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みさきとセルティが相変わらず不安げに俺の顔を見上げている中、ぐらぐらと覚束無い足取りでその場に立つ。何とか両足を地に着けたが、俺の脳はアルコール分に浸かって正常に機能しなくなってしまった。そうでもない限りこの俺がこんな行動に出るはずがない。



「おい臨也。手前ちょっと表出ろ」

「……は?」



立てた親指でクイッと外を指す。勿論喧嘩をする為ではない、少なくとも今は。

臨也も俺の行動に少なからず驚いた様子で、すぐにうんざりとしたような表情へと戻る。俺今飲んでるんだけど、なんて人間臭い理由を口にしてその場を動きたがらない。セルティはやはり飲み過ぎて頭が回らないんだと言ってオロオロし出すし、新羅は新羅でまさに天地変動だねえとケタケタ笑いながら言う。ちなみに天地変動とは天と地がひっくり変える程珍しいという意味らしい。新羅の言う事は大抵がムカつくが大抵正論だ。しかしながら今はそんな事どうだっていい。これを機にどうしても確かめたい事が1つだけあった。



「手前、みさきの事が好きなんだろ」

「君って本当に単刀直入に物事を聞くよねぇ」
「うるせぇ。真面目に答えろ」



せっかちだなぁ、なんてぼやきながら視線を逸らす臨也。ここまで分かりやすく反応されてしまうと逆に色々と怪しいのだが、とりあえず肯定の意味なのだと捉えた上で話を進めてみる事にする。多少強引だがそのくらいしないとノミ蟲相手に会話は成立しない。



「で、仮にそうだとして君は一体どうしたい訳。今ここで俺を殺すかい?」

「今は……ねぇな。みさきが悲しむ事はしたくない」

「愛しちゃってるねぇ」

「適当な事言って話逸らすんじゃねぇよ」

「ていうかさ、それって俺相手に愚問じゃない?俺は相手が人間である限り誰だろうと愛せるよ。それとも君はみさきちゃんと自分を同類だとでも思ってる?」

「んな事ぁねぇよ。俺とみさきは……違う」



今、自分で言って虚しくなった。もう割り切っていたはずなのにズキズキと胸が痛い。その痛みを酒で忘れてしまう為にも俺は一口だけ口に含む。これは臨也をここまで連れ出す際に予め持って来たものだ。どういう訳かこういう時に限って酒が堪らなく欲しくなる。



「よかった。そこを思い違ってもらうと困る」

「っだから、俺はそんな事……」

「ねぇ、シズちゃん。俺が言った事、覚えてる?今から1ヶ月くらい前になるかなぁ」

「!? お……おう」



突然話が切り替わり、動揺してしまったせいか素直に頷いてしまう。第三者的な立場から見れば、今の俺たちは限りなく悪い予兆以外の何者でもないだろう。池袋の街中じゃあ顔を合わせる度にナイフや道路標識が宙を飛び交い、容赦なしの殺し合いを何年もの間続けてきた俺たち。それが今状況がどうであれ、酒を片手に会話しているのだから自分でも訳が分からない。何だか妙にソワソワとして落ち着かないのは、きっと相手が油断も隙もない臨也だからなのだろう。とりあえず今会話が成立しているのは酒のせいにしておこう。

臨也の言う『1ヶ月前』とは、恐らくあの日の仕事帰りの出来事を指す。俺はあの日運悪くこいつと再会してしまい、恐ろしく焦燥に駆られた。今思うとあの時の俺は少々短絡的過ぎたかもしれない。それから帰宅した俺は――みさきに申し訳ない事をしてしまった。



「物事の表面しか見えてないんだよ、シズちゃんは」

「ッ、またそれを手前が言うのかよ」

「何度だって言うさ。俺が親切にも宣告してやったのに、見る限りじゃあ君は何1つ変わっちゃいない」

「何をどう変われってんだ。手前の言う事はいちいち分かりにくい」

「シズちゃん相手にそこまで教えてやる義務が俺にはないね。本来なら3枚くらい頂戴するのが妥当だと思うんだけど」

「誰が払うかよ」

「そう言うと思った」

「……なぁ、臨也」



こう考えるのは胸糞悪ぃと思ってわざと考えないようにしてた。だからといって相手を許す気は毛頭ないし、これからも何1つ関係は変わらない。それでもこれだけは言っておかなければと、俺は一大決心をした。



「俺とみさきが出会うきっかけって、手前だったんだろ」

「……」

「何考えてたかは知らねぇけどよぉ、……皮肉だよなぁ。手前と俺がこんな関係じゃなければ、俺とみさきが出会う事はなかった」

「はは、何を根拠に」

「ねぇよ、そんなん。けど……まぁ、その点だけに関しては、感謝してやっても……いい」



あぁ、俺は何を血迷っているのだろう。こんな血も涙もないようなノミ蟲野郎に感謝、とか。ありえねぇし絶対にねぇわ。けど、みさきとの事を考えればこんな事どうってことない。望めば何だって言ってやるさ。

臨也が純粋に驚きの表情を浮かべるのは、本日これで2回目。何だかとてつもなく珍しいものを見れた気分だ。2人の間を訪れた長い沈黙の末、それを破ったのは「……ぶはッ」やはりこいつぶん殴ってやろうか。



「……おい」

「あッはははは!」

「おい」

「あはッ、ごめんごめん!可笑しくって、つい」

「やっぱ前言撤回だノミ蟲」

「えーせっかく一生に1度のチャンスだったのになあーシズちゃんが俺に感謝するなんてさ」

「……」



それから臨也はひと思いに笑った後、涙を拭いながら笑いを堪えた。その間待たされていた俺は、ひどく後悔することとなる。そして、再度確認するようにもう1度だけ強調した。俺が感謝する点はあくまできっかけとなった部分に限り、それ以外はない。しかも、俺が上から目線だという点に気付いていないのだろうか、この男は。



「明日は雨かも。いや、槍かもね。そもそも俺たちの会話が成り立っている時点で相当異常だ」

「酔いが冷めたら覚えてろよ」

「その頃には俺も正常に戻ってるよ。今の俺は少しばかり頭がイカれてる」



ついさっき、ぼんやりと考えていた事を思い出した。

この力さえなければ臨也ともうまくやっていけたのではないか――普段の俺だったら考えにも及ばないであろう事。しかしこの力がなければみさきと出会う事はきっとなかった。もしハサミで切り取ってごみ箱に捨てる事の出来るものだったら、俺はとっくの昔に躊躇なく捨ててしまっていただろうこの力。最近になって悪くはねぇな、と思い始めた。失ったものはたくさんあるが、それよりも得られたものが遥かに大きいと今になって思うのだ。それは当然みさきだったり、友人だったり繋がりだったり。



「とにかく、手前が本当にみさきを好きでも諦めろなんて言えねぇよ、俺なんかが。ただ、もしみさきが手前のせいで泣いたりなんかした時には……まじで許さねぇからな。それだけは覚えとけ」



それだけ告げると俺は酒を一気に飲み干し、若干フラつく足取りでその場を後にした。臨也の反応が気にもなったが敢えて見ない事にした。よくよく考えてみれば俺とあいつは立場的に似ているのかもしれない。多分、臨也はみさきが好きなのだ。本人が自覚しているのかという事はさておき。

たった1人で部屋へと戻って来た俺の姿を確認するなり、まず駆け寄ってきたのがみさきだった。俺は小さな身体を抱き締めると、そのまま身を任せる。すぐに俺の元へと走って来てくれた彼女を愛しいと思った。



「わ、シズちゃんお酒臭い!」

「悪ぃ。飲み過ぎた」

「もう、人の事言えないんだから。セルティがいつでもシズちゃんが横になれるようにって、わざわざ毛布用意してくれたんだよ」

「そっか。ちゃんと礼言わなくちゃな。……で、セルティたちはどこ行った?」

「? どこって、そこのソファに……て、あれ!?」



いつの間に姿を消してしまったのだろう、この部屋に2人の姿はなかった。恐らくセルティが俺たちに気を使ったのか、もしくは新羅の冷やかしか。どちらにせよ俺にとっては非常に有り難い事だ。ソファの上には2人の姿の代わりに、大きめの毛布が2人分用意されていた。それから枕も。随分と準備が早い。みさきは暫し部屋の中をキョロキョロと見渡していたが、やがて諦めたようにソファへと腰を下ろした。沈黙、それから次第に高まる緊張感。

緊張に耐え兼ねたみさきが口にしたのは、臨也の事。



「い、臨也さんは?」

「さあな。つーか、この状況で他の男の話題は無しにしようぜ。挑発してるとしか思えねぇ」



大きく広げた毛布でみさきの身体をくるむようにして包み込み、ソファの上で2人一緒に横になる。背もたれ側にはみさき、そして外側には俺が。この位置が逆だと寝ている間にみさきが落ちてしまわないかと不安なのである。別にみさきの寝相が悪い訳ではない、寧ろ良いくらいだ。ただソファの上はベッドに比べ不安定だし、少々過保護になってしまうのは仕方がない。

胸の中で行儀良く縮こまるみさきを見る。時折身を捩らせてみたり、大きな瞳でこちらを見返してくる可愛いみさき。まるで小動物を抱いている気分、素直に可愛いと思った。加えて先程摂取したアルコール分の影響で気持ちが高ぶり、無性に触れたくなったのかもしれない。みさきの髪に顔を埋め、すんと匂いを嗅ぐ。



「……シャンプー、変えただろ」

「! よく分かったね。この香り結構気に入ってるんだけど、どうかな」

「いいんじゃねぇの。俺もすげー好き」

「……」

「なに照れてんだよ。まじで犯すぞ」

「どうしてそうなるの……」

「なんつーか、酔うと思考回路おかしくなるんだよなぁ……無性にヤりたくなってきた」

「そ、それって絶対ビールゴーグル効果だって!」

「? ごーぐ……?」

「お酒に酔うと性欲が強くなる現象!」

「あぁ、じゃあ多分それだ」

「人んちのソファの上でなんて絶対に無理!」

「お前、何でも無理無理ばっかりだよな。何やかんや色々と出来てるんだから大丈夫だろ」

「ほんとお願いだから、今は勘弁して……!」



今は冗談だよ、なんて言って笑って頭を小突いてやるけれど。実際冗談なんかじゃなくて半分本気だったんだけどな。

例えシャンプーが変わろうと、みさきの持つにおいに何ら変わりはない。だからみさきが何処へ行ってしまおうと俺は何度だって見付け出す事が出来るだろう。



♂♀



「きっかけ、ねぇ」



月の光に照らし出された夜道を軽やかに歩く。あいつも随分と人間らしくなってしまったものだ。これを新しい進歩と呼ぶべきか――いや、あいつに限っては退化ともいうべきか。とにかく俺は半分期待、そして半分失望していた。俺の望む化け物はこんなにひ弱であってはならない。もっとこう、非情であり且つ人間から程遠い存在でなければ。

あいつは俺をきっかけだと言った。言い様によってはあっているが、それは違うと思う。確かに結果的にはそうなのだが、俺の本来の狙いからは大きく逸れてしまったのだから。第一この俺がわざわざシズちゃんなんかに出会いを提供するもんか。ただ、上手くいけば弱みになるだろう程度にしか思っていなかったのに。



「恋のキューピッドだなんて、こっちから願い下げだよシズちゃん」



少しずつ確実に迫り来る非日常、俺はそれを待ち望んでいた。これはあの2人を試す絶好の機会となる。話はひとまずそれから、その頃まで君に感謝する気力は果たして残っているのだろうか。近い未来に思いを馳せつつ俺はポケットから携帯電話を取り出した。第2の盤は既に整いつつある。

さて、あとは"君"次第。

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