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「そうだ!再会を祝して皆で鍋でも食べないかい?」



新羅の提案をきっかけに今夜は4人で鍋をする事になった。たまには大人数ってのも悪くない。元々料理の得意なみさきは下準備を手伝う事になり、そして俺だけは何故か1人買い出しを頼まれてしまった。今思い返すと色々とおかしい、そもそも鍋の準備に3人も必要あるのだろうか……?今頃みさきが質問攻めに遭っていなければいいのだが。

深く息を吸い込み、ふと空を仰ぐ。みさきを自分の彼女として数少ない友人に紹介するのはこれが初めての事だった。みさきと様々な初体験を共有する事が出来て嬉しいと思う反面、すっかりみさきに依存してしまっている自分に気付く。今こうして一緒にいられるだけでも幸せなのに、どんどん強欲になってしまう。もっともっと色々な事をしたい――そればかりが頭に自ずと浮かんでくる。それは人前では決して口にする事の出来ない如何わしい事だったり、こうして欲しいああして欲しいと内なる俺が無茶ばかり言うのだ。まだ一方的に想いを寄せていた時と比べれば、随分と贅沢な悩みというやつだ。



――みさきは何も感じねぇのかな……



みさきが俺に対する不満や鬱憤をぶつけてくる事はあまりない、今までだってそうだった。もしかしたら無理をさせているのかもしれないと不安になるのもしばしば。以前よりも考える時間が増えたように感じる。

付き合うまでがゴールではない、そんな事は分かってる。それじゃあ俺はどうすればいいのだろう。どんなにベタな恋愛漫画だろうと映画だろうと、最後は結局主人公とヒロインが結ばれて晴々しいハッピーエンドを迎える。その先の事など誰も知らされぬまま、俺の知りたい情報はそこにあるのだというのに。しかしどんなに目の前のメモ用紙を見詰めても、記されているのは鍋の材料だけだった。



「つーか、何鍋する気なんだよコレ……」



まさかのプリン、とまで書いてある。みさきが俺に何を食べたいかと聞いてきたのはこの為か。思わず溜め息を漏らすと同時に、一気に身体中から力が抜き出たような気がした。何だか色々とアホ臭くなってきた。



――そろそろ暗くなってきたな……早く買い出し済ませて帰らねぇと。



メモ用紙の材料を買うべく偶然入った店内で、ふと1冊の雑誌が視界に映る。表紙の端には切り裂き魔についての特集が目立たない程度に、そして俺が他の何よりも最も目を引いたものはずばり『男必見!今時のカップルの現状に迫る!〜彼女持ち男性100人に聞きました』俺みたいな男を釣ろうとしている企業側の魂胆は明白だ。しかし情報力のない俺はこういうものに頼るしか手がない。今まで買った事のない雑誌を、他にもっと買うべきものがあるにも関わらず何よりも先に購入する。内容が気になってそわそわと落ち着きがなかったが、ばらつきのある食材全てを買い占めると急いで新羅宅へと戻った。



「お帰りなさい。シズちゃん」

『悪いな静雄、1人で買い出しさせちゃって』



真っ先にキッチンへ向かうと、可愛らしいエプロン姿のみさきがセルティと並んで立っていた。そこに広がる光景はまさにシュール。

キッチン上空には黒いモヤモヤとした煙(?)が立ち昇っており、一面真黒な影が漂っている。一瞬料理をこがしたのだろうかと思ったがみさきに限ってそれはないだろうし、ただの煙にしてはやや不自然に感じる。



「これは……」

「あ、この黒いの?面白いんだよーセルティ照れると首からもやもやぁーって煙出すの!」

『べッ、別に照れてなんかないぞ!そんな事より、ほら!そろそろ新羅も呼ばないと……』

「新羅?ここにいたんじゃなかったのか?」

『ああ、それがな。さっき臨也の奴から電話があって――



嫌な予感は、した。セルティの口――いや、正確にはPDA画面に臨也の名前が出てきた瞬間から何か嫌なものをじわりじわりと感じていたのだ。まさかこんな時に悪い予感が的中するだなんて思ってもみなかった訳で。新羅の暢気な声と共に扉の向こうから現れたのは、新羅だけでなかった。



「ただいまセルティ!ちょっと色々あって人数増えちゃったけれど、1人くらいなら差し支えないよね?」

「「……ッ!」」



お互いに目を丸くする。どうやら当の本人でさえ俺がいる事を聞かされていなかったらしい。考えてみればそれもそうだ、もし俺がいると分かった時点でヤツはきっと此処へは来ない。ただでさえこの間は何とも言えない場面で顔を合わせてしまった手前、次会った時には反応に困るかと思いきや、やはりいざアイツの顔を目の前にするとそんな事どうでもよくなっていた。

咄嗟にみさきを見る。誰の考えにもつかぬ来訪者の登場に純粋に驚き、どうしたらよいものかと悩ましげな表情を浮かべているのも頷ける。きっとみさきは俺以上に顔を合わせにくい状況下にあるのだろうから。アイツ――つまり臨也とは。



「……なぁ新羅。まさかシズちゃんがいるなんて聞いてないんだけど」

「ストップ。今日は一切殺し合いはナシだよ。君らが喧嘩するとご近所さんからクレームがくるんだから」

『だったらこの2人を同じ部屋に招き入れようとするな!お前、自分が何をしようとしているのか分かってるのか!?』

「勿論正気だよ。でも、」



そう言うと新羅は俺の目を見てにっこりと笑い――



「静雄がみさきちゃんの目の前で暴れるなんて、そんな幼稚な真似をする訳がないじゃあないか」

「……」



プレッシャーとは違う言葉の何かが重く俺にのし掛かってきた。確かにこの部屋で殺し合いを始めてしまっては周りに迷惑を掛けてしまう事になるし、何よりもみさきの目の前で暴力を使う行為そのものに未だ抵抗があった。臨也も目線を逸らし複雑な表情を浮かべていたものの、やがて諦めたように溜め息を吐くと吐き捨てるようにこう告げる。



「不本意だけど、仕方がないから今日は休戦といこうか」

「……今日だけだからな」



♂♀



何1つ変わらない。冷蔵庫に有り余っている幽から貰った缶ビールの本数、今のところ減る傾向は無し。出来るだけたくさん段ボール箱に詰めて、俺が肩に担ぐ様子をみさきは近くでずっと見ていた。どうせ大人数で鍋をするなら酒も欲しいという事で、ようやく需要の高まってきた余り物の缶ビールをこの機会に消費してしまおうと考え、みさきを連れて一時的にアパートへと帰って来ている。セルティがバイクで送ろうかと気を遣ってくれたが大した距離ではなかったし、今は何よりもみさきと2人っきりで話をしておきたかったのだ。だから実のところビールを運ぶなんて1人で出来るような作業を、敢えてみさきだけを連れて来た。



「みさきは絶対に飲むんじゃねーぞ、酒」

「……そうだね。私酔うと記憶飛ぶみたいだし……ミルクティーにしとくよ」

「……」

「シズちゃん?」

「行きたくねぇな、臨也の野郎がいるなら尚更だ。今はこうして2人でいたいっつーか……新羅の奴、よりによってどうしてノミ蟲なんか連れて来たんだ……?」

「で、でも、セルティと新羅さんに悪いし、ね?シズちゃんが臨也さん嫌いなのは知ってるけどさ」



違う、これはただ単に俺の好き嫌いだけで片付けられる問題ではない。俺が常に心配しているのはいつだってみさきの事だ。



「……無理してねぇか?」

「わ、私は大丈夫だよ!ちょっとびっくりしちゃったけど……臨也さんの前でどんな顔したらいいのかな」

「とりあえず半径2メートル以内には近付けんなよ」

「じゃあ、シズちゃんの隣にいれば安心だね」

「! ……そう、だな」



我ながらつくづく思う、俺はみさきと出逢ってから変わったのだと。もしあの場にみさきがいなかったら問答無用で臨也に殴りかかっていただろう。俺からしてみればノミ蟲野郎の顔を見た瞬間にぶちギレる事は本能的なものであって、ごく当たり前の事なのだ。高校時代からそれが根付いてしまっているのだから、今となっては修正不可能なのも仕方がない。もはや慣習化されてしまったのだから。

みさきのたった一言で思わず赤面してしまっている自分に気付き、照れ隠しするように頭を掻く。ついバランスを崩しかけた段ボール箱をもう1度担ぎ直し、セルティ達を待たせると悪いので早々とアパートを後にした。道の途中で適当なコンビニに寄り、酒を飲まないみさき用に紙パックのミルクティーを購入する。そこで一見チャラそうな若い男子生徒が、俺の買ったものと全く同じ雑誌を手に取っている姿を目撃し、妙に親近感を覚えてしまった。



「お待たせ!……どうしたの?あの人、もしかしてシズちゃんの知り合い?」

「……いや、別に何でもねぇよ。そんな事より、やっぱお前はそれなんだな」

「えへへ、ミルクティー大好きですから!そういえばここのコンビニ、なめらかプリン売ってなかった?」

「そういや……」



どうやら結構人気のある商品らしく、入口から入ってすぐの棚になめらかプリンは置いてあった。『当店人気No1!』と目立つように書かれた札が、その人気さを更に際立たせている。



「ねえ、新発売のチョコレート味だって。美味しそう!」

「買ってくか。普通のとチョコ味の、1つずつ。明日の朝にでも食べようぜ」

「? 明日って、確か平日……」

「明日の仕事、午後からなんだよ。だから帰りは遅ぇかもしれねーが……午前中は一緒にいてやれるから」



そう言うとみさきは照れ臭そうに俯いて、ふにゃりと小さくはにかむんだ。



俺とみさきがマンションに戻ってからすぐに鍋パーティは始まった。具材は俺が買い出しで買って来たものに加え高級そうな毛ガニの足が鍋からはみ出ていたりと、気付いたらそれなりに本格的な鍋料理になっていた。相変わらず意味の分からねぇ四字熟語を多用する新羅に、その隣で座るセルティ。さらには臨也が同じ部屋で鍋をつついているのだから、あまりの珍しいメンバーに何処か現実味が湧かなかった。何か根本的な部分が可笑しいと頭では思いつつも受け皿と箸を持ったまま口をもごもごと動かす。普段食べ慣れない毛ガニがあまりにも美味しいものだから、色々とどうでもよくなってしまった。臨也も臨也で俺を挑発するような事もなかったし、視界に堂々と映しさえしなければ然程気にはならない。嫌味を交えさせながらも楽しげに話すかつての同級生らの姿を見て、思い出されるのは高校時代。何だか無性に懐かしく感じてしまった。

たまに思う。もし俺にこの力がなければ、臨也とも上手くやれていたんじゃないかって。仲良くなれたかは別として、街中で顔を合わせる度に久しぶりだなと会話を交わす事くらいはあったかもしれない。例えるならば門田とのように。そんな事を考えながら手元のグラスに注がれた飲み物をひたすら口に運ぶうちにだんだんと具合が悪くなってきた。俺のすぐ隣でセルティと会話をしていたみさきが異変に気付いたのか、不安げに顔を覗き込んでくる。



「顔、赤いよ?」

「おー……まじか」

『もしかしてそれ、臨也が持って来たワインじゃないのか?』

「わいん?俺はてっきりぶどうジュースだと……」

『! 静雄!?』



今までただのジュースだと思って飲んでいたものがアルコールだったと分かった途端、過剰に摂り過ぎたアルコール分が一気に身体中へと回り出した。ああもうクソッ、こんな時に酒に呑まれるなんて格好悪ぃ。この頃鍋を食べる度に酔うなんて、軽くトラウマになってしまいそうじゃないか。

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