常に意識し出したのはこの頃からかもしれない。みさきに悟られぬよう隠し通してはいるが、今だって気持ちは昔のままだ。誰にも渡さない触れさせない、俺だけの可愛いみさき。彼女を傷付ける者が存在するのなら、その根元を俺が叩き潰すまで。



「俺は……決めたんだよ。もう、絶対にあんな事は繰り返さねぇ。その為なら俺は相手をぶっ殺す事も異問わねぇよ」

「……お前があの子を大切に思っているのはよく分かった。だが、もう1度言わせてもらう。あの子をあまり心配させんなよ。警察沙汰にでもなってみろ。お前がいない間、あの子はどうなる?それこそ守ってやれねぇだろ」

「……」

「また何か分かり次第教えてやるから、とりあえず無理だけはすんじゃねぇぞ」

「……おう」



――心配掛けんな、か。

――"あの時"も門田に同じこと言われたっけな。



人生とは同じ事の繰り返しなのだと身を持って思い知る。だからこそ同じ過ちを繰り返さぬよう人間は学習する生き物だ。俺だってそこまで馬鹿じゃあない。

重苦しい空気が身にのし掛かってきた丁度その時、それを緩和するかのような暢気な鼻歌が何処からともなく流れてきた。みさきの声ではない、となると必然的に狩沢か。しかも上手い。



「んっふふーみさきちゃんの腰のくびれって、すんごく綺麗だよねぇー?これはもう、次はヘソチラ衣装で決まりよね」

「ひゃあッ!か、狩沢さん!?」

「しかも触り心地すべすべだしぃーいいわねぇ若いって!」

「「……」」



思わず何歳だよとツッコんでしまいたくなるような台詞。2人の姿が見えないのに加え、狩沢の話し方があまりにもいやらしいのでただのセクハラにしか聞こえなかった。みさきの身が心配ではあったものの、そこまで気に掛ける事はないだろう。なんせ相手は女。さすがに「女に身体を触らせるな」とまでは言えない。

しかし――



「大丈夫なのか?狩沢と2人きりにさせて」

「な、なんだよそれ。どういう意味……」

「あいつのストライクゾーンは男女問わねぇって意味だ」

「!!?」



どうやら恋敵は思ってもいないところから出現するらしい。しかもかなりの強敵になる予感。ドタバタと物音がする度に、俺は音のする方向へと無意識のうちに耳を傾けていた。それを見て苦笑いを浮かべる門田。



「ま、とにかく今気ィ付けるべき相手は切り裂き魔くらいだな。確か、昨夜で被害者が42人だとよ」

「どんな感じなんだろうな、切り裂き魔。凶器なんかも見つかってねぇの?」

「どんなって……そんな事も知らないのか」

「?」



「日本刀を持った、赤い眼をした切り裂き魔だとよ」



――……おいおい、ちょっと待て。

――これって、前にどこかでよく似た話を聞いた事があるんじゃあ……



ぞくり、背筋を走るのは悪寒だけ。俺は少しの間呼吸をするのも忘れていた。俺は確かに彼女の忠告からその存在を知り、メディアで大きく取り上げられるよりも前にその存在を知っていたのだ。そもそもみさきはどうしてそんな事まで知っていた?赤い瞳に日本刀という奇妙な特徴を兼ね揃えた切り裂き魔が2人同時期に存在しているとは考えにくい。それこそ実際に切り裂き魔と遭遇するか、或いは切り裂き魔の正体を知っていなければ、メディアで報道されていないような情報を知る事はある意味不可能なんじゃねぇのか……?

また、だ。みさきは俺に大事な事を隠してる。そう確信すると同時にモヤモヤと黒い霧のようなものが胸の中を占めていった。妙にすっきりとしない。気持ちが晴れない。また自分たちは知らず知らずのうちに厄介事に巻き込まれているのではないか、と。それがとてつもなく不愉快で、おまけに詳細不明の切り裂き魔という見えない敵を相手にしているようなものだからストレスの矛先が見つからなかった。今の俺が何よりも嫌うのは、俺とみさきとの仲を引っ掻き回す第三者の介入だ。もしこの勘が当たっていたとしたら、確実にアイツは絡んでいる筈――


「……悪ぃ、門田。ちょっとみさきと2人きりにしてくれねぇか……?」



今夜こそが彼女から全てを聞き出す絶好の機会なのだと、たった今確信した。



♂♀



「ぇえー!?もう帰っちゃうの!?」

「1時間はいただろうが」

「何言ってるのようドタチン。まだまだみさきちゃんに着せたい衣装が……」

「うるせぇ」



見事にバッサリと切り捨てられたにも関わらず、懲りずに時間延長を申し出る狩沢さん。私は内心「助かった……」と小さく溜め息を吐いた。ちなみに今の私は普段着る事のないようなフリフリのメイド服に身を包んでいる。池袋の街中を歩いていればメイドの格好をした女の子をちょくちょく見掛けるが、まさか自分が着る側になるとは思ってもみなかった訳で。狩沢さんの異様に高いテンションに圧倒され、今着ているメイド服が丁度6着目。恐ろしい事に全てが私の身体にジャストフィットで、慣れない格好に戸惑う私を他所に狩沢さんのテンションはとうとう頂点に達していた。

私の手を取り「みさきちゃん!今度のイベント一緒に出ない!?」と、瞳をキラキラと輝かせながら詰め寄られた時にはさすがに苦笑いするしかなかった。こんなに派手な格好をして出るイベントとは一体何なのか。まさかただの仮装パーティなんて事はないだろう。



「あ、この男の人はドタチンっていうんだよ。なんとシズシズとは高校時代の同級生なの!」

「! ほ、本当ですか!?」

「門田だ。……まぁ、その辺の話はあいつのいるところじゃあ色々とタブーなんだけどな……聞きたい事があるなら別の機会にしてくれや。とりあえず今は、静雄の奴とゆっくり話してやってくれねぇか?」

「ぶぅー、私も若かへし頃のドタチンたちの話聞きたかったなー」

「お前なぁ……少しは気ィ使うとか出来ねぇのか」

「あ、そっかーみさきちゃんはこれからシズシズといちゃいちゃはっぴータイムな訳ね?それじゃあお邪魔虫は退散ーっと」

「そ、そんなんじゃないです……!それに狩沢さん達のこと、少しも邪魔だなんて……」

「あはは、分かってるわよーそんなこと。でも……シズシズとうまくいってたみたいで、お姉さん何だか安心したよ」

「……え?」



一瞬だけ彼女の見せた、悲しそうな優しい笑みは何を意味していたのだろう。狩沢さんと会ったのはこれが初めてだったけれど、もしかしたら狩沢さんはずっと前から私の事を知っていたのかもしれない。何にせよこんな私に気を掛けてくれている事が何よりも嬉しかった。――が、狩沢さんはすぐにいつもの顔に戻ると再び私に詰め寄る。ずいっと携帯電話を差し出して。



「てな訳で、とりあえず連絡先交換しなくちゃね!後々連絡するからさぁ!」



♂♀



狩沢さんのアドレスが新しく登録された携帯電話を握り締めながら、私はもう1度切り裂き魔について情報を整理してみた。今池袋で騒がれている切り裂き魔の正体は、間違いなく贄川さんだ。あのおどろおどろしい気配で分かる。しかし彼女は以前私を斬ると宣告しておきながら、狙う相手はいつだって赤の他人だ。

分からない事があまりにも多過ぎる。今、この街では一体何が起きているのか。



「なんと、シズシズとは高校時代の同級生なの!」



去り際の狩沢さんの言葉が耳に残る。彼がシズちゃんの高校時代の同級生だったという事には本当に驚きだった。という事は、臨也さんともかつての同級生だったという事だ。シズちゃんはあまり過去の話をしたがらない人だし、臨也さんからは下手に情報を聞き出せない。故に尚更、昔の彼等については興味があった。

それにしても門田さんのあの言葉――やけに意味ありげだったような気がする。



「とりあえず今は、静雄の奴とゆっくり話してやってくれねぇか?」

「……」



――とりあえず着替えよう。

――さすがにこのままの格好じゃあ、ちょっとね……



部屋の隅に美しくたたまれた衣類(狩沢さんがたたんでくれたらしい)に手を伸ばそうとした次の瞬間、部屋の扉は突然ガラリと開かれた。門田さんたちが出て行った今、この部屋には私とシズちゃんしかいない。

お互いに目が合ったまま思考停止。シズちゃんは部屋に入って私の姿を確認するなり、グッと言葉を飲み込んだままその場に固まってしまった。座り込んでいた私は必然的にシズちゃんを見上げる形になる、勿論メイド姿のままで。しかし肝心の私はというとあまりにも突然の事に考えが及ばず、やはり彼同様無言のまま相手の顔を見つめていた。



「……」

「し、シズちゃ」



ようやく口から出てきた言葉はあまりにも頼りなく小さなもので。今の状況をいかに上手く切り抜けるかが私の大きな課題となった。

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